リポート

準高地トレーニングの効果を検証し合宿誘致へ

裾野市スポーツツーリズム推進協議会アドバイザー 静岡大学 教育学部 保健体育講座 地域創造学環 スポーツプロモーション 教授 杉山 康司

写真:裾野市スポーツツーリズム推進協議会アドバイザー 静岡大学 教育学部 保健体育講座 地域創造学環 スポーツプロモーション 教授 杉山 康司

2021年6月15日

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■プロジェクトの概要

本プロジェクトは標高約1,450mに位置する水ヶ塚公園という準高地でのトレーニング(以下、準高地トレーニング)の効果について、トレーニングを実施したアスリートにおける身体への影響を、血液検査等の方法により医・科学的見地から検証することである。水ヶ塚公園は、静岡県裾野市の富士山山麓にあり、富士登山の拠点として五合目行きシャトルバスの乗り場にもなる公園である。

主な検証内容としては準高地における一過性高強度トレーニング(短時間で高い負荷がかかる運動)が翌日および3日後の平地での運動パフォーマンスに及ぼす効果について検証する「統制実験」と、宿泊を伴うトレーニングを準高地環境下において実施することによる効果を検証する「実証実験」の二種類からなる。

「統制実験」は強度や休息時間を規定する方法で行い、「実証実験」は富士山麓の準高地を実践的に活用するスポーツ合宿を想定した幾つかのパターンでその効果を検証する、図1に1泊2日で行う「実証実験」のプロトコル例を示した。平地および水ヶ塚公園を中心とした準高地トレーニングの両条件下においてほぼ同一のトレーニングを行い、そのトレーニング前後のパフォーマンス変化などをみるものである。

図1
図1 実証実験に用いたプロトコルの一例**1

■プロジェクトの背景

これまで高地でのトレーニングが平地でのパフォーマンスにおいて良い効果を及ぼすのではないかという視点から、標高2,000m以上の高地トレーニングについて多くの研究が行われてきた。しかし、標高約1,500mという準高地でのトレーニングによって得られる効果については、ほとんど行われてきていないのが現状であり、水ヶ塚公園周辺を利用する合宿誘致においては地域の特徴を生かした十分な検証が求められている。

■プロジェクトの経緯(きっかけ)

静岡県は、「静岡県スポーツv推進計画」に基づき、その基本理念として「スポーツの聖地づくり」を目指している。その課題の一つとして「競技力の向上」が掲げられており、そのためには本県関係のアスリートが国内外の主要な大会で活躍できるよう、選手の育成や強化を支援することが必要である。このことについて、これまでは指導者の経験や熱意によって支えられてきた面が大きい。そこで県では、科学的根拠に基づく指導の活用により、選手の育成・強化活動をブラッシュアップするべく、大学をはじめとする研究機関などと協働し競技力の向上策などを推進する「スポーツイノベーション推進事業」を令和元年度より開始した。

本事業のうち、スポーツ医・科学の活用の分野において、本県の富士山麓地域の準高地環境に着目し、当該地域でのトレーニング効果について科学的に検証することとした。実施箇所の選定にあたっては、適正なトレーニング環境に加え、研究機関や実験中滞在する宿泊施設との協働体制を構築できることを条件とした。そこで標高約1,450mの環境下にクロスカントリーコースが整備されている水ヶ塚公園を市内に有するなど、実験実施に十分なトレーニング環境を備え、学識経験者や宿泊事業者、旅客運送業者が加入し協働体制が、すでに構築されている裾野市スポーツツーリズム推進協議会(以下、S-SPO)に委託しプロジェクトを実施することとなった。

■プロジェクトの内容・課題、成果

これまで、高地トレーニングは造血反応など酸素運搬能力を向上させることを期待して行われてきており、その効果は高地でパフォーマンスを低下させない目的以外に平地での競技を有利に行うことができるかどうかの点にあった。しかし、こうした従来型のトレーニングは物理的強度の低下が問題視されており、高強度のトレーニングを維持するための方法として低酸素室を利用した様々な高地トレーニング(低酸素トレーニング)が工夫されてきた**2。生理学的には1990年代に造血ホルモンで知られるエリスロポエチンの遺伝子を活性化するタンパク質、低酸素誘導因子(HIF)が発見され、HIFが単に造血に関わるだけでなく、血管内皮細胞増殖因子や一時的にグルコースの取り込みを上昇させながら乳酸系エネルギー生産の向上をもたらすことも分かってきており、トレーニングの方法を間違えなければ競技者のパフォーマンス向上や健康増進に役立てられる可能性が示されている**5。また、これらの細胞レベルでの研究成果から、近年の高地トレーニングはこれまでの造血を求めるための長期滞在型高地トレーニングとは異なり、低酸素室や高地での短時間滞在トレーニングが多く行われてきている。しかし、効果については標高が高過ぎるなどのデメリットも存在し、多くの不透明な課題を残している。

一方、プロジェクトの背景でも触れたが、上記で示したトレーニングに関する研究はほとんど2,000m以上の高地で行われており、1,500mでの実践者においては従来型の高地トレーニングのノウハウを持ってトレーニング計画が立案されているのが現状のようである。1,500mは確かに準高地という位置付けがされており、われわれの研究でも平地よりも数%の持久性のパフォーマンス低下が認められているレベルにあることから、準高地ならではのトレーニングメソッドの提案ができることは極めて有益な情報となり得る。よって、プロジェクトでは裾野市の約1,000m付近にある宿泊施設を利用しながら、1,500m程度の高地においてトレーニングを実施する際に造血作用を生み出すような新しいトレーニング形態を提案できるかどうかを検討することであった。

プロジェクトは大きく二つの実験テーマにより準高地トレーニング効果を検証してきている。一つ目は1日の滞在でもHIFの発現を促す滞在ができるかどうか。そしてそれが平地に戻ったのちに何日ほど持続されるものなのかどうか。二つ目は週末をトレーニング滞在期間とした非連続的間欠的準高地トレーニングとなる約30時間程度の1,000m滞在と1,500m相当のトレーニングを組み合わせた結果の体力レベルと赤血球などの変化についての検討である。本プロジェクトは高地でも平地同様のトレーニング強度を確実に維持することのできるレベルでトレーニングを課すことを基本スタンスとする点に加え、運動と高地の組み合わせが生体には相対的により高い高地滞在の刺激を受ける可能性を考慮して実験に臨んでいる。3年のプロジェクトのうち2年を終え、これら二つの研究において次のような大きな手応えを得ることができた。①1日のトレーニング滞在においてもHIFを増加させることは可能であり、平地に戻ってもしばらく持続する(図2)**1。②週末の間欠的な暴露を継続することで造血反応を刺激する。また、これらの結果に付随し、体力レベルの向上とパフォーマンスの向上が期待される。

最終年の課題として、合宿滞在を3泊~5泊程度の強化合宿型滞在に向けた実践的アプローチを行い、非連続の間欠的準高地トレーニングの効果についてさらなる検証を行うとともに、レース前1週間以内での準高地活用に関する提言ができるように取り組む予定である。

図2
図2 平地条件および準高地条件の低酸素誘導因子(HIF)の変化比較(トレーニング前を100% とした割合)

■今後の展望

今後の展望として、以下のことを検証したい。

  • ①準高地において一過性高強度間欠的トレーニングを実施することにより、3日後の無酸素性能力が向上することが示唆された。今後、なぜ無酸素性能力が向上したのか、特に乳酸系エネルギー供給が亢進した機序の解明、誰もが安全に準高地トレーニングの効果を受けられるトレーニングメソッドの確立を図る。
  • ②1泊2日の滞在(1,450mトレーニング、1,000m宿泊)においては高地滞在30時間以上、うち5時間以上の練習で、メニューとして高強度トレーニングメニューを取り入れることでエリスロポエチン(造血ホルモン)の分泌を促す可能性が示唆された。今後、準高地での1回の合宿における滞在時間を増やすことで得られる酸素運搬能力向上の可能性を検証していく。
  • ③高強度の負荷は一般のジョガーやウォーカーには必ずしも有益とは言えない。そこで、準高地における代謝的メリットについて低強度レベルの運動を行う場合の平地との比較を行うことで、準高地でのスポーツの安全性について検証する。

参考文献

**1:
杉山康司、他(2020):準高所トレーニングに関する基礎研究~水ヶ塚公園周辺のトレーニングと標高1000m滞在による効果~、裾野市スポーツツーリズム推進協議会、令和元年度報告書
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**2:
Viscor G, et al (2018)Physiological and Biological Responses to Short-Term Intermittent Hypobaric Hypoxia Exposure: From Sports and Mountain Medicine to New Biomedical Applications. Front Physiol 9:814
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**3:
Scott, B. R., et al (2016). High-intensity exercise in hypoxia: Is increased reliance on anaerobic metabolism important? Front in Physiol, 7, 637
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**4:
Żebrowska A, et al (2019) Comparison of the effectiveness of high-intensity interval training in hypoxia and normoxia in healthy male volunteers: a pilot study. Biomed Res Int.
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**5:
Vogt, M et al(2001) Molecular adaptations in human skeletal muscle to endurance training under simulated hypoxic conditions. J Appl Physiol, 91:173-182
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