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SDGsに向けた環境政策WIPO GREENと日本の貢献

世界知的所有権機関(WIPO)日本事務所 所長 澤井 智毅

写真:世界知的所有権機関(WIPO)日本事務所 所長 澤井 智毅

2021年6月15日

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グローバル化する今日、国境を越えて国々や地域が相互に影響を及ぼしあうなど、かつてないほど世界は近づいており、感染症や環境問題など、国際社会全体で対処しなければならない地球規模の課題が少なくない。一方、知的財産制度は、これまで人類の発展に必要なイノベーションや創造性を奨励してきた。制度が定着した18世紀後半の英国での産業革命を境に、世界人口は急激に増加し、人の寿命や健康は増進し、労働環境が日々改善されてきたことは、その証左であろう。

本稿では、知的財産制度を所管する国連の専門機関である世界知的所有権機関(WIPO)の地球規模課題、とりわけ環境問題に向けた施策であるWIPO GREENについて説明する。現下のWIPOの主要施策である同施策への日本の貢献が顕著であることにも触れたい。

■SDGsと知的財産制度

地球規模の課題が、経済や社会、自然環境の多くに広がる中、国連は2015年に「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」、通称SDGsを定めた。その前文には、「我々は、世界を持続的かつ強靱(レジリエント)な道筋に移行させるために緊急に必要な、大胆かつ変革的な手段をとることに決意している。我々はこの共同の旅路に乗り出すにあたり、誰一人取り残さないことを誓う」と記されている。

この誓いは、先進国や途上国の別なく、等しく人類が目指すべきものであり、それゆえに、その実現に強く期待が持てる。そして、「誰一人取り残さない」との言葉から、この地球で暮らす78億人(2020年)の一人一人を思うとき、産業革命以来、ほんの250年の間に10倍以上も世界人口を増やし、私たちの生活を安全で豊かなものとしてきた数々の発明や創造、技術進歩を忘れることはできない。この多くの発明や創造を促した知的財産制度は、これからも必ずや多くの地球規模の課題に貢献できるものと確信する。

SDGsに記される17の目標には、経済成長やインフラ、イノベーションという知的財産制度に直接関係する目標だけではなく、貧困や飢餓、健康、水問題やエネルギー、街づくり、気候変動、海や陸の豊かさなど、環境問題に直結する目標が過半を占めている。国連の専門機関である世界知的所有権機関(WIPO)が、環境保全の一助となるべく、WIPO GREEN施策をSDGsに先立つ2013年から運営したことは、画期的なことであり、知的財産制度を扱う国際機関らしい先進性を感じる。まして、WIPOの主要施策の一つに数えられる同施策の発案が、日本知的財産協会(JIPA)をはじめとした日本の産業界からなされたことは特筆すべきことである。

過去200年の世界のイノベーションの年表と、主要な世界の特許公報、意匠広報を飾るWIPO日本事務所の小さなギャラリーにて(三菱電機株式会社 柵山正樹取締役会長(手前)、筆者(奥))

■オープン・イノベーションにも資するWIPO GREEN

WIPO GREEN施策は、環境保全技術の普及に加え、「持続可能技術の市場」と自称するなど、オープン・イノベーションを促すプラットフォームであり、これを公益たる国際機関が運営していることに意義がある。とりわけ、次に示す三つのデータベースを通じ、有機的にオープン・イノベーションを促す点が特徴である。

①テクノロジー・データベース

WIPO GREEN施策は、「今日まで、環境保全技術の普及という明確な旗を掲げたイニシアティブが一つもなかった」との認識のもと、その第一に、環境技術のデータベースの構築に力を入れている。そこには世界中から3,400以上の環境技術が既に登録されるとともに、WIPOの特許文献グローバルデータベースでもあるPATENTSCOPEに収録される一部の環境技術も加え、計6,600件ほど(2021年5月現在)の技術が登録されている。環境技術が真に広く社会に受け入れられるよう、データベースには、技術の概要とともに、その技術のメリット、発展段階、利用条件、関連知的財産情報が登録されている。登録情報に興味を持った者が容易に連絡をとれるように、電子メールアドレスなどのコンタクト先も記されている。米国、日本、イスラエル、中国、ドイツ発の技術が特に多く登録されている。

②ニーズ・データベース

第二に、このデータベースの価値は、提供側の技術や発明だけではなく、環境技術を必要とするニーズ情報も登録可能という点にある。このニーズを見るだけでも、諸外国の機関や企業が真に欲する技術を知ることができる。オープン・イノベーションに資するデータベースは広く世界にあるが、ニーズ情報の収集にまで手を広げるものは少なく、この施策の特徴ともいえる。ただし、企業や国・地域のニーズは、経営上の機密にもなり得ることから、その登録件数はいまだ260件程度(2021年5月現在)と少なく、一層の技術連携を促すためにも、各国政府やWIPOおよび在外事務所を通じ、世界のニーズの収集に努める必要があろう。

例えば、WIPOは、昨年、南米において、気候変動に適応したスマート農業(CSA)技術を中心に、現地のニーズの把握に努めた。何れのニーズも興味深く、例えばワインの日本の輸入量第一位のチリワインについて、その産地として古くから知られるイタタ・ヴァレーのワイン産業からは、昨今の気候変動に伴い、「新しい灌漑システムおよび、それを実装するための持続可能で経済的なエネルギー源を探している」との要望が寄せられている 。知的財産部門に限らず、同地域に進出を考える海外営業部門や、新しい灌漑システム技術や再生可能エネルギー技術を有している企業にとっては、チリワインへの日本の需要の高さから見ても貴重な情報となろう。

③エキスパート・データベース

WIPO GREEN施策は、上記のテクノロジー・データベースおよびニーズ・データベースとも相まって、オープン・イノベーションを促すプラットフォームとしても期待できることは既に述べた。その触媒として、第三のデータベースともいえるエキスパート・データベースが用意されていることはユニークだ。これは、環境技術のマッチングを担う専門家のデータベースであり、自薦により、現在約400名の専門家が登録されている(2021年5月現在)。本データベースでは、技術分野や専門分野、使用言語や場所、有償無償の観点から、登録された専門家を検索することができる。サービスの視点からオープン・イノベーションを見る、オープン“サービス”イノベーションが注目される今日、このエキスパート・データベースにおいても、登録されている専門家は、法律や知的財産、技術分野だけではなく、ビジネスサービスやファイナンス分野にまで広がっている。

■権利者、当事者の自主性を尊重

知的財産制度の重要な点は、権利の取引や行使を、権利者や実施権者である企業や個人・団体などの当事者の自主性に委ねている点にある。当事者の自主性を尊重し、当事者が求める適切な対価を補償することにより、創造活動を遺憾なく発揮いただけると考えるからである。

WIPO GREEN施策は、その公益的な観点から、権利の無償提供や低廉な金額での開放を求めているのではないか、あるいはWIPOや加盟各国が、個別の取引に積極的に関与するのではないかとの誤解を招きやすい。しかし、そうした国際機関や加盟国としての干渉はない。WIPO GREEN憲章の中でも、「技術の持続可能な展開と採用は、相互に合意された条件に基づいて当事者が自由に契約を結ぶときに可能となる。WIPO GREENを利用して結ばれる協定は、契約の両当事者の責任において行われる」と、この点を明確にしている。

本施策を通じて行う技術連携等においても、他の協業と同様に、権利者自らがその研究開発投資や額に汗した努力に照らし、適切な対価を相手に求めることができる。

■グリーン・パートナー、貢献する日本企業・団体

本施策をけん引する上で、WIPO GREENパートナーという資格を述べなければならない。パートナーは、公共または民間の組織で、本施策を支援し、必要な助言を与え、直接的または間接的に取引を促進し、かつ、その専門性を活用し、特定の活動に本施策を組み込み、または地域内もしくは国内のフォーカルポイントとして行動すると定められている。世界全体で126の機関がパートナー企業・団体として名乗りを上げている(2021年5月11日現在)。

日本のWIPO GREENパートナー(30機関。五⼗⾳順)(2021年5⽉現在)

冒頭でも触れたが、WIPO GREEN施策の基本的な構想は日本の産業界からなされ、日本のプレゼンスを大いに高めた。世界に広がるパートナー企業・団体は、日本発の同施策に世界が共感している証ともいえる。一方、当の日本からのパートナー団体・企業数は長く一桁と低調であったが、この一年強の間に日本国特許庁や東海国立大学機構(名古屋大学、岐阜大学)等の公共機関も含め多くの企業・団体が相次いで参加を表明し、現在30の企業・団体が参加し、世界で最も多くのパートナー数を誇るなど、日本のプレゼンスを大いに高めている。

■綺麗ごとで終わらせない、CSRと事業との両立

多くの企業や団体が、WIPO GREEN施策に関心を持ち、日本のパートナー数が急増した。この間、参加の企業や団体の方々とお話をさせていただくと、SDGsや本施策に対し、企業の社会的責任(CSR)の視点から重視していることが分かる。社会への貢献や公益につながる大変重要な視点である。一方、これを綺麗ごとで終わらせるとすれば、持続可能な発展にはつながらない。WIPO GREEN施策を通じた具体的事例が少ないことは、本施策の課題と言える。参加企業や団体、そしてご関心のある皆様には、是非、WIPO GREEN施策を事業の中心に置いていただき、持たれる技術や必要とする技術を、どのように利用し、利用させるか洞察(インサイト)を重ねつつ、技術を活用し、社会実装いただければありがたい。同施策を通じ、CSRと事業との両立を図り、企業や団体としての持続可能性を真に追及していただくことが、結果として地球規模課題の解決につながると考える。その意味からも、本施策が、上述の通り、三つのデータベースにより、オープン・イノベーションのプラットフォームとして有効であることを強調したい。

この3月に、WIPO GREENパートナーに新たに参画された三菱電機株式会社の衛星観測技術が上記テクノロジー・データベースに加わった。この技術は、地表や海洋を定期的に観測している観測衛星から光学画像とレーダー画像の両方を収集し、高度な情報抽出を行うことで、災害軽減、農業、森林管理・開発、海洋モニタリング、都市・インフラ開発など、様々な分野の関連情報を得ることができるものである。三菱電機グループが進める「環境ビジョン2050」のスローガン「大気、大地、水を守り、心と技術で未来へつなぐ」を、まさに実業として体現しようとする技術であることは想像に難くない。

また、この4月に、同パートナーに参加された日本のGlobal Mobility Service(GMS)社のテクノロジー・データベースへの登録技術が、ベンチャー企業でもある同社の基幹技術であることから、CSRと事業の両立を図るものともいえる。同技術は、従来のローンやリースの与信審査を通過できなかった者でも、⾃動⾞を購⼊し、利⽤できるようする、いわばFinTechサービスの一つともいえる。特に、フィリピン、カンボジア、インドネシア等の新興国における所得向上・雇⽤創出等を通じた貧困問題の解決を図るとともに、古い⾞両から新型の低公害型⾞両への代替を促進し、⼤気環境の改善にも貢献しているという。FinTechとGreenがつながることも興味深い。本施策を通じ、国内外でのオープン・イノベーションを促し、結果として環境対策が進むことを期待したい。

以上のように、WIPO GREEN施策は、SDGsのみならず、イノベーションの促進や技術移転にも資する政策である。一方で、その柱となるデータベースへの登録件数やニーズ件数、さらにはパートナー企業・団体の数は、環境技術やその要請から見れば、まだまだ少ない数である。本施策への関心と、より多くの参加を得るためにも、今後は、技術やニーズの登録に加え、具体的な技術連携の成功事例をより明らかにし、地球規模課題に知的財産制度が貢献できることを内外に示したいものだ。本稿がその一助となれば幸いである。

(注:本稿の内容や意見は、筆者個人に属するものであり、WIPOの公式見解を示すものではない)