リポート

九州学生クラシコ 学生主体の取り組みで伝統の一戦をライブ配信

福岡大学スポーツ科学部 教授福岡大学サッカー部 監督 乾 真寛

写真:福岡大学スポーツ科学部 教授福岡大学サッカー部 監督 乾 真寛

2021年5月15日

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2020年12月6日、駅前不動産スタジアム(佐賀県鳥栖市)にて、第35回九州大学サッカーリーグ最終戦「福岡大学 - 鹿屋体育大学」の試合が開催された。無観客のままシーズンを戦ってきたが、この試合だけが唯一観客500人限定で開催された。
福岡大学は当日まではリーグ首位で勝てば「4連覇」、一方で鹿屋体育大学も勝ち点1差の「3位」につけ逆転優勝を目指すまさにライバル校が火花を散らす大一番の試合となった。

■九州2強 伝統の一戦

この両チームの一戦は「九州学生クラシコ(伝統の一戦)」と名付けられ、九州の大学サッカーのトップを牽引(けんいん)している強豪2チーム(福岡大学、鹿屋体育大学)の試合を通じて、九州大学サッカーの「価値の向上」「全国への発信」を目的として2018年より学生主体で運営されてきた。

九州学生クラシコ運営委員会は、福岡大学サッカー部と鹿屋体育大学サッカー部が連携して発足したプロジェクトである。

九州の各大学サッカー部からは、これまで多くのJリーガーが誕生している。特に、福岡大学からは、既に70人を超えるJリーガーが誕生している。全国的に見てもレベルの高いチームが多いにもかかわらず、関東・関西地区に比べ学生主導で有観客の試合を盛り上げる企画が少ないことも起因してか、各選手のプロファイルやチームの取り組みが報道される機会も少なく、一般的に知名度が劣る。

そうした九州大学サッカーの取り組みに対する認知度拡大の起爆剤として、福岡大学サッカー部と鹿屋体育大学サッカー部の九州2強とも言える2チームによる試合を「九州学生クラシコ」と名付けた。

過去の成績は1勝1敗1分と全く五分。前回開催時には、福岡大学サッカー場に仮設観客席を設置し約500人の観客を集めるなど年々注目度が高まっている。

数々のJリーガーを輩出し全国大会優勝、準優勝経験もある両校が、正々堂々と真正面からぶつかる熱い一戦を、今後九州における大学サッカーの「伝統の一戦」として認知してもらえるよう、両校でアイデアを出し合い、学生主導で運営している。

過去の九州学生クラシコでは、試合入場時のエスコートキッズを募集し、選手と一緒に入場したり、ハーフタイムには両チームOBで、現在プロでも活躍している選手たちのサイン入りスパイクやユニフォームが景品として当たる抽選会を行っている。

毎年九州学生クラシコには多くの観客が集まる。選手の保護者はもちろん、サッカー部OB会や大学関係者、サッカー部の学生たちが普段お世話になっている大学付近の定食屋や理髪店の方々、近隣の住民、高校生、中学生、少年サッカークラブの子供たちなど、多い時で約1,300人の来場者で埋め尽くされた年もある。つまり、大学スポーツと地域の密着性が高く、「する」だけでなく「観る」「応援する」大学スポーツの姿を具現化していると言える。

■福岡大学サッカー部成長戦略部とは?

福岡大学サッカー部では、約百人いる部員の一人一人が積極的に、かつ自発的に部の活動に関わり、選手主体で運営を行っている。この活動により、部員たちは各々の部署ごとに部会を開き、サッカー部の活動を自ら支え主体的に運営することを目指している、「人づくり日本一」というスローガンを掲げ、サッカーの競技面だけでなく、課題発見力、課題対応力、対人基礎力など、社会人となるために必要とされる人間力向上に取り組んでいる。

■コロナ禍で前期公式戦は全て中止 ライブ配信費用をクラウドファンディングで

2020年度は新型コロナウイルスの流行により、前期の公式戦は全て中止となった。後期(10月)より公式戦は開催されたものの、コロナウイルス感染拡大防止のため全ての試合が「無観客試合」となった。

「選手にも保護者など応援する方々にとっても、思い出に残るものにしたい」「より多くの方々に試合を見てもらいたい」という学生の意見から、監督(筆者)の人脈をたどり、試合のライブ配信実績があるスポーツ関連会社の株式会社グリーンカード(福岡市中央区)に相談した。

配信などにかかる経費はおよそ150万円。同社の助言も受け、クラウドファンディングから支援を募った。ただ配信するだけでなく、試合当日へ向けた盛り上げにも取り組んだ。この一戦のための特設ホームページを作成し、選手の意気込みやプレーを紹介する動画を情報豊富に掲載した。

同時に力を入れたのが地域とのつながり。部員が日ごろから利用する飲食店や理髪店など大学周辺の30ほどの店舗に足を運んで5,000円でも1万円でもライブ配信費用の足しになるよう金銭的支援をお願いした。店内へはカメラ片手に飛び込み、応援メッセージをもらった。料理などお店の様子を撮影し、情報番組のように支援してくれる店舗紹介の動画をホームページに載せた。

九州クラシコ1カ月前、急遽開始したクラウドファンディングによる資金調達となったが、努力の甲斐もあって最終的には達成率110%の165万円の費用を集めることができた。リターン返礼品も学生たちがアイデアを出し、ステッカーやTシャツなど自分たちでデザインした。

当日のライブ配信は再生回数7,000回、再生同時視聴者934人、ハイライト再生回数も1,318回と多くの方々に見ていただくことができた。目的であった「大学サッカーの価値の向上」「全国への発信」を達成できたのではないかと思う。

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や口頭にて保護者、学生の知人、保護者会、OB会に支援を募った。企業へのスポンサー支援の営業は基本的には監督である筆者が行ったが、運営委員会の三家本航(当時、福岡大学スポーツ科学部4年)はスポンサーでもあるキリンビバレッジ株式会社へプレゼンし支援金をいただいた。そのほかの支援企業はミズノ株式会社、株式会社エモテント、株式会社アスリートフードマイスターである。

西元 耀星 スポーツ科学部
4年 成長戦略部長(当時)

■NHKドキュメント番組「ひとモノガタリ」(全国放送)にも登場

コロナ禍で、活動自粛や大会中止など多くの困難な状況の中でも決して諦めることなく、自分たちの置かれた状況の中でトライできる最善な活動を企画し、自分たちの力で達成していく姿を取材された。スポーツを「する」だけでなく、「観る」「支える」という視点から捉えて、学生たちが奮闘する姿に全国の視聴者から「感動した」というメッセージを数多く頂いた。

「チームで働く姿」「前に踏み出す姿」「考え抜く力」という社会人基礎力の養成には、学生時代のアクティブラーニングの経験が大きく影響することを実感する出来事となった。

■課題

不安要素は常にあった。活動準備期間も短く、運営委員会の人員も少なく、毎日夜遅くまで研究室に残って準備をしていた(三家本航、西元耀星 当時、福岡大学スポーツ科学部4年)。

リモートでのオンライン会議の中で、役割分担や意思決定を繰り返した。

自分たちでお金を集めることへの不安、お金を出してもらえるのかという不安。目標金額を達成できるかという不安。部員は協力してくれているのか?TOPチームのメンバーは本当に協力してくれているのか? 他人事として捉えていないだろうか? リターン品を考えること、Tシャツデザインを考えることなど短期的で考え、即決断して実行することが多かった。より資金調達力を加速させるためのアイデアとして、2009年度総理大臣杯全国優勝当時のユニフォームをリターン品として追加した。

三家本 航 スポーツ科学部4年 企画運営部長(当時)

一度スタジアムの現地視察には行ったものの、当日の会場は普段と違う会場、勝手が分からない中で試行錯誤して準備を進めた。当日の運営方法はJリーグの運営マニュアルやコロナ対策基準を参考に学生たちが独学で行った。通常の大学グランドとの違いを想定して運営準備を行った。スタジアムの大型液晶ビジョンの操作、運用はほとんどぶっつけ本番だった。音響や液晶ビジョンとの連携方法などはNHKの密着取材でずっと傍らにいたディレクターさんから操作方法などを現場で直々に教えていただきとても参考になった。当日のスタジアムDJは福岡大学サッカー部学生が務め、筆者の知り合いのフリーアナウンサーの方に事前指導を受けた。また、女性アナウンスもその方から紹介いただいた他大学の女子学生だったが、試合前、ハーフタイム、ゲーム直後のインタビューなど現場を盛り上げるという目的は二人の即席DJが見事に演じて役割を達成した。

■成果

良かったこと、身についたことは、仕事は早くやることを心掛ける。知らないこと、経験のないことでもやれることを着実にやること。アドバイスは素直に聞いてすぐに動くこと。最終的な決断は自分たちで行うなど、実行力を高めたことだった。

最後に、コロナ禍での初の試みではあったが、今回のライブ配信により、われわれ大学スポーツ(サッカー)を取り巻くステークホルダーの存在を明確に意識することができた。

また、コロナ禍により定着したオンライン、リモート授業の経験値により、学生たち自身にも新しい環境や時代に対応して、行動する実践力、共働力が劇的に高まったと言える。