リポート

海馬(タツノオトシゴ類)の完全養殖

東海大学 海洋学部 水産学科 秋山 信彦

写真:東海大学 海洋学部 水産学科 秋山 信彦

2021年5月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

海馬とは、中国でタツノオトシゴの仲間を総称した名称である。中国では古来よりタツノオトシゴの仲間を滋養強壮のための漢方薬として用いてきた。用いられてきた種としては、オオウミウマ、クロウミウマ、サンゴタツ、タカクラタツなどである。これらの種類は乾燥させた状態で流通している。

主な市場は中国であるが、決して自然界で大量に生息している生物ではなく、むしろ少ない種であることから、国際取引を制限するためにワシントン条約(CITES)の付属書Ⅱにタツノオトシゴ属全種が掲載された。

通常付属書Ⅱに掲載された種については、輸出国が一定の基準を満たしている場合に発給する輸出許可がある場合には国際取引が可能となる。ただし現在日本はタツノオトシゴ類に関して留保している。この様な背景の中、亜熱帯や熱帯地方の発展途上国では今でも大量にタツノオトシゴ類が漁獲され商取引されている。

この需要をまかなうためには漁獲だけでは供給量を満たせず、養殖することが望まれている。養殖することで野生のタツノオトシゴ類を漁獲しなくてすむようになれば野生生物の保全にも寄与しながら、市場への供給も可能となる。

■海馬養殖研究のきっかけ

このような背景の中、静岡商工会議所では、新たなる産業を見いだすために、会員企業による新産業開発振興機構(静岡県静岡市)の「駿河湾地域新事業創出プロジェクト」の中で、海馬の養殖についても議論され、研究開発することとなった。

東海大学海洋学部水産学科では、年間を通じて温度が一定で無酸素であることから一般細菌が皆無である静岡県の三保半島で取水した地下海水を利用し、クロマグロ、カワハギ、アオリイカ、マダコなど様々な水族の養殖について研究を進めていたことから、本研究についても繁殖研究を行うこととなった。特に東海大学では海洋科学博物館を保有し、タツノオトシゴ類の水族館での展示ノウハウもあることから観賞用生物としての情報も入手しやすいメリットがあった。

■タツノオトシゴ類の生態

タツノオトシゴの仲間は大変ユニークな形態をしているが、形態だけでなく、その生態も特異的である。マグロやイワシのような魚では、卵や子供が他の生物に食べられたり、餌にありつけずに死んでしまったりしても生き残る個体があるように、小さくて浮く卵を大量に産卵して広い海洋に拡散する。いわゆる危険分散型である。他にも海底に卵をばらまいたり、海藻や岩に卵を産み付けたりと様々な繁殖方法で子孫を残している。このような中で、卵が孵化(ふか)するまで保護する魚もいる。産み付けた卵のそばで親が守るだけでなく、卵が孵化するまで口にくわえている種類もある。タツノオトシゴ類も卵を保護する魚種の一つである。

タツノオトシゴ類は、雄の腹部に育児嚢という袋があり、雌がこの袋に卵を産み付け、雄は袋の中に精子を放出し受精させる。卵が孵化しても子供はすぐに出て行かず、親からもらった栄養物質である卵黄を吸収しきるまで雄の育児嚢で過ごす。クロウミウマの場合には2~3週間で育児嚢から出てくる。卵黄を吸収しきると雄は腹部を屈伸して育児嚢の中の子供達を放出する。そのためにタツノオトシゴは雄が子供を産むと言われている。

出てきたクロウミウマの子供達は5mm程度であるが、すでに親と同じ形態をしている(写真1)。しかしながら、この時のクロウミウマの子供達は骨が硬骨になっていない。硬骨になっていないと言うことは親と同様に海藻などに尾を使ってつかまることができない。通常クロウミウマは、昼間は海底を這(は)うように泳いでいるが、夜間には何かにつかまって休息する。しかし、外見上親と同様であってもクロウミウマの子供は物につかまれないためにプランクトン生活をしている。チリメンジャコにタツノオトシゴ類が時折混ざっていることがあるがこの時期の子供たちは遊泳能力も弱く物にもつかまれないので他のプランクトン同様に海中を漂っているためにシラスと一緒に漁獲されてしまう。この間は面白いことに強い走光性を持っており夜間は光に集まる性質を持っている**1。おそらく光に集まってきた小さな動物プランクトンを効率よく捕食するためと思われる。このようなプランクトン生活は2~4週間で終わり(写真2)、その後は着底し、親と同様に昼間は海底を這うように泳ぎ、夜間は流されないように物につかまって休息するようになる。

写真1
写真1 雄の育児嚢から放出直後の子供
写真2
写真2 着底間近の子供

■タツノオトシゴ類の育成方法

タツノオトシゴ類は小型の甲殻類などを捕食していることから、水族館などでは生きたアミ類を与えている。このように飼育することで定期的に産卵し、子供も放出してくれる。しかしながら雄の育児嚢から放出された子供たちの生存率は著しく低い。多いときには1回に1,000匹弱の子供を産出する。しかし、展示にこぎ着けるのは20匹程度である。展示や鑑賞という目的であれば、これでも十分であるが、漢方薬用として養殖するのでは効率が悪すぎる。そこで、まず目標としたのがマダイやヒラメなど技術的にかなり成熟している魚種の種苗生産では安定的に60%以上が生産できていることから、クロウミウマについても60%を着底するところまで持っていくことを目標とした。

飼育当初、子供の扱い方や餌のやり方をいろいろな文献や情報のまねをしたが、どの方法でも大量生産には至らなかった。そのような中でタツノオトシゴの遊泳能力に注目した。通常の魚類は尾鰭(おびれ)が一番の推進力となる。マグロのような魚では、背鰭や胸鰭、腹鰭などは折り畳んで体のくぼみにはめ込んでしまい限りなく抵抗を小さくして尾鰭による推進力を最大限生かして速く泳ぐ。しかしタツノオトシゴ類は尾鰭が退化して巻き付く尾となっているために、背鰭と胸鰭をゆらゆらとなびかせてゆっくり泳ぐ。特に前述したように生まれてから1カ月弱の間は骨が硬くなっていないことから泳ぐ能力は極めて小さい。多くの魚類は生まれてすぐは親とは似つかない形をしていてプランクトン生活をしている。この間は餌にありつけずに餓死する数が多い。これを初期減耗と呼んでいる。タツノオトシゴ類の子供は生まれてきたときに親と同じ格好をしていることから見た目は遊泳能力があるように思えたが、実は他の魚類同様にこの時期には遊泳能力が極めて弱い。さらに通常の魚類の子供であれば、体をS字状に曲げて一気に伸ばすことで一定の距離を瞬時に動いて餌を食べる行動ができるが、タツノオトシゴ類はこの行動ができず、泳ぎも下手である。餌の食べ方は下顎(かがく)が下方に下がって口腔を広げることによって口の前の水を一気に口腔に入れることで、そこに含まれる動物プランクトンを捕食している。このような摂餌を吸引摂餌と呼ぶが、極めて効率の悪い摂餌方法である。このような摂餌生態であることから餌を十分量摂餌できていない可能性があることに気づいた。

そこで、餌としているクロウミウマの必須栄養素であるn-3系高度不飽和脂肪酸を強化したシオミズツボワムシ**2を通常の魚類に与えるときの密度より大幅に増やした。通常であれば、1回の摂餌行動で300µm(ミクロン)程度のシオミズツボワムシを1個体摂餌する。もちろん失敗すれば摂餌できない。それをシオミズツボワムシの密度を1cc当たり50~200個体程度まで増やした。この数はワムシを培養する際の密度に匹敵する。通常このような密度で生物を飼育することはあり得ない。その結果、クロウミウマの子供は今まで見たことがないほど腹部を膨らませるまで餌を食べるようになり、着底までの生存率を高くすることが可能になった**3

しかしながら、この方法では水質が著しく悪化することや、場合によっては特定の雑菌が繁殖することなどの諸問題によって安定的な生産には至っていない。だが最近では、95%以上が着底することもあり、安定生産に向けた諸問題も解決に向かっている(写真3)。

写真3
写真3 大量生産されたクロウミウマの成魚

■今後の展望

以上のように子供の育成についてはかなり問題が解決してきている。一方、親の産卵についてはまだ問題が残っている。生きているイサザアミを給餌すると良質の卵を数多く産卵するが、同じイサザアミでも冷凍品を与えると産卵量が減少する。徐々に減少し100粒以下になってしまう。人工的に繁殖させた親の餌としては、冷凍のイサザアミだけでなく、オキアミやシラスなども良く摂餌する。冷凍餌にはビタミン剤などを纏着(てんちゃく)して与えているが産卵量は減少してしまう。生きたイサザアミが安定して入手できる立地条件であればほぼ全ての問題を解決できる。

今後さらにこれらの諸問題を解決することで完全閉鎖循環濾過による完全養殖がどこの地でも可能となり、野生のタツノオトシゴを漁獲せずに需要を満たすことが可能となるだろう。

参考文献

**1:
岩谷厚志・金子誠・秋山信彦(2013):クロウミウマHipocampus kuda 稚魚の成長に伴う骨格形成と走行性の変化。水産増殖61(2),145- 151
本文に戻る
**2:
金子誠・下川原誠・西村弥亜・齋藤寛・岡田喜裕・秋山信彦(2013):クロウミウマ稚魚の生残と餌料中の脂肪酸組成との関係。水産増殖61(2), 189-197
本文に戻る
**3:
金子誠・齋藤寛・秋山信彦(2015):クロウミウマ稚魚の成長に与えるワムシ給餌密度の影響。水産増殖63(4),409-415
本文に戻る