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大学教員は見た 日本からの投資全米1位を記録したインディアナ州の裏側

インディアナ大学 医学部 リサーチアシスタントプロフェッサー社団法人海外日本人研究者ネットワーク(UJA)理事
株式会社Quantaglion Co. Ltd.米国アドバイザーIndy Tomorrow代表幹事  河野 龍義

写真:インディアナ大学 医学部 リサーチアシスタントプロフェッサー社団法人海外日本人研究者ネットワーク(UJA)理事<br>株式会社 Quantaglion Co.Ltd. 米国アドバイザーIndy Tomorrow 代表幹事 河野 龍義

2021年5月15日

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■はじめに

大きな被害を及ぼした東日本大震災から10年が経過した。インディアナ大学日本語プログラムの学生たちが、ビデオ会議システムZoomの中で「花は咲く」を歌ってくれている。様々な人種の学生たちが一年を通して授業で学んだ日本語で私の故郷である東北の被害者への慰霊と復興の願いが込められた歌を、心を込めて歌っている。私は被災地への変わらない思いと「花は咲く」の旋律を重ねながら、この10年の日本とインディアナをつなぐ取り組みの中で出会った様々な方々の温かい支援や協力を思い出していた。

震災当時、インディアナ大学でポスドクとしてインスリンの研究に没頭していた私は研究することしか能がなく、被災した故郷のために「チャリティー」を立ち上げてみたものの、何をどのようにやればいいのか全く分からない状況だった。悲しみと熱意ばかりが空回りしていた私の前に、二つの運命的な出会いが訪れ、それをきっかけに何も経験のない研究者が国際交流、産学連携、研究者の異分野交流、州政府機関との連携という活動に飛び込んでいくこととなる。大学教員として10年で学んだことの中から日本の皆さんに知ってほしい最も重要な部分だけを抽出して届けたいと思う。

■インディアナ州日本からの投資全米1位の背景

米国中西部に位置するインディアナ州は世界三大レースに数えられるインディアナポリス500(インディ500)が行われることで有名である(図1)。一方で、ここ数年での日本からインディアナ州への投資(製造業)が全米1位を記録していることはあまり知られていない(表1 **1)。インディアナ州にはスバル、トヨタ、ホンダの工場があり、日系企業の総数は現在300社を数える。州内の6万5000人の雇用を支え、これは米国以外の企業では圧倒的な数字である(図2**2)。

インディアナ州日米協会Japan-America Society of Indiana(JASI)の活動は素晴らしく、企業、政府、大学を結ぶ活動に寄与しており、東日本大震災の義援金も日米協会が寄付した額としては全米で4番目に多い義援金が集まった**3。これは全米第3の都市シカゴがあるイリノイ州よりも多い額であった。インディアナ日米協会が開催する復興関連のイベントには日系会社役員、インディアナ州知事や州政府の要人、自治体首長、またシカゴから日本国総領事館の総領事や、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)シカゴ所長などそうそうたるメンバーが参加していて、私もそこでインディアナ大学の研究者として紹介していただいた。本来であれば、自分には見合わない場所だと尻込みしたかもしない。しかし、宮城県沿岸で育った自分にとって、家族や仲間から入ってくる現地の情報を彼らに伝え、必要とされている支援を求めることが自分の使命のように思えて輪の中に入っていったのを覚えている。また、震災2周年、3周年のイベントでは一人一人の支援にお礼を述べるのが自分の役割だと勝手に感じてその場に参加していた。毎回、多くの方に優しい言葉をかけていただき、こぼれた涙もあった。

図1
図1インディアナ州の位置(インディアナ州議事堂ブログより)
表1 2008~2019年の日本企業の州別直接投資件数(製造業)
表1
図2
図2 インディアナ州内の日系企業の所在地
(米国インディアナ州政府駐日代表事務所提供)

話を戻すと、なぜインディアナが日本からの投資先として魅力的なのか?という質問には三つの点で答えることができる。コストの安さと税制優遇、日本とのつながりである。

平均的な家を持つために必要な収入ランキングというものがある。これによるとインディアナ州は$42Kであり、ニューヨーク州$91K、カリフォルニア州$120Kはもちろん、テキサス州$66K、オレゴン州$87Kに比べても格安なのである。その中でもインディアナは州内に60を超える大学があるなど教育水準が高く、低コストで質の高い労働力を得やすいメリットもある。また税制面での大胆な優遇措置が取られている。インディアナのこれらの魅力に気づいてインディアナに進出したり、支店を移したりする日系企業が増えている。あのAmazonも本社をインディアナに移すことを最後まで検討していたというほどメリットが多く(まだ可能性はあるらしいとのこと、FedExは重要な拠点を置いている)、知る人ぞ知るインディアナである。

■研究者組織のスタートと国際的R&Dのすすめ

東日本大震災は、研究者が一人では何もできないということを教えてくれた、それと同時に遠く離れたこのインディアナでも多くの方々が日本とのつながりを大事に生きていることを知った。そこで私は2014年にそれまでインディアナには無かった日本人の科学者組織を立ち上げた。その際、震災関連のイベントで出会ったJETROシカゴ所長をされていた曽根一朗氏から本当に貴重な助言と激励をいただいた。「インディアナは日系企業と日米協会と現地法人や州政府が連携して非常に成功している特別な地域です。科学者組織ができることにより、大学と日系企業を結んで研究開発(R&D)を行うことが実現すれば、大いにメリットがあります」。曽根氏はこのアドバイスだけではなく、実際に各方面の重要な方々を私に紹介してくださった。

多くの方々から賛同をいただき、インディアナ州全体の日本人研究者をつなぐ組織「Indy Tomorrow」を設立することができた。その際に最高顧問になってくださったのがノーベル化学賞を受賞したパデュー大学の根岸英一先生である**4。イーライリリーの研究所所長であったパーヴェルフリドジンスキーインディアナ州名誉領事は設立時の顧問になってくださった。

2015年「ノーベル賞と若手研究者をつなぐ取り組み」
写真左から、第1回優秀論文賞受賞者の寺師先生、根岸英一先生、筆者
Indy Tomorrow初代アドバイザー
インディアナ州前名誉領事パーヴェル氏と共に

Indy Tomorrowはインディアナの友、そしてインディアナから明日を拓くという意味で名付けた。メンバーはインディアナ大学、パデュー大学、イーライリリーなど五つの組織から集まっている。インディアナ大学はDNA構造を発見したジェームズワトソン博士などを輩出しており、生物学、医学系が非常に強く、一方で物理学、工学、化学が世界有数であるパデュー大学とは表向きには強烈なライバル関係にあるのだが、異分野融合を行うには絶好のパートナーである。さらにイーライリリーは1922年に世界で初めてインスリン製剤を開発した世界的な製薬会社である(2021年はインスリン発見100周年)。交流会や勉強会では毎回活発な議論が行われている。

Indy Tomorrowでは素晴らしい成果を発表した個人を表彰する優秀論文賞や隣接する州の研究者団体との合同研究会を重ねることで活動を拡大している**5

2020年は海外日本人研究者ネットワーク(UJA)と連携してVR(仮想現実)技術を利用して開催した学会Japan XR Science Forum in Midwestが1,100人を動員し、多くの企業からも協賛が得られた(図3**6。こちらの活動は日本の大学としては近畿大学と慶應義塾大学(ASG-Keio)に注目していただいており、支援を頂いている。中西部の日本人研究者が連携して日系企業とのR&Dを実現するまでがんばって続けていきたいと考えている。

図3 仮想現実(VR)で開催された学会の様子。ノーベル賞受賞者、
大隅良典先生からのメッセージ

■ペンス副大統領の5本の指とレガシー

トランプ政権を支えたマイク・ペンス副大統領がインディアナ州知事だった頃、何度かお会いする機会があった。とは言っても私の場合、列に並んで一瞬だけ握手をするというものであった。ペンス知事はすでに周囲からは将来大統領になる人と見られていて、日本の企業役員の皆さんも外務省の方々もかなり気を使って対応しているのが見て取れた。

ところが一度だけ、時のいたずらのように1対1に近い形で対峙(たいじ)する機会があり、私は聞いてみたかった質問を彼に投げ掛けたことがある。「インディアナにとって日本はどれだけ大事なのですか?」。ペンス知事は大きな右手を開いて私に見せ、「君には友達は何人いる? たくさんいるだろう、ただ、その中で本当の友達は5本の指で数えられるくらいだ。私もそうだ。友達が少ないということを言っているんじゃない。アメリカにとって日本は確実にこの5本の中にいる友達なんだ」。インディアナにとってという質問だったのにもかかわらず、米国にとっての日本という言葉で返ってきたことが強烈に印象に残っている。

インディアナポリス市の中心部ホワイトリバー沿いに植えられた
ソメイヨシノの桜並木(インディアナ日米協会JASI提供)

さらに2016年にも日米協会の催しでホワイトリバー沿いに日本のソメイヨシノを60本植えるイベントがあり、奥様であるカレン前副大統領夫人が植樹した後の懇親会で、「上を向いて歩こう」を日本語で歌われたのが非常に印象的であった。パフォーマンスの一言では片付けられない日米の長年の友好関係がインディアナには存在しているのである。

ペンス知事は副大統領就任に際して、「レガシー」としてインディアナに大規模な投資計画(10年10億ドル計画)を残した。私の所属しているインディアナ大学糖尿病研究センターはこの計画の恩恵を受け、2016年に産学連携の基盤として100億円規模の資金を獲得し、The Indiana Biosciences Research Institute(IBRI)を設立している**8。そこでは、企業と大学から約半数ずつの職員が所属し、大学で行われている基礎研究から応用研究を生み出す取り組みなどが行われている。この100億円規模の資金を獲得した際に、インディアナ州政府の代表として書類にサインをした弁護士が、現在東京にあるインディアナ州政府の駐日事務所所長のポール・ローランド氏である(大変魅力的な人物なので、次の機会に登場していただく)。

■アメリカ中西部を知らずにアメリカを語る危険性

米国中西部を知らずに米国を語ることは、東京と京都の観光地だけを見て日本を語るようなものだと思う。大学のあり方、ビジネスの捉え方、人材の育成に関しても、米国のスタイルは非常に多様であり一口には言えないが、中西部を知らずに米国を知ったつもりでいるとこの国の本質は見えてこない可能性がある。

特に私の研究留学体験を基に考えると、最初の2~3年は「お客様」として扱われていたため表面しか見ることができず、地域に根ざした組織運営や産学連携の舵取りの実情が見えてきたのはつい最近のことである。

大学に関して述べると、東北大学出身の私にとってインディアナ大学のやり方は、どこか母校のスタイルと通じるものを感じさせる。両大学とも、地方から国際的な取り組みや新しい分野にいち早く取り組むことでステップアップを目指す気概がある。

国全体のバランス、特にそれぞれの組織への細かい配慮を要求される中央に比べ、地方では政府(官)や企業との距離が比較的近く、迅速に方向転換ができる。その一方で肝心な部分では中央ともしっかりと強いパイプを築くことでその強みを何倍にも生かしている。

このように、数年前まで研究室にこもって実験するしか能のなかった私が国を背負って世界を動かす政府関連団体の代表者やノーベル賞受賞者と出会い、日米をつなぐ活動の末端に参加する機会を得たのである。各方面の方々が感じている日本の科学技術への危機感とかつてない速さで爆発的に進歩している技術革新への期待というものはとても一言では語れないが、若い世代の活躍が鍵となっていることは間違いない。

インディアナ州やアメリカ中西部の実情が日本の様々な分野における連携や地方活性化に繋がるヒントになればと考え、多くの若手研究者の挑戦などを交えて今後も情報を届けていきたい。

参考文献

**1:
ウェブサイト:在米日系企業の拠点数は36州で国別首位、全米各地で高いプレゼンス|地域・分析レポート - 海外ビジネス情報 - ジェトロ
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**2:
ウェブサイト:企業誘致について|米国インディアナ州政府駐日代表事務所
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**3:
ウェブサイト:インディアナ州日米協会(JASI)Japan-America Society of Indiana
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**4:
ウェブサイト:HOME of INDY Tomorrow
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**5:
ウェブサイト:UJA 論文賞のスタート アメリカ中西部 4 州合同優秀論文賞の開催報告| 2019 年 7 月号| News & Hot Paper Digest |実験 医学 online:羊土社
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**6:
ウェブサイト:学術集会も VR 空間で―コロナ禍にあっても「身体と精神の制約を解き放つ」意欲的な試みで実現| Science Portal - 科学技術の 最新情報サイト「サイエンスポータル」
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**7:
ウェブサイト:世界初!研究者と家族が参加した国際サイエンスフォーラム「Japan XR Science Forum 2020 in US Midwest」|株式会社メディ プロデュースのプレスリリース
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**8:
インディアナ大学糖尿病研究センター ウェブサイト:Center for Diabetes and Metabolic Diseases | IU School of Medicine
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**9:
産学連携施設 糖尿病部門 ウェブサイト:IBRI Diabetes Center | Indiana Biosciences Research Institute(IBRI)
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