クローズアップ

インフルエンザウイルスと新型コロナウイルス同時検査試薬の開発

株式会社スディックスバイオテック代表取締役 兼 鹿児島大学大学院理工学研究科 教授 隅田 泰生

写真:株式会社スディックスバイオテック代表取締役 兼 鹿児島大学大学院理工学研究科 教授 隅田 泰生

2021年5月15日

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■概要

弊社は、2003年10月から2006年9月まで、私がリーダーを務めた国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のプレベンチャー事業「シュガーチップの実用化」の成果を元として、われわれの技術を世の中に役立たせるために2006年9月に起業した鹿児島大学認定ベンチャーであり、JST発では51番目と聞いている。

われわれの細胞の表面には、糖鎖と呼ばれる多様性に富んだナノメータ-サイズの鎖状の糖が存在する。糖鎖は特定のタンパク質と、または糖鎖同士とが互いに作用し、細胞へ情報を伝達することで、免疫などの生体反応に関与している。また細胞の癌化やウイルス感染などにも関係することが分かってきたことから、ライフサイエンス分野における糖鎖科学が注目されている。しかし、分子レベルの研究には必須である、構造が明確である糖鎖の確保には多大な労力と費用が必要となり、研究を進めることができないことが多々ある。われわれは、この問題を解決して糖鎖科学研究を飛躍的に進めるために、構造明確な糖鎖をナノメータースケールで金属(金)チップに固定化したバイオデバイス「シュガーチップ」と「糖鎖固定化金ナノ粒子」の二つのツールを開発した。さらに、これらのツールを応用すれば、ウイルス粒子を捕捉・濃縮・精製することができることが分かり、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)と組み合わせることによってインフルエンザやノロ、ヘルペス、豚流行性下痢などヒトや家畜のウイルス性疾患の高精度かつ迅速検査診断法の開発に成功した。2020年にパンデミックとなった新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対しても、この技術を応用した体外診断薬キットを開発し、2020年6月には、SUDx SARS-CoV-2 detection kitとして保険適用、10月には新型コロナウイルスとインフルエンザを、同時に非侵襲性の唾液を検体として用いても検査可能なSGNP nCoV/FluPCR検出キットの薬機承認を得て、2020年12月から販売を開始している。

■インフルエンザについて

マスク、手洗い、人混み(三密)を避ける、ワクチン接種、免疫力アップなど、新型コロナ対策とほぼ同様のインフルエンザ防止対策を、われわれは幼児の頃から教育されてきたはずである。それにもかかわらずどうして毎年インフルエンザが流行するのだろうと考えたのが、われわれの技術を検査診断キットへ展開しようと思ったきっかけである。

インフルエンザの検査診断は、イムノクロマトによる抗原タンパク質の検査によるのが、日本では一般的である。しかし、その感度は十分でなく、発症後24時間経たないと、陽性と判定できない場合が多い。またその検体はウイルスの抗原が多いが、侵襲性の鼻腔拭い液が主として使われている。インフルエンザの検査で痛い思いをしたのに陰性と診断され、その後に悪化した経験を持つ人は少なくないし、それがトラウマになってしまって、検査を受けず、そのため、抗インフルエンザ薬が投与されず重症化してしまうことさえある。

この問題を解決するために「痛くない・超高感度」の検査を開発した。弊社のホームページに動画を掲載(唾液を用いた痛くないインフルエンザのPCR検査|株式会社スディックスバイオテック)しているので、それを見ていただくのが最も分かりやすいと思うが、簡単に説明する。

細胞表層は糖鎖に覆われているので、ウイルスから細胞を見ると細胞表層のタンパク質は見えない。そこで、ウイルスは最初に糖鎖に吸着する。その後、真のレセプター(インフルエンザの場合はシアル酸含有糖鎖とされている)として、細胞内に侵入し感染する。われわれは図1に示すように、まずウイルスが吸着する糖鎖をシュガーチップで同定し、その糖鎖をウイルスよりも小さな金ナノ粒子に固定化して、SGNP(糖鎖固定化金ナノ粒子)を調製した。SGNPをウイルス溶液に加えると、SGNPはウイルスに吸着して捕捉する。捕捉されたウイルスは重くなるため、低速遠心機でもウイルス粒子を含む沈殿画分が得られる。その沈殿画分に少量の界面活性剤液を入れる、または水を入れて加熱することによってウイルス粒子を破壊して中のRNA(リボ核酸)を溶出させる。ウイルス粒子を集めるときに粗精製も行っているので、溶出されたRNAは十分な純度が有り、そのままRT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)に供してウイルスRNAを検出する。ナノ粒子に磁性を持たせれば磁性分離ができるが、その場合はガイドとなる磁性マイクロ粒子を加える方法を考案し、検体を得てから3分ほどで、RT-PCRに使用できるRNA溶液を作製できるようになった。

図1
図 1 糖鎖固定化ナノ粒子を用いるウイルスの高感度検出法:ウイルス粒子を捕捉・濃縮・精製する

表1は、われわれの検査法の最初の臨床研究の結果の一部である。鹿児島市内の小規模医院または大学病院でインフルエンザ様症状のある患者さんの鼻腔拭い液と迅速診断キット(イムノクロマト法)を用いた時の結果と、同患者から唾液を約0.5mL採取して、SGNP法でRNAを抽出し、RT-PCR法で測定(以下、SGNP/PCR法)した結果の比較である。陽性率(感度)は圧倒的にSGNP/PCR法が優れていることが示された。迅速診断キットで陰性と判断されたインフルエンザ様症状のある患者さんの50%以上が、インフルエンザ陽性だったことは驚きだった。さらに、5年間ほど臨床研究を継続し、2017年には厚生労働省の先進医療会議で、「糖鎖ナノテクノロジーを用いた高感度ウイルス検査法による感染症診療および院内感染対策支援」として先進医療Aとして認めていただいた。

この先進医療Aの研究では、今まで明らかとなっていなかったSGNP/PCR法が、迅速診断キットに比べて特に優れた性能を示す発症後の時間帯を調べることを主目的とした。2018~19シーズンにI病院で行った検査では、インフルエンザ様症状を発症後24時間以内で、迅速診断キット陰性患者46人のうち17人の唾液にインフルエンザウイルスA型(9人)、B型(7人)、A+B型(重複感染1人)が認められた。また、M医院では、194人のインフルエンザ様症状を呈した患者194人中、64人(A型53人、B型9人、重複感染2人)の唾液からインフルエンザウイルスが検出された。このように、発症後24時間以内でも、インフルエンザ罹患者を的確に捉える検査であることが示された。さらに、30人の患者唾液の希釈液を、MDCK細胞を用いたウイルス分離培養実験に供したところ、精度(陽性合致率、13/13)および特異度(陰性合致率、17/17)とも完全に一致し、SGNP/PCR法は、感染性のあるウイルスを測定できる方法であることが示された。

表1
表1 2011-12シーズンに行った臨床研究の結果:インフルエンザ様症状の患者の鼻腔拭い液を用いた
迅速診断キットでの検査結果と唾液を用いたSGNP/PCR法で行った検査結果の比較

これらの結果から、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)との協議を経て、臨床性能試験を行った。患者さんの唾液を検体としたSGNP/PCR法との対照試験としては、今まで認可されたインフルエンザの体外診断薬では、唾液を検体として用いた例はなかったため、同患者の鼻汁のMDCK細胞を用いたウイルス分離培養とした。ウイルス量は鼻汁の方が多いことが多くの論文や報告で明らかとなっていたので、この比較試験で90%以上の合致率が得られるか不安であったが、2019年12月から鹿児島市内の四つの医院・病院にお願いして、臨床性能試験を開始した。2020年3月からは新型コロナの影響で、ほとんど検体が集まらなくなり、PMDAの了承の下、問診票などデータが全てそろっていた463人の患者検体のデータを比較した。その結果、幸いにも精度93%、特異度95%、全体95%の合致率となり、臨床性能試験は成功裏に終了した。

■新型コロナ

2020年2月、先進医療Aの共同研究者である田島医師が勤務する浜松医療センターへ、新型コロナに罹患した患者さんが入院された。ヒトのコロナウイルスは経験がなかったが、豚のコロナウイルス(豚流行性下痢ウイルス)はインフルエンザウイルスと同じSGNPで濃縮できることが分かっていたため、田島医師と相談し、SARS-CoV-2の臨床研究を開始した。田島医師が唾液と喉咽頭または鼻咽頭拭い液の2種類の検体を採取し、喉咽頭または鼻咽頭拭い液は浜松環境保健センターで国立感染症研究所(国立感染研)のプロトコールに従ってRNAをキアゲン法で抽出し、PCR検査を行った。一方、唾液はインフルエンザ用のキットでウイルスを濃縮してからRNAを抽出して鹿児島に送付していただき、われわれが米国CDC(アメリカ疾病予防管理センター)および国立感染研推奨のプライマー・プローブを部分的に改良したものを用いてPCR検査を行った。結果、この患者さんは入院後35日目まで唾液にSARS-CoV-2が存在し、唾液が陰性になった後、鼻咽頭拭い液が陰性になって42日目に退院された。この研究から、朝起き抜けの唾液を検体として使用すれば、鼻咽頭拭い液と同様な結果をえる検査が可能であることが示唆された。

引き続き、浜松医療センターで検査を行った新型コロナ罹患疑い患者の唾液と鼻咽頭拭い液を用いて、臨床研究を継続した。そして、浜松医療センターでの鼻咽頭拭い液を用いて行った検査結果を対照試験として、SGNP/PCR法を評価した。その結果、鼻咽頭拭い液を用いた場合は、精度(10/10)、特異度(15/15)となって100%合致、唾液の場合の精度(9/10)は90%合致、特異度(15/15)は100%合致となった。そこで、これらの結果を厚生労働省へ説明し、緊急使用可能な研究用試薬「SUDx SARS- CoV-2 detection kit」として2020年6月10日付けで保険適用が認められた。

■薬機申請

インフルエンザの臨床性能試験が精度、特異度ともに90%を超えたので、PMDAの全般相談を2020年6月24日に受け、薬機(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律:薬機法)申請について相談したところ、症例463で問題なく、申請して良いとの意見を頂いた。余った時間で、上述の新型コロナ検査の保険適用を受けた検査キットと組み合わせて、唾液でインフルエンザとコロナを同時に測定できる検査系を検討していると話したところ、2020年インフルエンザシーズンに備えて、むしろ同時検査系を先に薬機申請をするようにとのご示唆をいただいた。そこで、不活化したSARS-CoV-2とインフルエンザA型およびB型の陽性対照品を唾液と混合した人工模擬検体を用いるプロトコールを約2週間後の全般相談で伝え、PMDAの了解を得た。その相談の場には、厚生労働省の方も同席され、量産化も検討するようにとのご要望を頂いた。

3種のウイルスを同時に測定するための酵素系、プローブとプライマー、マルチプレックス色素の選定などを行った後、計120の人工模擬検体を用いた試験を行い、それぞれの模擬検体を、新型コロナ、インフルエンザA型、インフルエンザB型単独での測定を対照試験として評価した。その結果、精度(105/105)、特異度(15/15)ともに100%となった。これらの結果をまとめて、「SGNP nCoV/Flu PCR検査キット」として9月に薬機申請を行った。さらに、唾液だけではなく、鼻腔拭い液、および鼻咽頭拭い液を用いた人工模擬検体の試験も行い、最終的に検体としては唾液、鼻腔拭い液、または鼻咽頭拭い液を使用して、新型コロナとインフルエンザを同時に測定できる体外診断薬として、10月23日に薬機承認、さらに11月10日に薬価がついて保険収載となった。

唾液を用いて、インフルエンザと新型コロナを同時に検査できるキットは、われわれのキットだけであり、現在も正式に認可されているものは他にないと思われる。唾液は、患者が苦痛や不快な思いをせずともよい検体であり、自己での採取をオンラインで行うことも可能である。

■偽陽性とならない検査法

SGNP/PCR法は、最初にウイルス粒子を集めてくるので、この方法で測定するウイルス量は患者の病態を説明できると考えた。これを証明するために、新型コロナの入院患者のフォローアップ実験を行った。上述の浜松医療センターの例を参考に、鹿児島市内のT病院に入院された患者さんから、朝起き抜けの唾液を採取し、SUDx SARS-CoV-2 detection kitの検体希釈保存液に混合し、4℃保存していただいた。その溶液から、キアゲン法(Boom法)でSARS-CoV-2のRNAを抽出・精製、またSGNP法でウイルス粒子を集めてから、RNAを抽出し、両者を同じRT-PCR試薬とPCR測定機、同じプロトコールで検査し、元の溶液中のウイルス濃度として定量した。

二つの例を示す。図2のように患者TCH-59は、入院2日目にはSGNP法(図中の青色棒グラフ)、キアゲン法(図中の灰色棒グラフ)ともにかなり高い濃度のRNAが唾液中に存在したSGNP法では、5日目にいったん少し上昇したが、RNA濃度は日ごとに減少傾向があり、6日目以降は検出できなかった。一方、キアゲン法ではRNA濃度は10日目までほぼ変わらなかった。患者さんの病状は日ごとに良くなり、7日目には完全に無症状となった。患者TCH-61は、入院2日目には、非常に少ないRNAがSGNP法で検出されたが、キアゲン法では検出できなかった。SGNP法は単純計算では検体を25倍に濃縮するが、キアゲン法の濃縮度は2.5倍ほどのためと思われる。3日目はSGNP法では変化なかったが、4日目には上昇した。キアゲン法では3日目にRNAが検出され、4日目はほぼ同じレベルのRNAであった。5、6日目は週末のため、検体採取ができなかったが、7日目にはSGNP法、キアゲン法ともにRNA量は上がっていた。さらにこの患者は病態が悪化し、専門病院へ転院された。

患者TCH-59のように、キアゲン法では、ウイルス断片のRNAとウイルス粒子のなかのRNAは区別できないため、回復期の患者さんにPCRを行うと、偽陽性となり、混乱が生じる恐れがある。そのため、入院患者のPCRはあまり行われないようである。検査せずとも、患者TCH-59のように、10日間入院して、病状が残ってなければ、患者は退院できる。一方で、患者TCH-61は、病状の悪化をキアゲン法でもSGNP法でも予想させるデータが得られている。以上から、SGNP法のように、病状と一致する結果が得られるPCR検査は非常に有効であろう。さらに多くの例があり、現在論文にまとめつつある。いずれもSGNP法では、キアゲン法よりも病状の回復を説明できるRNAが定量されており、より偽陽性の可能性を下げた検査が可能になると思われる。

図2
図2 COVID-19入院患者(TCH-59、TCH-61)のフォローアップ臨床研究
唾液検体のPCR前処理法の比較(SGNP法:青色棒グラフ;キアゲン法:灰色棒グラフ)

■終わりに

SGNP法は、PCR検査の前処理法として、簡単で短時間でできるという利点と、ウイルス粒子を濃縮するので、感度を上げ、かつ病状を的確に表すPCR検査法を可能にし、特に回復期の患者さんには早期に現場復帰も可能であろうという例も見いだしている。東京オリンピック・パラリンピックの際など、アスリートが罹患した場合には、有効な検査法となるであろう。

現在、検体数が少ないが迅速な結果が求められる場合に使用していただくための、Multipelx対応の高速PCR測定機の開発を行っている。また、SGNP法の自動検体処理装置についても、開発していきたいと思っている。