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中国の成長と共に歩んできた清華大学のスタートアップエコシステム

デロイト トーマツ グループ 曾 婷

写真:デロイト トーマツ グループ 曾 婷

2021年4月15日

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近年、中国のイノベーション能力が顕著に向上している。

2018年に中国の国際的科学技術論文の総数と引用回数は米国に次ぎ世界2位となり(図1)、年間特許出願件数と登録件数は世界1位となった。

研究成果の市場化を手掛けるスタートアップも相次いで設立され、次世代のリーダー企業とみなすユニコーンの数も米国に次ぎ2位となり、北京、上海、深センなどの都市エコシステムや「BAT」(Baidu、Alibaba、Tencent)などの企業エコシステムは多くの研究対象となっている。

本稿では、中国の大学を代表する清華大学およびその傘下でスタートアップ支援事業などを手掛けるTusホールディングスが、中国のイノベーション政策の変遷に伴い、どのようにしてスタートアップエコシステムを形成してきたのかを見ていく。

図1:各国におけるユニコーン企業数
図1 各国におけるユニコーン企業数
出所:CB Insightsのユニコーンリストを基にデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社作成

中国のスタートアップの現状

CB Insightsによると、2021年2月16日時点で世界の532社のユニコーン企業のうち、米国が256社、中国が121社を抱えており**1、その中でも、世界中のショートビデオアプリTikTokを運営するByteDanceとライドシェアのDidiは最も企業価値が高い企業と評価されている。

実際にグローバルランキングに載っていないスタートアップも多く、中国のスタートアップデータベースのIT桔子によると、275社のユニコーンがあると言われている。その内、105社が北京、53社が上海、45社が広東省、28社が浙江省にあり、上位4地域は中国ユニコーンのうち8割以上を生み出している**2。また、この4地域のエコシステムはグローバルにおいても高く評価されている。Startup Genomeが毎年発表する都市エコシステムランキングTop 30 Global Startup Ecosystems 2020において、中国は北京(4位)、上海(8位)、深セン(22位、広東省)に加え、杭州(28位、浙江省)、香港(29位)も新たにランクインしており、日本は東京が初めてTop30に入った(15位)**3

北京のユニコーン輩出には、清華大学、北京大学をはじめとする著名な大学において、優秀な人材や研究開発機関が集積していることが背景にある。IT桔子が2015~2017年に設立したスタートアップにおける創業者・経営陣の所属する大学について分析したところ、最も起業家を輩出する大学は清華大学と北京大学であり、それぞれ196人、183人を輩出した。特に清華大学はPony.ai、Momentaなどの自動運転ユニコーン、MEGVII、Horizon RoboticsのAIユニコーン、そして最近上場したEV新興企業のXpeng、月間アクティブユーザー数3億人を抱え、TikTokに次ぐショートビデオアプリを展開するKuaishouなど、清華大学の学生・卒業生により設立される有力スタートアップはすさまじい勢いで増加している。これまで多くの研究開発成果を挙げている清華大学は、それらの市場化を担うスタートアップの輩出にも成功しているといえる。

中国のイノベーション・スタートアップ政策に伴った清華大学エコシステムの変遷

中国は1978年に改革開放政策が始まってから、民間企業の設立が認められた。この40年余りの間に多くのイノベーション企業、特に最近注目されるハイテクスタートアップが続々と誕生し、中国も創新型国家として認められつつある。清華大学においては国の発展に伴い、1980年に初めての大学発企業を設立し、40年後の2018年には、大学発企業である清華ホールディングスは中国企業連合会、中国企業家協会が発表した「中国企業トップ500」において137位、研究開発費の売上高比が3位となり、中国における最もイノベーティブな企業の一つとなった。また、その傘下のTusホールディングスは中国各地において多くのスタートアップ支援拠点を設立して地域のエコシステム構築に貢献している。

本章では、国の政策の歴史を見ながら、清華大学スタートアップエコシステムの変遷について見ていく。(表1

表1 中国全体および清華大学スタートアップエコシステムの変遷
表1:中国全体および清華大学スタートアップエコシステムの変遷

出所:各種公開情報を基にデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社作成
※FoF(=Fund of Fund)、ファンドオブファンズとは、複数の投資信託を投資対象とする投資信託のこと

フェーズ① 研究開発の市場化に向けた改革

中国は1978年に改革開放政策が始まり、鄧小平は演説の中で「科学技術は第一の生産力」と表明し、科学技術と経済発展と融和する時代が始まり、1985年、「科学技術体制改革に関する決定」が発表され、「経済の発展は科学技術に頼らねばならず、科学技術は経済に向き合わなければならない」との方針が打ち出された。1995年には「技術の進歩加速に関する決定」にて「科学・教育興国」戦略が打ち出された。

この動きに対し、大学は研究開発のみならず、その成果の応用と市場化も探り始めた。清華大学では1980年に中国初の大学発ベンチャー「清華技術服務公司」が設立された後、続々とスタートアップが誕生した。1988年設立の「清華大学科技開発総公司」は半導体大手「紫光」の前身であり、1994年に設立したサイエンスパーク(科技園)を管理する組織は現在の「Tusホールディングス」の前身である。

同時期には、清華大学卒業生の張朝陽氏が1995年に米国マサチューセッツ工科大学(MIT)博士課程を修了して帰国し、大手ウェブポータルサイトのSohuを設立し、2000年にNASDAQへの上場を実現した。

フェーズ② 自主イノベーション力の向上

2006年に中国は「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006~2020)」を発表し、自主創新能力向上、イノベーション型国家建設の目標を掲げ、具体的に15年間をかけて2020年に創新型(イノベーション)国家に仲間入りする目標を発表した。

大学と運営する企業間の独立性や経営リスクなど、様々な課題が浮上し、「清華大学企業集団」が2003年に「清華ホールディングス」に名称変更し、前述した「紫光」、サイエンスパーク管理会社を含む全ての清華大学関連企業を持ち株企業として傘下に収め、「持ち株制」により企業運営から企業保有の方向に転換した。

卒業生である王興氏は2003年に中国のFacebookといわれる「Xiaonei(校内)」を設立し、大学生の間で最も人気のあるSNSとなった。

フェーズ③ イノベーションによる経済発展駆動

2012年に中国は「イノベーション駆動経済発展戦略」を発表し、科学技術イノベーションにより社会と総合国力を向上させる方針を示し、2016年に同戦略を基に2050年までの目標、方向性、重点任務を明らかにした。2018年以降には5G、AI、IIOT(インダストリアルインターネット)、新エネ車充電インフラ等の新型インフラ建設を促進するための政策を相次いで打ち出した。

起業関連の政策として、教育部が2010年に「高等学校における創業創新教育及び大学生自主創業の促進に関する意見」を発表し、起業家教育プログラム、学生起業活動の支援などを促進することを示した。2014年9月、李克強首相がダボス会議で「大衆創業、万衆創新(大衆による創業、万人によるイノベーション)」を提唱した。その一連の政策を受け、中国のユニコーン企業が2016年に37社から現在の121社に急増した。

清華大学も教育部の政策に従い、学生起業家教育および起業活動支援の専門組織「清華x-lab」、スタートアップ投資機関として「Tus Star」を設立した。

学生や卒業生により設立したスタートアップは冒頭にて説明したように非常に増えており、前述の「Xiaonei(校内)」の創業者であった王興氏も2010年に再度起業し、デリバリー最大手のMeituanを設立した。

現在の清華大学におけるスタートアップ支援機関

清華大学における起業支援活動は非常に盛んであり、起業家マインド醸成、アイデア形成からレイト期の販路拡大、海外展開まで、全スタートアップステージをカバーする様々な支援を提供している(図2)。

本章では学内組織による支援を分析していく。

図2:清華大学における主要な起業支援組織およびプログラム
図2 清華大学における主要な起業支援組織およびプログラム
出所:Tus ホールディングス紹介資料、各種公開情報を基にデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社作成
①起業家マインド醸成・アイデア形成:「Dream Course」を代表とした起業家教育プログラム

起業家教育プログラムの代表として「Dream Course」があり、起業基礎知識に関する講義に加え、実践型起業プロジェクトも設けられており、Meituanのような卒業生により設立されたスタートアップと連携したプログラムも多い。起業家アイデアピッチの場として「校長杯」、「校友三創(創業、創意、創新)」などのビジネスコンテストがあり、優勝チームに起業のスタート資金を提供し、非参加者の学生も含めて、起業に対する認知・興味関心を高めている。

②アーリー期スタートアップ:x-lab、Tus Star

初期スタートアップに対し、大学内部においてx-labはエンジェル投資家、企業経営者によるメンタリングのほかに、大学に隣接する清華大学サイエンスパーク内のインキュベーション施設にてスペースも提供している。Tus Starは清華大学の関係者に関わらず、一般投資家として様々なスタートアップに出資し、インキュベーション施設のスペースも提供している。

③ミドル・レイト期スタートアップ:Diamond Plan、Tusホールディングス海外拠点

スタートアップの製品・サービスが確立された後、最も重要な課題が顧客開拓になる。これに対し、TusホールディングスはDiamond Planを運営し、厳選したスタートアップに資金、技術、人材、協業パートナーなどのリソースを、清華大学関係者に限定せず、全てのスタートアップに提供している。

また、Tusホールディングスは国内外に多くの拠点を設立し、エコシステム構築のノウハウに加え、清華大学の学生や研究開発成果を各拠点へ誘致し、現地のエコシステム構築に寄与している。各拠点にて構築した現地の政府・大企業との関係を活用し、スタートアップの地方や海外への展開を支援している。

まとめ

中国の目まぐるしい変化と成長に伴い、清華大学は最初の企業設立から、統廃合による経営管理の効率化、サイエンスパークでの試み、持ち株制による大学との独立性維持など、様々な試行錯誤を繰り返しながら、現在はTusホールディングスによるリードのもと、大学発スタートアップを強力に支援するエコシステムを構築してきた。さらには、その成功モデルを横展開するために国内外に多くの拠点を設立し、一大学にとどまらず、地域、国のエコシステム構築に貢献している。

参考文献

**1:
The Complete List Of Unicorn Companies(CB Insight、2021年2月16日)
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**2:
全球新経済行業最新估値超過10億美元的独角獣公司榜単(IT桔子、2021年2月26日)
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**3:
Global Startup Ecosystem Report 2020(Startup Genome、2020年)
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