特集工学系私大で産学連携が活性化

落雷位置データを活用し産学官連携で社会に貢献する

湘南工科大学 電気電子工学科 教授 成田 知巳

写真:湘南工科大学 電気電子工学科 教授 成田 知巳

2021年3月15日

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成田研究室は、インターネットを介して共有する「落雷位置標定システム(LLS)」の受信局を、2017年に日本で初めて湘南工科大学に導入。北海道大学、東北大学、東京大学、京都大学など全国の大学と連携して共同研究を進めた結果、現在までに国内53カ所、国外20カ所にシステムを設置し、日本全域および東南アジアやオセアニア地域でも最大の落雷位置標定ネットワークとして広がりをみせている。2020年10月30日、海上保安庁の海洋状況表示システム「海しる」に、「落雷位置標定システム(LLS)」の落雷位置情報の提供を開始した。4年制私立大学から同システムへの情報提供は初めてのことである。本稿では、その概要を紹介する。

海上保安庁への落雷データ提供

「海しる」は、海上保安庁が運用している情報サービスの愛称であり、海洋関係機関が収集・保有している海洋情報を集約し、衛星情報や海上気象の情報などを地図上で重ね合わせて表示できるシステムのことである。2020年11月5日に湘南工科大学で⾏われた情報提供開始式で、海上保安庁の森宏之参事官が、「海しるは、海洋情報の総合図書館」と例えたように、航海の安全や海洋権益の保全、防災・環境保全など、海洋における情報の収集や管理などを幅広く担っている。海洋情報をリアルタイムで表示させるために、さまざまな機関とのデータ連携を行っており、今回提供を開始した落雷位置情報もその一つである。

産学官が連携することで、日本周辺の海洋状況把握の能力強化はもちろんのこと、海洋における落雷地点の詳細データが、「海しる」ウェブサイトで誰でも自由に閲覧することができ、集中豪雨など気象災害防止にも役立てられている事例である。

このように本学では教育理念に基づき、産学官連携においても、さまざまな最先端の技術と知を結集して、次代を担う人材の育成と学術の研究を通じて、社会の共通課題に取り組んでいる。

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情報提供開始式(2020年11月5日)
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落雷位置表示例(海しるモバイル版)

落雷位置標定システム(LLS)の概要

雷放電による災害によって生じる経済損失は膨大である。突発的な降雨や雷放電によって生じる水害や停電などによる公共災害防止のために落雷位置標定システムが必要となる。

商用の落雷位置標定システムは、気象会社や電力会社のものがあるが、無料で公開されているデータは広域の情報であり、詳細なデータは非公開または有料である。一方、ICT技術の向上により、ネットワークを介してセンサをコントロールすることが容易になるとともに装置が安価に入手可能となった。

そこで、ICT技術を活用した安価な受信局を用いて、世界規模で高精度の雷放電標定ネットワークの実現を目指す「Blitzortung」プロジェクトに参加した。このプロジェクトは、ドイツ・ハインリッヒハイネ大学のEgon Wanke教授らが2012年に開始したもので、受信局を自らがはんだ付けすることで製作し、設置をボランティアが担い運用されている。雷放電標定の座標などの雷に関するデータは、リアルタイムでインターネット上に無料で公開されている。

現在、落雷位置標定のための受信局は主に米国、欧州、オセアニア地域で展開しており、2021年1月現在、約2,800 台の受信局が登録されており、そのうち約半数の1,600台が稼働状態にある。日本国内では2016年2月に湘南工科大学が初めて設置し、2021年1月までに国内は北海道から沖縄および小笠原まで全国53局、海外はモンゴル、インド、バングラデシュ、ネパール、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナム、フィリピン、グアム、ハワイに20局を成田研究室が設置した。雷放電から発生する電磁波を受信し、その到達時間差から落雷の位置を計算する仕組みである。VLF帯の電波を受信するため、遠方まで伝搬する特性を持つ。特に夜間であれば受信局から約5,000km以上の落雷位置が標定できる場合もあることから、オセアニア、アジア地域での落雷位置標定が可能となりつつある。

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雷観測装置の配置図(全国53箇所)

プロジェクトの始まり

湘南工科大学に約6年前に着任した際、限られた研究予算の中、学生が手作りした装置で落雷から発生する電磁波を受信する面白さを体験できるのではないかと考えたことがきっかけでこのプロジェクトは始まった。大学に移る前は、電力会社に所属し、研究所に11年、支店・支社に14年勤務していた。研究所では、設備の耐雷設計合理化や落雷位置標定システムの精度向上などの研究をしており、落雷による設備事故を点検する業務にも携わっていたことから、落雷位置情報の重要性は認識していた。電力設備にとって落雷は、電気事故の一番の原因である。ただ、商用の落雷位置標定システムは、個別設計の専用機器で構成されているため、コストに課題があった。

そこで、汎用品を用いて観測装置を自作することにより、安価で高性能な装置にすることを目標にした。まずは、大学の屋上に設置し、装置の特性を測定するところから開始し、改良を加えつつ、少しずつ受信局を増やしていった。当初は、産学官連携など考えもせず、知人や親戚の家に受信局を設置した。

「産」を巻き込む

ある程度、受信局の展開ができたところで、落雷事故巡視に活用可能ではないかと電力会社に共同研究を提案したところ、データの評価をすることになった。まずは、関東地方を中心に受信局を設置してデータを評価した結果、コストは安いものの、課題が多い結果となり、改良を続けることになった。例えば、周辺ノイズを拾いやすい課題に対しては、シールドやローパスフィルタなどの追加対策を実施した。

「学」を巻き込む

知人や親戚だけでは、受信局の数を増やすことは困難なので、雷観測に興味がありそうな大学の先生にコンタクトしたところ、各地の大学に設置することができた。また、その先生の知り合いを紹介していただくことで、さらに拡大していった。現在、日本国内では、北見工業大学、北海道大学、苫小牧高専、弘前大学、東北大学、足利大学、東京大学、千葉大学、静岡県立大学、大同大学、京都大学、香川大学、高知大学、琉球大学の協力により運用している。また、海外では、ハワイ大学、ベトナムのハノイ工科大学、ダナン大学、ホーチミン市民大学、タイのラジャマンガル大学、インドネシアのシアクアラ大学、バングラデシュのバングラデシュ工科大学、インドのインド工科大学、アンドラ大学、ラジャンスタン中央大学、ジャダフプール大学、ネパールのトリプバン大学などに展開している。そのほか、京都大学の紹介でアジア各地に気象観測装置を展開している東洋電子工業(株)、NPO法人気象システム技術協会の協力を得てミャンマー気象庁、インド気象庁、カンボジア電力公社などともコンタクトを開始している。アジア各地に雷の観測網の整備を進め、アジア圏の減災に役立てていきたい。

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左から京都大学林泰一教授、筆者、ミャンマー気象庁長官

「官」を巻き込む

学生の発表機会および情報交換を目的に、気象関係者の連携組織である気象ビジネス推進コンソーシアムの展示会に毎年参加している。その展示会において、偶然、海上保安庁の担当者が来場され、情報交換したところ、ニーズが合いデータを提供する方向で検討することになった。本システムは、エリアがアジア周辺海域を広くカバーしている特徴があり、海上保安庁のニーズに合致しているデータであった。定期的にデータを送り出すソフトウェアを作成するとともに、安定的に提供するための専用サーバを構築した。

課題

日本全国に53局の受信局があり、サーバもレンタルするなど設備を維持するための手間や費用がかかるが、全て無償で提供しており継続性に課題がある。外部資金の確保が必須であり、科研費を始め、外部資金の確保に追われている。また、現在の研究室の体制は、教授1人、修士1人、学部4人、秘書0人で運用しており、ほとんどの学部生は大学院に進学せず就職するため、研究は1年ごとにリセットされてしまう悩みがある。さらに、小規模私立大学であることから教務や学務が多く、エフォートは全体を100とすると、研究や産学官連携は10~20程度であり、時間の配分に苦慮している。

今後の展望

日本全国53カ所、アジア20カ所に観測装置を展開しているが、日本では西日本に少ないことからさらに増設していく予定である。また、コロナが落ち着いた段階でアジア地域への増設を検討していく。さらに、日本海沿岸の風力発電設備は、落雷の影響を大きく受けることから、データを活用できる機会があると考えている。

最後に

雷観測装置1台を学生と自作するところから始め、徐々に受信局数を増やしつつ改良を続けた。その結果、いつのまにか産学官と連携して、大きなシステムを構築するに至った。この展開のポイントはGive & Giveの精神と考えている。Give& Takeであればこれまで進むことはなかったに違いない。これまで、全てのハードウェアを自作し、無償提供して設置側には何も負担していただかないというポリシーで実施した。また、観測データは全て提供し、説明資料も提供した。つまり、何から何まで提供することにより、協力と信頼を得たと考えている。周囲を巻き込むことにより、思いがけない出会いも数多くあり、刺激を受けながらやりがいを感じている。また、学生にその姿を見せることにより、何かを感じて欲しいと願っている。