連載SDGsと地方創生

(4)続・地方創生と持続

公立小松大学 顧問 林 勇二郎

写真:公立小松大学 顧問 林 勇二郎

2021年2月15日

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工業社会は、人工物や人工システムの普及と多様な組織や制度をもって、高度な社会を創出してきた。その一方で、人間の能力や人と人との関係、さらには生活の様態に様々な影響を及ぼしている。前号では、農業社会から工業社会への移行が、国家アイデンティティーや文化の希薄化、個々人と集団の能力の低下や生活上のリスクの増加、地方都市の構造的な崩壊などをもたらしたとし、その観点と機序について言及した。さらに、地方都市がこれらの事項に対する優位性と脆弱性を併せ持っており、その長短を捉えた「地方創生」が、人類が持続的に発展するための一つの基軸であるとした。

このような地方創生は人類の共通課題であるが、工業化の進捗や状況が異なる国家にあっては、それぞれに対応した取り組みが求められる。人口減少が重なるわが国にとっては特に深刻な問題であるが、科学技術立国を掲げ工業化を先導してきた先進国として、あるべき範を世界に示す責務があろう。

本号では、地方創生が、社会の質的持続性と構造的持続性からなるとし、それぞれの観点に関わる公的な対応から市民や各種団体の取り組み、さらにはICTやIoTとの関与などを概観し、人類の持続的発展のあり方を探る。

社会の質的持続性

「人間社会は、自然と共生して知的活動とモノづくりを営み、組織的に生活することで世代をつなぎ、文化を育んでいる集団である」。人間社会を定義するこの一文に照らせば、地方創生の観点と人間社会のあるべき姿は次のように言えよう。知的活動とモノづくりのためには、ホモサピエンスである個人の能力の発達とその維持が必須である。コミュニティの形成には、集団の能力が求められる。世代をつなぐためには、生活上のリスクを減らし、健やかに暮らすことが問われよう。そして、人類の存在理由であるアイデンティティーの形成には、精神文化の創造が極めて重要であろう。

地方創生は、社会の発展に伴う負の事象からの回帰である。本来あるべき姿への回帰は不可逆的であるだけに、社会を挙げた高い意識が必要であり、それが自助、共助、公助であろう。図1に、個人の能力や健やかな暮らしなど、人類のあるべき姿と関連付けた地方創生の観点とその活動などの事例を示し、以下にその実態について言及する。

図1
図1 地方創生の観点とその活動
①個人の能力

ホモサピエンスである人間の能力は、数十万年の歴史とともに発達してきたが、近年その低下が懸念されている。OECDは、世界の72カ国から生徒約54万人の参加を得て、国際学習到達度調査「PISA」を実施している。学校で習得する読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野の基本的な知識に加えて、それらを生活に生かす能力の調査であり、子供の発達過程での修得を確認している。2018年の調査では、日本の読解力の順位が8位から15位に下がった話題は記憶に新しい*1。また、国際教育到達度学会は、国際数学・理科教育動向調査TIMSSを1995年から開始し、基礎的な知識の習得度を測定している。体力・運動能力の調査は、わが国においては1964年度に始まる。都市化や人工物の普及による社会の発展が、体力や運動機能を変化させ、それが日常の生活や仕事にどう影響を及ぼすかの調査である。

子供たちの発達過程で習得されるこれらの基本能力の結果は、学修指導要領へのフィードバック、スマートフォンなどの最新機器の開発や使用に対する指針、さらにはジムなどでの自主的な体力づくりや頭脳の訓練に生かされている。健康寿命の延伸には、変化する体格に相応した体力づくりが求められよう。

②集団の能力

農業社会は、生産と生活が一体になった共同体を形成し、信頼関係・規範・ネットワークなどの人と人とがつながる絆を醸成してきた。しかし、工業社会は、都市化や情報化が人と人との出会いを少なくし、サービス産業や公共サービスが市民の連帯意識を希薄にしており、コミュニティ形成に必要な集団の能力は低下する傾向にある。

律令の時代には50の集落をもって里とし、村人たちは、“社(やしろ)”と呼ばれる何もない広場に集って、五穀豊穣を祈り、祭りを踊り、神聖さと人間くささが入り混じることで、地域のアイデンティティーを育んだとされる。社会は、人が“社”の下で“会う”ことを語源とするが、このような役割を担う場が少なくなっている。

キリスト教やイスラム教では、市民が定期的に集まり祈りを捧げる教会が場となっているが、わが国における宗教活動は、日常の生活と疎遠になる傾向がある。町会はコミュニティ形成に重要な組織であるが、現在のままでは存続が難しい。高齢化に伴う課題や災害対応、犯罪や各種リスクに対するセーフティーネットとしての役割、旧来の住民に外国人やマンション居住者の組織など、新たなプラットフォームづくりが求められよう。

総務省は、ふるさとワーキングホリデー推進、関係人口創出・拡大、地域おこし協力隊、子供の農山漁村体験など、地域のアイデンティティーや資源を活用した地域力創造の事業に取り組んでいる。表彰制度「ふるさとづくり大賞」*2は、やがて40年の歴史を重ね、“社”に代わる場や新しい仕組みに大きな役割を果たしている。

③健やかな暮らし

工業社会は、高度な利便性とともにネガティブな環境を提供している。ユビキタス環境下での市民の暮らしは受動的であり、健やかな暮らしには高い意識が必要である。現状を確認し、また市民相互で意思の疎通を図るためにも、ツールとしてのICT/IoTの活用は有効であろう。ここでは、健やかな暮らしが世代継承の基本であるとし、子供、壮年、高齢者の実態について概観する。

子供たちの暮らしは学びと遊びが基本であり、そのための安全安心な環境づくりは、国が責任を持って進める将来の投資である。子供たちの農山漁村交流なども見直されてはいるが、都市環境とともに大きく変容したライフスタイルをどう取り戻すかが課題である。登下校時の安全安心という当面の課題については、ランドセルにタグを付け、それをモニタリングする計画が進む一方、防犯ボランティアやスクールサポート隊など、コミュニティが連帯した活動が広がっている。

15歳から65歳の壮年は、国の生産活動を支える人口層であるが、生活習慣病が生産活力を低下させ、これと肥満が複合したメタボリックシンドロームが三大疾病を引き起こしている。車社会や豊かな食生活の高度社会が生活習慣病や疾病を引き起こし、その予防、診断、治療に係る先進的な高度医療や先制医療が、社会保障費を膨らませている。

経済産業省は、従業員などの健康管理を経営的な視点で捉える健康経営を推奨している。企業などが健康投資を行うことで、従業員の活力や生産性の向上をもたらし、結果的に組織の経営力を高めるもので、この制度を利用して健康経営銘柄の指定を受ける法人が増加している*3。制度の柱は、健康保険管理者が被保険者である従業員や市民の健康に係るデータを取得管理し、運動や食事の指導を通して生活習慣を改善することで、病気を回避する仕組みである。個人および全体に対するビッグデータは分析統合され、本人への指導にフィードバックされるほか、データの取得を預かるジム、クリニック、薬局などのサービスの深化、さらには健康に関連する産業の製品開発のプラットフォームとなることが期待される。

65歳以上の高齢者を社会的弱者と見なせば、高齢者の暮らしを支えるのは、国や地域が一体となった公助と共助が基本である。しかし、健やかな暮らしの原点は生きがいであり、それには可能な限りの自立や自助が必要である。即ち、公助や共助は自立を引き出すための支援であることが望ましい。2005年の介護保険法改正のもとに、2025年を目途にした地域包括ケアシステムの整備が進展している。地域包括ケアシステムは、地域の高齢者が自分らしく最期まで生活するために、介護や医療、住まいや生活支援などのサービスを、可能な限り在宅ケアを基本としながら、地域で一体的に提供するシステムである。

システムの中核は、市町村から運営を委託される地域包括支援センターであり、ケアマネージャーが介護・医療・その他の関係職種の仲介役となってサービスを提供している。高齢者の住まい・施設・介護サービス・給付などの利用状況、健康状態の実態、さらには日常の活動状況など、把握すべき事項は多い。これらをデータ化したビッグデータを統合・分析することで、高齢者一人ひとりのサービスの提供と、それをプラットフォームとした街づくりと支援機器やサービスの開発が可能となろう。

④文化の創造と継承

農耕は、太陽エネルギーなどの自然環境の資源をインプットとし、農業生産物の獲得をアウトプットとしている。そこには、自然環境と生活とが一体となった協働作業があり、これが人と人との連帯を強め、自然の恵みに感謝と祈りを捧げ、季節や風物を愛でる精神文化を育成している。即ち、農耕における人と人との親和性が、協働の精神や絆とともに多様な振る舞いの総体としての文化を醸成しており、これはアウトカムと言えよう。

知的資源と物的資源をインプットとする工業社会は、製品やサービスをアウトプットとする高度な社会を構築してきたが、人と人とのつながりに関わる社会関係資本や文化の創造には多くは望めない。また、工業化がもたらすグローバル化は、インターネット上での英語の地球言語化や少数民族言語を消滅するなど、アイデンティティーを埋没させている。国際機関および各国政府は、人類の文化的活動によって生み出された有形無形の文化的所産の保護に努めている。中でも学術上、歴史上、芸術上、鑑賞上などの価値が高いものは、文化遺産あるいは文化財と位置付けられ、条約、法律、条例などによる保護の対象とされるが、このような考え方の基本をなすのが異文化理解である。

まち・ひと・しごと創生

人口減少と東京圏の一極集中が進む中で、地方活力の減退と国の経済力の低下が懸念される。政府は、2014年に「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定し、2019年には第2期計画を閣議決定している*4。そこでの基本目標は、①地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする、②地方への新しいひとの流れをつくる、③若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる、④安心なくらしを守り、地域と地域が連携し好循環する地域をつくる、の4点である。

日本世論調査会が2020年11月に実施した全国郵送世論調査によれば、地方創生策について「進んでいない」「どちらかといえば進んでいない」と答えた人が89%に達している。また、一極集中の是正策については、「税優遇などを通じて企業の本社機能の地方移転を促す」(37%)、次いで「子育て世代が地方移住をしやすい環境を整備する」(34%)と回答している。結論的には、社会の趨勢(すうせい)に逆らう地方創生には、優遇税制などの実行性のある政策とともに、政府、民間、市民を挙げた取り組みが必至であろう。図2に、「まち・ひと・しごと」の関係性のもとで、国と連携した地方の取り組みの事例を示す。

図2
図2 国と連携した地方の「まち・ひと・しごと」の取り組み

産業の地域立地の視点に立てば、農業などの1次産業は有力な候補である。しかし、わが国の農業人口は4%にまで落ち込んでおり、集約化やスマート化による復活が必至である。資源の減少が進む漁業にあっては、資源採取型から育成型への転換も必要であろう。モノづくりなどの2次産業は、バリューチェーンやサプライチェーンなどの国を超えた機能分散化が進んでおり、国内にあっては、クラスター化による企業の連携強化を図らねばならない。伝統的な技術や発酵ライブラリーの地域資源を活用する産業は、市場の開拓が課題である。観光は極めて有望な産業であり、地域の文化やアイデンティティーが異文化理解に繋がることを期待したい。

少子高齢化と人口減少および産業構造の偏在に伴う若者の流出は、地方における「まち・ひと・しごと」の関係性を脆弱にしている。全国の自治体は、若者を流出させない、流出した者を戻す、他地域から呼び込むことで、人的資源の確保に努めている。その一方で、生産年齢人口層のヘルスケア、高齢者の活用、外国人の雇用、大学の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」*5など、人的資源の活性化策が講じられている。

人と仕事をつなぐ町の存在は次のように言えよう。企業経営は、給料の支払と生産活動による利益の獲得で採算を取り、市民の家計は、労働の対価である給料を取得し、それをもとに生活(費)を営んでいる。そこでは、企業の生産拠点と市民の生活の場は給料と労働をもって接続されるが、市民の生活は企業経営に対して従属的である。即ち、バリューチェーンや大都市集中など、企業が戦略的に進める経営の中で、国内や地方における市民の仕事と生活がある。

新型コロナウイルスのパンデミックは、このような企業経営と市民生活のあり方に大きな影響を与えている。感染が拡大する中で、バリューチェーン化も大都市集中化もマイナスに作用し、“仕事は職場でするもの”という概念すら覆ろうとしている。リモートワークによる働き方や暮らし方の改革が、企業と市民生活に新たな関係をもたらし、地方創生に一筋の光明が差すことを期待したい。

*1:
OECD生徒の学習到達度調査(PISA),国立教育政策研究所 2019.12.3
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*2:
令和元年度ふるさとづくり大賞,総務省 2020.1.10
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*3:
健康経営銘柄2019選定企業,経済産業省 2019.2.21
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*4:
第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」,閣議決定 2019.12.21
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*5:
地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+),文部科学省 2015.4
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