海外

科学技術エンタープライズ国家を目指す
シンガポールで起業する

A*STAR バイオ工学ナノテクノロジー研究所 グループリーダー
株式会社セリジェニクス 共同創業者・科学アドバイザー 杉井 重紀

写真:杉井 重紀

2021年2月15日

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筆者のシンガポールでの起業経験を振り返ってみて、技術系スタートアップに重要だと思う点は以下の三つである。それは「起業をサポートする環境」「多様なバックグラウンドを持つ人達とのネットワーク」「失敗にめげずマーケットに求められる技術を追求する」である。

起業をサポートする環境

筆者が米国・サンディエゴからシンガポールに移ったのが2011年。貿易・金融・交通において、アジアのハブとして多国籍企業を多く呼び寄せ、経済発展を遂げたシンガポール。しかし、さらなる発展を維持するには、自国での研究開発によるイノベーションとそれを事業化する起業家育成が不可欠という、国の政策が採られる真っただ中であった。その一環として創設されたA*STAR(Agency for Science, Technology and Research;シンガポール科学技術研究庁)は、国内の研究開発の起爆剤となり、アジアにおける科学技術活動のハブとしての役割を目指す機関である。5,000人以上のスタッフ(うち研究者は4,000人以上)を擁し、その4割が60カ国以上から来ている外国人が占める。バイオ医学分野と工学分野の約20研究所で構成されており、事業化や産学連携を支援するEnterprise部門の役割がとても重視されているのも特徴的である。その中で、バイオ医学分野のA*STAR傘下研究所のほとんどが、「バイオポリス」と呼ばれるキャンパスに位置している。ここは他にも生物分野関連の企業や政府系の機関が集まる、バイオ研究の一大集積地である。

写真1
バイオポリス・キャンパス。2003年に作られてから現在13の建物が立ち並び、さらに拡張中である。

基礎研究に興味を持ち没頭しつつも、自分の研究がもっと社会に役立てられないか考え始めていた、サンディエゴでのポスドク時代。そんな私を尻目に、元ボスや同僚などが各々の研究成果をもとにスタートアップ企業を立ち上げ、投資資金を得て、事業化していくのを目の当たりにしていた。自分もそんなふうに研究成果を発展していけたら良いなと思いつつも、無名の自分が成熟した起業エコシステムで相手にされるわけはなかった。

サンディエゴではすでに名のある教授・一流研究者が、投資家やビジネスマンを引き付けて、起業することが多かった。そんな時に目にしたのが、「シンガポールがバイオ研究に投資し、研究成果を事業化して経済を活性化するのを目指している」という、Nature誌の記事だった。これは自分の目的にも合致するに違いないと、シンガポールでのファカルティのポジションに応募し、その中でもバイオポリスの環境にひかれ、A*STARでグループリーダーとして研究活動を始めることになった。一つ目のポイント「起業をサポートする環境」に身を置くことになる。当時サンディエゴほど成熟したエコシステムではなかったが、様々な支援体制が整えられてきており、心強かったのは言うまでもない。

図1
A*STARなど公的機関の研究活動によって経済を発展させる戦略。

多様なバックグラウンドを持つ人達とのネットワーク

当地では、ヒト脂肪由来幹細胞の分子的解析の研究をしていたが、その過程でたまたま簡易的に幹細胞を分離する方法を見つけた。これについてEnterprise部門から、基礎研究としてこの方法を発展させ論文を出すよりも、特許を取得し事業化するのが適しているというアドバイスも受けた。そこでA*STARでGAPファンディングという事業化に特化した研究費を申請し、申請中に事業化を推進するために、起業をすることを決意した。A*STARには、産業界や投資に関わった経験のある人たちも多く、同僚や知り合いの縁のおかげで、ビジネスパートナーや個人投資家と出会うことができた。その中で、起業の準備をするために様々なディスカッションをしたことで、スタートアップへの道筋がはっきりし、事業化に適したプロジェクト内容も決まり、GAPファンディングも獲得することができた。

事業化のプロジェクト内容は、脂肪吸引などによって取り出されたヒト脂肪から、簡単に幹細胞を分離する医療機器の開発である。ただ利益相反を避けるために、私自身はポジションは持たず、共同創業者・科学アドバイザーとして、スタートアップに関わることになった。ビジネス経験の乏しい私でも起業できたのは、まさしく二つ目のポイント「多様なバックグラウンドを持つ人達とのネットワーク」に恵まれたおかげである。研究者として日々過ごしていると、狭い世界に閉じこもりがちだが、起業を目指すときは、異業種の人たちと会って話したり、視野を広げることが必要だと痛感した。こうしてセリジェニクス社の前身を創業し、その後、中小企業・ベンチャー企業を支援する政府機関の助成金を獲得することができた。場所も同じバイオポリスにある共用施設の一部屋を借りることになった。研究スタッフを3人雇い、その他の業務では自分たちでカバーできない部分はアウトソースした。

会社を立ち上げて2年ほど経った頃、二つの大きな壁にぶち当たった。一つは当初のビジネスパートナーであった社長に会社の成長を妨げるいくつかの問題があることが分かったこと。もう一つは、上記の医療機器に似たような製品を、先行して売り出した会社が出たことである。我々の特許ではカバーされていない技術が使われていた。このままの形で継続するわけにはいかない、と創業時から支えてくれていた個人投資家と相談し、名前を変えて会社を仕切り直しすることを決めた。それがセリジェニクス社である。そしてこの個人投資家がCEOとなり、現在まで続いている。社長には辞めてもらい、ビジネスプランも再考を重ねることになった。医療機器開発についても、他企業に先行されたことだけでなく、共同研究先エンジニアの仕事に左右される面もあったこと、また臨床への応用は臨床試験や開発に前向きな医師と提携しなければなかなか進まないので、いったん白紙に戻した。

写真2
東京でリバネス・テックプランター、バイオテックグランプリに参加させてもらった時の写真。
左がCEOのカート・ウィー、中央が筆者

失敗にめげずマーケットに求められる技術を追求する

ここからが苦しい時期であった。売上もまだないので資金は底をつき、CEOだけでなく私自身も自己資金をはたいて、研究の継続を目指した。マーケット調査をし直し、様々な投資家と話すうちに、大量に生産でき、かつ有用なタンパク質を多く分泌する、質の高い幹細胞を選別することが重要だと分かった。また私自身が開発した脂肪幹細胞に関する方法だけでなく、臍帯(さいたい)由来で質の高い幹細胞を選別する方法を開発した、シンガポール国立大学の教授とライセンス契約して、応用研究を行った。そして長い交渉とデューディリジェンスの末に、2019年1月にシリーズA資金を得ることができた。CEOと彼が雇った専門家の努力のおかげであった。その機関投資家は、パーソナルケア販売を手掛けるシンガポール上場企業で、広い販売チャンネルを持っており、ちょうど幹細胞由来の製品開発パートナーを求めていた。

それ以降は、臨床目的というよりは、パーソナルケア製品への応用として研究開発を最優先に行って来ており、私自身の貢献できる度合いは減った。しかし、大きい資金を得られたことで、優秀な人材を獲得し、専門の機関との提携により、事業を進展させ、幹細胞を有用な形で役立たせられる道筋をつけられた。このこともあり三つ目のポイント「失敗にめげずマーケットに求められる技術を追求する」ことが重要だと学んだ。

アカデミアの研究者はどうしても、自分自身の研究・技術に固執してしまいがちだ。しかし、マーケットに求められている技術でなければ、事業としては成立しない。自分の興したスタートアップ企業を発展させたいのであれば、信頼のおけるパートナーと協業し、事業に最適な人たちへ徐々にバトンタッチしていくべきだと思う。幸いセリジェニクス社も、優秀な人材とパートナーに恵まれ、事業を委ねても良い時期にきた。

当初は未熟に感じたシンガポールのスタートアップ・エコシステムであったが、その後急速に発展し、起業のためのインキュベーション施設、資金提供、ベンチャーキャピタル、ビジネスマッチング、専門家による支援、人材育成体制、どれをとっても充実してきていると感じるようになった。今ではA*STARや大学に所属しているかなりの数の研究者が、起業や事業化に関わるのが普通になった。私自身も最近、違った分野で事業化に適した研究成果が得られている。より整った環境のおかげで、今は上記のような困難も回避できるかもしれない。この先1年ほどの間に、もう一度起業にトライしたいと考えている。