リポート

札幌市「ないもの作ろうプロジェクト」
~ 知恵と工夫で乗り越えた新型コロナウイルス感染拡大の第2波~

北海道大学 産学・地域協働推進機構 産学協働マネージャー 城野 理佳子

写真:北海道大学 産学・地域協働推進機構 産学協働マネージャー 城野 理佳子

2021年2月15日

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医療用個人防護具が調達困難に

北海道で初の新型コロナウイルス感染者が確認されたのは、2020年1月28日のことだ。この時点では海外からの旅行者であったが、2月14日には札幌市民の感染が初めて判明。それ以降、感染者は函館、旭川、北見などへと広がっていった。北海道が独自に緊急事態宣言を出すなどして一旦は収束したものの、4月中旬から再び感染が拡大。北海道は第2波に見舞われた。その頃には首都圏や関西地域でも感染が拡大しており、全国的に医療物資不足となっていた。特に医療現場では個人用防護具(Personal Protective Equipment:PPE)が調達困難となり、備蓄状況も危うくなりつつあった。不織布製のPPEの多くは中国などからの輸入に頼っており、発注をかけてもいつ入るか分からないという状況に陥っていたのだ。

『ないもの作ろうプロジェクト』始動!

4月22日、札幌市役所ものづくり・健康医療産業担当課の納(おさめ)課長が市幹部に呼ばれた。「医療用ガウンとフェイスシールドの調達が大変困難になっている。このままでは市立札幌病院の医療従事者を新型コロナウイルス感染の危険にさらしかねない。市内ものづくり企業の力を活用してゴールデンウイーク(GW)に入る前までに製作して欲しい」との特命が下ったのだ。

通常、感染症の対応は保健所が担当する。しかし、市内で急速に増加する新型コロナウイルス感染者の対応に追われており、また企業に働きかけてPPEを製造してもらうにも伝手が無い。そこで経済観光局と病院局を管轄するその市幹部は、経済観光局内にある同課を動かし、必要な物資を作るよう指示を出したのである。

PPEは用途にもよるが、今回必要とされた使い捨ての医療用ガウンなどについては、製造業者が許認可を受ける必要が無い。つまり、血液や危険な病原体の曝露から医療従事者を守る機能が備わっていれば、縫製技術を駆使して製造することが可能なのである。

納課長はすぐに同じ部内の経済戦略推進課と連携し、総勢20人の職員が特命の任務に当たった。四つの班(情報、調達、契約、倉庫)に分かれて業務を担当し、毎日のミーティングでその日あった出来事の共有を図った。「とにかく夢中でした」と、納課長は当時を振り返る。

調達班を率いたのが、同課ものづくり産業係の髙橋係長だ。札幌市内にPPEを製造している企業はないが、縫製工場があることは把握していた。そこで、帝人フロンティア株式会社が公開していた医療用ガウンの型紙をダウンロードし、それを見本に製作してもらえそうな市内の縫製工場を係員とともに回って歩いた。一方、素材となる不織布の確保にも苦慮した。医療用のガウンは、ほとんど中国からの輸入により賄われていたため、資材業者にあたるも、医療用ガウンに使われるような厚さの不織布は、入荷の見通しが立たないとのことだった。そこで量の確保が可能で、防水性のある不織布として候補に上がってきたのが、花束のラッピング材として使われるフラワーラップだ。花束を購入した際に透明なフィルムの内側に装飾として使われる不織布だが、防水性があり、生地の厚さもちょうどよく、よれたりしないよう強度も高かった。

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医療用ガウン 相合縫製製(左)、三晃化学製(右)

企業と病院をつなぐ札幌市の職員

早速フラワーラップを購入し、相合縫製株式会社に持ち込んだ。同社笠原社長に事情を説明したところ、その翌朝には医療用ガウンの試作品が完成。フェイスシールドについても有限会社北海化成工業所の伊吹社長が、依頼日の翌朝には試作品を製作するなど、両社とも夜を徹して対応してくれたのだ。すぐに試作品を市立札幌病院に持ち込み、医療従事者による防水性や着心地などの評価を企業にフィードバック。完成まで何度か試行錯誤を繰り返した。GW中には、医療用ガウンが枯渇する可能性もあったことから、市販のポリ袋を活用した代用ガウンを、連休を返上して、職員総出で製作する準備も同時に進めていたが、連休直前の5月1日に、待望の医療用ガウン328枚、フェイスシールド1,000枚が納品され、また北海道からの医療物資の供給もあり、代用ガウンの製作をせずにGWを乗り切ることができた。

当時は不織布で作られるPPEの全てが品薄となっており、髪の毛が落下しないよう着用する医療用キャップも調達困難となっていた。そこで、農業用の不織布を素材とした医療用キャップの製造に取り組んだ。ちょうど暑くなる時期だったこともあり、通気性に優れたキャップは好評を得た。また足元を汚染から防ぐシューズカバーについても国内の不織布在庫を徹底的に洗い出し、製造に取り組んだ。その他、手術の際に使用する不織布製の手術帽の製作を医療機関から依頼されたこともあった。このように医療現場から要望があれば型紙や材料などを調達し、企業に製作を依頼。試作から製造、配布までを一貫して対応した。

PPEだけでなく体温計や消毒用アルコールも

感染がピークを迎えていた当時(5/1~15)、札幌市内の複数の新型コロナウイルス感染者の受け入れ医療機関では1日あたり合計約2,500枚の医療用ガウンが使用されていた。また、第3波に備えた備蓄も必要である。市内での製造と並行し、国内外のルートでの調達も進めていた。また国や道からも医療物資が届く回数も増していき、その受け入れ先の確保も急がれた。

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備蓄倉庫となった体育館の様子

そこで備蓄用倉庫として、廃校となった小学校の体育館を教育委員会から借り受け、稼働を始めた。物資を積んだトラックが玄関先までしか運び入れることが出来ず、トラックから降ろした物資は職員総出で体育館まで台車で運ばなければならないのが難点だったが、このおかげで多くの物資を備蓄することができた。また市内中心部の空き店舗を借り受け、医療機関への配布拠点とした。

この備蓄用倉庫や配布拠点の確保は契約班が、これらの施設への物資の入出庫作業は倉庫班が、物資の在庫管理は情報班がそれぞれ連携しながら行った。

当時は体温計も不足しており、調達も困難であった。そこで納課長が思いついたのが「体温計 眠っていませんか プロジェクト」。各家庭で体温計を買い替えた際に、古くなった体温計が残っているのではないか?という、自身の実体験からのひらめきであった。そこで庁内イントラネットを閲覧できる市職員や教職員約14,000人にメールで寄付を呼び掛けたところ、なんと300本以上を集めることが出来た。今でも軽症の新型コロナウイルス感染者が療養する施設で使われている。

さらに、消毒用アルコールも不足していた中、サッポロホールディングス株式会社から65vol%アルコール3.9L入りボトル×1,080本の寄付を受けることができるようになったが、これだけのアルコール類を安全に保管できる場所の確保に苦慮していた。そんな中、医療物資も扱う、株式会社竹山が自社倉庫に無償で保管してくれ、しかもその倉庫を市内316医療機関が消毒用アルコールを受け取りに来る配布会場として開放してくれたのである。「本当にたくさんの『産』の力に助けられた」と納課長は振り返る。

写真3
札幌市経済観光局国際経済戦略室ものづくり・健康医療産業担当課
納 真悟課長(右)、同課ものづくり産業係 髙橋 宏明係長(左)

緊急事態の備えにはハードもソフトも必要

今回の取材で、納課長と髙橋係長の前向きな姿勢とチームワークの良さが伝わってきた。パンデミックや自然災害など、未来を予測して完璧な備えをしておくことは難しい。もし想定外の事態が起きたとき、それを乗り越えるのは人の行動力、発想力、ネットワークなど「ソフト」の力なのではないだろうか。緊急事態ではスピードが必要とされる中、ネットワークを持つ『官』が『産』と『病院』をつないだことで、迅速な対応が可能となった。現在は感染予防のために人の移動や接触が制限され、会議の多くがWeb対応となっている。人との関係性が希薄になりつつある今、改めて「生きた情報」「生きたネットワーク」の価値を見直す必要があるのではないだろうか。

製造した製品と協力企業一覧
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