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中国知財3
先端技術がもたらす利益構造の変化と知財戦略

鳥取大学 客員教授/弁理士/一般財団法人工業所有権電子情報化センター 専務理事 後谷 陽一

写真:鳥取大学 客員教授/弁理士/一般財団法人工業所有権電子情報化センター 専務理事 後谷 陽一

2020年12月15日

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IoTの進展によって拡大するエコシステム型の産業構造

IoTの進展により、ビジネス環境は大きな変革期を迎えており、第四次産業革命とも呼ばれている。モノとモノとがインターネットで繋がることにより、これまでは単独の産業として成り立っていた多くの分野が、次第に新たに生み出されるソリューションビジネスの一つの部品のように扱われるようになってきた。旧来の産業分野の枠は、エコシステム型の産業構造を構成する一つのレイヤーのような位置付けになりつつあり、各レイヤーを繋ぐインタフェースを有効に機能させるための、標準戦略と知財戦略とが重要視されている。

IoTにおけるデータの流れとソリューションビジネス

IoTの下でのソリューションビジネスは、多くのレイヤーが交錯する、複雑なエコシステムで構成されることになるのだが、主要なレイヤーを抽出すると次の図のようになる。

IoT の主要レイヤー
図

IoTによって、身の回りにある多くのデータが活用されるようになるが、そのデータの動きに注目すると、下部のレイヤーから順次上部のレイヤーに向かう流れが形成されることになる。最下層のデータ取得のレイヤーにおいてセンサ技術で捉えたデータが、データ転送レイヤーの通信技術で集められて、データ蓄積レイヤーでビッグデータを形成する。そして、ビッグデータは、データ分析レイヤーのAI技術で学習・解析されて、新たなソリューションビジネスに役立てられる、というのが大きな流れだ。

ここで、データ取得とデータ蓄積のレイヤー間を繋ぐデータ転送レイヤーには、国際標準化された5Gのような規格の、オープンなインタフェースが存在するのであるが、他のレイヤーやレイヤー間を繋ぐインタフェースには、明確に標準化された規格が存在しない状況にある。ソリューションビジネスを実現するには、複数のレイヤーの技術を用いることになるので、それぞれを繋ぐインタフェースが必要となり、既にあるインタフェースから適切なものを用いるのか、自ら新規に開発するのかの選択となる。

既に国際標準されているオープンなインタフェースが存在する場合には、ユーザーの利便性やビジネスの拡張性を考慮すると、国際標準を使う選択肢しかなくなる。そうすると、転送レイヤーの技術としては5Gを採用することになるが、その中核技術は、中国のファーウェイやスウェーデンのエリクソン、米国のクアルコム等の限られた会社で占められているので、これらの会社との特許権ライセンスをはじめとした、知財関連の調整が必要となる。

5Gより古い通信規格においては、その中核技術において、中国企業はさほど大きな比重を占めてはいなかったが、IoT時代を牽引する5G以降の通信規格においては、大きな影響を及ぼすようになっている。国際的な規格策定のコンソーシアムへの参加状況や論文数、国際特許出願件数等における中国企業の貢献の多さからすると、今後も中国企業の影響力は増し続けるであろう。

国際特許出願の多い企業
図

エコシステムの拡大とオープン化を模索するIoTのインタフェース

IoT以前のエコシステム型の産業は、限られた分野に閉じたもので、幾つかのハードウェアやソフトウェアを接続するといった小範囲のものだった。特定の機能を有するハードウェアやソフトウェアで構築されたレイヤー間は、標準化されたオープンなインタフェースによって繋がれており、そして、このインタフェースがライセンス許諾することを前提とした特許で保護されることにより、ライセンス料さえ払えば誰でも参加できたので、エコシステムが良好に機能していた。

IoTの発展によってこの状況は一変する。これまで独立に存在していた産業分野の、製品であるモノが、インターネット環境を介して、他の多くの産業分野の、製品であるモノと繋がることによって、産業の垣根を越えた、広大なエコシステムへと変貌を遂げたのだ。しかしながら、エコシステムの急激な拡大によってもたらされた、多種多様なレイヤーは、規格で繋ぐことはできておらず、その結果、多くのインタフェースが混在する状況となる。そして、インタフェースをどのようにオープンな規格にするのか、また、エコシステム全体を網羅した、利用しやすいプラットフォームをどのように提供するのかで、激しい競争が行われるようになった。

その中でオープンな規格化が先行しているのが、データ転送に関する通信のインタフェースである。過去よりインターネットや電話、テレビ用として、高速・大容量や低遅延の通信に関するオープンな規格が求められていたことから、整備が進んできた分野であり、現在は各種の通信技術が5Gとして纏められて、リリースされつつある。ただし、通信のインタフェースでも、IoTの中核となる多数端末との接続や、小規模データの間隔を空けての通信といったような、新たなニーズに関する規格の部分は、これから詳細が纏められる段階であり、未だ調整途上である。

IoTのソリューションビジネスと知財

このように、各レイヤー間のインタフェースの整備が調整途上にあり、多くの新たなインタフェースが、参入してくるため、エコシステムはさらに複雑さを増している。複雑なエコシステムであっても、活動しやすいプラットフォームを利用できれば、新規ビジネスを展開することはできるのだが、自らプラットフォームを形成することは困難なため、欧州先行で、すでに提供されているプラットフォームから、使いやすいものを選択することになる。

プラットフォーム上でビジネスを行う場合、橋渡しをしているレイヤーに存在している知財権との調整は、プラットフォーム提供者によりある程度なされている。しかしながら、プラットフォームを利用する場合であっても、それぞれの知財権と個別調整を行う必要が生じる場合もあるため、ソリューションビジネスの実施には、多くの関係者との調整を行うための、広範な知財の知識が要求されるのである。

知財のプールから個別ライセンスへ変わりつつある標準化されたインタフェース

レイヤー間を繋ぐデータ転送のインタフェースは、技術の変遷とともに変化してきており、最新の標準技術は5Gに纏められている。過去を振り返ると、データ転送を行う通信のオープンなインタフェースは、プール化されることが多かった。標準に必要となる技術の特許権は、各権利者がFRAND(公正、合理的かつ非差別的な)条件で特許の利用を許諾することを表明したのち、特許プールに必須特許として登録されていた。これにより、必要な権利の全ての契約関係が整理され、特許プールの運用組織との契約のみで利用することが出来るので、参入の容易性を維持していた。しかしながら、特許権のプール化は古い枠組みとなりつつある。

標準規格に必要となる技術が、多くの企業の特許権によって構成されている場合には、特許権のプール化が、利便性を上げる唯一の枠組みであった。そして、この枠組みには多くの日本企業が参加していた。しかしながら、5Gのように、標準化に成功した勝者が少数の企業で形成されるようになると、FRAND宣言はされるものの、必ずしもプール化とはならない。それは、勝者の企業にとっては、プール化によってライセンス料を低く抑えられるよりも、有利な立場を利用して、個別で必須特許の交渉を行ったほうが、標準を利用したい会社に対して、高いライセンス料を課すことができるからであり、勝者企業からすると、プール化は弱者の集まりとしか見えないのだ。したがって、新規参入する場合、知財ライセンスに関しての知識がないと、不利な状況を強いられてしまうことになる。

グローバル展開に必要となる各国標準策定と知財取得

IoTを用いたソリューションビジネスを、グローバル展開する場合には、標準化が未整備なインタフェース部分を、どのような仕様にして、他国に進出するのかを考慮する必要がある。国際標準に至っていなくとも、進出する各国には国内標準の枠組みがあり、その枠組みに適合していなければビジネスは難しい。逆に、進出国において、自社のビジネスを知財と標準で守ることが出来れば、安定的に大きな利益を得ることが可能になるので、進出前の日本国内および進出先国の双方において、自社ビジネスに適合する標準の選定もしくは標準策定をすることが重要となる。

近年、日本ではJIS法が改正され、新たにサービス規格が取得できるようになるなど、IoTを用いたソリューションビジネスを、国内標準で保護する枠組みは充実してきている。また、日本の特許法では、ソリューションビジネスを、ビジネス方法特許として取得することができる。そして、認められる特許権は諸外国と比較して、かなり広範囲で強いものにできるような審査基準となっている。したがって、日本国内においては、ソリューションビジネスを標準と特許によって、強力にサポートすることができる。一方、グローバル展開時には、日本での特許及び国内標準は進出国では使えないために、進出国の特許権や国内標準を新たに取得しなければ、ビジネス上支障が生じる可能性がある。

中国においては、ビジネス方法に関する特許権付与の審査基準は日本と類似するので、適切な出願さえしておけば、同等の権利取得が可能となる。国内標準については日本と異なる面が多いので、団体標準策定に関わるなどにより標準取得をして、日本で行うのと同様の安定性をもって、ビジネスが実施できるようにすることが必要となる。

中国における標準取得の可能性

拡大するエコシステム型産業における覇権争いは、レイヤーを繋ぐ新たなインタフェース争奪戦を活発化させていて、各企業にとっては、自社技術が国際標準や各国の国内標準として採用されるのかが、ビジネスを成功に導くための肝となるから、中国進出に際しても現地での標準化を志向しなくてはならない。

中国の情況であるが、近年中国政府は、標準関連の法改正を頻繁に行っており、これらの改正の方向性は、IoT等の第四次産業革命が進展する中で、国内企業を支援するのに適した内容となっている。2017年には標準化法が改正され、最新の技術を標準に書き込むことを推奨するようになった。これにより、中国企業や産業界の成長につなげ、ひいては中国人民の安全や健康を守ることになることを歓迎しているのである。また、2018年には新投資法が施行され、外国企業も中国において標準の策定に参加することができるようになるなど、日本企業にとっても、中国国内の、特に団体標準へ関与できる環境が育ってきている。

しかしながら、実際に中国において国内標準を取得しようとすると、中国事情に詳しい者がいない限り困難な状況にある。例えば、中国の国家標準を策定する際には、担当する産業界が技術委員会を設けるとともに、委員を選定して合意形成をしていくことになるのだが、IoTをはじめとする先端分野での標準策定は非常に活発で、中国の地場企業にとっても関心が極めて高いことから、既に委員枠は埋まっており、外国企業は委員としての合意形成プロセスに参加できない状況にある。また、新たな委員会を立ち上げようとしても、委員会数は数千に及んでいて、既にある委員会と重複した場合には排除されることから、枠組みとして許されているサブ委員会を作ることでの実施に頼ることになるが、現地化されていない日本企業にとっては、困難を伴うのが現実である。

IoTのエコシステムに向けて支援先を変えつつある中国政府

各国政府にとって、第四次産業革命の下での産業育成を見据えた制度設計が急務となっているが、中国政府も多くの分野で制度設計の変更を急いている。例えば、車の分野においては、既に中国政府はエンジンでの争いは諦めていて、EVやIoT化を中心とした次世代車の開発競争で勝てる枠組みにしようとしている。車におけるユーザーにとっての、ニーズを具体化するソリューションビジネスを考えたときに、例えば乗り心地の向上を上げるとすると、既にエンジン技術の改善のみでは大きな効果は望めない。一方、電気化と、IoT技術を駆使した技術は、新たな効果を生み出すポテンシャルが大きいことからしても、この枠組みが時代に即したものであることが理解できる。

ソリューションビジネスによる利益構造の変化の先取りを求められる知財戦略

IoTの進展で、ソリューションビジネスの幅が広がりつつある。これまで単独のビジネスとして利益を産んでいた装置が、ソリューションビジネスの一部に取り込まれることによって、単体としては利益を産み出しづらくなるが、一方、ユーザーと直結したソリューションビジネスは、多くの利益を産み出すようになってきた。このようなビジネス環境と利益を得る枠組みの変化に対して、従来のような各装置の単独利用を想定した知財の取得戦略では、ソリューションビジネスの下で利益を産み出す部分を、十分に保護できなくなっている。

ソリューションビジネスを考える場合、例えば、ユーザーが車に求めるニーズが、乗り心地の向上であったとしよう。それを実現するためにIoTの進展がもたらすのは、エンジンやサスペンションを研究開発して、より良い乗り心地をもたらす技術を追求するといったような、旧来型の研究モデルからの思考の転換である。車の走行中に、路面状況や天候の状況を、タイヤや車体に組み込まれたセンサーが捉え、その情報がクラウドのAIによって判断されて、その都度乗り心地を良くするように、車のセッティングが変更されるといったような、IoTを利用した技術が台頭してくるのである。乗り心地というユーザーの求めているニーズに対応するための、最も重要な技術は、旧来の機械的な技術ではなくて、センサーやAI技術といった異なる分野の技術へと変化している。この時、車は箱になり、過去の自動車産業界の主たるレイヤーで得られていた利益は減少して、センサーやAIといった異なるレイヤーの技術が、多くの利益を産むことになる。したがって、ソリューションビジネスの方法そのものを保護できるような、利益を産み出す部分を保護する知財権の取得を模索しなければならないのである。

最新の技術開発とノウハウを担う研究者 日本人シニアから中国人回帰の時代へ

中国においては、IoTをはじめ、最新の技術を取り扱う企業の成長が著しい。10年ほど前までは、中国の新興企業の開発力は発展途上にあり、日本人のシニア層を雇用するなどして、最新の情報を積極的に吸収しようとしていたのだが、近年状況は急激に変化している。

中国の新興企業で目に付くのは、若手の中国人研究者であって、その多くは欧米や日本への留学組であり、さらには、欧米や日本の企業で研究を経験した者でもある。すなわち、ここ10年の間に、世界中でIoTなど先端技術を学んだ中国人研究者たちが再び中国に集結して、新たな技術を産み出すような環境が育ってきたということであり、その結果、今や世界で注目される論文や特許情報の多くが、中国から発信されるようになっている。

米国で中国人学生が創設したベンチャー企業であっても、本社を中国に移転するなどの事例が増えてきていることからも明らかであるが、今や日本人シニア層から技術やノウハウを学ぶ時代は終焉を迎えていて、世界中から優秀な中国人研究者が中国に回帰して、新たな技術やビジネスを産み出す時代へと変貌を遂げたのである。

研究者に選ばれる日本の大学へ

研究者は、より良い研究環境を求めて、グローバルに動き始めている。研究内容についての制約が少ない中国の研究環境を求めて、中国に移る日本人の研究者も少しずつ増えてきている。一方、生活する環境として少し窮屈になった中国は、中国回帰した中国人研究者を、再び他の先進国へと向かわせる動きにもつながるだろう。

IoTがもたらしているエコシステムの拡大は、今後ますます複雑化するとともに、より多くの産業界が取り込まれていく。研究内容も複雑化するため、エコシステムを意識して、何と結びつくことが可能なのかを想定した、研究と権利化が必要となる。そして、エコシステムの中での研究内容が生かせる、新たな分野の優秀な研究者を如何にして集約していくのかが、競争に勝ち抜く上で重要となり、研究者の流動性はますます激しくなるだろう。日本の大学には、エコシステムを意識した研究テーマの柔軟な変更とともに、活躍の場を求めている世界中の優秀な研究者に対して、いかに魅力ある機会や、評価と対価の仕組みを提供できるのかが求められている。