連載SDGsと地方創生

(3)地方創生と持続

公立小松大学 顧問 林 勇二郎

写真:公立小松大学 顧問 林 勇二郎

2020年11月15日

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人類は、農業社会から工業社会に移行することで、高度な社会を創り上げてきた。その一方で、地球環境問題や国家間の格差と貧困の問題が、人類の持続的発展に向けた共通課題とされ、パリ協定とSDGsの合意に至っている。そこでは、人類がこれまで取り組んできた「社会の高度化」は合目的であり、是とされている。しかし、持続可能性を追求するにあたって、はじめに是々非々ありきではない。

農業社会は、食料の生産もエネルギーの確保も自然環境に依拠し、生産と生活が自然と一体になって営まれた社会である。工業社会は、化石資源と科学・技術を活用して製品・サービスや都市を開発し、利便性や快適性を追求している社会である。即ち、自然と共生する農業社会は自然に対して受動的であり、自然の事物を改変加工する工業社会は能動的である。工業社会の持続性は、農業社会と対比することで、以下のような観点が必要であろう。

一つには、自然と社会との関係の希薄化や生産と生活の分離であり、それによるコミュニティの弱体化やアイデンティティの喪失がある。二つには、人為的な自然環境の改変による社会の高度化が、主体である個々人や集団の能力、さらには世代の継承に様々な影響を及ぼしていることである。三つには、農業社会が地域分散型であるのに対して、工業社会の地域に拘(こだわ)らない企業立地の優位性が、ヒト・仕事・町からなる地方都市の存続を危うくしていることである。

以上、アイデンティティの喪失、世代の継承、地方都市の存続等の問題を提起したが、これらは社会が持続的に発展するうえで、基本的にして地域性の強い事項である。ヒト・仕事・町の関係性は、都市が成立する構造上の問題であるが、地方都市はこの点において極めて脆弱(ぜいじゃく)である。自然との関わりや地域住民の連帯は、社会のあるべき姿としての質的な条件であるが、この優位性を持ち合わせるのが地方である。即ち、このような質と構造の要件を抱える地方の創生こそ、持続的な発展において重要といえよう。

本号では、以上のような観点で、工業社会の問題に踏み込むことで、地方創生と持続について言及する。なお、ここでいう工業社会は、工業を産業とする社会を意味するものではない。世界の産業は、産業革命以降において農業を含め多様化しており、工業が未だに立地していない国家も多い。即ち、工業社会とは、化石資源と科学・技術の活用が社会の高度化をもたらし、このことが人類が発展するうえでの通念となっている社会のことである。

社会とアイデンティティ

人類は、アフリカを起源とする人種が、数万年前に世界に拡散したとされる。農耕は紀元前1万年の新石器時代に始まるが、約3千年頃のエジプト、メソポタミア、インダス、中国(黄河)等の文明において、象形、くさび形、インダス、甲骨等の文字とともに発展している。仏教、キリスト教、イスラム教は世界の三大宗教であるが、これらは紀元前5世紀頃から7世紀にかけて世界を伝搬した。このような人種、言語、宗教が世界の地域に分布し、そこに農耕とともに醸成された文化や慣習が重なることで、地域のアイデンティティとなっている。即ち、一定の領土に居住する社会集団である共同体や国家は、このようなアイデンティティのもとで形成され、自然環境と共生する農業社会がそれを継承し発展させている。

図1に、社会、アイデンティティ、自然環境の三者の関係を示す。農業社会は、生産と生活が自然環境と一体になって営まれ、農業と農村、漁業と漁村、林業と山村の関係をもって存在している。村人達が生活の手段としている農耕にとって、自然環境は厳しくかつ畏敬の対象であり、そこには連帯の絆が生まれ、自然の恵みに対する祈りと感謝の行為が育まれたことであろう。農耕文化は、これらが個性となって常態化したものと考えられる。

図1:アイデンティティの醸成・規範化・継承
図1 アイデンティティの醸成・規範化・継承

文化は、知識・信仰・芸術・慣行など、社会の構成員によって獲得される多様な振る舞いの総体とされる。このような文化は、多様な起源と地域性のある農耕文化が、近隣の異文化と交流する社会の下で発展している。即ち、社会・アイデンティティ・自然環境の場における、文化の育成、個性化・規範化、継承が繰り返される不易と流行が、数千年に及ぶ農耕と人類の歴史である。

工業社会は、産・学・政府・市民のセクターのもとでの組織化と、人工物・人工システムからなる都市化をもって進展している。このような社会では、生産に係る仕事と生活の分離が市民の連帯を弱体化し、自然と社会との疎遠が文化の育成を希薄にしている。他方、国家の壁を超えて人・物・情報が流れるグローバル化は、個性を均一化する方向で作用し、言語や文化の多様性を消失させている。即ち、工業社会は、社会の発展の基礎となる文化等のアイデンティティの多様性に対しネガティブであり、これに如何(いか)に対応するかが課題である。

産業の発展と社会環境

産業革命は、技術革新による産業上の諸変革であり、同時に社会の変革でもある。18世紀末に始まる第一次・二次・三次の産業革命は、それまでの農林水産業に加えて、鉱業、工業、サービス業などの新たな産業を創出している。ここでは、産業革命によって創出された産業を広義の工業とし、このような社会を工業社会と呼ぶことにする。

工業社会においては、鉱山からエネルギー・資源を採掘する鉱業、鉄鋼、動力機械や船舶などを製造する重工業等の2次産業が出現した。次いで、港湾、河川、橋梁、道路等が整備され、運輸・通信・サービスの3次産業が勃興した。やがて既存の産業に情報やサービスを付加した高次の産業が創出され、光ファイバーの通信網や衛星通信の整備のもとで、「都市化」と呼ばれる高度情報社会に到っている。

モノづくり産業は、科学を技術に応用し製品を開発するが、結合要素を相互に作動させて所定の仕事を得る機械は、自前の動力と制御機能を持つ方向で進化している。馬車に代わって、エンジンを積んだ自動車が開発され、それもまた電気自動車や燃料電池車に代わろうとしている。運転は、ナビゲーターによる操作が、周囲との位置や状況を認識し、自律的に走行する自動運転車が実証段階にある。さらに、家電製品や産業機器にはソフトウェアが組み込まれ、デバイスの制御が機能を高め、利用者の操作を支援している。

サービス産業は、家庭や職場のニッチな領域に入り込み、市場原理に基づいて労働の軽減と利便性を提供し、税金を原資とする公共サービスは、都市のインフラや治安を整え、市民の暮らしを支えている。

以上、産業の高次化と多様化のもとで、居住性に優れた都市・住宅や革新的な製品・サービスが開発され、高度な社会環境が形成されている。しかし、このような社会の客体が、主体である人間の行動や生活と整合し、どこまで発展し得るかは疑問である。組織的な集団生活を営むためには、個々人の頭脳や身体的な能力、集団を形成するコミュニティ力は大切である。次代に向けた世代の継承には、子どもから青壮年、そして高齢者が安全安心で活力をもった健やかな暮らしが必須であることは言うまでもない。

社会の質的崩壊

図2に、高度に発達した社会環境のプラットフォームを、持続のために人間社会が維持すべき事項と関連付けて示す。プラットフォームは、製品やサービスの広範な普及、社会のシステム化、都市化、制度や法体系の要素をもって構成している。

図2:社会の高度化と質的影響
図2 社会の高度化と質的影響

人間の知的能力である思考・表現・記憶は、身体能力とともに子供たちの発達過程で修得される基本的な能力である。しかし、高度に発達した都市環境や輸送機器が身体能力を減退させている。ノートパソコンやスマートフォン等の電子機器が、頭脳の外付け機能を果たす今日、自分が学んだ知識を組み立て、考え、判断、そして記憶する能力を低下することが危惧されている。メールによるコミュニケーションも、こころや情操の発達に及ぼす影響が懸念される。また、都市化や情報化は、人と人との出会いを少なくし、キメの細かいサービスが組織のつながりや役割を喪失させ、住民の連帯、協働の精神、公共性等、集団によるコミュニティ力を弱体化させている。

市民の生活には、子供たちの学びと遊び、青壮年の職業人としての仕事と生活、仕事の一線を退いた高齢者の暮らしがあるが、高度に発達した都市には様々な問題が顕在化している。子供たちの育成には、学びと遊びの場や安全安心な成育環境が必要であるが、このような場は都市化により縮小している。下校時の学童を監視するモニタリングが進んでいるが、その一方で、地域住民によるスクールサポート隊の活動など、市民による新しい環境づくりが展開されている。

国の経済活動を担う生産年齢人口層には健全な心身が求められる。しかし近年、生活習慣病が増加し、国の生産活力の低下が懸念される一方、これらの疾患と肥満が複合したメタボリックシンドロームが、がん・心臓病・脳卒中の三大疾病を引き起こしている。先進的な医療が進められているが、食生活や適正な運動による健康管理こそ基本であり、セルフメディケーションの構築が喫緊である*1。また、利便性の高い社会は、高齢者の生活や社会参加を逆に困難にしている面がある。地域包括支援システムを中心とし、国と地域、医療福祉機関、市民と家族等の連携による、高齢者の健やかな暮らしの推進こそ重要であろう*2

社会の構造的崩壊

地方都市が立ち行くためには、自治体の財政が、企業の経営、市民の家計、税金で賄われる社会保障をもって成立しなければならない。また生命の再生産により、子どもから高齢者までの世代が維持され、生産年齢人口層の雇用が企業等によって確保されねばならない。日本創成会議は、20~39歳の若年女性が人口の再生産力を中心的に担う層として、出生数と総人口の推移を試算し、2040年には、全国1800市区町村の49.8%にあたる896自治体が消滅する可能性があるとしている*3。所謂(いわゆる)、2014年に公表された増田リポートであるが、地方から大都市圏への人口移動を、2010年から2015年の水準で推移するとしている。

社会が発展するにつれて、第一次産業から二次・三次へと就業人口の比率および国民所得に占める比率の重点がシフトしている。これはペティ=クラークの法則と呼ばれる。わが国の就業人口から見た産業構造は、1950年と2015年の比較において、第一次産業が48.5%から4%、第二次産業が21.8%から25%、第三次産業が29.6%から71.9%へと変化しており、農業に代わって情報・サービス業が台頭している(図3)。

図3:わが国の産業構造の変化
図3 わが国の産業構造の変化

産業構造の高次産業へのシフトに加えて、近年は、産業の種別による地域偏在化が生じている。自然環境に依拠する一次産業を地域型とすれば、市場競争が熾烈な2次産業は、生産コストの重視から多国籍型であり、情報・サービス産業や金融産業は大都市型である。即ち、低次の農業等が地方に残存し、モノづくりに係る工業はバリューチェーン化して海外シフトが進み、7割を超える3次産業が大都市へ集中する構図である。産業の偏在化に呼応した生産年齢人口層の偏在化が進み、それに人口減少が重なることで、わが国における東京一極集中と地方都市の過疎化があり、消滅都市の問題がある。

本号では、人類の持続的発展において、工業社会における「地方創生と持続」が基軸の問題の一つであるとし、国家アイデンティティの喪失、世代の継承、地方都市の存続等の観点から言及した。即ち、社会の高度化の負の側面として言及した地方創生とその観点は、人類にとって共通の重点課題である。ただし、それぞれの国家や地域社会のアイデンティティは多様であるし、工業社会にある現状そのものも様々である。取り組みは画一的ではなく、それぞれの国家の実情に合わせることが重要であり、そうすることに多様性がある。

*1:
日本再興戦略(平成25年6月14日閣議決定)
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*2:
地域包括ケア研究会報告書 三菱UFJリサーチコンサルティング株式会社 平成28年3月
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*3:
[消滅可能性都市]の発表について 日本創成会議人口減少問題検討分科会 平成26年5月
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