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中国知財2
コアコンピタンスの変化が知財にもたらした影響と重要性を増す大学研究

鳥取大学 客員教授/弁理士/一般財団法人工業所有権電子情報化センター 専務理事 後谷 陽一

写真:鳥取大学 客員教授/弁理士/一般財団法人工業所有権電子情報化センター 専務理事 後谷 陽一

2020年11月15日

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グローバル化の進展がもたらした企業戦略の変化と特許出願構造

近年、グローバル化の進展とともに、世界的な企業間競争が激化している。その中で、多くの日本企業は、経営戦略の見直しを図らざるを得ない状況にある。

かつて、日本企業の競争力が強かった時代、例えば日本の全ての家電メーカーが白物家電を作っていたように、多くの産業分野で、日本企業のライバルは日本企業であった。各業界は、世界的に有名な多くの企業であふれていて、世界市場に対して、争うように同じような製品を投入しては、技術力やデザイン力を競っていた。

しかしながら、中国をはじめとする新興国企業が次第に力をつけ始め、グローバル市場に彼らの製品が投入されてくるに従い、状況は変化した。多品種の製品で高い品質を維持するために、必要となる技術分野全てで最先端の研究開発をし、世界市場で競争力のある製品に仕上げることが困難となった。そして、日本製品の技術的優位性は、次第に薄れてしまったのである。

このため日本企業は、自社の得意な技術分野に製品を絞り込み、研究開発分野も縮小して、グローバルに競争力のある分野のみに集中投資をすることになる。各社はコアコンピタンスを分析し、企業経営戦略を急激に変化せざるを得なかったのである。これを契機に、日本企業の特許出願構造も大きく変化した。

コアコンピタンスの変化への適合を求められた知財戦略

特定の製品分野に、多くの日本企業が参入し、競争している時は、各企業ともに類似する技術の研究開発に資金投入していた。最終製品を他社の技術を全く使わずに製造できるのであれば、自社開発した技術の特許権のみで、事業を安定的に実施することができる。しかしながら、多くの企業が同一の製品に参入したばかりに、他社の特許権に全く抵触しないで高品質の製品を作ることは、難しい状況になっていた。そして、各社が開発した技術を、互いに用いて研究開発することによって、相乗効果的に技術力の向上を図ることもできることから、日本企業同士が、互いの特許権を使うことを可能とする、クロスライセンスを知財戦略として多用するようになった。このため各企業は、クロスライセンスを有意に働かせるために、日本国内において大量に特許出願をしていくことになったのである。

現在このような日本企業の出願構造は、大きく変化しつつある。コアコンピタンスの変化がもたらしているのは、特許出願をコア技術のみに絞り込むということであり、もはや広い分野で研究開発を行い、クロスライセンス用に、大量に特許出願する時代は終えんを迎えたのである。

日本特許庁への出願推移
日本企業からの出願は減少傾向に

クロスライセンスに用いた特許権は無用のものとなるのか

コアコンピタンスの変化によって、各社の研究開発対象の絞り込みがなされ、過去に行われていた、クロスライセンスを前提とした特許権の取得戦略は、変革期を迎えた。国内の企業間でクロスライセンスするために、多くの分野で実施していた研究開発と、その成果の特許権はもはや不要のものとなった。このため長きに渡り、膨大な研究開発投資をしてきた、最先端技術の塊である特許権は、企業にとって特許料を払ってまで維持すべき財産ではなくなってしまったのだ。

それでは、多くの特許権はどうなったのか。価値ある技術であれば、買い取りを希望する企業がいる。日本の中小企業に目を向けると、仮に日本の大手企業にとって必要のなくなった技術といえども、規模の小さな企業にとっては、事業として実施する価値のある技術もある。この場合、特許権を買い取って、自らの事業に生かす選択肢があり得る。また、中国企業のように、自国に大きな市場を抱えていて、自国内にライバル企業もいないとなれば、不要となった日本企業の技術を使って、事業実施することに旨みがある。このような技術を必要とする国内や外国の企業に、自社で不要となった特許権を売ることによって、研究開発投資の一部でも回収できれば、次なる投資に回すことが可能となるのだ。

写真:ビル

行き場を失ったクロスライセンス用の特許権

自社で不要となった特許権といえども、技術には大きな価値があり、売買が進みそうである。しかしながら実態としては、なかなか特許権を売ることはできなかった。中国企業に対して、事業を譲渡できたのであれば、特許権は事業の一部として対価を得たことになるから、成功した事例といえるだろう。自社で必要のなくなった技術を処分したいという、弱い立場に置かれている日本企業にとって、安値でも中国企業に買い取られるのであればまだ救われたのだが、必ずしも積極的に特許権を売ろうとはせず、多くの場合年金の支払いをやめて、特許権を消滅させてしまった。その結果、中国企業は無償で、日本企業が手放した技術を利用することが可能となったのである。そればかりか、日本の特許権は消滅しているので、中国企業は日本への製品輸出も可能となっている。

日本企業が撤退した製品であっても、新たな市場や新たな購買層が見い出せるのであれば、中国をはじめとした新興国企業は新規に参入を目指すであろう。その時、日本企業の手放した技術が、特許権の縛りなく使えるのであるから、研究開発投資も抑えられ、また、日本企業にライセンス料を支払う必要もないので、極めて効率良くグローバル市場への参入が進むのである。

急激な事業環境の変化に追随できなかった日本企業の知財戦略

残念なことに、クロスライセンスをはじめとして、特許権の売買を伴わない知財戦略に慣れていた日本企業は、個別の特許権をどのように評価して価値を定め、そしてどのように売買するのかについて、明確な戦略を持ち合わせていなかった。また、売買が進まなかった別の理由として、撤退時に中国企業にライセンスすると、その特許権を武器にして、中国企業が残留組の日本企業を攻めるのではないかといった、日本風の遠慮が、少なからず影響していたこともある。

本来クロスライセンスは、各企業間の特許権を集約して価値を上げる枠組みであるし、事業を安定させる枠組みでもあるから、クロスライセンスに関わった企業間で調整して、パッケージ化した特許権にすれば、ライセンス交渉の条件が良くなるはずである。しかしながら残念なことに、複数の日本企業間での知財連携はあまり機能していない。また、クロスライセンスが日本のみでの枠組みであったため、日本企業が特許権を取得していない国には、枠組みを移植することができないことも交渉が進まない原因となっている。

日本企業が弱くなったのは、コモディティ化によって、日本の先端技術を使わなくとも、誰でも製品を作れるようになったことが、理由の一つではあるが、日本の先端技術を誰でも使えるようになったことも、大きな要因なのである。

日本企業の外国出願推移
日本企業は中国出願を増やしている

日本企業からの技術移転を積極的に進める中国企業と政府

中国は2011年より始まった第十二次五カ年計画で、知財の普及や啓もうを謳(うた)い、特許出願を奨励した。この間、中国企業は必ずしも十分な研究成果を出していたわけではないが、特許出願の数が、先端企業認定や補助金交付の指標となっていたことから、特許出願を増やすことを目指した。このような理由から、この時代に出願した特許が、後に企業を支えるものとなることは少なかった。一方、出願によって、中国企業には知財への関心が芽生え、そして、知財が企業経営上どのように活用できるのかについての、知見を得ることができたのである。その結果、多くの中国企業が、2016年から始まった新たな五カ年計画で謳われる、知財を利用し活用するという時代の変化に、速やかに適応することが可能となっている。

新たな五カ年計画の下では、技術や事業を外国から中国国内へ移転することが、積極的に行われるようになった。各地方政府が管轄している工業地域では、それぞれの地域ごとに特徴のある産業分野を定めたうえで、短期間で事業を始められる企業を世界から誘致して、最先端の工業地域へと生まれ変わらせようとしている。地域によっては、弁護士や弁理士を各国から招いて、中国の地場企業の経営を、知財や技術指導の面からもサポートできる体制を整えている。このように、一時期の単なる資金に任せた工業地域の発展モデルではなくて、専門的な多くの知見を踏まえた発展モデルへの転回が図られようとしているのである。

個別中国企業の振る舞いも、大きな変化を遂げている。知財の利用や活用の知見を得た企業は、コアコンピタンスの変化によって、日本のどの企業がどの事業から撤退する可能性があるのかを、具体的に調査しており、対象となる日本企業の事業を、中国においてそのまま継続するために、技術や特許権をパッケージにした譲渡を模索し、日本企業に働きかけをするようになってきている。

具体的に日本のどの企業の、どの技術、どの製品、といった指名がなされたうえで、移転の相談にくる中国企業や中国代理人が増えており、事業の見直しが進む日本は、中国企業にとって、膨大な過去の研究開発の成果を安く手に入れることのできる、美味しい市場になっているのである。

オープンイノベーションの進展と大学研究

コアコンピタンスの変化がもたらしたのは、各企業が自社の中枢となる競争力を持った技術に絞り込んで、研究開発資金を集中投下することであり、従来に比べて狭い範囲の技術力を深めていくといった研究戦略へと変貌を遂げさせている。一方、コア技術に絞り込んだ研究開発の成果のみで、製品化や事業化ができればよいのだが、近時の技術の複雑化の影響もあり、自社開発技術のみでは、製品として完成することができなくなるといった新たな問題が発生した。このため各企業は、自社のコア技術と組み合わせるための技術を、自社以外から購入したり、ライセンスしたりすることにより、賄うことが必要となっている。これがオープンイノベーションの進展をもたらす要因である。

自社内で研究開発を行わないとなると、あとは誰の技術を導入するのか、新規に必要となる技術を誰に研究開発してもらうのか、ということになる。そのために、各企業は世界中の大学の研究内容に注目しており、いわば大学を企業の外部研究機関として利用するようになってきているのである。研究者や研究内容の情報は、世界を駆け巡っていて、日本の大学に注目しているのは日本の企業だけではなく、中国企業をはじめとした世界中の企業なのである。この結果、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のプロジェクトにもあるように、外国の大学や企業との国際間連携が急速に進みつつある。

写真:タワー

オープンイノベーションへ適した大学経営へ

各企業が、自社の強みを探り、研究開発投資を強みの技術に集中していくという、コアコンピタンスを分析する動きは、同時に、独自開発を諦めた分野の技術を、他社や大学の技術に置き換えていくというオープンイノベーションへの動きにつながっている。技術の移転は当たり前の世界となり、ますます流動化が進んでいくであろう。

このような企業環境の変化がもたらすのは、大学の研究成果を社会実装する機会の増加であるが、その中で、使われる技術と使われない技術との差が明らかになっていくだろう。事業化の際に技術を安定して利用できるための、適切な特許権化ができているのかが、使われる技術の条件となる。せっかく取得した特許権であっても、その内容が好ましくなくて、企業への譲渡やライセンスができないのであれば、逆に特許権があるばかりに、その技術は誰にも使われなくなってしまう可能性もある。これでは、大学の研究が無駄になってしまう。

事業をしないのに特許権を取得することには意味がない。大学には、企業が事業化したときに、グローバル展開をサポートできる特許権なのか、世界中に多く出てくるライバルに対して対抗できる特許権なのか、といったことを見極めて、いかに使ってもらえる特許権にするのかが求められている。特許権化の良し悪しで、研究成果の価値を無くすこともあれば、より多くの価値を産むことにもなることに、注意を払わなくてはならない。

参考文献

「知財の協調と交渉から学んできたもの」,特技懇 http://www.tokugikon.jp/gikonshi/280/280bridge.pdf