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特許は研究成果を社会実装につなげているか

鳥取大学 客員教授/弁理士/一般財団法人工業所有権電子情報化センター 専務理事 後谷 陽一

写真:鳥取大学 客員教授/弁理士/一般財団法人工業所有権電子情報化センター 専務理事 後谷 陽一

2020年10月15日

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研究成果の特許権化が産み出す不良債権

知的財産(知財)の重要性は大学の研究者にも浸透してきており、多くの大学で研究成果を特許権化する動きがある。権利化は日本国内に留まらず、事業のグローバル化を見据えて、外国での権利化を志向する研究者も増えてきた。

しかしながら、単に権利化したのみでは、社会実装につながることはない。折角多くの予算をかけて権利化したにも関わらず、権利維持のための年金を特許庁に払い続けるのみであって、企業へライセンスしたり譲渡することによる収益を、得られる見込みのない、いわば不良債権化した特許権ばかりになっているのが現状である。いったい何が問題なのであろうか。

権利化の費用対効果と生かせる特許

特許の内容などにより異なるが、一つの国で1件の特許を取得するには百万円から数百万円が必要となる。そして、権利を20年間維持していくとなると、さらに同様の額が必要となる。簡単に見積もっても、グローバル展開を想定して数カ国で取得・維持しようとすると、わずか1件の特許で1,000万円を超えてしまうので、これに見合う収入が無い限り不良債権と言われても仕方がない。

研究成果がどのような製品となり、どのような事業となって、どのように展開していくのか、ある程度想定されていないと、研究成果の特許権化は無駄になってしまう。むやみに特許権化するのではなく、社会実装を想定した、生かせる特許権化が必要とされているのである。

特許権は事業化をサポートできるのか 妨害する盾 排除するための矛

研究成果は特許権化しないと、広く誰でも使えるものとなってしまう。20年ほど前には、大学の研究は社会貢献だから、論文で発表し、人類の公共財として広く誰でも使えるようにすることが、大学の使命との考えを持っている研究者がたくさんいた。しかしながら、誰でも使える技術は、事業化にとって大きなリスクとなってしまう。せっかく事業化した製品を、誰でも作れてしまうことにほかならず、グローバルに市場開拓しても、儲かると分かれば、すぐにライバルが参入してきてしまい、それを排除することはできない。このような不安定な事業しか産み出さない、特許権化されていない研究成果に対して、投資する企業はいないであろう。

事業の成功には、安定して継続できる環境が欠かせない。そのためには、他社が市場に攻め込んでくることを妨害する盾や、他社を排除するための矛が必要となることもあるだろう。この盾や矛になるのが特許権なのである。むやみに特許権化しても使えないものでは意味がない。必要なとき、真に攻めたり、守ったりすることができる権利となっているのかが、権利化の肝なのである。

ニセモノ対応で問われた日本企業の知財戦略 全てが特許権に含まれていると誤解

15年近く前になるが、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ、JETRO)の北京事務所の知財部長として、大学や企業からの相談対応をしていた。相談は多岐にわたったが、特に多かったのは、「知財を盗まれた」であるとか、「ニセモノを作られている」といった悩みを抱えた企業からの、侵害者を排除したい、現地企業とライセンスをしたい、といったものだった。

相談への対応は困難で、多くの場合、喜ばしい結論を出すことはできなかったのだが、その原因としては、相談者の知財に関する知識不足によるところが大きかった。日本の特許権しかないのに、中国で権利の行使をしたいといったような、基本的な知識すらない相談者も少なからずいた。中国の特許権を取得している相談者であっても、自らの研究成果と取得した特許権との関係を理解しておらず、研究成果の全てが特許権に含まれているものだとの誤解に基づいて、主張をされることが多かった。これでは、当然のことながらニセモノ企業を排除できない、というよりは、そもそもニセモノ企業ですらないのである。

新興企業の中には、外国企業の売れ筋製品そのものに似せた製品を製造・販売したり、他社の技術を盗用して自社製品に採用したりする、ニセモノを作って売り抜けようとする犯罪者がいるのは事実である。このような犯罪企業は、知財を活用して排除する必要があるだろう。一方、権利を侵害しないのであれば積極的に自社製品に生かそうとしている、知財戦略に長けた企業も多く存在しているのである。これら企業はニセモノ企業ではなく、排除することはできない。

戦略的知財活用で企業は成長する ハイアールの知財戦略

今や世界100カ国以上で生産・販売を行うグローバル家電メーカーで、白物家電世界シェア10年連続1位を誇るハイアールを例に、企業が発展段階で用いた知財戦略と、その成果を考えてみたい。

15年ほど前、当時創業20年を迎えて躍進すさまじい、ハイアールの知財戦略担当者と、意見交換をする機会を得た。当時のハイアールは、特許出願数で中国最多を誇っていたが、すでに件数の多さは企業経営上意味を成さないことに気付いており、量から質へどのように転換すべきかを模索していた。

知財戦略として彼らが語ったのは、弁理士が技術者の提案した開発案の考え方を把握したうえで、従来どのような技術があったのかの調査をすること。製品開発時に全世界の技術文献を調査して、他人が開発していなければ特許権を取得すること。松下や東芝をはじめとする、外国家電企業が中国で特許を持っていなければ、彼らの技術を利用すること。そして、外国輸出の際には製品の内容を変えて当該国で侵害しないようにすること、といったものである。

調査によって、すでに他社が開発済みの、もしくは開発中の技術の内容が明らかになれば、重複した研究開発投資が不要となるし、追加して研究開発が必要となる技術内容を明確にすることもできる。場合によっては研究開発をしない判断も可能となるので、効率的に研究開発投資ができるのだ。製品開発段階では、むやみに研究成果を特許出願するのではなく、世界中の企業がいまだ開発していないもののみに絞ることによって、質の高い、有効利用できる特許権へ集中投資することができる。

日本企業をはじめ、多くの外国企業は欧米や日本で特許権を取得して、その内容を公開している。一方、中国においては特許権を取得していないので、外国で公開されたこれらの企業の先端技術は、中国国内では、誰でも無償で使うことができる。従って、これらの技術を利用すれば、製品化に必要となる研究開発費が最小限に抑えられるし、ライセンス料を支払う必要もないのである。ただし中国国内では、自社製品が外国企業の権利侵害でなくても、外国に輸出した場合、その国に特許権があると輸出地で権利侵害となってしまう。その対策としては、権利のない国にはそのまま中国仕様の製品を輸出するが、権利の存在する国には、その権利を回避できるように製品の一部を変えて輸出すればよい。これにより訴訟リスクを避けながら、グローバル展開を図ることができるのだ。

今やハイアールは最先端技術を売りにする企業なので、当時とは異なる知財戦略をとっているのであろうが、少なくとも15年前の発展期においては、企業経営上、極めて有効に機能した知財戦略であった。

研究開始時に利用すべき情報と、知るべき情報

ハイアールが発展期に行った知財戦略は、大学の研究成果の知財化に参考になるところが多い。研究テーマの選定時と、権利化時には過去の論文調査はもちろんのこと、特許調査も実施すべきである。併せて、研究成果の社会実装が期待できる産業分野の動向も捉えるとよい。これによって、自らの研究内容がどのように位置付けられるのかを俯瞰(ふかん)することができ、無駄な研究を排除して、効率的に成果につなぐことができる。

研究成果と事業をサポートできる特許権との乖離(かいり) 日本の特許権の翻訳文では機能しない

なぜ、学術的に素晴らしい研究成果が出ているのにもかかわらず、研究成果の特許権を企業が欲しがらないのだろうか。製品や事業化を見据えた研究開発ではなかった、研究成果以外の代替技術が多く存在する、製品化までに追加的な研究開発が必要となるが大学からのサポートが得られない、といったような問題とともに、そもそも特許権が研究開発成果を上手く表現できていないことも理由の一つである。弁理士やアドバイザーの資質が影響していることもあるのだが、特許権は製品化・事業化された際に、製品を保護し、他社の参入を排除できるようになっていなくては意味がないのである。

さらにグローバル展開を見据えた場合、特許権は国ごとに代える必要があるのだが、その対応ができていない。そもそも、各国の法体系が異なるので、特許権を利活用できる範囲も異なる。審査基準の違いがあり、同じ権利を取得できないこともある。また、グローバル展開時に必ずしも全く同じ製品を各国で販売するわけではなく、国ごとに国民性の違いや、嗜好、思想も考慮して製品の仕様を変えた場合、それぞれに特許権が対応する必要がある。にもかかわらず、多くの場合、外国で取得した特許権は、単なる日本の特許権の翻訳文にしかすぎず、その国で有効に機能していないのである。

社会実装しやすい特許取得に向けて

いろいろと考慮すると、特許権化は難しいので毛嫌いしてしまう研究者もいるかもしれない。まずはアドバイザーや弁理士と相談することを奨めたい。そのとき、基本的には研究の成果を広く捉え、それに見合った広い権利を希望すればよいだろう。そうすれば弁理士が特許庁審査官と議論して、適切な範囲の権利に仕上げてくれるはずである。

研究成果の社会実装は時代の要請である。しかし、付け焼刃の知財知識ではせっかくの研究が事業化に役立たないものとなってしまう。研究の成果がどのように使われるのかを想定し、より良い特許権の取得を志向しなくてはならない。

参考文献

**1:
Pat Choate,“ The Crisis in Intellectual Property Protection and China's Role in that Crisis"
http://www.uspto.gov/sites/default/files/web/offices/dcom/olia/harmonization/p_choate.pdf