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新しい生活様式とセレンディピティ

愛媛大学 社会連携推進機構 准教授 秋丸 國廣

2020年09月15日

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今はできるだけ人が集わないことに注意が払われているため、ウェブ会議の利用が増えた。ノートパソコンの内蔵カメラを使うことはまずないと思っていたが、ようやく世のICTツールの恩恵を受けている。県外企業との打ち合わせはウェブ会議で行うため、訪問せずに必要最低限の要件は容易に済ませることができる。遠隔地訪問だけでなく、学内の会議もほとんどがウェブ会議形式となり、時間的に仕事の効率化が図られるようになった。今後もあらゆるシーンでオンラインのシステムが活用されるであろうが、一方でいつまでもこのままでいいのかということには多少不安もある。

他人と会って話をすることはあまり得意ではないが、職業柄会う人、会う機会は選んではいられない。要望を聞き取り、条件などの交渉を行うためには、やはり面と向かい合って話をするのが基本だが、メールで簡単に済ませたいと思うことも多い。そんな中、ある方から「人と会うことのメリット」を教えていただいた。仕事と直接関係しない話でも、会話を重ねているうちにひょんなアイデアが生まれることがあり、思いもしない連携が生まれるきっかけになったことがたびたびあるという。セレンディピティ(serendipity)としてよく語られる偶発的出会いのことだと理解した。

産学連携の成功事例やイノベーション創出事例では、この偶発的出会いが新しいアイデア創出の生みの親になっているとよく聞く。ウェブ会議では要件はあらかじめ設定され、議論が広がることや無作為な会話になることは少ない。情報共有を図る目的で使用するには効率的な優れたツールだが、このシステムが社会のスタンダードになってしまうと、「人と会うことのメリット」が失われるのでは、と危惧してしまう。「新しい生活様式」では仕事でもオンラインでつながることが増えることは間違いないであろうが、イノベーション創出につながるセレンディピティを生む機会が減らないような新しい工夫が必要だと思う。

ヒントは幾つかあるようだ。例えば、ICT時代を想定して作られたクラウドオフィスがある。メールとファイル共有を統合したソフトもあるが、テレワーク時代の到来を予期して開発されたアバターで仮想空間のオフィスへ出勤するサービスは興味深い。仕事の情報共有を図るばかりでなく、今のコロナ禍中のテレワークで失われそうな個人間の私的コミュニケーションを確保するアプリケーションとして急速にビジネスを伸ばしているようだ。日本人的発想では仕事用ツールに遊び感覚のある私的コミュニケーション機能を持つことに違和感を覚えるが、これこそがセレンディピティを生むシステムかもしれない。アバターが仮想空間内で雑談をするさまは、まるでゲームソフトの世界のようで、日常オンラインゲームに興じる若い世代には問題なく受け入れられる。次世代のセレンディピティは仮想空間から生まれると予測もできよう。“近未来”が駆け足で近づいている。

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