連載SDGsと地方創生

(1)地球環境問題と持続

公立小松大学 顧問 林 勇二郎

写真:公立小松大学 顧問 林 勇二郎

2020年09月15日

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はじめに

人類の持続可能な開発目標(SDGs)は、2015年国連サミットの決定である。国も地方も、企業、非政府組織(NGO)、そして大学生から小学生までが、SDGs推進に向けて活動を展開している。他方、地方創生はわが国の重点課題であるが、東京一極集中の流れは止まる気配がなく、地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)も苦戦を強いられている。

そんな中で新型コロナウイルス感染症が発生し、世界における国家から一人ひとりのライフスタイルまで、そのあり方が問われている。今や、国や地域が抱えている問題は世界の問題であり、世界が進む方向は、国や地域が考えねばならない。

SDGsは、健康、福祉、教育、環境など17の目標を掲げ、169のターゲットと行動指針を提供している。地球規模から個人レベルの問題に対して、世界の“誰一人取り残さない”とするスローガンがSDGs推進の気運を高めている。しかし、多くの課題の列挙からなるSDGsは基軸が見えにくいとされる。人類が持続に向けて総力を結集するためには、個々の課題と基軸とのつながりが明確であるのが望ましい。そして、そこには人間社会のあるべき姿の視点が欠かせない。

人間社会を定義すれば、「自然と共生し、知的活動と生産活動をもって組織的な生活を営み、世代をつなぎ公共の精神や文化を育む集団」と言えよう。知的活動と生産活動は、ホモサピエンスやホモファーベルと呼ばれる人類特有のものであり、このような活動が今日の高度な社会を創り上げてきた。しかし、その一方で、人類の存続に関わる地球環境問題が発生し、途上国の貧困や格差の問題は歴史を引きずっている。

化石資源を活用する工業社会は非循環的であり、自然界との共生の齟齬(そご)が地球環境問題を引き起こしている。中でも、大気中の二酸化炭素の増加に起因する温暖化と気候変動は、地球の自然環境の基盤を根底から揺るがしている。これに対する2015年のパリ協定は、複雑で困難な事情を乗り越えて、ようやく得られた国際社会の合意である。そして第一次産業革命に始まる250年の化石資源型社会の転換に向けて、残された時間は僅(わず)かでしかない。

社会が発展したのは工業化に成功した先進国であり、その道筋が立たない途上国、特に、後発の開発途上国の貧困と生活は劣悪であり、市場の拡大と経済のグローバル化が進む中で、国家間の格差が常態化している。途上国などに対する先進国の支援は、第二次世界大戦後に設立された国連やユニセフなどに始まり、2000年の国連ミレニアム開発目標(MDGs)に至るが、それを発展的に拡大したのが2015年のSDGsである。

人間社会は、自然界と地域や国家のアイデンティティーとの関わりをもって、生活と生産活動を営んできた。工業社会における人工物や人工システムの普及や都市化は、それらの関係を疎遠にし、世代をつなぐ力や文化を醸成する力を脆弱(ぜいじゃく)にすることで、社会の質的な低下をもたらしている。グローバル化は、ヒト・町・仕事からなる地域社会の構造を希薄にしている。地域社会における構造の希薄化と質的な低下が地方創生の問題であり、それはまさに人類の存在理由と言えよう。

本稿では、地球環境問題、国家間の格差と貧困、そして地方創生の問題が、人類の持続に係る基軸の事象であるとし、3回のシリーズでこれらについて言及する。

非循環型社会と生産活動

地球は46億年前に創生された太陽系の惑星であり、地圏・水圏・気圏からなる自然環境の系を形成する(図1)。太陽からのエネルギーを受けた地球では、大気を構成する濃度0.035%の二酸化炭素などで暖められ、対流圏での雨冠現象などの気象現象が営まれている。このような自然環境の系に包摂して植物と動物が共存する生物環境の系が形成され、光合成や食物連鎖などの生命活動を営むことで地球の循環システムを維持している。

図1
図1 地球環境における熱と物質の循環システム

人類は約700万年前のアフリカで誕生し、約50万年前には薪を燃やして火を使用し、発達した脳で道具を使い、複雑な言語体系を持ったとされる。やがて、住まいを固定することで、農業・林業・水産業の一次産業が営まれるが、それは生活と生産そして自然が一体となった循環型のエコ社会であった。そして、近代になって化石資源を活用する工業を創出することで、非循環型の社会に突入する。

科学・技術と化石資源を活用する工業は、生産活動と経済活動の体制を整えることで社会を発展させてきた。生産活動は、科学・技術と産業・市場を基本とするが、これは市民革命、科学革命、そして産業革命の体験を通して確立された。市民革命は市民が自治と市場を持つ国民国家を創成し、科学革命は大学等で獲得した科学の知見の技術への応用を可能とし、産業革命は科学・技術と化石資源を活用した新産業の創出である。

図2は、人間社会の発展とそれに伴う自然環境の変化を、社会環境の系と自然環境の系をもって示している。社会環境の系は、物質的な資源と知的資源を原資とし、科学・技術によって製品やサービスが製造され、それが市場を通して社会に供給されることで、次代へと発展している。

自然環境の系は、製品の製造、運転、さらには使用後の廃棄など、自然界と物質とのやり取りで構成されるが、化石資源の使用が、自然環境とエネルギー・資源のつながりを分断している。すなわち、社会環境と自然環境の系は相即不離(そうそくふり)の関係にあり、生産活動による方向性と経済活動の継続性が社会を高度に発展させ、その一方で、地球環境問題を引き起こしている。

図2
図2 社会の発展と持続 (社会環境の系、自然環境の系)

地球環境問題と気候変動

非循環型の工業社会においては、反応性が高く、また生物の体内に取り込まれて濃縮する環境影響物質が、比較的狭い地域で顕在化し、産業公害や都市公害が発生した。そしてわが国では、1970年に公害対策基本法が制定され、1971年に環境庁が発足した。

今日、人類に問われている環境問題は地球環境問題である。環境影響物質は、自然界に既に存在しているか、あるいは化学的に安定であるのが一般的であり、このことが発生源などの地域を問わず、長時間かけた地球規模の問題としている。地球環境問題は地球温暖化問題として次のように集約される。

熱帯雨林の減少、砂漠化、酸性雨による森林破壊は、二酸化炭素の吸収量を減少し、温暖化に対して間接的である。化石燃料の燃焼ガスやフロンガスの温室効果ガスの排出は、温暖化に対して直接的である。これらの効果が相まって、大気中の二酸化炭素が増加し地球温暖化が進行するが、その影響が最も顕著に現れるのは海洋である。海洋は、熱的にも物質的にも容量の大きなリザバー(貯水池)であるが、水温の上昇とともに炭酸ガスを吸収することで酸性化し、それに加えてマイクロプラスチックなどによる汚染も進んでいる。

以上、大気中の二酸化炭素などの増加は、地球の循環システムを狂わせることで、地球の温暖化と気候変動を引き起こし、地球の自然環境を土台から揺るがしている。そして、これらの全ての事象が、より上位にある生物多様性減少に関わっている。

IPCC報告とパリ協定

大気中の二酸化炭素濃度の増加は、1958年ハワイのマウナロア観測所で測定された「キーリング・カーブ」が最初の報告である。1988年に現在195カ国が加盟する地球温暖化についての政府間パネル(IPCC)が設立され、以来、科学的および社会経済的な見地から気候変動に関する包括的な評価が行われてきた。

2014年公表の第5次評価報告書**1によれば、二酸化炭素濃度は工業化以前より40%増加し、その中の約30%が海洋で吸収され、海洋酸性化を引き起こしている。1880年から2012年の期間において、陸域と海上を合わせた世界の平均地上気温は0.85℃上昇している。1971年から2010年の間での地球温暖化は、貯蔵されたエネルギーの90%以上を占める海洋が顕著であり、60%以上が海洋の表層(0~700m)に、約30%が700m以深に蓄熱された。気候に対する人為的影響については、大気と海洋の温暖化、世界の水循環の変化、雪氷の減少、世界平均海面水位の上昇、およびいくつかの気候の極端現象について言及している。

国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)**2は、2015年12月にパリで開催され、20年から始まる温暖化防止の新ルールが採択された。パリ協定は、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑え、1.5℃を努力目標とすることとし、締約国は自主的に二酸化炭素の排出削減の目標を申告し、その進捗を互いに検証し合う仕組みである。上昇が1.5℃であっても、夏に北極海の氷が解け、7~8割のサンゴ礁の破壊、感染症の増加、世界の洪水リスクの倍増などは避けられないが、2℃の上昇に比べて、海面上昇や熱波、干ばつなどの被害が大幅に軽減されるとしている。2018年のCOP24では、パリ協定の実施ルールの大筋が合意されたが、COP25では詰めにあたる削減に向けた国際取引が不調に終わっている。

脱炭素社会の構築

2020年現在での世界の温室効果ガスの総排出量は、二酸化炭素換算で現在500億トンだが、2030年には570億トンが見込まれている。2℃目標に整合したシナリオに戻すには、300億トン超の追加的な削減が必要であり、抜本的な政策と革新的な技術開発が必至である。

わが国は、2019年6月に「脱炭素社会」を実現する地球温暖化対策を閣議決定している**3。戦略の柱は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの主力電源化であり、水素の利用拡大や次世代蓄電池の開発とともに、CO回収技術や送電網の増強を図るとしている。石炭火力については、20年7月に、非効率な発電所の9割を2030年までに削減するとし、「脱石炭」に向けてようやく舵が切られた。2018年と2030年の比較において、総発電量に占める石炭火力は32%から26%に、再生可能エネルギーが17%から22~24%になると想定される。

「脱炭素社会」は、国際社会のパリ協定の合意、各国のエネルギー・環境政策、民間企業に対するESG投融資などが連動して推進されるが、ゴールは「仮想発電所(VPP)」を中核としたスマートシティである。VPPは、再生可能エネルギーなどの小規模分散型の電源と、従来の発電所をつなぎ、電力の負荷平準化を制御する仮想の発電所であり、図3に概念図を示す。ホライズン2020は、全欧州が実施する研究およびイノベーション促進のフレームワークプロムグラである。2014年より2020年までの7年間で約800億ユーロが助成され、その後継のホライズンヨーロッパへのもとで、VPPを拠点としたスマートシティプロジェクトの実証が動き出している。

図3
図3 仮想発電所とスマートシティ

わが国は、暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火などの自然災害が多い国であり、社会基盤はそれらの被害を可能な限り小さくするように建設されてきた。3.11の東日本大震災と原発事故は、エネルギー基盤としての限界の露呈でもあり、ここに原発の必要性の是非が問われている。地球温暖化による気候変動は、世界中で気象災害の規模を拡大している。中でも、わが国における近年の豪雨・台風被害は半端ではなく、将来的には海面上昇による都市被害も予想される。災害大国であり、世界を主導する先進国でありながら、脱炭素化に向けて後れを取っている。災害に対する適応能力や強靭性(きょうじんせい)のある社会に高めねばならないが、温暖化という人為に対する脱炭素こそ第一義であることは言うまでもない。

そして、その先にあるスマートシティの未来社会は、夢物語ではなく持続のために必要な社会である。わが国は、水素エネルギー、蓄電池、電気自動車、自動運転、5G、IoTなど、多様な優れた技術を有する。Society 5.0 が、これらの技術を統合した新しい社会の価値創造をもたらすには、まずは、確かな脱炭素社会に立脚したスマートシティの構築ありきでなければならない。

(次号へ続く)

参考文献

**1:
「気候変動2013」気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5 次評価報告書 第1 作業部会の報告 気象庁 2013- 9
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**2:
「パリ協定」気候変動の国際関連会議資料 環境省 2015- 10
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**3:
「エネルギー・環境イノベーション戦略(NEST2050)」総合科学技術・イノベーション会議 2019- 11
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