リポート
コーオプ(COOP)教育としての
長岡技術科学大学の実務訓練
長岡技術科学大学 教授 明田川 正人

はじめに- 技術科学大学設立と実務訓練
技術科学大学(長岡技術科学大学とその姉妹校である豊橋技術科学大学)は、主として工業高等専門学校(高専)の卒業生に修士以上の学位を授ける目的で1976年10月に開学した*1。その設立趣意は「実践的・創造的な能力を備えた指導的技術者の養成」にある*2、*3。特に開学前から「社会との密接な接触を通じて、指導的技術者として必要な人間性の陶冶(とうや)を図るとともに、実践的技術感覚を体得させることを目的」とする実務訓練が計画された。この実務訓練は、米国などですでに行われていた「コーオプ(COOP)教育」*4を意識し、産学連携共同教育を当初から目指していた*5。従って開学当初から産業界などへの学生派遣を図り、図1に示す通り当時の文部省を通して一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)幹部に学生受け入れの要請を行なっている。長岡技術科学大学の実務訓練は、このような経緯をたどり産業界などへの派遣は、1979年の1期生209人(国内派遣65機関)に始まり、2019年の41期生まで、のべ1 2,979人(国内11,999人+海外980人:国内派遣7,486機関+海外派遣563機関)となっている。

長岡技術科学大学の実務訓練のシステム
図2に長岡技術科学大学の教育システムを示す。先に述べたように高専卒業生を3年次に編入させ、学部修士一貫教育を行うシステムになっている。3年次に編入する高専卒業生は約80%、学部と修士の定員はほぼ同数である。長岡技術科学大学の教育システムの最大の特色は学部4年次の後半に5カ月(海外は6カ月)の実務訓練を主に産業界で行うことである。これは国内では最長である。なお、豊橋技術科学大学は2カ月である。修士進学を目指す学部4年生は実務訓練が必修科目(8単位)となる。

図3(a)に実務訓練実施の教育支援体制を示す。准教授・講師以上の教員全員(共通教育教員は除く)は実務訓練指導教員となり、企業などと交渉し実務訓練の受け入れ開拓および企業と実務訓練テーマに関する協議を行う。実務訓練指導教員の担当企業数は一人当たり数社である。学生はその教員に訓練派遣前に実務訓練先の希望を伝え、もしその教員の選考に適(かな)えば企業への派遣が決定する。実務訓練中は、教員は企業現場での実務訓練を視察するとともに企業と協力して訓練が大学4年時の卒業研究レベルになるようにする。従って事前の教員と企業間の訓練テーマのすり合わせが重要である。学務課は学生・企業・教員で実務訓練がスムーズに進むようにサポートを行う。図3(a)に実務訓練の年間スケジュールを示す。図3(a)(b)の重要事項を箇条書きにすると次のようになる。


図3 長岡技術科学大学の実務訓練
(1) 企業と大学の間に「引受書」を交わし、訓練テーマ・引受条件(日当・住居など)・企業大学担当者などを明確にする。実務訓練の学生負担金は企業支払いを基本とする。学生はこの書類を見て派遣企業を希望する。派遣学生は企業での訓練のために「誓約書」を企業に提出する。秘密保持契約などは別途、学生-企業間で行う。
(2) 国内実務訓練先企業の新規開拓などはその年度4月までに行い、各課程において派遣が適当かどうか(訓練テーマが適当か? 安全対策は? 有償か? 学生に過度の負担がないか? など)を判定する。これで派遣可と認められた企業を学生に公開(引受書を公開)する。企業ごとに希望者を募り、その中から派遣学生を選考する。
(3) 実務訓練の意義を確認するために5月に「実務訓練シンポジウム」を行う。これには学生だけでなく、教員および企業も参加する。派遣前(9月)までに派遣学生への事前教育(安全教育・海外の場合は語学研修など)を行う。
(4) 実務訓練派遣は10月(海外の場合は9月)から行う。派遣の後、学生は毎月1回実務訓練報告書を企業担当者の確認(押印または署名)後、指導教員に提出する。指導教員は報告書で訓練内容を把握するとともに、企業を1〜2回訪問し、学生の訓練進捗状況を企業担当者とともに確認する。実務訓練終了時に、学生は最終報告会を企業で行い、企業担当者は訓練が「実務訓練」の単位に値するかどうかを「評定書」で指導教員に報告する。
(5) 派遣されていた学生は、2月に大学に戻り各課程において開催される「実務訓練成果報告会」にて自らの訓練に関する報告を行う。この報告会では各課程の教員がこれを聴講する。またこの学生報告および指導教員の調査を基に、その企業に次年度も学生を派遣してよいかどうか課程内で審議する。適当でないと認められた場合派遣を取りやめることもある。
(6) 大学学務課は上の(1)〜(5)のプロセスがスムーズに進むようにサポートを行う。また、損害保険(海外の場合は海外旅行保険など)を準備し、学生に加入させる。
以上の通り、実務訓練では、学生-企業-大学が協調して、学生への教育的効果を維持向上させている。産学協同の共同教育をコーオプ(COOP)教育と定義するなら、長岡技術科学大学の「実務訓練」は「コーオプ(COOP)教育」そのものである。
「実務訓練」は、企業が求人目的で、学生が求職目的で行うインターンシップとは明らかに異なる。目的が冒頭で述べた通り「人間性の陶冶」「実践的技術感覚の体得」でありこれらとともに大学院での研究活動の動機付けが加わっており、求人求職が目的ではない。実際、初期の実務訓練では、企業に派遣された学生は、その企業に就職してはならないという不文律が存在した。現在ではそのような不文律は学生に強制できないが、実務訓練に派遣された企業に修士修了後に就職する学生の割合は5%以下である。また実務訓練の期間が5カ月という長期であることも2週間〜1カ月程度のインターンシップと大きく異なる。5カ月間あれば、工学部の4年生は、ほぼ卒論に相当する仕事(企業での大卒新入社員がこなす初仕事)の成果を出すことは容易である。従って企業によっては、実務訓練学生を積極的に受入れるところもある。また、1979年からずっと実務訓練生を引き受けていただいている企業も数十社ある。
海外、特に北米やヨーロッパ、東南アジアなどでは、コーオプ(COOP)教育による学生の企業での産学協同による教育訓練が盛んである*4。特にタイでは、COOP教育により企業での訓練が大学工学部などでは必修科目化されている*6。その制度は本学の実務訓練とほぼ同等であり、産学連携共同教育が基本である。本学からは、タイで行われているCOOP教育に基づき、タイの企業に本学学生を実務訓練生として派遣している*7。また逆に、本学のタイのパートナー大学の学生を、COOP教育生として、日本の企業に派遣している。筆者は両方の窓口を担当しているが、本学の実務訓練はタイでのCOOP教育となんら相違はないと感じる。
コーオプ(COOP)教育としての実務訓練の評価
実務訓練の教育的効果が学生・企業に対しどのように現れているか、またフィードバックする事柄はあるかを検証するために長岡技術科学大学では、毎年、実務訓練終了後、学生・企業・教員に対しアンケートを行っている。それらの一部を紹介する。
(1)学生の反応
実務訓練を終了したばかりの学部4年生および2年前に実務訓練を行った修士2年生に、アンケート調査を行っている。紙面の都合で全ての設問に関するアンケート結果を論じないが、以下の三つの設問に関する前向きな回答(そう思うA+どちらかと言えばそう思うB)の割合を示す。2018~2019年度を併せた結果である。
* 「実務訓練は社会的・国際的視野を広げる上で役に立ちましたか」A-70%(学部)A-66%(修士) B-23%(学部)B-23%(修士)
* 「専門的な知識や応用能力を身につける必要性を強く感じるようになりましたか」 A-64%(学部)A-40%(修士) B-26%(学部)B-38%(修士)
* 「実務訓練は自分のためになったと思いますか」 A-81%(学部)A-74%(修士)B-13%(学部)B-18%(修士)
特に最後の設問ではほとんどの学生が実務訓練に満足していることが分かる。自由記述でも、「約5カ月間企業で働くことで、『企業で働く』ということを身を持って体験できた」(学部)などの前向きな意見がほとんどを占める。しかし、「企業からお金がもらえず生活が困難だった」(学部)などの意見もあった。企業から生活費が有償提供でも学生の生活を全て支えられない場合も稀(まれ)にある。このような企業には教員から生活費増額を働きかけることが必要である。
(2)企業担当者の反応
こちらも企業からは前向きな意見が大半である。例えば、「課題、テーマに対する理解力がある。不明な点、迷った点があった場合は、タイムリーに相談するなどコミュニケーション力がある」「理解力が高く、資料の作成などについても適切に進めることが出来た」などである。しかし、「発表の場面などについては、経験が浅く緊張により、なかなか本来の力が出せていなかった」などの意見もあった。訓練テーマの選定で企業担当者と学生の間の齟齬(そご)はほとんど見られない。5カ月間の訓練で双方の理解が深まったものと考えられる。ほとんどの企業からは学生が企業への貢献を行ったことに対する謝辞が述べられている。
終わりに
長岡技術科学大学の実務訓練の紹介を行った。実務訓練はコーオプ(COOP)教育を前提に制度が設計・維持されているものである。今後も、学生・企業・大学がそれぞれ満足するように維持発展を図りたい。海外実務訓練では、一部無償の訓練などがあるがこれも改善する必要がある。
- *2:
- 技術科学系の新高等教育機関構想に関する調査会、「技術科学系の新しい大学院の構想について-報告-」、1974年3月15日
- 本文に戻る
- *3:
- 技術科学大学の教育課程、施設等に関する調査研究会議、「技術科学大学の組織、教育課程、施設等について」、1976年2月16日
- 本文に戻る
- *4:
- 例えば WACE https://waceinc.org/ 参照
- 本文に戻る
- *5:
- 斎藤信義、「技術科学大学の教育研究と実務訓練」、VOS 長岡技術科学大学広報、pp. 3 〜4, No. 2, 1979.
- 本文に戻る
- *6:
- 例えばタイ王国・スラナリー工科大学 http://coop.sut.ac.th/EN/index.php 参照
- 本文に戻る
- *7:
- 長岡技術科学大学、「実務訓練の手引」(令和元年度)、pp.73 〜77, 2019.
- 本文に戻る
2020年9月目次
- リポート