Biz & Company

写植機メーカーだったモリサワが
破壊的イノベーションの犠牲者にならなかった理由

本誌編集長 山口 泰博

2020年08月15日

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1924年に世界に先駆け「邦文写真植字機」を発明した森澤信夫。株式会社モリサワの先々代の社長だ。以来96年、ものづくり企業で機械メーカーだった同社が、今なお国内フォントの70~80%を占めるトップ・シェア・メーカーでいられるのはなぜなのか。

普段パソコンのキ-ボードで文字を打つとき、どんなフォントを使っているだろうか。代表的なオフィス・ソフトでは、文書作成ソフトのMicrosoft Word(マイクロソフト・ワード)や、表計算ソフトのMicrosoft Excel(マイクロソフト・エクセル)は今では、使えることが当たり前のスキルだが、デザイン性を重視しないこれらのソフトでは、意識しないかもしれない。Microsoft PowerPoint(マイクロソフト パワーポイント)でプレゼンテーションをするときは、多少なりともデザイン性が求められることから、どのフォントを使用するか意識しているかもしれない。しかし、一般的には、2~3種類のフォントだけを使う程度の認識だろう。

このように、フォントを自分の意思で活用するまで身近になったのは、近年のことだ。

本来フォントは、同じサイズで統一したデザインが施された文字のセットを指す言葉だ。パソコンなどで使用し、印刷物に利用できるようにした文字デザインデータのことを指すようになり、さらに文字セットそのものを指して解される言葉になりつつある。

国内フォントメーカー最大手の株式会社モリサワは、知る人ぞ知るフォント業界を牽引(けんいん)する老舗企業だ。Microsoft のOS、Windows10 にバンドルされている、「UD デジタル教科書体」は同社の代表的フォントの一つだ。

だがそのほとんどが、デザイン系のクリエイターが同社のフォントを利用し、印刷物などで目にしているB to B 形態のビジネスのため、一般にはなじみが薄いかもしれない。

パソコンソフトにバンドルされている「UD デジタル教科書体」© Microsoft Word

活版印刷から写真植字機へ

人類は言葉を話し、そして文字を発明したことで、様々な記録を残しコミュニケーション手法を発達させてきた。近代では活版印刷(活版)から写真植字機(写植)、電算写植・DTPへの文字はコンピューター化され、フォントはここ2~30年ほどで加速的にデジタル化が進んだ。

活版印刷は、一つ一つの鉛版、線画凸版、樹脂版などの活字を並べて組版(レイアウト)を作り、インクを塗って印刷する方法で、現在主流の平版(オフセット)印刷が台頭する1960年代まで新聞などで使われていた。

今ではキーボードをたたき一瞬で一文字を表示できるが、活版は数千~数万字ある文字の型となる活字を一文字一文字探し出し、版型に並べていく気の遠くなる作業だ。

当時製薬会社の印刷部門で活字を組む仕事をしていた森澤信夫は、イギリスで「写真で文字を並べる機械」を開発中だが、実用化はできていないと知り、自身で開発すべく研究に取りつかれていったという。

1924年7月、ついに「写真の原理で文字を現して組む方法」を世界に先駆けて考案した発明模型を「邦文写真植字機」と名付けて特許を申請。写植の登場だ。

活版印刷の活字を使わず、文字板からレンズを使って一字ずつ印画紙に印字して版を作るこの機械は、膨大な活字を探し出し手で組む工程を大幅に軽減した。この発明が写植機メーカー・モリサワの出発点だ。

邦文写真植字機

デジタル化が遅れた企業の末路

新たなイノベーションに乗り遅れるイノベーションのジレンマ。新しい技術が、古い優れた技術を破壊的に駆逐する、破壊的イノベーションの犠牲者として知られる事例の一つとしてイーストマン・コダックが挙げられる。デジタル化の波に乗り遅れ、2012年に倒産した世界的企業だ。デジタル化への対応を怠れば130年以上のグローバル企業であっても一瞬で倒産するそんな驚きをもって捉えられた。2013年には再上場を果たし、デジタル化と印刷、ライセンス契約などで復調を果たしている。

一方、デジタル化に舵を切り成長を続ける企業として、他社に先駆けて地図のデータベース化に着手してきた株式会社ゼンリンが挙げられるが、モリサワもそのような会社の一つと言えるのではないだろうか。

自社の技術を応用し横展開するかまたはデジタル化するなど、社会環境の激変を予測し縮小する市場にどう対応するかは企業の存続を大きく左右する。

モリサワは、デジタル化とオープン化に即応し市場で利用されるフォントをおよそ1, 500書体まで拡大してきた。また利用者のニーズを汲み取ることでサブスクリプション(年間契約)にも早期に取り組み、デザインや印刷などに関わるプロが使うようになった。最近では、大手ゲーム機メーカーのゲーム端末や、番組表などの表示のためテレビ本体にも組み込まれており、知らず知らずのうちに同社のフォントを使用している。

同社の代表的なフォントとしてUDフォントが挙げられる。UDとは、「ユニバーサルデザイン」のことで、「年齢や能力、状況などにかかわらず、できるだけ多くの人が利用可能になるデザインのこと」を言う。モリサワでは「文字のかたちが分かりやすいこと」「文章が読みやすいこと」「読み間違えにくいこと」をコンセプトに開発された、誰にでも読みやすいデザインのフォントをユニバーサルデザインフォント(UDフォント)と呼んでいる。

例えば数字の「6」、「9」や「8」、「3」はフォントによっては非常に判別しづらいが、このような読みづらい文字を判別しやすいようにしたのがUDフォントである。近年、教育機関や自治体などでも採用が広がっていて、小学校の教科書をはじめ、配布資料、市の広報誌などでも使われている。

「中明朝体AB1」の文字盤

揺れても読めるフォントで大学と連携

モリサワは、神戸大学大学院(工学研究科電気電子工学専攻・寺田努教授ら)の、「Readability and Legibility of Fonts Considering Shakiness of Head Mounted Displays(頭部装着ディスプレイでの画⾯揺れを考慮したフォントの可読性・可視性)」をテーマとした研究に参画する。伝えるためのフォント機能を環境変化に合わせるためといえる。

近年は、スマートフォンやタブレット端末が普及し、さらには服や腕など身につけるウェアラブル端末も増えてきた。便利になる一方で、歩行時の揺れの影響によって画面に表示される文字情報が読みづらくなると懸念する声は多い。寺田教授らの研究では、動きながら読むにはどんなフォントが適しているのか調査するもので、同社は比較対象となるフォントの選定や提供で協力する。

フォントの開発にも従来の印刷やサイン⽤途と異なる視点が求められ、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などフォントの可能性と発展が期待される分野で新技術に対応したいという。

デザイン系教育機関や自治体との連携でフォントの可能性を広げる

また、モリサワと学校法人日本教育財団・モード学園は、リモート環境でオンラインによる産学連携プロジェクトを展開中だ。同社と日本教育財団は、これまでも「フォントの擬人化キャラクターの制作」や「フォントの漢字をイメージしたグラフィック作品の制作」などに取り組んできた。

モード学園は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、ビデオ会議アプリ「ZOOM(ズーム)」を活用したオンライン授業を実施しているが、同社とモード学園グラフィック学科の学生との連携で、「コロナ収束後の明るい未来を創造したUD フォントのノベルティ」の企画・提案をしていく。

これらは、同社が進めるFONT SWITCH PROJECT(フォント・スイッチ・プロジェクト)という全国の学生やクリエイティブ思考の全ての人に向けた「フォントの感性を“ON”にする」プロジェクトの一貫だ。「学生が町の課題を解決する!!『産官学連携プロジェクト』〜自治体の課題解決プロジェクト in 長野県小谷村〜」では、自治体(長野県小谷村)の課題を解決する手立てとしてプロジェクトを企画し、武蔵大学の学生のプレゼン資料のフォローを行うなど、産学官連携にも積極的だ。

同社が産学官連携に取り組む理由は、「文字を通じて社会に貢献する」という社是の下、国のインフラともいえる文字やフォントが、新しいメディアや環境でどのように利用されるのか、幅広い年齢層での利用にはどのような課題があるのかなど、社会への貢献や発展を常に考慮して取り組んでいるからだ。

新たな市場顧客に対する啓蒙(けいもう)活動や、フォントによるコミュニケーションの可能性を探求することは、将来的なビジネスのヒントを得ることにもつながると言えそうだ。

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