シリーズコロナの善後策

医療用フェイスシールドの緊急開発
アイデアから実装まで

大阪大学大学院医学系研究科 次世代内視鏡治療学共同研究講座 特任教授 中島 清一

写真:大阪大学大学院医学系研究科 次世代内視鏡治療学共同研究講座 特任教授 中島 清一

2020年08月15日

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新型コロナウイルス感染が拡大するなか、医療現場で深刻化していた防護具不足解消の一助とすべく、クリアファイルのように身近な材料で顔全体をおおうことができるフルフェイスシールドを緊急開発した。3Dプリンティングによる「草の根運動」と、クラウドファンディングによる「大量生産」という、二つの形で社会実装を果たした。デジタルとアナログ、相対する二つの概念をうまく共存させることで、従来の産学連携活動、大学のアウトリーチ活動の域を超える、大きな成果につながったと考えられた。

開発の背景

2020年初頭より世界中で猛威を振るい、こんにちもいまだ勢いの衰えない新型コロナウイルス感染症。急速かつグローバルな規模で拡大するパンデミックとなったことから、マスク、ガウンやフェイスシールドといった感染対策上必須の「個人防護具」(Personal Protective Equipment:PPE)が各国で軒並み欠乏状態に陥った。特に、これらの多くを輸入に頼るわが国では、2月頃より各地の医療現場でPPE不足が深刻化し、これに院内感染への漠然たる不安も相まって、「医療崩壊」への懸念が喧伝(けんでん)されるような事態に至っていた。われわれ医療従事者の間でも強い不安が広がりつつあった。

この時期、感染拡大が先行していた米国やイタリアでは、「欠乏する医療物資を3Dプリンターで印刷して現場へ届けよう」という活動が広がりを見せていた。著者の所属する外科系の学会でも、人工呼吸器のアダプターやマスク、フェイスシールドのフレームなどを3Dプリンティングする動きが活発化。不足・欠品情報を発信する医療従事者と、それらニーズを受け止める設計者やエンジニアとの産学連携、医工連携プロジェクトが進んでいたのである。

著者は、外科医として臨床現場に従事する傍ら、長年にわたって企業との医療機器開発を主導。大学では、ものづくりプロジェクトを緊急始動できる共同研究講座「プロジェクトENGINE」も主宰してきた。ENGINEでは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援により整備された「ものづくり工房」が稼働している。これらのリソースを生かして、当時市場からすっかり姿を消しつつあったフェイスシールドを緊急で開発できないかと考えた。

製品の概要

フェイスシールドは、飛沫・接触感染から身を守るPPEの一種であり、基本的にはフレームとシールド材からなる。両者を一体とした単回使用のものが多いが、シールド材がフレームから分離・交換できるセミディスポーザブルのタイプも存在する。現場での品不足が深刻であったため、開発にあたっては、1)フレームは再利用可(分離型)とする、2)シールド材には手に入りやすい身近なものを使えるようにする、の二点を優先させた。時間的な余裕が全くないため、手づくりの試作は一切行わず、「ものづくり工房」に備わる3D造形システムを用いた「ラピッド・プロトタイピング」の手法で開発することとした。

フレームの基本デザインは、ENGINE参画企業であるメガネフレームメーカーの株式会社シャルマン(福井県鯖江市)の協力を得て、ワンサイズ(男女兼用)、エルゴノミックで装用感の良いものとした。また、シールド材を組み付ける「ウイング」部は、組み付けが確実になされるよう、また様々な種類、サイズのシールド材に柔軟に対応できるよう、形状を工夫した。工房では、3Dプリンターでこれら造形データの出力を繰り返し、プロトタイピングを進めていった。

シールド材は、「透明度の高いシート状のものであればどんなものでも組み付け可」としたが、われわれは、身近な文具である書類入れ「クリアファイル」に注目した。クリアファイルは、顔面を「お面」のように包み込んでシールドするので、飛沫に対する防御性が高いだけでなく、手指で目、鼻、口を触ることがなくなるので接触感染の予防にもなる。不織布製マスクとの併用が原則であるが、最悪のシナリオとして現場でマスクが払底してしまった場合でも、この「フルフェイス」シールドを装着すれば、最低限のpersonal protection(パーソナル・プロテクション:個人保護)となると考えた。クリアファイルは、必要に応じて折ったり、切ったりすることで通常の開放型のシールド材として使用することも可能である。

フェイスシールド

社会実装「二つのかたち」

社会実装の第一のかたちは、開発段階と同様、3Dプリンティング技術を通してであった。われわれが着想からわずか3日でフレームの3Dデータを完成させ、4月初頭にプレスリリースするとともにネット上で無料公開したところ、初日から教室のサーバーがダウンするほどのアクセスが集中した。公開から10日あまりでSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上にユーザーグループが自然発生的に形成され、これに1,000人を超える3Dプリンター愛好家、デザイナー、エンジニアたちが参加。このオン・ライン・コミュニティーのメンバーたちが、自らが所有する3Dプリンターでフレームを作製し、シールド材とともに近隣の医療現場へ無償で提供するという「草の根活動」を展開したのである。

コロナの時代における日本式「メイカーズムーブメント」とも言えるこの活動は、しばしば新聞、ニュースで取り上げられたこともあって、急速に全国各地へ拡大し、最盛期は1日に数百のフレームが製作された。メンバー間では、3Dプリンターに使用する材料(フィラメント)の種類や、印刷の条件について、あるいは、フレームデザインの改良や、より効率の良い印刷方法について、日々熱心に意見が交わされた。このような過程でグループ内に形成された一種の「集合知」が、次の社会実装の第二のかたちの基礎となったものと考えている。

社会実装の第二のかたちは、当然ながら工場における大量生産であった。このレガシーな(従来型の)手法は、金型製作などに時間とコストがかかり、中途でデザインの変更が効かない、といった問題がある一方、3Dプリンティングとは比較にならないくらいのスケールで生産が可能となる。われわれは、今般の全国的なPPE不足の状況をかんがみ、3Dプリンティングによる「草の根運動」と並行して、ぜひとも金型による大量生産に着手すべきと判断した。

量産プロジェクトの最大の壁となる「資金」(金型製作、材料費、工場の生産ライン使用費など)は、「クラウドファンディング」によって民間からの支援を募ることとした。4月からの一連の活動を通して、われわれは、一般の人々の間に「社会の大切なシステムである医療を守ることは、自身を守ることでもある」という意識がしっかり芽生えつつあることを実感していたからである。このクラウドファンディングは当初目標額の700%を超える支援金を得て成就し、同支援金を資金として、5〜6月に4工場で計20万個のフレームを生産。同じく支援金で購入した60万枚のシールド材とともに、全国300超の医療機関へ無償で配送された。産学連携、あるいは大学のアウトリーチ活動として、類のない成功事例となった。

フレーム

課題と対策

今回のプロジェクトは、クラウドファンディングで得た民間資金による「レガシーな大量生産」で無事達成されたが、その基礎には3Dプリンティングによる「草の根運動」があった。この「草の根運動」はまさにオープン・イノベーションそのものであり、メリットも多かった一方で、オープンにすることのデメリットも見受けられた。詳細は他稿に譲るが、「商用を禁ずる」として無料公開した3Dデータを用いて堂々とビジネスを行う者、改変したデータをコミュニティで共有せず製品化する者、などが少なからず認められたのは残念なことであった。

われわれは、今回のように急を要する開発の初期段階には、メイカーズによるオープン・イノベーションで機動力と集合知を最大活用するのがやはり良かったと考えている。しかしながら、開発を主導する者は、オンライン・コミュニティ上で何をオープンにして、何をクローズにすべきかをあらかじめ良く検討したうえで、プロジェクトを始動すべきと思われた。

この分野はまだまだ発展途上であり、関連技術の革新も目ざましい。プロジェクトのリーダーには、専門家や経験者のアドバイスに耳を傾けることのできる柔軟性と、確固たる開発メッセージを発信してグループを力強く導いていく牽引(けんいん)力が求められている。

今後の展望

新型コロナによるPPE不足解消の一助とすべくわれわれが提唱したフェイスシールドは、3Dプリンティングによる「草の根運動」と、クラウドファンディングによる「レガシーな大量生産」という、二つのかたちで社会実装された。これらは、デジタルとアナログ、オープンとクローズ、ファブレスとマニュファクチャリングという、相対する概念と捉えられがちかもしれない。しかしながら、われわれのプロジェクトでは、両者は相反することなく、むしろ完全に共存した(図1)。

3Dプリンティングは、近隣の医療施設にオン・デマンドで少数ロットを届けるのに最も適した技術であって、物流の力で大量に物資を投下する方式には全く干渉しないのである。これからは、「デジタル・ファブリケーション」と「リアルのものづくり」をうまく融合させ、双方から相乗効果が得られるような仕組みを考えていくべきだろう。

図1
図1 3Dプリンティングによる「草の根運動」とクラウドファンディングによる「レガシーな大量生産」の共存

参考文献

**1:
クリス・ アンダーソン (著),関 美和 (翻訳).MAKERS ― 21世紀の産業革命が始まる.NHK出版.2012年
**2:
森兼啓太(監修).個人防護具をかしこく選びたいときにすぐに読む本:探せる・学べるPPEのすべて (インフェクションコントロール2016年別冊).メディカ出版.2016年
**3:
星野達也(著).オープン・イノベーションの教科書 ― 社外の技術でビジネスをつくる実践ステップ.ダイヤモンド社.2015年

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