研究者エッセイ

博士、企業、研究開発の「三方よし」

株式会社オーガニックnico アグリサイエンスグループ長/首席研究員 鷲田 治彦

写真:株式会社オーガニックnico アグリサイエンスグループ長/首席研究員 鷲田 治彦

2020年07月15日

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博士と企業のミスマッチング

日本企業に博士が欧米並みに増えることで研究開発がより進むことは想像に難くないが、いまだにそうはなっていないのが現状である。博士は今までの専門分野にとらわれ、最初から企業に目が向かない、そして企業も、頭でっかち、専門しか知らない、高給が必要と博士のイメージのステレオタイプが抜けていないように思われる(自分の経験だけではあるが)。このミスマッチは結局、企業にも、博士人材にも、そして研究開発の推進においても一つも利になることはない。両者の立場を経験している者として、お互いに誤解を解き、理解を深め、企業に就職したい博士を採用したいと皆さんが思ってくれるよう書き綴ってみた。

筆者の背景

筆者は、農学研究ではあるが作物遺伝子の基礎的研究を行ってきた。植物細胞生物学の分野でそれなりの結果は出してきたつもりではあったが、それしか自分はできない、(民間)企業など分野が合わず無理だろうと思い込んでいた。60以上の国内外の大学、公的研究機関の公募が通ることはなく、40歳を過ぎてから縁あって電子産業系の中小企業に就職し、現在はベンチャー企業で農業関連での研究開発の仕事に携わっている。

博士が企業で就職するために

博士は自分の専門分野にこだわってはいけない。むしろ未知の分野に飛び込むことをお勧めしたい。企業が求めているのは専門分野の知識経験だけではなく、該社事業の遂行に必要な調査能力、実行力である。マッチングすることに越したことはないが、限られた狭い分野で自分の可能性を狭める必要などない。今までの知識経験は、新分野での異なる視点として活用は可能であるし、活用すべきである。

ポスドクは大学や企業でのポジション獲得で初めて就職が決まったと言いがちだが、一般的に、多くの企業においてはポスドク、博士号取得者は経験、年齢的に転職者として採用を考えることが多い。とすれば、新卒の就職活動とは異なり、転職のルールで履歴書、職務経歴書の作成、面接に挑むべきである。ウェブ上でも書籍でも転職のマナー情報はたくさんあり、それを実践するだけである。筆者の経験ではその情報収集、実践は研究で論文を出すことよりもとても簡単なことであった。また残念なことに、転職では給与が低めに設定されていることを心に留めておいてほしい。同年代よりも低い、もしくは教えていた学生と変わらないこともある。企業も事情があるので仕方がない。その後は自分の努力次第である。

どのように企業を探すか、転職エージェントを利用するのも一つであるが、その利用料は高額のため、企業全てが利用しているわけではないことを知っておいてほしい。ハローワーク情報、個人的なつながり、知り合いの紹介など最大限に利用し情報収集することが重要であり、情報収集能力が優れている人材は、企業にとっても採用を考える人材でもある。

企業は博士を営利事業に活用できる

大きな企業の研究部門においては、論文博士をはじめ学位取得者が活躍している認識である。それよりも中小企業、ベンチャー企業こそ博士人材を採用し、活躍の場を与えることで該社事業の活性化を図れる。大学や学会などでは全く気づかなかったが、筆者は企業に所属後の博士のステータスが他企業との商談、大学などの研究機関と対応するときに非常に役立ったと感じた。名刺に博士が書いてある人物が対応に出てくると企業として研究開発の本気度が相手に伝わり、信用度も高まったように思われる。研究の世界では当然だった博士であることを実感したのは、筆者が企業に所属してからである。

人材募集にエージェントを利用する余裕がない場合、ハローワークだけではなく、研究者向けの求人サイト「JREC-IN Portal」の利用を奨める。無料で優秀な人材を募集することが可能である。筆者は自社での採用活動において、JREC-IN Portal の存在、利点を社内で紹介し、それを利用することで博士号取得者を数名採用してきた。個人的には研究能力の高さと企業として必要な常識、人間性を持つ人材は相関があると思っている。面接の服装、態度ができていない人材は、いわゆる情報収集能力が劣っている。調べれば服装もマナーも情報はどこにでも転がっているのに面接にあたり、それすらできない人材が優れているとは思えない。

まとめ

近江商人の心得として知られる「三方よし」は「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのが良い商売であるということだ。研究開発の推進は最終的に社会貢献となることに、企業も研究者も異論はないであろう。博士はアカデミックにこだわらず、企業は博士を敬遠せず、考え方を変え、理解し、尊重していくことでお互いに利益を享受でき、博士人材と企業と研究開発における「三方よし」を実現できるであろう。

ただし研究能力もあり、論文も人並みに書いている博士が前提である。そうではない人材は最終的に全てを不幸にすると筆者は考えている。

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