リポート

つり革でスマホの充電

祐誠高等学校 非常勤講師/久留米大学 非常勤講師 増崎 武次

2020年07月15日

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バッテリー切れを解消し優勝、内閣総理大臣賞

「スマホの充電」それは、高校生にとって最大の関心事である。自宅ではバッテリー切れを意識することなくスマホ(スマートフォン)を操作しているが、外出先では必ず「スマホの充電」に悩まされる。友だちと連絡を取りたいとき、特にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の返信など急な用事に限って必ずバッテリー切れを起こす。そこで電車やバスのつり革にヒントを得て、スマホを充電するプロトタイプを考案した。これはつり革のリングにワイヤレス給電の送電コイルを埋め込み、スマホの受電コイルに電力を送る仕組みである。

今から5年前、祐誠高等学校の生徒たちがWPC*1主催のQiワイヤレスパワーアイデアコンテストに13点を応募した。このコンテストは「こんなものにワイヤレス給電できたらいいな」と、アイデアを募集することで「非接触体での給電」の策定と普及が狙いである。幕張メッセで開催された、アジア最大級の家電見本市CEATEC(シーテック)2015のWPCブースでは「来場者が選ぶアイデアNo.1 コンテスト」が開催され、本校情報技術科の作品5点がノミネートされた。とりわけ中司雄大くんが考案した作品が568票を獲得して見事優勝した(写真1)。

昨年、同科2年の堤斗来くんが中司くんの意志を引き継ぎプロトタイプの制作に着手。彼は父親の影響を受け、中学生の頃からベンチャー企業の立ち上げを意識したという。そのため筆者との対話に余念がなく、果敢にも高校生で社長になるのが夢であった。そして公益社団法人発明協会主催の第78回全日本学生児童発明くふう展**1に応募したところ、内閣総理大臣賞を受賞。彼の夢がさらに一歩、近づいたようである。

写真1
写真1 優勝した中司くん考案の「つり革でスマホの充電」を紹介するパネル

作品の仕組み

試作したプロトタイプ(写真2)はバラック式を採用。これによりデモンストレーションの様子が誰でも直観的に理解できるようになった。作品の寸法は、縦40cm ×横30cm ×高さ50cm、重量1,840g である。

台座(ベニア板)の両端に塩化ビニール製のパイプ2本を支柱にして、上方のパイプに接続。それに2本のつり革を装着した。右側(ピンク)は市販の「つり革」に5mm 幅の溝を掘り、その溝にリッツ線を巻き付けて送電コイルとした。左側(白)は通常のつり革である。また右側のパイプには送電コイルに電力を送るための基板が設置され、コンセントにACアダプタが接続されている。さらに透明なスマホのケースに受電コイルと音声IC回路、スピーカを装着してデモ機も制作した。

右側(ピンク)のつり革にデモ機を近づけると、送電コイルと受電コイルの間で電磁誘導が発生する。結果としてつり革からデモ機へと電力が電送され、LEDが点灯し音声が発生する仕組みである。

写真2
写真2 つり革でスマホの充電の外観

問題点のトラブルシューティング

当初は、ワイヤレス給電の基板(市販)を改造しながら送電コイルの発振周波数を変えることに専念した。それはつり革の直径が100mm を超えるため、コイルなどで電流の変化が誘導起電力となって現れるインダクタンスが極めて小さいと予想されたからである。送電コイルのリッツ線をほどいてインダクタ(コイル)をチューニングしたり、基板のコンデンサを交換するなど、種々の実験を繰り返した。あいにく、つり革の仕様を満足する最適な周波数と送電コイルの巻数が定まらず、数カ月が過ぎてしまった。

試行錯誤している途中で、大人の科学「電磁実験スピーカ」に遭遇し、奇しくもつり革の直径が学研の実験教材とほぼ等しいことに気付いた。電気的な振動をスクリーンに表示するオシロスコープで測定したところ、発振周波数はおよそ150kHz であり、ボリュームを回すことで周波数および振幅を変化させることもできる。

次に問題になるのがコイルの形状である。ワイヤレス給電のコイルにはソレノイド巻とα巻の二種類がある。とりあえず送電コイルのつり革をリリアン・サークル(写真3)に見立て、デザイン思考を採用しながら形状を模索した。リリアン・サークルとはフックに毛糸を巻きつけながらニットを編むための冶具である。リリアンにリッツ線を巻きながら送電コイルのインダクタンスをチューニングし、コイルの巻数をパラメータにしながら電力が最大となる最適な巻数を見いだした。さらに5mm 幅の溝を3Dプリンターで形成(写真3)し、同様に巻数の最適解を得ることもできた。いずれもソレノイド巻である。

最終的に市販のつり革を旋盤加工することで、同様の溝を掘ることにも成功した。コストパフォーマンスやブリコラージュ(寄せ集めの間に合わせで造る修繕)の観点から、既存のつり革を加工することに仕様を変更した。送電コイルの直径と巻数をパラメータにしながら実験を繰り返したところ、直径は105mm、巻数は17回がベストであった。ちなみLCRメータ(回路のインピーダンスを計測するための計測器)で測定したところ内部抵抗は1.3 オーム(Ω)、インダクタ 0.11ミリヘンリー(mH)であった。このように学研の実験教材を改造することで、電力伝送は当初の仕様を満たし、結果としてトラブルシューティングへとつながった。

写真3
写真3 リリアンに巻き付けた送電コイル(左)と3Dプリンタで形成した送電コイル(右)

将来へのアプローチ

ここでは興味深い市場調査について紹介する。2014年6月、ライオン株式会社が20~40代のスマホを使用している男女420人を対象に「スマートフォンの電池切れとストレスに関する意識調査」**2を実施したところ、

  • スマホの電池切れでストレスを感じたことがある人は約7割
  • 「電池切れ」のストレスは「エアコンが壊れた時」など定番のストレスと同レベル
  • 「空腹時にお店に行列(花火や夏フェスなど)ができているとき」の約1. 8倍

と、結論付けている。さらにスマホが電池切れした際、3分間の通話に支払える対価が約367円に対し、20代の女性は約837円とかなり高額となっていることも見逃せない事実である。これは冒頭で述べた「スマホの充電」への関心は高校生のみならず、20~40代も同様であることを意味し、いずれも「つり革でスマホの充電」の需要を示唆している。

これに関連して堤くんはマクロミルを利用して独自の調査を実施した。これは株式会社マクロミルが運営する日本最大級のアンケートサイトで、200万人を超える会員が利用している。同サイトの会員100人に「行きと帰りの電車のスマホの利用率」を依頼したところ、行きの電車よりも帰りのほうがスマホの利用率が低いことが判明した。その理由を個別に回答者に質問したところ、「スマホの充電が足りない」「帰りまでバッテリーが持つかどうか不安」など、やはりバッテリーの充電切れに不安があるようだ。

彼はテクノアイデアコンテスト「テクノ愛2019」(主催テクノ愛実行委員会、共催公益財団法人京都技術科学センター、京都大学産官学連携本部)にて「つり革でスマホを充電することができれば、より快適な日常を過ごせるのではないか?」と熱く語っている。また日本政策金融公庫の高橋氏からヒアリングが許され、プロトタイプについてお墨付きをいただいた。さらに本校OBでJR九州に勤務する加々良氏によれば、「つり革で充電するアイデアはとても素晴らしい。大人たちが考えつかない、高校生らしいユニークな発想」とコメントいただいている。以上のように「つり革でスマホの充電」には需要があり、ヒアリングからも有効性がうかがえる。

地元福岡県はバス大国と呼ばれ「にしてつ」はバスの保有台数が日本一である。次のステージでは西日本鉄道やJR九州とタイアップしながら、公共機関での実証実験も検討している。

最後に、ワイヤレス充電にはいくつかデメリットが存在する。充電が遅い、充電する位置がシビアなど、これらは古くして新しい問題でもある。次世代(急速充電や位置決めの最適化)のプロトタイプについては、電子機器受託開発のテクモ電子株式会社(福岡県北九州市)とブラッシュアップしながら企画・設計・開発をする予定である。

参考文献

**1:
発明協会「第78回全日本学生児童発明くふう展」入賞一覧.
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**2:
2014年6月30日ライオン株式会社プレスリリース.スマートフォンの電池切れとストレスに関する意識調査.
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*1:
ワイヤレス(非接触)で電力を供給する「ワイヤレス給電」技術の国際標準規格を策定する業界団体。英語では「Wireless Power Consortium」と表記され、その頭文字を取ってWPCと呼ばれている。2008年12月に設立され、半導体・電子部品メーカとしてテキサス・インスツルメンツや東芝およびソニーなどをはじめ、携帯電話機メーカとしてノキアやファーウェイなど、電池メーカとしてパナソニックなど200社を超える企業が加盟している。
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