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神が教えてくれた垂直磁気記録基本形態
―― 大学で進めるべき研究の貴重な成功例

群馬大学 研究・産学連携推進機構 特任教授/元本誌編集長 登坂 和洋

2020年07月15日

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産学官連携ジャーナルが対象とするテーマは幅広いが、柱の一つは大学における独創的な研究と企業による事業化の成功例である。

筆者は2007年4月から8年間本誌編集長を務め、その間約1,500本の記事を編集したが、上記テーマの「お勧め記事は?」と問われたら、2010年4月号に掲載した「ハードディスク革命 岩崎俊一博士の30年」という特集を挙げたい。志の高い研究者が研究を貫徹できた数十年前の物語であるが、現在、産学官それぞれが抱える課題を考えるうえで多くの示唆が得られると思うからだ。

東芝が世界初の垂直磁気記録のハードディスク

磁気テープやハードディスク装置(HDD)などの磁気記録方式は、約100年前からトラック(記録領域)上にごく微細な磁石を横方向に並べて信号を記録する水平(面内)方式が使われていた。この方式は、記録密度を高めるために磁性層を薄くすると、その磁区内で発生する反磁界の影響(磁化を弱める減磁力として作用)が無視できなくなる問題があった。岩崎俊一先生は「垂直磁気記録方式」を開発し、1977年に最初の論文を発表。時を経て東芝が2005年5月に世界初の同方式のHDDを搭載した音楽プレーヤーを発売。その後、日米の企業がパソコン用垂直磁気記録HDDを相次いで販売し、数年のうちに各国のHDDの新製品はすべて垂直方式に切り替わった。当時、年間5億台、3.7兆円のHDD世界市場をこの独創技術が塗り替えたのだ。

同特集は以下の記事で構成している。

  • 岩崎俊一 磁気記録の研究を追究して生まれたテーマ -研究費に「成果」で応え社会貢献-
  • 田中陽一郎 次世代「垂直」の完璧なコンセプト -「水平」が限界を迎える30年前の先見性-
  • 村岡裕明 大学で進めるべき研究の貴重な成功例 -将来の実用化を見据えて長期間継続-
  • 松尾義之 一徹に「垂直」の旗を振り続けた

最初の記事は岩崎先生の話を基に筆者が研究の経過、実用化、研究資金などについて整理したもの。あとの3記事は寄稿していただいた。東芝の開発チームを率いた田中氏は岩崎先生の門下生。東北大学電気通信研究所教授(当時)の村岡氏は垂直磁気記録のテーマ一筋で大学院5年間を含め6年間岩崎先生の指導を受けた。また、松尾氏は科学編集者・ジャーナリストである。

この特集については一度本誌2013年7月号の「アーカイブ」でコンパクトにまとめたことがある。これと重複するがポイントを紹介したい。

水平の研究を極限まで突き詰めて出てきたテーマ

岩崎先生が磁気記録の研究を始めたのは1950年代初め。情報の記録密度を高めることを主なテーマとして研究を続けてきた。特集記事で次のように述べている。

「垂直磁気記録方式という研究テーマは、図1のように磁気記録の基礎的な研究を段階的に追究していく中で、おのずと見つかっていったものです。いわば、水平の研究を極限まで突き詰めていく中でそれ以外に方法はないという形で出てきたテーマです」

われわれは往々にして現在の価値観で過去を判断してしまう。水平記録方式が記録容量の限界を迎え、水平から垂直磁気記録方式へのパラダイムシフトが行われた後では、「垂直磁気記録の研究は、世の中の流れがそうなっていて、最初から研究の目的が明確であった、だからそれなりの成果がでた」と思う人が多いのかもしれないが、「そうではない。」

村岡氏によると、岩崎先生が先導された垂直磁気記録に至る道は「磁気記録を磁気エネルギーの側面から捉えたことが本質」で、当時極めて「革新的な考え方」だった。

図1
図1 垂直磁気記録の実現に至る経過(1951 ~ 1980)**1

最初の数年で垂直磁気記録の骨格完成

岩崎先生が垂直磁気記録方式について最初に発表したのは1977年6月、米国ロサンゼルス市で開かれた国際応用磁気学会(インターマグ)の会議。その後、垂直磁気記録の基本形態を確立し1980年に磁気記録材料(MRM)会議で発表した。

田中氏は、実用化開発が佳境に差し掛かった時、あらためて驚いたことがあったという。

「垂直磁気記録のいろいろな様式を試したのですが、結局は岩崎先生が最初に考案された基本構造が最も優れた性能を示すことが分かったのです。しかも、岩崎先生が垂直磁気記録方式の最初の論文を発表されてからわずか2年の間に、垂直磁気記録の実用化に必須となった3要素のすべてを岩崎研究室が考案していたのです。それは単磁極垂直記録ヘッド、CoCr垂直磁気異方性記録媒体、それに軟磁性裏打ち層構造の三つです。岩崎先生は研究室で『神が教えてくれた』とおっしゃったことを思い出します」

水平方式の記録密度が飛躍的に向上

垂直磁気記録の基本形態は確立された。水平では早晩、記録密度に限界が来るであろうと見られていたが、垂直磁気記録の実用化への道のりは必ずしも平坦ではなかった。

水平磁気記録の記録密度が飛躍的に向上していったのだ。松尾氏は、1990年ごろ40MB(メガバイト)だった自身のパソコンのHDDの容量が、買い替えるたびに大きくなり、2000年には18GB(ギガバイト)になったと水平の健闘ぶりを紹介し、「『もう垂直磁気記録の出番はない』という声が私の耳にも入ってきた」と回想している。

垂直磁気記録方式には「死の谷」だったのである。

筆者はこの特集の編集のために1980年代から90年代の科学誌、ビジネス誌にも目を通したが、90年代は垂直磁気研究にとって不遇の時代だったことを知った。垂直磁気方式の研究は学会の大会で口頭の発表が認められず、ポスターでしか発表できなくなった。岩崎先生がポスターでもいいから発表したいというのを「先生にそんなことをさせるわけにはいかない」と弟子たちが止めたというエピソードまで書かれていた。

「物理に反したことを開発しようとした結果の困難さ」なのか「単なる工学上の困難さ」なのか

しかし、上記のような研究者仲間の評価は時代の表層でしかなかった。

田中氏らのチームは初期の段階から垂直磁気をHDDに実装して性能を検証する方法を採った。なぜなら、当時、垂直磁気記録技術の可能性は認識されていてもHDD製品として成り立つか検証されていなかったので、記録装置として現実の性能を確認することがとりわけ重要だったからだ。水平磁気記録HDDと垂直磁気記録HDD試作品の性能を対比すると、「記録装置としても互いに相補的な関係を示すことが明確になり」、その性能結果を目の前にして「あらためて俯瞰的(ふかんてき)に本質を見ることの意義を体感」したという。

水平磁気記録と垂直磁気記録の「相補的な関係」という言葉が出てくる。これは岩崎先生の磁気記録研究の哲学とも言うべきものである。

岩崎先生は当初、減磁という問題に着目して記録密度を高めることに重点を置いたが、考えが深まるにつれて、垂直磁気記録と従来の水平磁気記録は互いに補足し合う技術として捉えられることに気づいた。記録したビット(磁化)間に働く力が、水平磁化では反発力が減磁作用を生むのに対し、垂直磁化ではこれが吸引力となり増磁作用を持つという基本的な関係から導かれたものだ。

岩崎先生はこの関係を相補的=コンプリメンタルという言葉で表すことにした。「互いに補足し合って完全にする」という意味だ。この考え方は、垂直磁気記録を具体的に積み上げていく上で極めて大きな力になったという(2010年日本国際賞受賞記念講演会(2010年4月22日)資料「垂直磁気記録の開拓と実現」 国際科学技術財団サイト)

1970年代後半、編集者として若き岩崎先生と接した松尾氏は「強い印象が残っているのは『相補性』という言葉だ」と書いている。

繰り返すが、事業化開発において、両方式は記録装置としても互いに相補的な関係を示すことが明確になり、田中氏は「俯瞰的に本質を見ることの意義」を感じ取った。文章はこう続く。

「ひとたび両者の相補的関係の在り方が理解できるようになると、本質的な性能を伸ばす方向と、やってはいけない方向が見えてきます。新しい記録技術を製品に搭載し完成させるためには、多くの技術的困難に直面します。それが、物理に反したことを開発しようとした結果の困難さなのか、単に工学(エンジニアリング)上の困難さなのか、よく見極めなければなりません。初期に垂直磁気記録の可能性について、未熟な性能を理由に批判的に論じた論文がありましたが、二つの問題を混同した結果だったようです。私どもが解決に取り組んだ技術問題もそのほとんどが工学的な課題でしたので、迷うことなくチャレンジができました」

ここがポイントだろう。

本質的な性能を伸ばす方向と、やってはいけない方向が見えてきたという田中氏は、直面する多くの技術的困難について、それが「物理に反したことを開発しようとした結果の困難さ」なのか、「単に工学(エンジニアリング)上の困難さ」なのかを見極めよ――と、このプロジェクトの本質を読み解いている。

相補性という考え方に導かれてたどり着いた、技術的困難の明晰な分析と事業化開発への揺るぎない構え。かつて岩崎研究室の一員であり、国内外企業の垂直磁気記録HDD開発競争を勝ち抜いてきた田中氏だからこその視点である。感情を抑制した文章の書き方からかえって田中氏の激しい思いが伝わってくる。

実用化までの30年の意味

「死の谷」を乗り越えて企業によって事業化された。

村岡氏は、垂直磁気記録方式に「世の中が追い付くのに時間がかかった」と説明する。垂直磁気記録を実現する周辺技術の成熟のための時間と、垂直磁気記録の主要デバイスの工業的な成熟度を高める時間が必要だった。

田中氏は「実用化に30年を要したと考えるのではなく、水平磁気記録が限界を迎えるはるか30年も前に、次世代を担う垂直磁気記録方式の完璧ともいえるコンセプトを出されたのだと考えている。」

独創的な革新技術が企業によって事業化されるのに数十年あるいはそれ以上かかるのは珍しくないとはいえ、垂直磁気記録方式について今日考える意義は、研究・事業化の長い期間を持ちこたえたことなのではないだろうか。初期(1977年から80年代初め)の反響が引いていき、次第に取り巻く環境が厳しくなるなかでも、岩崎先生が諦めず、「一徹に『垂直』の旗を振り続け」(松尾氏)、「強固な指導原理で研究を推進」(村岡氏)したからだ。

岩崎先生は垂直磁気記録の着想を得た後、1976年に日本学術振興会に「磁気記録第144 委員会」を創設し、委員長として大学と企業の共同研究を指導してきた。2010年日本国際賞受賞記念講演会資料によると、この時点で同委員会の研究会は200回を超え、主催する垂直磁気記録国際会議(PMRC)は同年5月開催が第9回だ。

村岡氏は、長期間の研究を経て実用化した垂直磁気記録の研究は、大学にとって重要な事例になるという。大学の研究者の研究費として競争的資金の比率が高まり、国際的な先端技術競争と相まって、短期間で研究の成果を出すことを要請されるように見受けられるからだ。また企業では、遠い将来を見据えて基礎から一貫した研究を推進することが難しくなっており、垂直磁気記録は「大学で進めるべき研究の貴重な成功例」でもある。

参考文献

**1:
岩崎 俊一.磁気記録の研究を追究して生まれたテーマ-研究費に「成果」で応え社会貢献-.産学官連携ジャーナル2010 年4月号.
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