リポート

父から息子へ受け継ぐバトン
~研究者の父の知見を産業へ~

北海道大学 産学・地域協働推進機構 産学協働マネージャー 千脇 美香

写真:北海道大学 産学・地域協働推進機構 産学協働マネージャー 千脇 美香

2020年06月15日

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キーワードは不便、不満、不足

2015年に研究開発型ベンチャーとしてスタートした株式会社ラテラ(札幌市、代表取締役荒磯慎也)は、北海道大学の研究者であった父親の知見を基に、天然鉱物顆粒であるゼオライトと植物肥料を組み合わせた新しい人工培養土を開発して、農業分野の可能性を広げる第一歩を踏み出したスタートアップ企業だ。会社を設立してから丸5年が経った今、父親と二人三脚で歩んできた道のりと、今後の展望を聞くために同社を訪ねた。

事務所に入り先ず目に止まったのは、大根やネギ、バジルなどの野菜類と観賞用の多肉植物がずらりと並んだ棚だ。棚の上部には照明が取り付けられていて、部屋の電気がついていなければ植物工場に足を踏み入れたと錯覚を起こす。植物の育つ箱を覗(のぞ)くと、小さな白い石が敷き詰められていた。これがラテラが開発した人工培養土だ。

人工培養土の中で大きく育つカブ。水と光があれば誰でも簡単に栽培できる。
多肉植物は観賞用に流通している。

同社設立のきっかけは、文部科学省地域イノベーション戦略支援プログラムの一環で2013年開講の「イノベーション・マネージャー育成プログラム」へ荒磯社長が参加したことにある。このプログラムは、食や医療の融合領域での、研究開発プロジェクトの立案や事業化、国際連携などのマネジメント能力を身に付けた、プロジェクトマネージャーの育成を目的として開講した。講座には産学連携に携わる公的機関の職員や、起業意欲のある参加者など、多彩なメンバーが集まった。当時を振り返り荒磯社長は「外部講師の方のイノベーションの話がとにかく面白かった。人が感じる不便や不満、不足しているものが、全く新しい市場や商品を生み出すことにつながる。自分もイノベーションを起こしたいと思うようになった」と話し、この講座をきっかけに世の中の「不便、不満、不足」に関心を寄せるようになった。

それから少し経ったある日、荒磯社長は、高齢者施設に入居している大叔母を訪ねた。祖母のように慕っていた大叔母は庭いじりが趣味で、施設に入居する前は毎日のように家庭菜園を楽しむ日々を送っていた。その大叔母が、趣味の家庭菜園ができず悲しんでいる様子に胸を痛め、何とか解決できないかと考えるようになった。これが、荒磯社長にとっての「不便、不満、不足」と向き合うきっかけとなった。

そして、清潔に保たれた高齢者施設内で野菜を育てるためには、雑菌が繁殖せず、コバエなどの虫が発生しない土を作れれば可能になるのではといった一つのアイデアを思い付く。研究者であった父親に無機物で土は作れないのかと相談すると、天然鉱物であるゼオライトを薦められた。生物物理学が専門の研究者であった父親が、鉱物資源のゼオライトに着目したのには訳があった。ゼオライトは多孔質構造を持ち、この微細な穴に物質が吸着するため、土壌改良資材として農業の現場では一般的に用いられている。父親は長年産学連携に携わり、農業関係の企業の相談に応えるために集めた研究情報や、植物活性剤に関する共同研究の知見から、植物が生育するために必要な栄養素を空洞に吸着させれば、無機物だけでも野菜栽培は可能だと発想した。

それから、自宅に3畳ほどのラボ(実験室)を作り、試行錯誤を繰り返しながら作物が育つために必要な土の保水力や団粒構造を兼ね備えた人工培養土の開発に成功し、会社設立に至った。念願の特許も取得し、資金調達や事業拡大に必要なパートナー探しを、親子二人三脚で歩み始めたのは、会社設立から1年ほど経った頃だった。ちょうどそのころ、経済産業省北海道経済産業局の紹介で国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)主催のビジネスアイデアコンテストへの出場や、地元金融機関との関係を軸に、東京で開催されたコンテストで大手企業とのネットワークを築いていった。

父親で最高技術責任者の荒磯恒久氏(左)、代表取締役社長の荒磯慎也氏(右)

特許を軸に新たな展開

大手企業とのネットワークは順調に進み、協業先とのライセンス契約による収入の確保にめどが立った。しかし、ネットワークだけでは足りない要素があった。それは、同社の仲間として、会社経営を一緒に考えてくれる人材の確保である。荒磯社長は「父親は研究者であって経営者ではない。技術的なアドバイスはもらえるが、会社経営は自分と同じ初心者だ」と語り、会社の成長のために必要なのはチームビルディングだと強調した。そんな中、同社にとって運命的な出会いが訪れる。それは、スタートアップ企業でIPO経験のある吉川浩二氏との出会いだ。荒磯社長は吉川氏が同社の最高財務責任者になった当時を振り返り「吉川さんはピッチイベントで良い会社を探していたとのことで、『あなたの特許に企業価値を見いだした。参加させてほしい』と声を掛けてくれた。知的財産権は企業の信用とブランドになる。結果的に会社の成長にとって重要な仲間との出会いにつながった」と語る。さらにこう続け、「自分のような小さなスタートアップ企業でも大手企業と対等に商談ができるのは、特許という強みがあるからだ」と、その重要性を真剣な表情で話す。

世界の不便、不満、不足を解決するために

荒磯社長が考える次の「不便、不満、不足」は、水不足によって食料生産が困窮する地域への作物栽培システムの提供だ。「文化や気候、風土の違う地域への技術移転は、現地の生の情報が重要になる。現地コーディネーターがいる機関との連携が重要だ」と話し、金融機関のグローバルネットワークを活用した海外展開を視野に入れていると語った。

最後に、今回の「コロナ禍(か)」については、「部品供給が止まり工場の生産ラインが停止に追い込まれ、マスクが品薄になって医療従事者など必要な人にきちんと供給できない。今回は本当に流通機能の脆弱性を痛感した。不測の事態に備え、自国で賄えるような体制を作ること。その上でわが社は食糧自給率を向上させるために、施設栽培システムで貢献できればと思う」と、言葉に力を込めた。

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