特集地域の商品をブランドにするヒント

忍者も使ったユニークな食材「菱」

西九州大学 健康栄養学部 健康栄養学科 教授 リカレント教育・研究推進本部 本部長
産学官連携推進室 室長
安田 みどり

写真:九州大学 健康栄養学部 健康栄養学科 教授 リカレント教育・研究推進本部 本部長 産学官連携推進室 室長 安田 みどり

2020年06月15日

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忍者の撒き菱

菱(ひし)は、昔から日本に自生する水草の一種で、棘(とげ)のあるユニークな実をつける(写真1)。かつて忍者は、この菱の実を“撒き菱(まきびし)”として使ったとされる。佐賀県神埼(かんざき)市は、稲作の産地で水の供給のため多くのクリーク(小運河)が網目状に広がっている。このクリークに菱が自生し、春になると水底から芽が出て水面まで伸び、葉を広げ、秋には実をつける。菱には様々な品種が存在するが、神埼市は在来種とされるワビシの産地である。水草であるため、収穫方法もユニークである。大きなたらいに乗って水の上を移動し、一つ一つ丁寧に菱の実を採っていく(写真2)。この大きなたらいを地元ではハンギーと呼び、ハンギーホールやハンギーまつりもあるほどよく親しまれている。菱は、英語で“Water chestnut(水栗)”といい、まさしく栗のような食感で美味である。

写真1
写真1 菱の実(ワビシ)
写真2
写真2 ハンギーに乗った菱の収穫風景

産学官連携での“ひしぼうろ”の商品開発

佐賀県では、昔から菱の実を使った珍しい焼酎が生産されていたが、実は中国産の菱であった。そこで、神埼市では2009年から神埼産の菱を使った焼酎の製造が開始され、翌年第1号となる神埼菱焼酎が完成した。この菱焼酎は、2014年から「The SAGA 認定酒」に認定され、2017年には福岡国税局酒類鑑評会で金賞を受賞した。

私が注目したのは、菱焼酎の原料として使われる菱の実(デンプンの部分)をくり抜いて残った菱の外皮である。地元の高齢者から、「昔は菱のゆで汁を健康のために飲んでいたが、とても苦かった」と聞いた。そこで、菱の外皮にポリフェノールが多く含まれているのではないかと考え、ポリフェノールに着目した研究を行うことにした。やはり、菱の外皮には緑茶に匹敵するくらいのポリフェノールが含まれていることが分かり、捨てるにはもったいないと思い、何か食品に生かそうと考えた。菱の外皮を乾燥させて粉末状にし、料理やお菓子に利用しようと試みた。まずは、学生たちとドーナツやクッキーなどを作ったが、今一つしっくりこない。そこで、佐賀の銘菓である「まるぼうろ」にヒントを得て、「ひしぼうろ」を作ることにした。しかし、いくら試行錯誤してもパンケーキのようになったり、丸焦げになったりと、なかなかうまくいかない。そこで、神埼市、神埼菓子組合にお願いし、共同で商品開発に取り組むことにした。菱粉末の配合量、ひしぼうろの味、形、やわらかさ、パッケージ、キャラクターなど全て自分たちで話し合って決めていった。そして、発想から発売まで2年を費やし、ようやくひしぼうろが完成した(写真3)。マスコミの力もあって発売初日には多くの方が来店し、すぐに完売となり、みんなで泣いて喜んだことを今でも覚えている。ひしぼうろは、2013年に全国菓子大博覧会で金賞を受賞し、今では神埼市を代表するお菓子となっている。

写真3
写真3 菱の外皮を使ったお菓子“ひしぼうろ”

ヒシポリフェノールの研究

菱の外皮に多くのポリフェノールが含まれていることは分かったが、どんなポリフェノールであるかについてはほとんど論文もなかったため、本格的にポリフェノールの研究に取り組むこととした。天然物からの成分の分取・単離は、私にとって初めてのことであったため、知り合いの先生方の助けをいただきながら、手探り状態で進めていった。菱の外皮に含まれる主な三つのポリフェノールを分取・単離することに成功した。そこで、LC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析)やNMR(核磁気共鳴分光計)などで成分の同定を行うと、それらは、オイゲニイン、1,2,3,6-tetra-O-galloyl-D-glucopyranose(TGG)、トラパインであることが分かった(図1)。特に、トラパインは、菱の外皮にしか含まれていない珍しい成分であった。

図1
図1 ヒシポリフェノールの構造式

さらに、これらの成分の機能性を調べることとした。まず、ヒシポリフェノールの抗酸化活性を調べた結果、比較として用いた緑茶カテキンの(-) - エピガロカテキンガレート(EGCG)に比べて有意に高い抗酸化活性を示すことが明らかとなった**1。また、三つのヒシポリフェノールには糖質分解酵素(アミラーゼ、マルターゼ、スクラーゼ)の阻害活性が認められた。特に、アミラーゼは、EGCGではほとんど阻害されなかったが、ヒシポリフェノールはいずれも強い阻害活性を示した**1

そこで、マウスを用いた試験を行った。対照群にはデンプン溶液を与え、試験群にはヒシポリフェノールを添加したデンプン溶液を投与した。試験群の血糖値は、ヒシポリフェノール(40 mg / 体重kg)の投与から30分後に対照群よりも有意に低下した。また、ヒシポリフェノールを投与したマウスの血清インスリン値は、30、60および90分後の対照群よりも有意に低下した。従って、ヒシポリフェノールはインスリン分泌を抑制しながら、血糖値を有意に低下させることが明らかになった**1

さらに、健康な大学生男女21人(20.7 ± 0.6 歳)によりヒト臨床試験を行った。被験者に水または菱外皮熱水抽出液を飲用させ、すぐにレトルト米飯を摂取させた後の米飯摂取前後の血糖値を調べた。試験群では、摂取後20および30分の血糖値が試験群に比べて有意に低くなった(図2)。このように、菱外皮熱水抽出液は、食後の急激な血糖値の上昇を抑えることが示唆された**2。最近では、菱の外皮から菱茶を製造し、菱茶による体脂肪低減効果をヒト臨床試験にて調べている。これらのヒシポリフェノールの機能性について特許を取得している**3

図2
図2 ヒトの食後血糖値に及ぼす菱外皮熱水抽出液の影響

千葉・印旛沼の菱でも産学連携

千葉県の印旛沼にも、菱(オニビシ)が自生している。神埼市では2トンの菱を採るために必死であるが、印旛沼では6000トンもの菱が採れるものの、そのほとんどが廃棄されている。非常にもったいない。そこで、東京の企業(リファインホールディングス株式会社)と産学連携にてヒシポリフェノールの機能性を生かした化粧品素材の開発を行っている。ヒシポリフェノールにはヒアルロニダーゼ、コラゲナーゼ、エラスターゼの阻害活性が認められ、しわやたるみの予防に期待できることを明らかにし、特許出願も行った**4。さらに、チロシナーゼの阻害活性、メラノーマ細胞のメラニン産生抑制作用が見られたことから、シミの予防にも効果があると思われる。最近では、ヒシポリフェノールを用いた化粧品の開発が行われている。

「神埼と言えば、菱」が定着

神埼市では、菱焼酎、ひしぼうろ、菱茶と菱ブランド商品が続々と開発されており、現在自生している菱の量では足りなくなってきたことから、田んぼを利用した菱の栽培が行われるようになっている。「神埼と言えば、菱」というのも定着してきたが、産学官連携の成果であると自負している。

かつて、忍者は菱を武器として使ったとされているが、おなかがすいた時には菱の実を食べ、眠くなった時には菱の外皮をかじって目を覚まし、健康にも役立てていたのではないかと思っている。つまり、菱は非常食と健康食を兼ね備えた究極の食材ではないかと考えている。

参考文献

**1:
Yasuda et al., Food Chem ., 165, 42(2014)
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**2:
安田みどり他, 日食保蔵誌, 44, 179(2018)
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**3:
安田みどり他:酵素活性阻害剤, 特許第5831900 号(2011)
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**4:
安田みどり他:酵素活性阻害剤, PCT JP2018-039429(2018)
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