クローズアップ

緊急時の医工連携 ―発案から販売までの5日間―
「コロナ」から守る傘に

浜松医科大学 産学連携・知財活用推進センター 講師 天野 優子
浜松医科大学 医学部附属病院 麻酔科蘇生科 講師 牧野 洋

2020年06月15日

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1本の電話

2020年4月20日(月)朝8時過ぎに、浜松医科大学産学連携・知財活用推進センターの電話がなった。医学部附属病院麻酔科・蘇生科の牧野医師からの電話だった。「患者さんの気管挿管時に、患者さんが咳き込んで飛沫が飛ぶ。医師や医療従事者の飛沫感染を防ぎたい」静岡県でも新型コロナウイルス感染が拡大しているところだった。

医療ニーズを形に

電話を受けて2時間後に、産学連携・知財活用推進センターのコーディネータが病棟1階にある麻酔科・蘇生科の医師たちの部屋に出向き、打ち合わせを行った。所狭しと机が並ぶ居室で、牧野は自身の周りにコーディネータが座る椅子を持って来てノートパソコンや手書きのメモを用いて説明した(図1)。

「インターネット上で、飛沫感染を防ぐアクリル樹脂のボックスが話題になっている。しかし、幾つか欠点があり、作業が終わった後にアルコールで拭くとしても拭き残しが出る。高濃度アルコールにより、アクリルが痛む」「医療現場の基本は『使い捨て』だが、アクリル樹脂のボックスはそれができない」

「金属で箱の骨組みを作れないか」牧野の口から協同組合HAMING の名が挙がった。組合の有限会社岩倉溶接工業所とは、別のプロジェクトで共同制作を行ったことがあった。

図1
図1 牧野による手書きの設計図

協同組合HAMING

協同組合HAMING(ハミング)とは、HAmamatsu Medical INnovative Group の略であり、浜松地域の医工連携を推進すべく2012年11月に橋本螺子株式会社(浜松市)、株式会社榛葉鉄工所(掛川市)、橋本エンジニアリング株式会社(浜松市)、有限会社岩倉溶接工業所(島田市)が設立した組合である。

浜松地域は、スズキ株式会社、ヤマハ株式会社・ヤマハ発動機株式会社、本田技研工業株式会社などの創業の地でもあり、輸送用機器産業が地元経済を牽引(けんいん)してきた。しかし、その産業に陰りが見え、傘下にある多くの中小製造業の経済環境が厳しくなってきていた。そこで、橋本秀比呂代表理事はこれまでに培ってきた技術力を異業種間のネットワークでつなぎ、各社の持つ力を結集することにより、安全で高品質な医療機器・健康福祉機器を市場へ提供しようと考えた。協同組合HAMING は、これまでにも止血鉗子(かんし)、切除鉗子の工業生産化の研究活動や、染色バスケット、樹脂製新型腟鏡(ちつきょう)といった新規器具の開発実績がある。

コーディネータは、牧野との打ち合わせ直後に協同組合HAMING の事務局、中嶋裕嗣氏へ連絡した。

1回目の顔合わせと試作品

4月22日(水)に協同組合HAMING の各社から理事4名が浜松医科大学に集まる機会があった。コーディネータはその後に、理事らと中嶋氏、牧野との打ち合わせの場を設けた。

牧野は、気管挿管や抜管について、現場での感染リスクの高さ、アクリル樹脂製のボックスの状況などを説明した。また、段ボールで自作した模型を持参した(写真1)。一方、岩倉溶接工業所の岩倉義典専務取締役らは、コーディネータが協同組合HAMING へ連絡した際のメールを参考に2分の1スケールの模型を作り、持参した。この方向で進めてよいか、牧野に確認するためである。

岩倉溶接工業所は、ステンレスやチタンなどの金属に対する高度な溶接技術を持つ。職人が図面なしで製作していた、いわゆる「職人技」からなる鉗子やピンセットなどの鋼製器具を何とか残したいと思い、医療分野に参入していた。医師・医療従事者からの要望を聞かずとも、溶接箇所に患者の飛沫が入り込まないよう丁寧に溶接し、医師の手袋が引っ掛かって破れないよう表面を滑らかにする加工を施した。

牧野はその模型を見て、完成度の高さに驚いた。そして、すぐさま改良点を指示した。「女性医師でも使用しやすいようにフレームをもっと細くして、軽量化してほしい」「インターネット上で公開されているアクリル樹脂のボックスは体の大きい外国人向けのサイズなので、小柄な日本人患者に合わせて奥行きを少し狭めてほしい」しかし、フレームを細くして奥行きをなくせば、自立には不安定になる。そこで、「羽」を取り付ける案が出た。羽を患者の肩に滑り込ませれば、安定する。加えて、高圧蒸気滅菌やアルコールによる拭き取りのために、また遠方へ輸送しやすくするためにはフレームを分解できる方が便利であることから、ネジによる組み立て式や折り畳み式の案も出た。重ねて収納できるように器具前後のサイズを変える案も出た。しかし、まずは溶接でシンプルに製品を完成させることにした。

写真1
写真1 牧野が作成した段ボールの模型

もう一つの課題

牧野のもう一つの医療ニーズとして、金属フレームにぶら下げる使い捨てビニール袋があった。金属フレームに覆いかぶせるのではなく、上下を逆にした袋を金属フレームの内側にクリップなどで止め、作業後に汚染されたディスポーザブルの器具等を入れてクリップを外せばそのまま廃棄できるというアイディアであった。

協同組合HAMING が浜松商工会議所に問い合わせ、協力してくれる企業を探した。翌4月23日(木)に、外勤中だった牧野のもとを秀栄ビニール株式会社営業部の毛利彰宏氏が訪ね、医療ニーズをヒアリングした。初対面だった。その際に、岩倉溶接工業所の岩倉専務取締役も改良した金属フレームを持ち込んだ。毛利氏はその場で金属フレームを見ながら、専用ビニール袋の提供を約束した。牧野からは、汚染された器具を廃棄するまでに収納する内ポケットを付けるなどのアイディアも出た。

「コロナ」から守る傘に

岩倉専務取締役によると「何も言わなくても、社員が金属フレームを優先して作る。アイディアを出す、改良する」毛利氏も「何とか医療に協力したい。他に困っていることがあれば何でも」と言う。

翌4月24日(金)に飛沫飛散防止器具が完成し、サンプル販売を開始した。サンプル販売としたのは、金属フレームも専用ビニール袋も改良を重ねていくためである。牧野はこれを「COVID Intubation Umbrella」と名付けた(写真2)。新型コロナウイルス感染症という突然の雨から医師・医療従事者、患者を守る傘になってほしいという願いが込められた。浜松地域の医工連携により、医師の発案から製品化・販売までわずか5日間で成し遂げられた。

牧野らは知人医師や関連病院への紹介、SNS を活用してCOVID Intubation Umbrella を広めている。また、YouTubeで使用方法の動画を公開している。コーディネータは、各地域の支援機関を経由して各地の病院へCOVID IntubationUmbrella を紹介した。

写真2
写真2 COVID Intubation Umbrella

「コロナ」研究機関への寄付も

緊急時の医工連携を紹介したが、一方で浜松医科大学ではマスク、防護服など不足している備品で開発要素がないものについては、浜松商工会議所を通じて製造・納品に協力していただける企業を探している。

COVID Intubation Umbrella の発案から製品化・販売までの間に、同じようなアイディアがネットに出回った。協同組合HAMING と浜松医科大学では、COVID Intubation Umbrella に関する情報は全てを公開することにした。同様の器具が必要な医師・医療従事者が病院近隣の板金屋さんに作製を相談することができるようにするためである。また、COVID Intubation Umbrella の販売による利益についても、新型コロナウイルスを研究する機関や患者団体等へ寄付する予定である。

以上のように、COVID Intubation Umbrella がスピーディーに開発されたのは、浜松地域において医工連携の基盤が形成されているため成し得たことと考える。これを機に地域での取り組みが益々活発になることを期待する。

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