特集インキュベート事業

研究開発型スタートアップ企業へのサポートを開発し続ける東のKSP

本誌編集長 山口 泰博

2020年04月15日

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起業支援のための制度や仕組み、施設提供などを行うインキュベーターは当たり前に存在する。
東のKSP、西のKRPと呼ばれる両者は、それらのインキュベーターの先駆けとして30年余の歴史を持つ。
2社の歴史をひもとけば、令和の時代のビジョンも見えてくるはずだ。

30年が経過

先端技術企業や研究機関が林立する神奈川県川崎市で、日本初の都市型サイエンスパークである「かながわサイエンスパーク(KSP)」が1989年7月に誕生し、30年が過ぎた。KSPには高度な研究開発に対応したラボ機能が整備され、化学やバイオ、ライフサイエンス、エレクトロニクスなどの世界的なトップメーカーの研究所と並び、新技術で事業化に挑むスタートアップ企業が入居する。このKSPの運営とスタートアップ企業を育成する「インキュベーション」を手掛けるのが、株式会社ケイエスピーだ。

パークの建設と同社設立の背景は、1980年代にさかのぼる。当時の川崎市は京浜工業地帯を軸に、重厚長大型産業の集積地として栄華を極めていた。鉄鋼業やセメント、非鉄金属、造船、化学工業などを中心に製造拠点の海外移転が進み、重厚長大から軽薄短小へ官民を挙げて産業構造の転換を推進していたことが底流として存在する。

そのような経緯から、同社は、神奈川県、川崎市などの公的セクター34.2%、飛島建設株式会社などの民間セクター46社が65.8%を保有する官民連携事業である。

工作機械・産業機械の製造メーカーとして日本の近代化を支えた老舗企業だった池貝鉄工株式会社(当時)溝の口工場の広大な跡地、およそ55,000㎡を活用。総工費650億円もの巨費を投じ、国内初で最大級のサイエンスパークを竣工できたのはそんな理由からだ。

KSPは、西棟、東棟、R&D棟と呼ばれるビル群で構成されている。

その中心となる10階建てのビルが、イノベーションセンタービル西棟で、レンタルオフィスのほか、国際会議やシンポジウムに対応可能なホールや貸会議室、ホテル、レストラン、クリニックなどを備える。

研究所仕様の6階建てのイノベーションセンタービル東棟は、重機器設置に耐え、排水・排ガス処理環境や熱供給施設も完備する。西棟、東棟は、主にスタートアップ企業が入居する。

大型研究所に適する12階建てのR&Dビジネスパークビル(R&D棟)は、東棟と同様に研究に対応する構造で、サイエンス系の大企業や海外メーカーの日本研究拠点として使用されている。

スタートアップ企業向けのオフィスやラボの入居賃料は、広さによるが1室あたり月額2万円~40万円ほどで、創業前から会社設立後8年程度までを対象としており、2020年3月に新たにオープンしたコワーキングスペースは1万円から利用可能となっている。施設全体では122社が入居し、そのうちスタートアップ企業は34社だ。KSPの売上の大部分は不動産賃貸が支えている。その安定した収入で、よりリスクの高い投資ファンドや各種ビジネスサポートの経営支援サービスを提供する。

広大な施設を起点に繰り広げられる事業の中核は、人材育成、投資、ビジネスマッチング、再生・細胞医療産業化支援、ハンズオン支援、交流会などだ。

特に研究開発領域に特化し、相手に合わせて柔軟な支援メニューを持っていることが特徴だ。

特徴
  • 研究開発型企業にこだわった支援
  • スタートアップだけでなく、中堅中小企業の第二創業、大企業の新事業も支援
  • 企業だけでなく、地方の公的支援機関、信用金庫・地方銀行、地方大学も支援
  • 施設だけでなく、投資、人材育成、マッチングを提供
  • 国内の第三セクターでは数少ない成功事例

時間のかかる事業へ積極的に投資

同社は10年ほど前までは、KSPに入居するスタートアップ企業を中心に支援や投資を行っていた。しかし創業のためのレンタルスペースが一般化した近年、新規参入組に対抗するには施設提供以外の強みを生かしたサービスの構築に迫られる。

老舗として、スタートアップ企業との連携に前向きな大企業や協調投資を通じて関係を構築してきたベンチャーキャピタル(VC)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、地域の公的支援機関、銀行、大学といったそれぞれのキーマンとのネットワークが同社の強みだったことから、効率的なビジネス成長の支援が可能になったという。

近年では大学と連携して、学内の研究成果を社会実装するためにスタートアップ企業の設立前から参画し、研究者と二人三脚でゼロからの事業創造にもチャレンジしている。

KSPが投資したスタートアップ企業の株式公開実績

東証マザーズが1999年に創設されたが、その2年前には独自に投資ファンドを立ち上げ、22年間で50億円強の資金を無限責任組合員(ジェネラル・パートナー:GP)として運用してきた。

ユニークな技術を持つ事業準備段階のシード期と起業直後のアーリー期を中心に五つのファンドから出資し、2020年1月には6号ファンドを設立し、急成長が見込まれる技術系スタートアップ企業に投資する。

投資資金の回収となるイグジット(EXIT)は、新規上場(IPO)を目指すことが多いが、近年はM&Aも増えてきた。一般的にVCの投資回収期間は3~5年と言われるなかで、同社は5~7年と長く、時間のかかる事業への積極的な投資は、スタートアップ企業にとってありがたい存在と言えそうだ。

KSPの支援を受けて研究者が起業した事例

三つの特異性

同社の他者と異なる提供リソースの特徴は大きく三つある。

一つ目は施設。ウェットラボからコワーキングスペースまで幅広い事業環境の提供だ。特に実験用ラボは30年の実績があり、川崎市内の3拠点でインキュベーションラボを運営。創業初期に大きな開発投資を行い、急激に成長するテック系スタートアップ企業が多く、再生医療に特化した研究施設も運営する。

二つ目は投資ファンド。会社設立前から支援するケースも多く、他のVCと協調して「呼び水」的に出資するケースも多い。ファンド規模は比較的小さく投資額は大きいものではないが、アーリーステージでも早期に投資を決断し、次の投資家を引っ張ってくることが重要だからだ。

投資領域は特定業界に限定しないが技術にこだわり、シード期の投資先には開発した基盤技術の用途展開を、同行営業しながら探っていく。

三つ目はネットワークだ。起業、新事業に特化した人材育成のためのビジネススクールを28年間開催してきた。今ではおよそ720人の卒業生を輩出し、スタートアップ経営者から大企業の役員、大学教員など様々な分野で活躍している。裾野の広さは老舗ならではのアドバンテージだ。

また大企業とスタートアップのマッチング事業は、大企業のオープンイノベーション活動を通じて「新事業のネタ探し」支援をするほか、全国の公的支援機関や金融機関などと連携し、地域の中小スタートアップ企業と大企業とのマッチング支援にも余念がない。

大学発スタートアップ投資

一部の国立大学では公的資金を活用した投資ファンドが組成されているが、多くの(特に地方)大学では研究成果を大学発スタートアップとして継続的に創り出すための、制度、仕組み、人材が不足しがちだ。

地方大学が自ら大学発スタートアップを創出し、結果としてより多くの資金が大学に戻る仕組みの実現を目指すためには、科学研究費助成事業による科研費と企業との共同研究費に次ぐ新たな大学の収入源として、大学による大学発スタートアップへの投資が有効だ。同社は、学内制度の整備、担当者の人材育成、ベンチャー起業、出資などを試行的に行う。

大学のイノベーティブな技術があっても、共同研究するかスタートアップを立ち上げるかは経営人材次第とも。大学の産学連携を管轄する部門だけに頼っていては、研究者が一念発起できる環境は生まれにくい。起業したとしても単なる研究受託会社では、大学に研究資金を戻すことは難しい。基礎研究者は研究だけをしていれば良いという意見も聞くが、研究者でいくか、起業するかによらず、事業化の道筋を学び、実践してみることは多くの研究者にとって有用であり、そのサポート役が必要とされているのではないだろうか。

KSPが実践する支援は、単にハンズオンするだけでなく、投資ファンドや研究者向けビジネススクール、県や市のプロジェクト事務局を代行するなど複合的かつ柔軟な印象を受ける。研究開発に特化しているが、最大の強みは相手に合わせ支援の枠をファジーに、多面的にサポートできる懐の深さ。日本初のインキュベーターとして、試行錯誤で積み上げてきた実績と、成功パターンを持って、産学連携部門に働き掛け、事業化に向けたステップを踏み出していけるよう、様々なサービスを組み合わせながら伴奏するパートナーのようだ。

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