特集防災減災考

伊勢湾台風60年 市民防災の集い

大同大学 教養部 准教授 松木 孝文

2020年02月15日

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「伊勢湾台風60年市民防災の集い」の概要

2019年は伊勢湾台風被災から60年目の節目に当たり、伊勢湾台風関連の様々なイベントが開催された。中でも本稿で取り上げる「市民防災の集い」は、地域住民を主体として継続的に行われてきたイベントである*1。2019年9月7日に大同大学を会場として開催された「伊勢湾台風60年 市民防災の集い」(以下「60年」)では、ステージ演奏やシンポジウム、写真展示、映画上映、体験、模擬店などが行われた。予想以上に多くの来場者を迎え、テレビ・新聞などで報道されたほか、「あいち・なごや防災フェスタ」内の「名古屋市防災表彰」において市長表彰を受けた*2。成功といって良い結果であるが、そこに至る道のりには様々な困難が存在した。そうした困難の中でも、本稿では特に「地域」に焦点を当てたい。

地域社会における関心

地域における「市民防災の集い」の役割としては大きく二つを挙げる事ができる。第一に伊勢湾台風の「記憶の継承」、第二に「防災知識の伝達」である。相互に関連する重要な役割であるが、被災当事者の減少と若年の新住民の増加、治水工事の進行などとともに伊勢湾台風のような風水害は「過去の遺物」と認識され、後者が比較的関心を集めるようになっていた*3。しかし、2018年の西日本豪雨災害、2019年の台風15号による被害は、伊勢湾台風・風水害への再注目を促した。外在的要因により、結果的に「60年」は若年層も含めた地域住民の関心に沿うものになっていたのである。

また、被災から60年という節目の年であることも関心を集める要因となった。名古屋市南区西部は伊勢湾台風において特に甚大な被害を受けているが、記憶の悲惨さや、身内を亡くした人への配慮などから、語る人の口は重くなることがある。しかし「これが最後の機会かもしれない」と考えた当事者の中には、一種の使命感を持って資料や情報の提供を申し出る人も現れた。伊勢湾台風関連の資料や情報は、当事者の死去とともにその価値が知られずに失われることも多いが、「60年」の実施は、その重要性を周知し資料・情報の散逸を防ぐ上でも重要な意味を持ったといえる。

「伊勢湾台風60年市民防災の集い」内での防災シンポジウムの様子
「伊勢湾台風60年市民防災の集い」内での防災シンポジウムの様子

「地域」の難しさ

以上の通り、「60年」を行う意義は大きく、時宜を得ていた。開催には人員や場所、資金などを確保する必要があったが、人員については実行員会に動員力を持つ団体を複数抱えたことが、場所に関しては大学・企業が提供することが解決した。のべ300人以上の人件費、大学の半分ほどを貸し切りにした会場代と光熱費は全て無償である*4。ただし、最低限の運営資金(印刷代・ごみ処理費等)に関しては地域(小学校区単位で構成される「学区」)や企業から協賛金という形で集める必要があった。この過程で「地域」の難しさ、複雑さを再認識することになる。細かいエピソードは割愛し、得られた教訓を中心に以下にまとめたい。

広報ポスター
広報ポスター

第一に、「地域」という統合された意思決定主体が存在しないことである。地縁集団としては周辺の三つの学区が影響力を持ち、広報・協賛金募集にその力は不可欠であった。ただし以前は存在した「学区に声を掛ければ学区域内の企業や団体などにもおおむね話が通った」ほどの求心力はなく、実行委員は必要額を集めるために、企業や団体、個人に個別の連絡を取る必要があった。周辺からの来場者も過去に比べると若干少なかったという(一方で遠方からの来場者が目立った)。こうした状況について運営側では「災害へ関心の低下」を懸念する声もあったが、改めて振り返ると、その手前に各主体の「孤立」が存在したと考えられる。

第二に、地域における関係の不可視性である。地域には意識すべき慣行や取るべきバランスが存在する。こうした関係は、利害というよりは情緒、現状よりは過去の経緯を参照して成立している。そのため、それらを知り得ない外部者や新参者にとって地域は不可視かつ触れられないものとなる。また、各主体の孤立が進むと、古くからの地域住民にとってすら不可知の部分が増えていく。見えない、従って交渉もできないという難しい状況だが、「60年」においては実行委員に多様なメンバー(委員会は50人以上の規模にまで膨らんだ)が存在したことが功を奏した。例えば「実は実行委員の誰かが親しい相手であった」という偶然に度々助けられることになったのである。

実際、実行委員会は商店街、非営利団体、企業、区役所、自衛隊、消防、学校など、異質な人間の集まりであり、様々なコネクションを柔軟に活用できる状況にあった。一方で主張や理念には相違があったが、「思想信条は命が助かった後で」といった言い回しがしばしば冗談めかして(その実真剣に)用いられ、大きないさかいもなく実行委員会はその役割を全うした。

実行委員会の様子
実行委員会の様子

「地域」の再構築

「60年」は当初設定されていた伊勢湾台風の記憶の継承・防災知識の伝達のみならず、その他にも様々な成果をもたらした。いずれも重要な成果であるが、実施前に意図しなかった変化を一つ挙げるとするならば、それは「地域」の存在感の増大である。「地域」という言葉は身近さ・親密さを想起させるが、そうしたケースはむしろ稀(まれ)である。諸個人・諸団体が協働するという経験は、互いのパーソナリティ・リソース・ニーズなどを知り、互いを、空間を共有する隣人として位置付ける契機となったといえよう。

大同大学においても現在、「60年」のつながりを生かし、地域を「面」として巻き込む社会実験や教育、防災、まちづくりの試みが展開している。無論、以前から地域連携は行われてきたものの、それは地域に「点」として存在する組織・企業などとの連携であった。「面」としての地域連携はまだ端緒についたばかりである。この「面」としての地域連携に関しては、今後試行錯誤を繰り返しながら進めていくことになるだろう。

*1:
名古屋市ウェブサイト“名古屋市防災表彰(市政情報)”
http://www.city.nagoya.jp/bosaikikikanri/page/0000121106.html(accessed 2020-02-15)
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*2:
被災後40年(1999年)、45年(2004年)、50年(2009年)、55年(2014年)、60年(2019年)の計5回開催。ただし、60年という節目に当たり、開催規模・実施体制は過去に例を見ないものとなった。
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*3:
「市民防災の集い」とは別に、学区・名古屋南医療生協・大学の共催で「防災シンポジウム」が開催されているが(2019年度は「60年」内にて開催)、参加者の関心は地震・津波に偏り、台風・洪水・高潮等への関心は低いという状況が続いていた。
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*4:
会場費については不明であるが、人件費は(最低賃金で計算して)約180万円に上る。なお、最終的に集まった協賛金は(物品を除き)約150万円である。
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