巻頭言

技術の先を見越す

総合研究大学院大学 学長 長谷川 眞理子

写真:総合研究大学院大学 学長 長谷川 眞理子

2020年01月15日

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AIが進歩し、汎用型のAIを搭載したロボットが活躍する社会が来るようだ。それはバラ色の未来であるかのように語られることもあるが、一方、現在人間が行なっている仕事の多くがAIに取って代わられ、多くの人が失業するという危惧も表明されている。

内閣府が描く「Society(ソサエテイ)5.0」は、人と物が相互につながり、情報が無駄なく共有され、AIがあらゆる場面の最適解を見つけてくれる豊かな社会ということで、大変なバラ色である。そして、そのソサエティ5.0を支えるためのイノベーションが必須で、産官学を挙げてこれに取り組もうという話になる。

AIというものは、科学・技術、つまり科学的方法に基づいて問題を解明し、その結果を技術に応用するという一連のプロセスで生まれた技術だ。このプロセスは、一つ一つの問題を解き、それらの結果を積み重ねて一つの技術を作り上げるので、大変に効率が良い。取り上げている問題が解決して研究が進むほど、ますます精密に、ますます速く、ますます楽で安価なものが生み出される。その過程で、以前にはまったく考えもしなかった新しいものが生まれ、社会が変わる。

こうして今の私たちは、つい50年前と比べても格段に便利で豊かな社会に住んでいる。しかし、技術開発は、ある一つの問題の解決を目指して行われるので、その技術が世に広まったとき、全体として社会にどのような変化をもたらすことになるのかについては、誰も考えていない。

例えば、自動車は、速く楽に移動する手段が欲しい、という欲求の下、その問題を解決するために、科学的方法を駆使して技術開発されてきた。交通事故が多発することも、排気ガスによって大気汚染が起こることも、当初の段階では考えられなかった。それよりも、自動車を持つことのメリットの方がずっと大きかったので、自動車は普及し続ける。交通事故や大気汚染が社会全体にとっての大きな問題と認識されるようになって初めて、その部分の改良が新たな技術的挑戦となる。そして、現在のような比較的安全でクリーンな自動車ができた。

砂糖はおいしいし、それが安価に手に入れば、それに越したことはない。しかし、やがてそのせいでメタボが蔓延(まんえん)し、子どもの肥満が社会問題となる。技術開発の大半は、私たち人間の目先の欲望にかなったものだが、その長期的影響は誰も考えていない。

では、今回のAIを中心とした、ソサエティ5.0がうたっているような情報技術はどうだろう? 情報技術は、自動車などのような、私たちの肉体の能力増強ではない。それは、私たちの脳の働きの増強や補填(ほてん)である。つまり、人間とは何か、生きるとは何か、という問いに触れる技術なのだ。そうであればこそ、人文系も理工系も一緒になり、産官学を挙げて、人間とは何か、私たちはどんな社会が欲しいのかを、全方位的に吟味する必要があるだろう。大学は知の拠点であるのだから、その中心的役割を果たせるはずである。

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