連載スタートアップ・ベンチャーの成功条件

第2回 経営者の能力

経営戦略研究所 理事 田部 貴夫

写真:経営戦略研究所 理事 田部 貴夫

2019年7月15日

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今回から経営者とビジネスモデルについて解説するが、スタートアップ・ベンチャーの場合、一般の事業やビジネスと比較し、経営者の能力と行動が大きな地位を占める。特に、シード、アーリーステージにおいて、投資や取引をしようとする者は、経営者の能力を重視する。そして、ステージが進むにつれてビジネスモデルの重要性が相対的に高まっていくものである。そのような変化があることを踏まえて読んでいただきたい。なお、ここでは、「既存の価値観にとらわれない構想力…」といった視点ではなく、人間としての経営者にフォーカスしている。

基本的な能力

①情熱・強い想い

スタートアップ・ベンチャー経営者にとって、最も重要かつ必要なのは、事業に対する「情熱」であり、実現に向けての「強い想い」である。これがなければ事業は必ず失敗する。新しい事業が計画通り進むはずはなく、多くの困難が待ち構えており、その際にギブアップしない精神力(「覚悟」とも言い換えられる)の源泉こそ、情熱、強い想いなのである。また、この分野では情熱や想いの源泉は、自分自身の幸福より、社会の幸福の実現という大きな目的の方が、強い力になると言われている。

なお、スタートアップ・ベンチャーの事業推進のためには、「人を巻き込む」ことが不可欠であるが、これを可能にするために、経営者の情熱、強い想いは絶対的に必要なのである。

②行動力・決断力

一般の経営者であっても行動力が必要なことは常識である。ただ、「既にできあがった企業」では、過去の実績や事業環境を評価・判断し、計画を立ててから行動することが当然のように思われている(つまり、確実性を求めてリスクを取ろうとしない)が、スタートアップ・ベンチャーにとっては、まず、行動することこそが重要なのである。最近では、特に米国のシリコンバレー等の起業家の考え方や行動を紹介する書籍などが多く世に出るようになり、彼らが「行動を起こす」ことを重視していたことが理解されるようになってきた(もちろん彼らが、連載第1回で述べた「知の探究・深化」を軽んじていたわけではないが)。かつての日本のベンチャー的な起業家たちも、「やってみなはれ」「やってもせんに。とべ!」といった言葉を残している。この、まず行動するという「スピード感」「リスク感」は、新しいことに挑戦する企業にとって、普遍的なものなのである。

③冷静さ・自制心

いくら情熱や行動力・決断力が最重要といっても、行動の結果や置かれている状況などについて、冷静に判断するということができなければ次にはつながらない。その場の感情に流されず、自制心を持って対応できることも必要な能力である。他の基本的な能力とのバランスは難しく、もともと、このバランス感覚を保有できている者は決して多くはない。しかし、仮に冷静さと自制心に自信が持てなくとも、数字や文字(文章)で説明する訓練を続けていると、冷静かつロジカルな判断ができるようになる。また、「マインドフルネス瞑想(めいそう)」などの活用も有効である。基本的でありながら、意識的に強化できる能力と言えよう。

経営経験

経営経験がスタートアップ・ベンチャーの経営者に必要というと違和感を持つ読者も多いだろう。しかし、事業家は多種多様で大量な判断、決断、マネジメントの経験を通して高い経営能力を自分のものにしなければならない。一般の経営においても、今では、経営判断の量が経営の質を高めることは常識になっている。最近、起業家がビジネス経験を積んだ年齢層にも拡大しているということ、シリアルアントレプレナー(何度も新しい事業を立ち上げる起業家:連続起業家)が増加していることも、このことを表している。多くの大学等の研究者や、サラリーマン的な限定された経験しかない大企業の役員経験者がスタートアップ・ベンチャーの経営者として成功できない原因の一つでもある。

失敗体験について、日本社会は許容度が低いといわれる。特に、経営上失敗すると再起は難しいというのは事実だった。失敗者の中には、それを経験として次の機会に生かせる者と、何度でも繰り返す者が存在する。資金供給が、「融資・Debt」に限定されていた時代は、リスクを簡便かつ低コストで抑えるため、失敗者全てを排除することは合理的な行動だったのである。しかし、「投資・Equity」の世界では、日本でも失敗を次の成功のための経験と評価し、同一内容の案件であれば「失敗」経験者が優先して出資を受けることが徐々に一般化しつつあるようだ。

さて、失敗を何度でも繰り返す者(遅かれ早かれ見捨てられる)と、経験として次の機会に生かせる者とを見分けることは可能か。厳密に判定することはできないが、多くの経営者を見てきた体験から言えば、失敗の原因を「他人:第三者、環境、運等」に求めている者は、何度でも同じことを繰り返す傾向にあり、「自分:努力が足りなかった、判断が甘かった、行動が身勝手だった等」に求めている者は、「経験」として次に生かせる可能性が高いのは確かである。

情報技術の知識(常識だがあえて強調する)

最近では、IT、ICT、AI、ビックデータなど情報技術関連の言葉が氾濫し、現実に、その意識と技術なしに、新しいビジネスは存在し得ないと言って過言でない状況になっている。ビジネスの内容によって重要度は異なるとはいうものの、スタートアップ・ベンチャーの経営トップは常に多方面から新鮮な情報を収集することが必須である。情報技術の進み方はオセロに似て、一気に大きく変化すると思って注意したい。

コミュニケーション能力

成功した企業経営者には魅力的な人物が多い。特に、スタートアップ・ベンチャーでは、相当癖が強くても人を引き付ける魅力があれば、大きな成功をつかむことも可能となる。魅力ある人物は、多くの場合、自分の力以上の業績を上げることができ、事業がマイナス方向に向かうときも周りから支援を受けられるものなのだ。この能力は、日常的な言葉で言うと、人に好かれる能力であり、広義のコミュニケーション能力である。経営者がステークホルダー(社内外を問わず)と良好な関係を維持していることは、持続的発展を実現するためには不可欠なのである。「ヒトを巻き込む」ために非常に重要な能力の一つである。

なお、これに関係して、成功したスタートアップ・ベンチャーに共通する点の一つに、社内の一体感がある。事業目的を共有し、経営者が社員(幹部クラスを含む)から、この人となら苦労ができると思われることで大きな力が生まれ、成功が導かれるのである。経営者と社員の間のコミュニケーションレベルが高くなければ事業の成功は期待できない。

性格

性格も魅力の大きな要因の一つであるが、それだけでなく、経営者に向く性格というものがある。自尊心が強く、命令より自分の判断を重視する(従ってサラリーマンが向かない)などがよく言われるところである。スタートアップ・ベンチャーの場合は、これに加えて、基本的な能力の一つである「行動力・決断力」の背景にある、強く思ったことにはこだわり抜く一方で、楽観的で細かなことにはこだわらない(さっさと忘れる)という性格も重要である。コミュニケーション能力の背景には、素直さや謙虚さ、明るさという性格がある。また、失敗や挫折をくぐり抜けて経営を続けるには、レジリエンス(回復力、再生力、復元力)と呼ばれるしぶとさ、逆境に耐える力、粘り強さも必要である。

このような「性格」は基本的に先天的なものであり、意識的(後天的)に身に付けることは難しいが、自分の「性格」を意識することで、次の行動をコントロールすることもできる。とはいっても、そもそも、好奇心がなければ、新技術・新事業を開発したり、創造的・革新的な経営ができるはずがないことを考えれば、好奇心こそが、最も不可欠な性格といえるだろう。

共同経営

非常に大きな成功を収めたスタートアップ・ベンチャーの経営者でも、上記の能力を有していない人物も多くみられる。また、社長・CEO(最高経営責任者)が、必ずしも技術、サービスの開発者ではないケースも多くみられる。特に、「テック系・ものづくり系」などの技術先行型に目立つ。このような場合は、必ず共同経営者(経営陣)または有力な補佐が存在している。基本的な能力を除けば、共同経営者次第で成功をつかむことができるということだ。また、米国ではよくみられる「プログラムマネージャー」が、経営の初期段階でマネージすることもある。

外部支援者

俗に「メンター」と呼ばれるような、精神的な支援者を身近に置くことができれば、スタートアップ・ベンチャーの経営者にとって幸運なことである。あるときは背中を押し、あるときは経営者と別の視点で問題を投げ掛けてくれる存在は貴重である。社外取締役であったり、直接経営とは無関係な人物であったりと、態様はさまざまだが、単なる友人ではなく、経営に理解のある人物による「メンタリング」は、成功に導く大きな要因と言えるだろう。

経営者の能力はどのように判断されるのか(視点を変えて)

経験の豊富な投資家(ベンチャーキャピタリストを含む)や、自分自身が厳しい環境下で事業を成功させてきた経営者やビジネスパースンは、非常に短い面談時間で、スタートアップ・ベンチャーの経営者の能力と可能性を判断する(エレベーターピッチなど)。最初から細かなビジネスモデルを聞いているようでも、実は、経営者の対応を見て、能力と可能性を判断しているということもある。必要以上と思われる厳しい言葉を掛けたり、過剰に褒めたり、本質から外した質問をしたり、一定時間ひたすら聞いて無反応で終わらせたりとテクニックはさまざまであるが、彼らが注目しているのは、心の揺らぎである場合が多い。見たいのは経営者の本質である。

(次号に続く)