連載地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか

第5回 マツダ−広島大−県の連携支える「4つの技術」

群馬大学 研究・産学連携推進機構 特任教授  登坂 和洋

2019年6月15日

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経済産業省の工業統計によると、広島県で製造品出荷額が一番多い業種は輸送用機器(自動車・同部品等)で、年間3兆5951億円(2017年)。同県の出荷額全体の実に35.5%を占める。これに続くのは鉄鋼の13.7%、生産用機器の9.0%である。従業員数でみても輸送用機器の5万1636人(2018年)がトップで、シェアは24.0%。2位の食料の2倍近い。同県の経済がいかに自動車関連の業種に依存しているかが分かる。その中核にいるのが、広島県を拠点とする自動車メーカーのマツダ株式会社である。

地域の自動車産業の将来ビジョンをめぐるマツダ、広島大学、広島県の連携を読み解く。

マツダが広島大学に共同研究講座

表1は広島大学大学院工学研究科と理学研究科のサイトにそれぞれ掲載されている共同研究講座である*1。共同研究講座は産学共同研究の新しい仕組みで、企業が講座運営資金を提供して、広島大学と共同で同大学内に設置し、教員と企業の研究者が対等の立場で一定期間、共通の課題について出口を見据えて共同で研究を行うものである。

講座名の用語の説明が必要だ。「モデルベース開発(MBD)」はシミュレーション技術を取り入れたシステム開発手法のことで、日本のものづくりが生き残るための重要な技術である。

藻類とは、光合成で酸素を発生させる生物で、水中に生息しているものの総称。コンブなどの海藻からミドリムシといった微細な生物までさまざまである。藻類から製造するバイオ燃料は次世代のエネルギーとして注目されている*2

表1を見ると、企業の欄にマツダの名前が並ぶ。次世代自動車技術の研究で広島大学に積極的な研究投資を行っている。

表1 広島大学大学院工学研究科等の共同研究講座
表1

4月半ばの本稿執筆時、工学研究科の共同研究講座・寄附講座一覧にマツダの寄附講座「MBD(モデルベース開発)基礎講座」(2016年4月設置)が記載されていたが、5月半ばの校正の際に確認したら同講座がなくなり、同社の次世代自動車技術共同研究講座の中に「モデルベース開発研究室」が設置されていた。また、理学研究科サイトの一覧の「次世代自動車技術共同研究講座(マツダ)」には、同講座が「2019年4月に設置された統合生命科学研究科へ移行した」ことが新たに記されていた。

「マツダ-広島大学」の連携を確認した上で、前回少し触れた「ひろしま自動車産学官連携推進会議」を詳しく見てみよう。

地域自動車産業の「2030年産学官連携ビジョン」

マツダ、広島大学、広島県、公益財団法人ひろしま産業振興機構、広島市、経済産業省中国経済産業局の6者は2015年6月、広島地域の自動車産業を活性化するための「2030年産学官連携ビジョン」を策定。同時に、そのビジョンの着実な実現を図るために設立したのが「ひろしま自動車産学官連携推進会議(通称:ひろ自連)」である*3

ひろ自連は「感性」「内燃機関」「MBD(モデルベース開発)」および「エネルギー」の四つの専門部会を置いて活動している。

この専門部会の四つの技術のうち、「感性」を除く3技術は広島大学に講座が設けられている。このことだけでも、ひろ自連の専門部会活動と、マツダ-広島大学の研究連携が連動しているように感じられるが、それを裏付けるのが、ひろ自連が2016年7月22日に発表した、1年間の活動を振り返ったプレスリリース*4だ。

そのなかで、内燃機関専門部会の成果として「昨年、広島大学-マツダで共同研究講座を立ち上げ、内燃機関において最も重要な燃焼をより深く研究する体制を強化しました」*5とし、MBD専門部会については「世界に先駆けて、広島でモデルベース開発の技術を確立するためにロードマップを策定しました。本年度は、その第一歩として地域企業のモデルベース開発力の基盤強化を目的に、広島大学に『モデルベース開発基礎講座』を開設します」と記している。

専門部会をベースに拠点構築

「感性」に関して共同研究講座がないのは、言うまでもなく、感性工学を地域産業に生かそうとする産学官の取り組みが、2013年度に文部科学省・科学技術振興機構(JST)の拠点型競争的資金「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」に採択され、広島大学の「精神的価値が成長する感性イノベーション拠点」(以下、感性COI拠点)として活動を行っているためだろう*6。感性COI拠点のプロジェクトリーダーはマツダ技術研究所技監が務めており、これも広島大学―マツダが軸だ。

各専門部会の活動は順調に進展している模様で、ひろ自連の2018年度の活動報告でも各専門部会の成果をアピールしている(図1)。

専門部会をベースに産学共同研究、人材育成などを進めていることからも分かるように、「2030年産学官連携ビジョン」の実現を目指す上で戦略的に重要なのは専門部会である。

成功体験を重ねながら産・学・官の連携のノウハウに磨きをかける。今後も、専門部会単位で競争的資金獲得に挑戦し、研究・産学官連携拠点の整備を推進していくことになるだろう。

図1
図1 ひろ自連 専門部会の活動成果

大学振興と若者の雇用促進の交付金

ただし、例外はある。ひろ自連の取り組み全体のストーリーを前面に出して、大きな“外部資金”を獲得している。地域における大学振興と若者の雇用創出を目的とする内閣府の2018年度「地方大学・地域産業創成交付金」の対象事業に、広島県が申請した「ひろしまものづくりデジタルイノベーション創出プログラム」が採択されたのだ*7

同プログラムの計画は「目標」についてこう記している。

2015年6月、県、マツダ、広島大学など6者が連携して「2030年産学官連携ビジョン」を策定し、その推進組織(ひろ自連)を設立した。本計画においても、同ビジョンの実現に向けて地域の産学官が総力を結集し、将来においても、自動車産業が地域の中核的な産業として成長することを目指す――。

ここまでの記述の組み立て方は、ひろ自連の活動そのものだ。違うのは「また、第四次産業革命が進展し……」で始まる最後の部分で、地域の産業が今後ともグローバルな競争力を確保し、成長・発展していくためには「デジタルイノベーションを起こす人財」が成長の鍵になるとして8項目の目標を立てている(筆者の理解では8項目は人材、産業、大学・研究の三つに分類できる)(図2)。

もっとも、「2030年産学官連携ビジョン」の3本柱の一つが「産業・行政・教育が一体になり、イノベーションを起こす人財をあらゆる世代で育成することにより、ものづくりを通じて地域が幸せになる」だから、ひろ自連の基本路線を素直に発展させたものともいえる。

図2
図2 ひろしまものづくりデジタルイノベーション創出プログラム

広島県は「イノベーション立県」

話をひろ自連に戻そう。

将来にわたって地域の自動車産業の競争力を確保し、発展させることを目的とした産学官連携の推進組織(ひろ自連)において、技術をテーマにした四つの専門部会が外部資金獲得、さらなる拠点拡大のカギを握っていることを述べてきた。

マツダは地域の大学の研究力を活用しようというマインドが極めて強い。驚くべきことだ。他県でもこれほど地域の大学への研究開発投資に力を入れている大企業はそう多くないはずだ。同社の積極的な関与なくしてひろ自連の活動はあり得ない。

ひろ自連の各専門部会と連動しているマツダ−広島大学の共同研究、そして感性COI拠点。この産学連携がひろ自連の基軸のように見える。

しかし、筆者はそう単純な話ではないと思う。広島大学-マツダのラインが突出していたら、県や地域の中小企業の動きは鈍かったはずだ。広島県に限らないが、地域の企業は大学ではなく、県の施策、県関係者(財団などを含む)の動向を見ているからだ。産、学、官の間の利害を調整し、連携活動の駆動力になっているのは県だろう。そう判断する理由は二つある。

第一に広島県は、「イノベーション立県」を掲げている数少ない県の一つであることだ。無論、知事の主導である。イノベーションの創出には大学の知見や人材育成機能の活用は欠かせない。県庁内でこの認識を共有しているから、知事部局の担当部門や産業振興を使命とする財団などが熱意を持って関わっているのだ。前回、感性工学をものづくりに生かそうとする広島県の産学官連携の取り組みを紹介したが、これは「官」主導の典型だ。それが広島大学の「感性COI拠点」に発展した。

第二に、ひろ自連の活動を軌道に乗せることで、同県の中核的産業である自動車産業の振興策(県の施策)の骨格ができてしまうこと。ひろ自連の活動の成果、メリットを一番多く享受しているのは県であるともいえる。地方大学・地域産業創成交付金は実にタイミングがよかった。

地域の大学の研究力を活用することに極めて熱心な産と官に支えられた広島大学は恵まれているというべきだろう。同大学はアウェーで戦うのと並行して、ホームで確実に勝ち点を積み上げているともいえる*8*9

(次号に続く)

*1:
広島大学ホームページのトップメニュー「社会・産学連携」をたどると大学全体の共同研究講座一覧が掲載されており、その多くに、設置場所である各大学院研究科サイトのリンクが張ってある。
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*2:
広島大学の発表資料「共同研究講座『次世代自動車技術共同研究講座 藻類エネルギー創成研究室』を設置しました」(ホームページ)によると、同研究室は「藻類から製造するバイオ燃料の課題を解決するため、藻類の高性能化を高効率かつ高精度に可能とするゲノム編集技術の研究および高性能藻類の生産性を高める最適培養環境の導出研究」が目的。共同研究資金の一部は、科学技術振興機構(JST)の競争的資金「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の支援を受けている。
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*3:
6者は常任団体。ほかに、地域の大学、自動車関連企業などが参加している。
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*4:
リリースのタイトルは「2030年の自動車社会を見据えた『広島モデル』の構築〜『ひろしま自動車産学官連携推進会議』の1年間の活動を振り返って〜」
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*5:
内燃機関の共同研究室設置(2015年4月)は、ひろ自連設立(2015年6月)の2カ月前だが、6者のトップミーティングが2010年半ばに始まり、同ビジョンの検討が2014年半ばから行われていたことを考えると、これもひろ自連の専門部会の活動とみて差し支えない。
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*6:
同大学大学院医系科学研究科のサイトには、寄附講座、共同研究講座のほか多くの「連携講座」が掲載されていて、その中に「マツダ技術研究所 感性脳工学」がある。
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*7:
内閣府ホームページ参照。この交付金は「地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創出による若者の修学及び就業の促進に関する法律」に基づくもので、地方を担う若者が大幅に減少していることが背景にある。16件の申請があり、交付対象となったのは7件。計画期間(おおむね10年間)の前半(原則5年間)において本交付金により支援。交付率は事業の内容に応じて2分の1、3分の2または4分の3。国費上限目安額は1件、1年間当たり7億円。
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*8:
広島大学の外部資金獲得では、科学技術振興機構(JST)の拠点型競争的資金プログラム「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」に採択されたことも貢献していると思われる。
OPERAは企業が拠出する共同研究費等とJSTの委託研究開発費のマッチングファンド形式のプログラムである。
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*9:
文部科学省が取りまとめた「2017年度 組織的産学官連携活動における主な取組方針及び取組事例」において、広島大学は「民間企業等外部機関の研究所制度」を設けたことを紹介している。この研究所の機能は、同大学と企業などが課題を共有する幅広いテーマについて、研究をプロデュースし、これに関わる共同研究などについて包括的なマネジメント(研究・知財戦略、運営方針)を行うこと。この制度を活用した第1号が2018年4月1日に設置した「コベルコ建機夢源力共創研究所」という。
表1にある同社の二つの共同研究講座は、この研究所がプロデュースしたものという位置付けだ。次世代ヒューマンインターフェースの講座は「感性」に関わるものである。広島大学の感性COI拠点サイトの「社会実装に向けて」の項では、マツダとともに同社の社名が挙げられている。
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