連載地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか

第4回 地域の力、恐るべし

群馬大学 研究・産学連携推進機構 特任教授 登坂 和洋

2019年5月15日

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前回は、住民健診から得られた2,000項目の健康ビッグデータを分析し、疾患の革新的な予兆検知の方法・予防法の開発に取り組んでいる弘前大学のプロジェクトを取り上げた。40社を超える企業が参画しているこのプロジェクトは、大学における産学官連携の新しい形態としての「オープンイノベーション」の優れた事例だが、同プロジェクトにはもう一つの側面がある。平均寿命が日本一短い県からの脱出を目指して青森県の産学官民が連携して取り組む地域事業である。今回は大学と地域の関わりについて述べる。

大学の意図をはるかに超えて

まず弘前大学の取り組みをおさらいする。これはセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムに採択されている「真の社会イノベーションを実現する革新的『健やか力』創造拠点」(以下、弘前大学COI)の活動で、同大学が2005年から青森県弘前市の岩木地区で実施しているコホート研究*1(岩木健診)をベースとしている。

企業を次々と呼び込んでいるのは健康医療ビッグデータの解析利用が認められるからだが、同プロジェクトにはオープンイノベーションの別の仕掛けがある。アカデミアの縦割りの壁を崩す試みだ。国内の他の有力コホート研究や他のCOI拠点のデータと連携させてより大きなデータにしたことと、東京大学、京都大学、名古屋大学との連携でAI研究者、生物統計の専門家を結集し、強力なビッグデータ解析チームを形成したこと。これらは弘前大学の発意というより、COI全体の推進体制のなかで――「官」主導で――決められ組み込まれた。

つまり岩木健診を始めた弘前大学の意図、弘前大学COIの当初の計画をはるかに超えて――見えざる手に導かれて――プロジェクトが大きく動き出しているわけである。そして「第1回日本オープンイノベーション大賞」の内閣総理大臣賞を受賞した。

幸運を引き寄せた

一地方国立大学のコホート研究が、なぜ短期間にここまで急拡大し国家的な大プロジェクトに変貌したのか。

産業界の活力を呼び寄せる地方創生のモデルケースになりうる、地方大学発イノベーションが実現するかもしれない、といった期待も背景にあるが、そうした期待の裏付けとなるもの――この幸運を引き寄せた磁力――は地域の産学官民の強固な連携ではないだろうか。

岩木健診は、住民一人当たりの健診時間が5~7時間にも及ぶ。1日仕事だ。地域の協力なくしては続けられない*2

影響力が大きかったのは青森県、弘前市との連携だ。青森県の医療・健康・福祉(ライフ)分野における産業振興の基本戦略「青森ライフイノベーション戦略セカンドステージ(2016年3月)」および弘前市の「ひろさきライフ・イノベーション戦略(2017年3月)」には、それぞれ「弘前大学COIとの連携強化」が挙げられている*3。一般的に県がこのように地域の国立大学のプロジェクトを持ち上げるのは珍しいことである。

このほか次のような施策、取り組みがある。

  • 県内の市町村が相次いで健康宣言
  • 青森県健康経営認定制度(2017年4月)*4
  • ひろさき健幸増進リーダー制度(2012年)*5
  • 弘前市健康づくりサポーター制度(2015年)*6
  • 県医師会附属「健やか力推進センター」設立(2015年4月)……センター長は中路重之弘前大学特任教授(弘前大学COI研究リーダー)。県内の健康増進の中核的組織として積極的な健康増進介入活動を展開するとともに、地域や職場、学校でこの活動を担う「健やか隊員」を育成研修。
  • 「おいしく減塩 健康な食事啓発プログラム『だし活キッチン』」(2017年9月)……弘前大学、青森県、青森県食生活改善推進員連絡協議会、楽天、ローソンの5者が、地域の料理教室、楽天が運営する「楽天レシピ」サイト(図1)、ローソンの店舗を通じて、おいしく食べられる減塩の食事の普及啓発と生活習慣改善を推進するプログラムを展開。

項目を並べるだけでは地域の熱気は伝わりにくいが、弘前大学の取り組みに県、弘前市などが乗り、さまざまな機関・団体を巻き込んで県民運動に広がっていることが読み取れる*7。連携が「実質化」しているのである。

図1
図1 楽天サイト内「だし活キッチン」公式ブランドページ

広島大学の拠点はいかに採択されたか

地域の緊密な産学官連携ということでは、同じCOI(18拠点)の一つ、広島大学の「精神的価値が成長する感性イノベーション拠点」(以下、感性COI拠点)が興味深い。COI各拠点の中間評価で弘前大学COIとともに評価が高かった。同大学は国立大学の3類型では、旧帝国大学などと同じ「卓越した教育研究型」だが、参考になるので紹介する。

感性COI拠点が描く将来は、モノとこころが調和する「こころ豊かな社会」。この実現のために、最新の脳科学を応用して、人と人、人とモノを感性(こころ)でつなぐBrain Emotion Interface(BEI)の開発を目指している。「ワクワク」、「イキイキ」、「きれい」などの感性を、BEI技術を用いて可視化し、定量化することで衣食住、車、教育、医療など多様な分野において社会の大きな変革が起こることを期待している(図2*8

この研究開発課題はいかにしてCOIという産学官連携の拠点型競争的資金プログラムに採択され、初期に大きな成果を挙げたのか。

図2
図2 精神的価値が成長する感性イノベーション拠点

2011年度から感性工学を生かす取り組み

筆者の手元に、公益社団法人中国地方総合研究センター*9の「季刊 中国総研」63号(2013年6月発行)という機関誌がある。「“感性”とものづくり」という特集で、「自動車開発における感性の活かし方」、「公設試験研究機関における振興策-感性把握から製品の使いやすさまでのデザイン支援について-」、「“感性”を新機軸とした産業振興の可能性」など7つの論考が並ぶ。上記3記事の筆者はそれぞれマツダ株式会社、広島県立総合技術研究所、中国地方総合研究センターの関係者だ。

巻頭に同センターの渡里司氏が同特集の意図を記している。要約すると①2011年度から広島県は感性に訴えるものづくりを地域産業の基盤強化策と考えてきた。②同じ頃から公益財団法人ちゅうごく産業創造センターは、質感色感研究会を定期的に開催し感性工学・人間工学を生かした企業のものづくりを支援してきている。③広島県は感性工学発祥の地で、脳科学や医療分野による人の感覚やその伝達経路を解明する研究が進んでいる。④経済産業省が2007年に「感性価値創造イニシアティブ」を発表、2008年度~2010年度を「感性価値創造イヤー」と定めて施策に取り組んだ――などが背景にある。

「感性工学発祥の地」というのは、広島大学工学部教授だった長町三生氏が世界で初めて提唱したことを表している。長町氏は広島国際大学教授の石原茂和氏との共著で同特集に「ものづくりの進化と感性工学」という論考を寄せている*10。それによると、感性工学とは「人間の感性を測定分析し、商品デザインに翻訳する技術の集成」で「広島発信の世界的技術」だ。

同じ特集記事「産業振興策としての行政のスタンス-広島県における企業の関心と地域のポテンシャル-」(広島県次世代産業課長)によると、同県は2011年度にものづくりにおける人間工学・感性工学の活用状況を把握するため、県内の製造業約1060社を対象としたアンケート調査や個別ヒアリングを実施。2012年9月~2013年3月に計4回、ちゅうごく産業創造センターと連携して企業向けに「“感性”に訴えるものづくり実践講座2012」を開催した。

要するに、広島県内では2011年度から産学官連携により感性を産業に活用する取り組みを本格化させていたわけである。

2015年に自動車の産学官連携推進組織

2013年度、文部科学省がCOIプログラムを開始。感性イノベーションをうたう広島大学の産学官連携拠点が採択された*11。「季刊 中国総研」63号の記事「自動車開発における感性の活かし方」の執筆者(マツダ技術研究所、車両実研部の4人)の一人、農沢隆秀氏(技術研究所所長)が感性COI拠点のプロジェクトリーダー(同拠点サイトによると現在は同社技術研究所技監)である。

関連するその後の動きを少し記しておく。マツダ、広島県、広島市、広島大学、経済産業省中国経済産業局、ひろしま産業振興機構の6者は数年の検討を経て2015年6月、「2030年産学官連携ビジョン」を策定し、「ひろしま自動車産学官連携推進会議」を設立(6者は常任団体)。「感性」「内燃機関」「モデルベース開発」および「エネルギー」の四つの専門部会を置き、活動している。

拠点型プログラムでも地域の力

産学官連携の競争的資金プログラムのなかには、地域での新産業創出(産業振興)を目的とするものがある。終了した事業を含めると、知的クラスター創成事業、地域結集型研究開発プログラム、地域イノベ―ション戦略支援プログラム、地域イノベーション・エコシステム形成プログラムなどだ。

しかしCOIはこうした地域事業ではなく、革新的なイノベーションを産学連携で実現することを目指す拠点型のプログラムである。にもかかわらず、いまのところ評価の高い弘前大学拠点と広島大学拠点が共に、地域の行政、産業界(弘前大学の場合は、各種団体、住民とも)との連携(実質化している連携)に支えられていることは興味深い。

地域の産、官、民との密な連携が大学の知の潜在力を引き出しているのだ。地域の力、恐るべし。地方国立大学の「稼ぐ」ヒントがある(図3*12

図3
図3 広島大学の民間企業との共同研究費受入額の推移

(次号に続く)

*1:
コホート研究とは、地域住民・特定のグループを対象に、長期にわたって健康に関するデータを集め、生活習慣や環境などさまざまな要因との関連を調査する研究。
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*2:
岩木健診では、弘前大学の医学部をはじめ、全学部の教員や学生、さらに自治体、住民、企業、研究機関などが運営に協力し、健康研究に関する産学官民連携の一大プラットフォームを形成している(弘前大学COIサイト)。
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*3:
「平成29年版科学技術白書」で紹介されている。
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*4:
2019年3月20日現在、164事業所を認定。
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*5:
弘前大学と弘前市が連携して、地域や職場等における保健活動の担い手を養成する講座を開設。修了者を認定。
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*6:
町会を単位として市の保健師とともに地域の健康づくりに取り組んでもらう人を選任。
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*7:
弘前大学COIに参画している青森県内の企業は限定的だが、職域における健康増進では産業界も協業している。
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*8:
感性COI拠点サイト
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*9:
公益社団法人中国地方総合研究センターは中国地方5県と産業界などによって設立され、主に同地方の産業経済や地域開発に関する情報の収集・提供、調査研究などを実施。2018年に公益財団法人ちゅうごく産業創造センターと統合して公益財団法人中国地域創造研究センターとなった(中国地域創造研究センターのホームページ)。
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*10:
特集記事「ものづくりの進化と感性工学」の長町氏の肩書は「広島大学名誉教授、広島国際大学名誉教授、国際感性デザイン研究所取締役」。
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*11:
一般的に「産学」または「産学官」での申請を条件とする競争的資金プログラムは、公募情報を見てから共同研究をする企業を探してもいいし、産学官のコンソーシアムを組成しても問題ないケースがほとんどだ。しかし、その前から一つのテーマで産学または産学官で研究開発を進めてきたものの方が採択されやすいし、採択されたあとの成果を出しやすい、といわれている。広島大学の感性COI拠点はいわばセオリー通りの展開である。
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*12:
2013~2017年度の文部科学省「大学等における産学連携等実施状況について」のデータから作成。
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