特集広報の上手下手で実績は変わる

近大流最強コミュニケーション戦略 
産学連携 伝わらなければただの自己満足

本誌編集長 山口 泰博

2018年9月15日

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近畿大学は今年、志願者数15万人超えで5年連続日本一を達成した。2位以下の法政大学や明治大学の12万人台を突き放し、圧倒的支持を集める改革力は「コミュニケーション戦略」なくしては語れない。産学連携は、金額や学術的研究成果だけでは伝わりにくいという。注目を集める世耕石弘氏の広報ファーストをひもとく。

こだわりは「伝えたか」ではなく「伝わったか」

近畿大学(以下「近大」)のコミュニケーション戦略は、「ブランディング」「広報」「広告」といった言葉の仕切りを作らずトータルで捉えているという。こだわるのは「伝えたか」でなく「伝わったか」、と至ってシンプルだ。そのため、広告は奇抜な手法を採用することが多い。近大総務部長の世耕石弘氏は「行政の広報は『伝えた』でいいかもしれませんが、人に伝わらわないと意味がありません」と言い切る。

広報活動の基本は、年間500本(2017年度は577本)以上のリリースを作成し、記者クラブを主体に情報を発信する。内容はあくまで広報ファーストであって、広報のためにネタを作っていく。その効果は1,353件(2017年度)という取材件数に表れている。

通常、大学などがリリースする際は、大学や教育関連を担当する窓口や担当記者など1カ所で済ませがちだが、近大はカテゴリーごとに切り分けて複数へリリースする。特に産学連携は連携内容ごとに、商品なら商工系、機械なら機械系記者クラブや担当記者などと細分化させて、取材と掲載・放映率を高めるわけだ。これには結構手間が掛かるのだが、大手マスコミともなれば、それぞれの専門ごとに担当を受け持つので、場合によっては同じリリースでも担当ごとに切り口を変えることができ、さらにメディアへの露出が増える可能性が広がる。

近畿大学総務部長 世耕石弘(せこう いしひろ)氏

いまさらマグロ?

「『確かな未来がここから』とか『明日に向かって』とか書いてありました。『これ何を伝えたいんや?大学名を変えたらどこでも使えるやん。ほんましょうもない』と思いました。いいことをやっていても知ってもらわなければ意味がありません。学校名を隠したら、どこの大学か分からないような横並びの広告ばかりでした。そこで、一目見て近大だと分かる広告を始めました」と世耕氏は当時を振り返る。10年ほど前、近大へ着任したときに広告制作物に書いてあったキャッチコピーのことだ。

2002年に成功した養殖マグロの研究は、学術的にはその時期が頂点で、すでに3~4年が経過し、「マグロを使った広報はもういいでしょう」と否定的ムードがまん延していた。マグロ以外の研究もあるのだからという雰囲気だったという。「しかしそれでは結局何も出せません。マグロは社会背景や成果が伝えやすい研究でもあるのです。マグロのほかマダイ、シマアジ、ブリなどもそうですが、養殖が過小評価されていました」と世耕氏。しかし、ワシントン条約によるクロマグロの漁獲制限というニュースで風向きは変わった。そして「こんなに分かりやすい素材はないですよ」とマグロ推しの広報を復活させた。

漁獲制限が顕在化したこの時期を逃すまいと、2011年1月の新聞広告で「世界がそうくるなら、近大は完全養殖でいく」と大学の姿勢を社会に突き付けた。「研究や教育を伝えようとすると、どうしても上から目線になりがちです。なので、ウナギ味のナマズを『近大発のパチもんでんねん。』と、あえて関西独特の下からの言い回しで広告しました」。自ら「パチもん(B級品)」と言い放つ。「あえてそういう下げ方をして、よく読んだら養殖のナマズ。このままではウナギが絶滅してしまうので養殖ナマズで我慢してくださいと訴えました。近大マグロも『天然』のパチもんみたいな言い方をされていましたが、今では評価されています」。この一回下げてから入っていく手法が大阪らしいという。広告も、単に笑わそうとしているのではなく、プロが見ても納得してもらえそうな出来栄えを追求し、キャッチコピーもかなり手が込んでいる。これらは新聞、テレビ、広告会社などが主催するさまざまなアワードで賞をかっさらい、広告メディア業界を席巻している。

近年の新聞広告

入れ替えなきリーグ戦にもの申す「早慶近」

受験業界で40年以上も前に作られた大学のブランドは、今でも変わることのないイメージとして定着する。「日東駒専(にっとうこません)」の日本大学、東洋大学、駒沢大学、専修大学といった具合に、「MARCH(マーチ)」は明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学の頭文字を並べた言葉だ。

関西でも同様に序列が存在する。国立の京都大学、大阪大学、神戸大学、そして「関関同立(かんかんどうりつ)」(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)、「産近甲龍(さんきんこうりゅう)」(京都産業大学、近畿大学、甲南大学、龍谷大学)だ。世耕氏はそれぞれ順番に1~3部リーグと分け、入れ替えなきリーグ戦が厳然と残っているという。

「ただ語呂がいいというだけで、受験や就職に影響を及ぼしています。近大と関西大が、研究と教育でそんな差がつけられているかというと、誰も説明ができません。近大は理系が半分。医学、農学部、水産研究所のように世の中に役立つ研究成果を出してきたのですが、これらの評価が全く受験に反映されてきません。昭和40年代の偏差値でくくられたままです」と訴える。

そんな現状を打破すべく、2017年1月の新聞広告には「早慶近(そうけいきん)」と大きく掲載した。

世界大学ランキング2016年が発表されとき、日本の私立総合大学でランクインしたのは早稲田大学、慶應義塾、近畿大学の3大学だけだった。この機をうまく活用し、タイミングよく仕掛けたのが「早慶近」だ。さらに同年10月8日には、東大阪キャンパスで「KINDAIサミット」を企画。早稲田の鎌田薫総長と慶應の安西祐一郎元塾長、近畿の塩㟢均学長(当時)が、世界で戦うための教育をテーマに議論を交わした。

「近大と関西大は、総合的には拮抗(きっこう)しています。両方受験した人の51%が結果的に近大に入学してくれればいいのですが、今は数パーセントです。ここで、関関同立という言葉の語呂で作られてきたブランドイメージで負けてしまいます。受験生は、教員の論文を読んで大学を選びません。いい授業(教育)、研究だからという理由でもありません。イメージで選ぶのです」

日本初インターネット出願を開始

世耕氏にとって最も思い出深いのは2013年に開始したインターネット出願だ。一気に切り替えたわけではなく、ネット出願者の受験料は1出願につき3,000円引きなどの対策を講じ、少しずつ啓蒙(けいもう)していった。2012年は従来の紙での出願とネット出願を並行で受け付け、ネット出願者が70%を超えたら完全にネットに移行しようと考えてのことだ。

その準備のため、「近大へは願書請求しないでください。」というキャッチコピーの新聞広告を2012年11月に掲載した。紙の願書セットを、重ねると東京スカイツリー3本分に相当する13万部用意。そのうち3万部は使うことなく廃棄されたという紙の無駄を訴え、ネット出願に切り替えるという訴求の「近大エコ出願」だ。広告を面白くしたことでマスコミ取材が増え、新聞広告自体も取り上げられた。話題が話題を呼び、二の足を踏むほかの大学を尻目に、2013年の受験から紙での出願を完全に停止し、ネット出願のみに切り替えることができた。

「近大へは願書請求しないでください。」新聞広告(2012年11月)

分かりやすくニュースになる前提で選別する産学連携広報

「大学というところは一般的にプライドが高く、当事者である大学自体が情報発信に勝手に制限をかけています。それと、教育と研究という一番の売り物をそのままストレートにPRしても意味がありません。学内のどこかの部署で起きたことをニュースにするのではなく、社会に一番近い広報だからこそ、世間が評価してくれることを提案するのです」と明言する。2013年に近大マグロを中心とする養殖魚専門料理店「近畿大学水産研究所」を大阪の梅田と東京の銀座にオープンさせたときは、マスコミが殺到し大きな反響を呼んだ。

2018年2月に文部科学省から公表された「平成28年度大学等における産学連携等実施状況について」では、近畿大学は「民間企業からの受託研究実施件数」で1位の実績が表すように、近大マグロをはじめ近大マグロのカップラーメン(エースコック)、ぷっちょ近大マンゴー(UHA味覚糖)、スッポンコラーゲン(クロモンコスメテック)など、食や健康など日常生活に刺さりやすく、興味を抱く産学連携が軒を連ねる。

金額が多くても専門性が高い研究はニュースになりにくく世の中に伝わりにくいという経験から、受託研究費が少額でも話題になりやすい産学連携を表に出したことが広報効果を押し上げてきた。さらに、最も伝わりやすいメディアを通じて幾重にも仕掛けることで、産学連携にも強い大学というイメージを作っていった。規模の大小は問わず、ニュースになる前提の、分かりやすい産学連携だけを選別した「広報ファースト」である。そんな施策が奏功し、テレビ東京系列の「ガイアの夜明け」(2016年3月15日放送)では、薬学部、文芸学部、経営学部の学部横断で、近大マグロの生コラーゲンを使ったUHA味覚糖との新商品開発プロジェクトが密着取材を受け、放送された。

「民間からの受託研究が日本で1位という数字が物語るように、実学教育、産学連携に強いと自負しています。本来なら1件当たりが高額な研究を推したいところですが、難しい研究を見せられても分かりにくい。産学連携は地味な研究も山ほどやっているということを分かってもらうために、分かりやすいもの、より面白く、派手でニュースになりやすいネタを作って表に出していくのです」。近大流産学連携広報の真意がここにある。

炎上・外圧にも負けず

数々の成功体験も、順風満帆で積み重ねてきたわけではない。「すれすれのことは山ほどあります」と世耕氏。早慶近と広告を出したときは、「ふざけるな」「100年早い」など、インターネット上で炎上しかけた。最初から最後まで読んでもらえるようにと、雑誌とコラボした大学案内は、「これが大学案内か」「ファッション雑誌か」「そういう手法でないと誰も入らないのか」などと揶揄(やゆ)された。だが、およそ大学らしからぬおしゃれな大学案内までもメディアで取り上げられ、逆境さえも推進力に変えてきた。「先生方からは、マスコミのために研究をしているわけではないと言われるかもしれませんが、研究をないがしろにしているわけではありません。研究や論文を読みたい人は、インターネットでいくらでも読めばいいのです」ときっぱり。

話題作りの入り口で発信するその手法は、突出して変わっていると評される一方、改革力が高い、活気がある、キャンパスがきれい、注目されている、エネルギッシュ、チャレンジ精神がある、親しみやすいなどの声も多く、一定の評価を得ているのも確かなようだ。中でも改革力が求められているこの時代に「改革力が高い」というブランドイメージが達成されたのが何よりうれしいという。

「近畿大学は、初代総長の言葉通り大衆大学を目指せばいいのです。決してエリート教育を目指してはいません。それは国立大学などに任せておいて、自分たちの来てほしい層にアプローチしていかなくてはなりません。忘れてはいけないのは『親しみやすさ』と『お高くとまらず』なのです」さらに「批判も外圧も多いので、やり続けないと先祖返りしてしまいます。決裁上必要な人だけには了解を得ますが、それ以外の意見は聞きません」と続けた。

ニュースリリースを一通り発信しておくことで批判を回避しながら、本当の「推しネタ」は自分の中にあると教えてくれた。産学連携は地味な研究も山ほどやっているということを分かってもらうために、より面白いネタを量産し、派手なネタを表に出していく姿勢は変わらない。