特集2「くさい」は機械なら許せる?

小倉のスーパースター「はなちゃん」がビジネスに貢献する理由

本誌編集長 山口 泰博

2018年2月15日

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足のにおいを嗅ぎ、くさいと気絶する犬型ロボットがかわいいと人気だ。開発したのは北九州工業高等専門学校発ベンチャーの合同会社Next Technology(ネクストテクノロジー)。しかし開発当初は、そのロボットを販売目的で作ったわけではない。手間とお金をかけてまで「売らないロボット」を次々と自主開発するのはなぜか。地方の小さな企業が全国へ踏み出したヒントが隠されていた。

においを嗅いで一躍人気者に

独立行政法人国立高等専門学校機構北九州工業高等専門学校(福岡県北九州市、以下「北九州高専」)の研究室内にオフィスを置くネクストテクノロジー(以下「同社」)の「はなちゃん」が引っ張りだこだ。

写真1
写真1 におい計測ロボット「はなちゃん」

「はなちゃん」は、体長約15cmの犬型のにおい計測ロボット(写真1)。北九州高専生産デザイン工学科機械創造システムコース准教授の滝本隆氏が代表社員を務める同社が開発した。開発の動機は、知人の「子どもから足がくさいと言われショック」という言葉だった。一つ一つ手作りした縫いぐるみに3Dプリンターで制作した骨組みを入れ、通信販売や秋葉原でも買えるモーターやにおい感知センサーなどを組み込んだ簡単なものだ。鼻に付けたにおい感知センサーが、においの強弱に応じて「弱いとすり寄る」、「そこそこだとほえる」、「強いと気絶して倒れる」と、3段階でプログラミングされ、動作する。

北九州市では「ベンチャー企業の創出・育成」を重要な戦略の一つと位置付け、新たな商品・サービスなどの開発・事業化を目指す企業を応援している。この中で同市が支援し、地元西日本新聞社が提供するクラウドファンディングサイト「LINKSTART(リンクスタート)」で資金調達に挑戦し、量産化を成功させた。その記念に、2017年9月7日に北橋健治市長を表敬訪問。「はなちゃん」のデモンストレーションを行うと、市長のにおいを嗅いだ5匹の「はなちゃん」は気絶することもなく、うれしそうに一斉に尻尾を振った。これに地元メディアが食い付き、インターネット上を駆け巡った。足先に近づいてにおいを嗅ぐそぶりの後、くさいと足をばたつかせて気絶し、くさくなければ頭を縦に振って喜ぶ。たったそれだけの単純な動作でも、これがかわいいと評判となり、マスメディアを席巻。同社は一躍全国区の企業へと躍り出た。

主力はメカトロ製品の受託開発

北九州高専での研究成果を世に出していこうと、2012年に資本金30円で設立した同社は創業6年目、昨年100万円に増資した。それまでは北九州高専の卒業生が非常勤で業務をこなしてきたが、17年4月に卒業生3人を専従の従業員として雇用した。

同社はメーカーではなく、メカトロニクス製品の開発が本業で、ドローンなどをカスタマイズし、空撮ツールやオーダーメイドの実験装置、試作機開発などを受託している。これまでにも企業から依頼され、医療教育用実験装置や潮流発電試験装置などオリジナル装置を開発してきた。

その傍ら、次から次へとロボットの自主開発を繰り返す。セグウェイのスケートボード版のようなパーソナルビークル「kinton(キントン)」や、対戦型ロボット、ピノキオ型うそ発見器などユニークなものが多い。「はなちゃん」の前身ともいえる初代におい検知犬ロボット「しゅんたろう」は、「はなちゃん」より一回り大きかった。改良小型化したのが「はなちゃん」である。

また口臭をチェックする口臭測定女子「かおりちゃん」は、その見た目も異彩を放っている(写真2)。スイッチを入れると、「こんにちは、口臭測定女子のかおりです。うー甘酸っぱい…」と軽快な音楽に合わせ、独特なトーンで話し掛けてくる。指示に従って鼻に息を吹き掛けると、仕込まれたにおい感知センサーが反応し、口臭をチェックしてくれる。

写真2 口臭測定女子「かおりちゃん」

「人が言いにくいことをロボットが間接的に教えてくれることで、においに対する考え方を変えるきっかけになれば」と滝本代表。これらは販売目的ではなくあくまでも自主開発で、体験することで会社の開発力を実感してもらい、本業につなぐための試作品であった。当初はまったく体験してもらえなかったが、テレビ番組の露出後には問い合わせが殺到、以後、メディアに引っ張りだことなった。その後、販売してほしいという要望が増え、あまりの反響に17年12月、1台3万5000円~で販売を開始した。会社のノベルティーや、かわいいから娘が欲しがっているなどの理由が多いようだが、開発した同社も「何で売れるのかよく分からない」と首をかしげる。

同社が知れ渡り製品が売れるのはうれしいことだが、「はなちゃん」は一つ一つ手作りのため、骨組み制作用の3Dプリンターを稼働し続けても、せいぜい月間200台しか作れない。そのため、さらにプリンターを増設した。「はなちゃん」の名付け親の辻貴美花氏も主業務以外はほとんど組み立てに時間を取られているそうだ(写真3)。

写真3
写真3 3Dプリンターで作った骨格部品を組み立てる滝本代表(右)と辻さん(左)

楽しいことを形に

滝本代表は、「『はなちゃん』人気は一過性のもの。欲しいという声に応えただけです」と冷静だ。問い合わせや要望への対応に追われながらも、すでに「はなちゃん」の次のアイデアを検討しており、部屋がある一定レベルの臭気を帯びると「はなちゃん」のお尻から自動で消臭剤をまく機能を追加できないか実験中だ。においを「嗅ぐ」から「掃除する」へと進化を狙っている。

このほか、ドローン操縦体験が気軽にできるクレーンゲーム機も試作中だ(写真4)。ドローンは標準的な基準となるライセンスはないが、民間で取り決めている認定制度があり、講習は20万~30万円の費用がかかる。このドローン操縦体験機が実用化すれば、一般の人でも気軽に操縦テクニックを磨けるシミュレーターとして活用可能だ。

写真4
写真4 実験中のドローン操縦体験機

昨年12月3日に東京都江東区の有明コロシアムで開催された「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト2017全国大会(高専ロボコン)」では、北九州高専が「ReVictor(リヴィクター)」で10年ぶり3度目の全国優勝を果たした。学生のチャレンジ、経験の場として北九州高専も乗りに乗っている。

「北九州はロボットのまちといわれていますが、小倉に来てもロボットはほとんどありません。楽しいことを形にして、世に出してみてその反応を見ながら、まちをロボットであふれさせることができると楽しい。学生が起業して巣立っていくコアになれば」と滝本代表は期待を込めて語った。