リポート

ダイキン工業
空調機器世界No.1企業が推し進めるイノベーションとは

本誌編集長 山口 泰博

2018年1月15日

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空調機器の世界ナンバーワン企業でありながら、ダイキン工業はオープンイノベーションへの飽くなき探求心と追及の手を緩めることがない。外部との連携を積極的に推進するのは、さまざまなモノ(物)がインターネットに接続されるIoTとAIを自社の製品やサービスに取り込むためだ。国内の複数の大学と組みつつ、不足する情報科学をわが手にするために破格の連携をする。視線の先は、さらに海外へと向いていた。

研究開発とイノベーションの中枢 テクノロジー・イノベーションセンター

事業のグローバル展開を進めているダイキン工業株式会社(以下「同社」)は、国際競争に勝ち残っていくために、自前主義にとらわれることなく、大学や他社などが持つ技術やアイデアを組み合わせ、革新的な製品やサービスに結び付けるオープンイノベーションが重要だと考えている。その中核拠点として、2015年にテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)をオープンさせた。それまで、滋賀県草津市、大阪府堺市、同摂津市の各事業所に機械系、電気系、化学材料系と分散していた研究開発部門を1カ所に集約した。約610人の技術者と、約90人の戦略立案や産学連携推進を担う人材も含めた企画・管理系の人材あわせておよそ700人の従業員から構成され、技術開発のコア拠点としてだけでなく、海外のR&Dセンター8カ所の商品・技術開発のコントロールタワーとしての役割も備えた。

TIC 開設からおよそ2年で、延べ5万3000人の外部からの研究者や見学者が訪れ、講演会や技術交流会なども頻繁に開催している。著名な研究者が同社フェローとして執務・滞在するためのフェロー室、社外技術者との共同研究のための実験室なども完備したほか、自社開発した潜熱顕熱分離空調、水熱源VRV、太陽光発電追尾架台やフリークーリング、熱幹線、太陽光集熱・採光、自然換気、クールピットなど熱や自然エネルギーを有効活用する最新技術を集めて通常のオフィスと比較して消費エネルギーを70%削減する注目のオープンイノベーション拠点だ。

近隣の大学や研究機関との連携

これまでも、大学などと個別の共同研究は実施してきた。例えば長岡技術科学大学とはPFC 回路と電解コンデンサーを不要にできる「電源高調波規制適合ローコストインバータ」の共同研究を行い、その成果を活用して、新興国向けルームエアコンのコア技術として世界で初めて実用化した。全世界への省エネインバータエアコンの普及拡大に大きく貢献する技術として第15回産学官連携功労者表彰(経済産業省)で文部科学大臣賞を受賞した。

従来の個別研究者との共同研究に加え、この6年ほど前からは、近隣の大学を中心に組織対組織での包括連携や、課題解決型ではない課題設定型の連携を積極的に進めてきた。

奈良先端科学技術大学院大学との課題設定型包括提携では、2012 年から「未来共同研究室」を学内に設置。五つの未来社会課題(健康維持、生活環境、エネルギー、高齢化、デジタル化)について議論しながら、研究テーマの設定を進めてきた。生活環境分野においては、例えばフジツボが全く付かない船底塗料、といったような全く新しいフッ素機能材料の開発を目指したクリーンイノベーションに取り組んでいる。

京都大学とは、13 年に組織対応型包括連携協定を締結。文理融合による新しい価値創造をテーマに、10~20年先を見据えた骨太の価値の創出を目指している。心理学・社会学・哲学などの先生・学生とダイキン社員とで自由に発想を膨らませる「100人ワールドカフェ」(写真1)などの取り組みを行い、そこから抽出したキーワードをもとに空気空間に関する新たな価値コンセプトを創出する活動を進めている。

写真1
写真1 京都大学「100人ワールドカフェ」の様子

大阪大学には56 億円拠出

大阪大学とは、共同研究・委受託研究、先導研究プログラム、学生研究員プログラム、AI人材養成プログラムの四つのプログラムからなる情報科学分野における包括提携活動をスタートさせた。空調、フッ素化学メーカーの同社が抱えている従業員の大半は機械、電気、化学系の技術者だ。情報科学技術の発展・普及で産業構造が転換していくといわれる中で、AIやIoT技術の獲得は急務だった。通常の包括提携の場合はテーマ数に応じて一つの大学で年間2,000万~5,000万円ほどの規模となるが、同大学との連携では、10年間で56億円規模の投資を計画。教員の労務費も一部を負担する。突出する投資額から、その並々ならぬ危機感と期待のほどが伺える(写真2)。

写真2
写真2 (左から)ダイキン工業 十河政則代表取締役社長兼CEO、大阪大学 西尾章治郎総長

共同研究に加え、AI人材養成プログラムではAI活用を推進する中核的な人材を育成する社内講座「ダイキン情報技術大学」を開講し、大阪大学の教員が社内の幅広い部門から選抜された受講者を対象に、AIを用いた技術開発や事業開発を担える人材の育成を図る。学生研究プログラムではインターンシップも予定しており、優秀な学生獲得にも余念がない。

「先導研究プログラムは、われわれが発想できないユニークな成果を期待する長期基礎研究です。研究成果の優先開示を受けるファーストルックはしますが、研究内容には口出ししません。一方、共同・委受託研究では、産学一体となった成果創出を目指します」と同社TIC副センター長の河原克己氏はきっぱり。

そのほか、同志社大学とはパワーエレクトロニクス分野で同社の研究員が教員として学生の研究を指導することを通じて、研究開発の推進と人材育成を推進している。国立研究開発法人理化学研究所には、世界トップレベルのライフサイエンス分野の基礎研究力を期待する。「単に暖める・冷やす機械ではなく、空調の新たな姿としてもっと人を健康にする機械を目指すとき、人体生理の研究が必要となります」と河原氏。疲労の低減や回復ができるような温度・湿度管理がエアコンの付加価値となる日も近いようだ。研究開発での課題意識は、空調事業で世界1位、フッ素化学事業で2位のポジションにつけ絶好調にもかかわらず、どちらもコモディティー化が進展しており、次の新しいイノベーションの種が必要、ということだ。イノベーションを加速し、事業領域を拡大していくためには、自前主義を前提とした社内リソースの活用では不十分であり、大学など外部・異分野・異業種の力を借りた今までにない新たな取り組みに迫られている。

ダイキンTIC副センター長
河原克己氏

積極的なトップ会談

一連の連携の影には、同社取締役会長兼グローバルグループ代表執行役員の井上礼之氏と相手先トップとの会談が大きく影響している。例えば、大阪大学総長の西尾章治郎氏とのトップ会談では、西尾総長が情報系専門ということで話が弾んだようだ。京都大学の場合も、当時総長だった松本紘氏(現理研理事長)との会談からだ。しかし単に会談だけで連携が始まるわけではない。根底には産学連携に対する井上会長の深い理解と、相手先トップとの信頼関係があってこそといえる。「かつては要素技術の獲得に終始していました。単なる委託研究で欲しい技術をどこかに作ってもらうだけでは、大きな期待はできません。一緒に取り組むからこそ大きなイノベーションテーマ設定ができ、自社だけでは思い付かないことを成功させてこそオープンイノベーションなのです」と河原氏は話す。

産学がグローバル化する中、世界中から技術者とアイデアが集まる拠点とするため、中国の清華大学とも研究を進めつつ、米国では50~100人規模のイノベーションセンターを構築中だ。

河原氏は「過去、空調技術は国内で一番を取っておけば世界でも通用しました。日本の省エネ技術はトップクラスで、必要な電気や機械などの技術は国内にありました。小型化し壊れにくく省エネといった従来の延長でなく、今は新たなサービスや付加価値が求められています。そこに必要なのはAIなどの情報科学、ナノテク、ライフサイエンスであって、それらの技術は必ずしも日本だけがリードしているわけではありません。エアコンは、温度設定だけは自動運転で、28度に設定すればひたすら28度になるよう調整しながら運転しています。そうではなく、これからは、10人がその部屋にいたら10人ばらばらの体温や健康状態をセンシングし、個々人の好きな温度や健康状態に対応した空調環境を作り出したいのです」。さらに続けて、「会議室なら脳の覚醒度を上げてアイデアが出やすくするとか、働きやすい職場環境を作るとか、寝室だったらもっと深く眠れるように、ダイニングならおいしく食事ができるようになど、そんな付加価値はこれからまだまだ追及していけるということです」と説明する。

温度、湿度、照明、空気成分(酸素やCO2濃度)など、TPO に応じ一人一人に対応し最適化するエアコン…「エアコン」を超えて空間全体をコントロールするのが未来像のようだ。

課題は何か

最後に、産学連携を組織的に実施していくための課題とその方策をお聞きした。

― 大学組織と組織的に組むときの課題はありますか。

河原 大規模な総合大学では「横串」とか異分野の先生との共同活動は難しいこともあります。大学の方針はあるものの、基本的に産学連携において、研究者は自身の研究に求められているものがどれだけ重なっているかが重要ですので、一個人、一研究者にとっては自身の領域でインパクトある論文が書けるかどうかが大事なのでしょう。ある目的に向かって皆で意見交換し活動するのは、総論賛成各論反対になりがちです。率直で柔軟な先生なら大型連携もうまくいくでしょう。そうでないと頓挫することもあります。

― どう対処するのでしょうか。

河原 つまりは信頼関係。自分たちの言い分だけを伝えるのではなく、先生のやりたいこと・求めていること、大学が求めていることなどをしっかり聞き取って、両者のやりたいことを一致させる必要があり、私たちはそう努力しています。

― 企業側からの希望などはありますか。

河原 (大学の)産学連携本部が学内でどの程度の権限やリーダーシップを持てるのかによりますし、大学からすれば必ずしも必要ではないかもしれませんが、企業の目的志向でいえば異分野融合は必要です。例えば健康目的の空調を実現しようと考えたとき、大阪大学はAI、理研はライフサイエンス、京都大学は建築などといったように、それぞれの枠を超えた連携ができればものすごく良いものができると思いますが、実際は、企業と大学1 対1 の、個別の共同研究にならざるを得えません。しかし研究テーマだけで切り分けていては、シナジーは起こりにくいと思うのです。学内の異分野だけでも難しいのに、さらに学外の別組織までとなると、なお一層交わりにくい。アカデミアは研究志向なのでそこは仕方ないとは思いますが、分野や組織を超えたコラボレーションができればもっと良いと感じます。

― ありがとうございました。