特集大学発ベンチャー表彰2017

日本の大学発ベンチャーの現状と課題

早稲田大学 名誉教授/日本ベンチャー学会 理事 松田 修一

写真:早稲田大学 名誉教授/日本ベンチャー学会 理事 松田 修一

2017年10月15日

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1980年代後半の平成のバブル景気に酔っていた夢が1990年に一瞬ではじけ、バブルの整理による経済低迷に加えて、少子高齢化による「ハイコスト国家」が明確化した。「課題先進国」である日本が、ハイコスト国家を乗り越え、経済的活力と若者の挑戦する意欲を引き出す「てこ」として、研究・教育の中核を担う大学に研究と教育の成果の社会実装まで関与し大学の自律を求めた流れの中に、大学発ベンチャー企業の輩出があると考えられる。

ここでは、「科学技術立国日本」を確立するための、日本の技術ベンチャー企業振興の流れを俯瞰的に把握し、「大学発ベンチャー企業1000社計画」の背景と現状、大学発ベンチャー輩出のエコシステムの確立、大学発ベンチャー簇業(そうぎょう)への課題について検討する。

日本の技術ベンチャー企業振興の流れ

1995年、わが国の科学技術政策の基本的な枠組みを与える科学技術基本法が施行されて以降、技術ベンチャー支援の動きが活発になった。

ベンチャーを含む中小企業行政は、常に全体の底上げを念頭に置いていた。出る杭をもっと伸ばすための時限立法が、96年の「中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法」である。「死の谷」が深く、長期赤字を余儀なくされる技術ベンチャー企業の赤字繰り越しが5年から10年に延長され、技術ベンチャーへの証券市場からの資金調達を可能にするマザーズなどの開設の先駆け的な動きだった。

また、大学機能は研究と教育が本務だが、教員の研究成果を権利化し外部との共同研究を加速するため、98年に承認TLO制度、99年には日本版バイ・ドール制度が相次いで制度化された。

「大学発ベンチャー企業1000社計画」の背景と現状

科学技術振興政策の延長線上には、大学の研究成果を自ら事業化し、大学財政の自律化を促したのが2001年時点の閣議決定で打ち出された「大学発ベンチャー1000社計画」である。この時点で日米の比較をすると、表1の通りである。

表1 日米の大学発ベンチャー、TLO、技術移転件数の比較
表1

インターネットが普及し始めたことも相まって、大学発ベンチャーは毎年150~250社ペースで増加し、3年後には目標の1,000社を超えたが、08年のリーマンショック後の株式市場低迷もあり、増加数は50社前後と低迷した。IPO(新規上場)をした大学発ベンチャーは20社を超えたが、日本経済のイノベーションをけん引するような大学発ベンチャーを輩出することはできなかった。

15年の経済産業省の調査において存在が確認された大学発ベンチャーは1,773社で、設立年月日別推移は図1の通りである。清算や閉鎖した企業もあるので、設立総数は2,000社を超えているものの、存続累計数は08年の1,807社をピークに減少傾向だったが、15年はやや持ち直している。

図1
図1 出典:経済産業省「平成27年度大学発ベンチャー調査」(2016)

大学発ベンチャーの収益改善調査で注目すべきは、単年黒字(累積赤字と累積赤字解消含む)が、55.6%に増加しているということだ。有効回答数が33.9%なので、66.1%の無回答が気になるが、単年度黒字の損益分岐点を超えている会社数の割合が高くなっているのは確かである(表2)。

表2 大学発ベンチャーの収益改善状況の推移
表2

大学発ベンチャーは研究成果の事業化がほとんどのため、「B to B」ビジネスが通常である。00年初頭の大学発ベンチャーの設立件数を競った当初から、大学の産学連携組織が整備され、ベンチャーキャピタルをはじめ民間の大学向け橋渡し支援が徐々に充実し、官民のギャップファンドを活用し企業との資本や技術連携が可能となった時点で設立するなど、「死の谷」を乗り越えるすべをベンチャー企業とその支援関係者が学んできたことが、収益改善要因に影響している。

なお、帝国データバンクは17年4月、大学発ベンチャーの858社の調査の結果を次のように要約している。業種別に見ると、最多が「サービス業」(411社)で、IT・バイオ関連業種が多く目立ち、社長年齢別では「60歳代」が、従業員数別では「5人以下」が最多で、都道府県別では「東京都」(236 社)が最多、大学別では約1割が東京大学である。

大学発ベンチャー輩出のエコシステムに向けて

2001年以降、日本経済のイノベーションをけん引するような大学発ベンチャーが輩出しておらず、大学研究者が事業経営者に適していないことが明確になった。最近の大きな変化は、大学研究室のシーズを市場・顧客視点で事業化したいという修士や博士課程の学生が増え、国内外でビジネス感覚を磨いたプロ経営者が研究成果を社会実装したいという研究者との出会いの場も提供されるようになった。

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)や国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの公的機関が、投下した研究成果の事業化を促進するエコシステムの後押しを始めた。研究のための研究者への支援から、研究成果を社会実装するための専門家(プロモーターやカタライザー)の支援を受けて、研究成果の社会実装と設立間もないベンチャー企業の成長支援を加速するために、公的資金を有効活用し、大学発ベンチャーの成功確率を高めることを指向している。

また13年には、研究成果の事業化により設立された大学発ベンチャーへ投資するため、東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学に対して1,000億円の傾斜配分予算措置が取られた。14年には、設立したベンチャー経営者不足を解消するため、グローバルアントレプレナー育成促進事業(EDGE)が13大学で運営され、挑戦しようとする方々のロールモデルになるよう、大学等の研究成果を基盤にした大学等ベンチャー企業の顕彰制度も始まった。

大学発ベンチャー企業簇業(そうぎょう)への課題

技術・人材・市場・資金をシームレスに統合したエコシステムは、研究成果の社会実装というベンチャー企業の輩出を起点に充実しつつあるが、財政豊かな世界のトップ大学と肩を並べ、世界経済のダイナミズムに追い付くためには、大学およびその周辺から草木が生い茂るような大学発ベンチャー企業の簇業が不可欠である。そのためには、次のような五つの課題を解決する必要がある。

1.大学研究室の人材ポートフォリオを

研究室の学生は、論文作成や研究補助の修士・博士課程の学生が多く、アカデミック指向に偏重していた。研究成果を社会実装したいという技術を活用し、高収益モデルを構想する技術経営(MOT)指向の学生を研究室から輩出する発想が不可欠である。

2.大学知財取得の戦略性

大学は研究成果のシーズ集を発行したが、ほとんど効果がなかった。大学取得知財の活用自由度、周辺特許も含めた集積、特許協力条約(PCT)出願、非特許ノウハウなど活用視点に立った知財戦略が必要である。

3.大学の自主運営可能な自主財源を

リサーチ大学から研究成果を生かす「アントレプレナー大学」に脱皮し、財政基盤を確立するには、「産連本部」に事業企画のプロが必要で、事業支援能力と技術ベンチャーへの出資力が不可欠である。ことし3月に総理大臣官邸で行われた「第6回未来投資会議」で、大学発ベンチャーの株式を一定期間保有する制度改革方針を決め、大学財政の自主運営を正面から認め始めた。

4.大学アルムナイの充実

大学発展のエコシステムの中核は、出身関係アルムナイ(OB&OG)組織である。ベンチャー簇業の支援最適ネットワーク組織を組成し、基礎研究への先行投資資金の基金づくりのインフラを充実する必要がある。

5.地域と連携した大学運営

地域に生かされてこそ、若者集団大学の地域における存在価値がある。卒業後は地域から出ていくことを嘆く声が多いが、未来志向で活動を始めた首長を擁する地域企業と大学の実践的活動の場づくりの組織と最適な人材の配置が、大学発ベンチャーの第一歩であり、大学と地域の眠れる経営資源を動かすことが地方創生につながる。

「少子超高齢実験国」である日本を活力ある国に再興するには、大学の研究成果を社会実装した大学発ベンチャーを簇業させ、財政の自律化を確立した大学が日本のイノベーションエンジンになる。