シリーズ知的財産を活用する

第7回 大学の技術移転業務 〜九州大学を例に〜

九州大学 学術研究・産学官連携本部 准教授/弁理士 坪内 寛

写真:九州大学 学術研究・産学官連携本部 准教授/弁理士 坪内 寛

2016年5月15日

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はじめに

筆者は、国立大学法人化直後の2004年5月に九州大学(以下「九大」)の知的財産本部(現 学術研究・産学官連携本部)に着任し、以後継続して知財の管理・活用業務に従事してきた。本稿では、産学連携従事者の活動の一助とすべく、九大における知財の管理・活用業務とその課題を紹介する。

技術移転業務の実施体制

九大における知財の管理・活用業務は、学術研究・産学官連携本部(以下「学産本部」)の知的財産グループ(以下「知財G」)が担当している。知財Gの主な業務は、①発明の発掘、評価、権利化、および権利の棚卸し(以下「権利化業務」)、②民間企業へのライセンス等を通じて大学発技術の社会での活用を図る活動(以下「技術移転業務」)、③知財管理と知財関連の契約管理(以下「管理業務」)、などである。

知財担当のコーディネーターは権利化業務のみを担当し、技術移転業務の全てを外部のTLO(技術移転機関)に委託している大学も多いようであるが、九大では権利化業務と技術移転業務の両方を知財Gが担い、担当する発明の権利化から技術移転までを一人のコーディネーターが一気通貫で行う。

一人のコーディネーターが権利化業務のみならず技術移転業務も担当することは、両方の業務を適切に進める上でメリットが大きいと考えている。例えば、技術移転業務においてライセンシー候補企業が対象特許の有用性に否定的な見解を示したとしても、その見解は棚卸しなどの権利化業務において貴重な参考情報とすることができる。

また、学産本部では契約と知財の情報を一元的に管理・閲覧できる独自のデータベース*1(以下「独自DB」)を有しており、研究者の周辺情報(受託研究や共同研究の申請予定、ベンチャー企業設立の意向など)も集まりやすい環境にあるため、知財Gのコーディネーターは上記の情報を基に知財の活用見込みを多角的・総合的に検討し、技術移転業務をより柔軟に進めることができる。

一方で、権利化業務と技術移転業務を一気通貫で担当することは、コーディネーターにとって容易なことではない。権利化業務では特許法をはじめとする法的知識や発明を把握するための技術的理解力等が必要であるし、技術移転業務ではマーケティングの能力や契約条件を合意に導く交渉力等が必要である。また、権利化業務においては発明者や代理人と円滑かつ正確な意思疎通が必要であり、技術移転業務においてはライセンシー候補企業の担当者と十分な相互理解が必要である。コーディネーターにとってコミュニケーション能力は必須といえる。

各コーディネーターは、これらの能力をバランス良く身に着ける努力をしつつ日々の業務に取り組んでいるが、特許保有件数が累積的に増加するにつれて慢性的な業務過多となり、特許庁への手続き期限がある権利化業務を優先せざるを得ないため、技術移転業務に注力できないという状況が続いていた。

そこで、2011年度から技術移転業務の一部を関西ティー・エル・オー株式会社(以下「関西TLO」)に委託し、技術移転業務を強化した。関西TLOからは2名のライセンス・アソシエイトが九大に常駐し、精力的に技術移転業務に取り組んでいる。株式会社産学連携機構九州(以下「九大TLO」)は同社の会員企業に対して九大の特許情報を提供することで技術移転業務の一部を担っている。従って、2016年3月現在では3機関(知財G・関西TLO・九大TLO)が九大の技術移転業務に取り組んでいる(図1)。

図1 九大における技術移転業務の実施体制

技術移転業務の内容

研究・教育機関である大学においては、自らの事業を保護するための防衛的な特許権を保有する必要性は高くない。権利化に要する費用を賄う財源にも限りがあるため、保有する知財の継続的な棚卸しを実施して支出を抑制することが望ましい。権利化業務と技術移転業務は不可分な関係にあると捉えれば、技術移転業務においてライセンシー候補企業等から得られた情報は、権利化業務を適切に行う上での有用な判断材料となる。

九大では、権利化のための財源を活用の見込みが高い知財に重点的に充てる努力をしている。特許権の設定登録を待たずに技術移転業務を開始するので、手続き(審査請求、PCT出願の国内移行など)の要否判断の際に技術移転業務で得られた情報を活用しつつ棚卸しを実施できる。

技術移転業務においては、ライセンシー候補企業を選定して直接コンタクトし、ライセンス対象発明の当該企業における事業化可能性について意見交換する。ライセンシー候補企業は技術導入に否定的な反応を示すことが多いが、当該企業と大学が事業化に向けた課題を共有して議論を重ねることで、肯定的な反応に変化することもある。

否定的な反応であっても、外国出願の要否、審査請求手続きの要否などを判断する際に、より妥当な結論を導くための重要な情報として活用することができる。否定的でなかったとしても、ライセンシー候補企業が直ちにライセンス契約を希望することは少なく、まずはオプション契約を締結することが多い。オプション契約を締結することで、当該企業はライセンスを受けるかどうかを一定期間検討することができ、オプション権を行使することでライセンスを受けて技術導入を進めることができる。

オプション契約をする際には、オプション期間を必要以上に長くしないように留意している。外国出願や審査請求手続きの期限日は特許出願した時点で確定しているため、これらの期限日より前にオプション権行使の意思確認ができるようにオプション期間を設定するように努めている。

権利化業務と技術移転業務を不可分なものとするためには、管理業務は重要である。単に審査請求手続き期限等の知財管理を行うだけでなく、オプション権の行使期限等の契約管理も適切に行う必要がある。九大では、独自DBを利用して定期的にコーディネーターをフォローする仕組みを構築し、権利化業務と技術移転業務を有機的に関連づけて進めている。

技術移転業務の実績

関西TLOとの提携を開始した2011年以降、関西TLOとの良好な提携関係のもと、技術移転業務と権利化業務の改善を図ってきた。改善活動を継続した結果、2011年度と2014年度を比較すると、

  • 年度ごとの知財関連支出額*2は3割削減(8,000万円→5,500万円)(図2
  • 年度ごとのライセンス収入額*3は5割増加(3,300万円→5,100万円)(図3

となり、成果が出つつある。

また、情報共有を日々重ねることにより、関西TLOの技術移転ノウハウが知財Gに導入されたため、知財G自身の技術移転業務の活性化につながった。関西TLOと提携を開始する直前(2010年度)と2014年度の実績を比較すると、知財Gの技術移転活動により得られた収入は約3倍に増加した(800万円→2,600万円)。技術移転業務の一部を関西TLOに委託したことの副次的効果といえる。

図2
図2 知財関連支出額の推移
(2015年度実績は2016年3月中旬時点での集計値)
図3
図3 ライセンス収入額の推移
(2015年度実績は2016年3月中旬時点での集計値)

今後の課題

保有特許の棚卸しと支出の抑制については成果が出つつある一方で、ここ2〜3年は発明届けの提出件数が減少傾向にある。件数を増やすこと自体に意味はないが、本来適切に保護されるべき有用な職務発明が大学に開示されていないのであれば対策を講じる必要がある。

年間300件前後提出される発明届けのうち、大半(約7割)が他機関との共同発明である点も課題と認識している。共有特許については、共有者との利害が相違することもあり、技術移転に結び付かないケースが多いからである。現に、九大での技術移転契約の件数*4のうち約84%(収入金額に換算すると約91%)が単独保有特許に基づくものであり、他機関との共有特許は技術移転につながりづらい傾向にある。近年、九大でもベンチャー企業へのライセンス事例が増えつつあるが、今後も大学発ベンチャーの起業と発展をサポートしていくためには、単独保有特許の比率を引き上げる対策が必要である**1

実用化に長期間を要する特定の技術分野においては、具体的な技術移転先が見つかりづらい傾向にある。権利化業務においては年度ごとの収支を念頭に置かざるを得ないため、支出抑制の観点から権利化を見送るケースも多いが、過度に権利化を断念することは避けなければならない。このような特定の技術分野における権利化業務は、大学全体の問題として長期的観点から財源確保の策を講じる必要がある。

知財の管理・活用業務の実績を、知財の権利化に要した支出とライセンス収入の比較のみで評価されることがあるが、個人的には少々短絡的だと感じている。ライセンス収入は技術移転業務の実績の一つではあるが全てではない。大学が保有する知財を基に新たな共同研究が始まることもある。ライセンス収入が得られたか否かという単一の視点ではなく、共同研究等の外部資金獲得にどれだけ寄与したかなどの多様な評価軸で知財の管理・活用業務を評価することも必要である。

*1:
契約と知財の情報を一元的に管理する独自仕様のデータベースであり、主として以下の機能を有する。
①研究契約情報(受託研究契約と共同研究契約)の管理と契約書の閲覧
②知財関連契約情報(オプション契約、ライセンス契約等の情報。これらの契約の履行期限、収入情報等を含む)の管理と契約書の閲覧
③知財情報(発明開示・出願・公開・登録の情報、支出情報、中間処理期限、年金納付期限等)の管理
④その他、①②③の管理情報に付随する情報の管理
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*2:
「知財関連支出額=①-②」として算出した。
①知財の出願維持費として特許事務所等に支払った額
②知財の出願維持費のうち外国出願支援対象としてJSTから支援を受けた額
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*3:
知財の実施許諾契約、オプション契約等に基づく収入であり、研究成果有体物の譲渡収入は含まない。
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*4:
2004年度以降に締結した知財の実施許諾契約とオプション契約の総件数。
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参考文献

**1:
オープン&クローズ戦略時代の大学知財マネジメント検討会.大学の成長とイノベーション創出に資する大学の知的財産マネジメントの在り方について.文部科学省,2016,p.5-9.
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/03/18/1368175_02.pdf,(accessed2016-04-06).
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