未来の共創に向けた社会との対話・協働の深化

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科学コミュニケーションについて知りたい

インタビューシリーズ「科学と社会の関係深化のために」

Vol.02
科学と社会の関係深化のために
心の知能を働かせるコミュニケーション

佐藤静代
認定NPO法人ICA文化事業協会(ICAジャパン) 代表

ICAジャパンの代表を務める佐藤静代さんは、1970年より、途上国におけるコミュニティの開発、特に、女性や子供の教育、栄養や収入の向上、保健衛生、農業などの事業に取り組み、支援活動を続けてきた。経済格差や自然災害などで極度に苦しむ人びとと向き合う中で、科学と社会の間にある課題をどう捉えてきたのだろうか。


ケニアのキワンジャ村(Kiwanjya)の住宅の前で植林価値を説明する佐藤静代さん。2015年9月18日
ケニアのキワンジャ村(Kiwanjya)の住宅の前で植林価値を説明する佐藤静代さん。2015年9月18日

科学はこのまま進んでいいのか?

 科学と宗教が分かれたのはいつの頃だったのでしょうか。科学革命※1と呼ばれた時代がありましたがその頃だったでしょうか。そうした時代と今の時代の科学を比較すると、現代の科学技術はさらに違う次元にあると感じます。ナノテクノロジーやデザイナーベイビーにつながる遺伝子工学などが進み、人の目に見えないスケールの研究※2が行われています。その一方で、科学だけではどうしても説明できない問題も出てきています。

※1 科学革命/ここでは、17世紀科学革命を示す。コペルニクスやニュートンらが築いた近代科学は、キリスト教的世界観から自然科学を基盤とする世界観へと大きな転換をもたらし、両者の違いを明確にした。

※2 人の目に見えないスケールの研究/直径2ナノメートル(100万分の2ミリメートル)のDNAや、0.1ナノメートル単位の化学結合など、生物や物性に関する幅広い分野で、もはや人間の肉眼だけでは捉えることのできない小さなスケールでの科学技術研究が進められている。

 私には、科学がこのまま進んでいってよいのか?という疑問があります。例えば、生命の尊厳について。老人は薬や注射を投与され、昔だったら亡くなっているはずの命が医療の力で生かされているケースがあります。そこにもしも死にたくても死ねない状況があるとしたら、私は科学の行きすぎではないかと思うのです。患者さんに自由意志※3があり、本人も家族も同意できるという条件で治療がなされているのであれば良いのですが、実際は何かが欠けたままで治療だけが先行されているのではないかと疑問を感じています。

※3 自由意志/外的要因に左右されず、自らが理性的にコントロールする意志や判断。

佐藤 静代 さん
佐藤 静代 さん

 原子力発電所の事故についても、「科学技術は、もしかしたら失敗するかもしれないものである」という前提に立っていれば、処理の仕方がもう少し違ったのではないでしょうか。原子力発電所が爆発するかもしれないと分かっていたのに、そのことを誰も言えない環境がありました。いろいろな分野の人びとの視点を受け入れる態勢がもしもつくられていたのなら、避難方法も違っていたのではないかと思うのです。ですから、コミュニケーションの方法を変えていかなければいけません。

 私たちが支援活動をしている中で、今、途上国を一番困らせていると感じるのが「種の問題※4」です。昔はどこにでも種があり、自分たちでも種をつくっていました。しかし先進国の大手企業がビジネスモデルをつくり、遺伝子組み換えした種と肥料を押しつけた結果、土壌が疲弊し、もう現地の人は種をつくることができなくなりました。遺伝子組み換えした種と肥料は、最初は「緑の革命」と言われ、収穫量も3倍ぐらいに伸び、人口分の食糧をまかなえるまでになったのですが、結果的には土壌が汚染され、もはや途上国がいくらあえいでも、種も肥料も買えない状況になってしまったのです。近年、ようやく有機的な栽培方法が見直され、現地の人びとの間でも今後の方法を考え直そうとする力が生まれました。それは素晴らしいことですが、疲弊した土壌を回復するのには2〜3年、いや10年かかるかもしれないのです。

※4 種の問題/遺伝子組み換え作物の開発競争などを通じて農薬・種子産業の寡占化が進展し、一握りの多国籍農薬企業が農業に関するバイオ産業を支配しつつあるとして社会問題になっている。2015年5月にはある企業に対し世界48カ国の400都市で一斉デモが行われ話題になった。遺伝子組み換え作物からできた種の普及拡大は、もともと各地域特有の自然から採れた種の喪失や、土壌の疲弊、さらには、RNAに干渉する農薬の開発による生態系への影響など、多様な懸念事項をもたらしている。

モノではなく精神に価値を置く時代に

 今のような状況をもたらした原因の一つに、高度経済成長があります。高度経済成長期に価値観がガラッと変わり、人はモノに価値を置きはじめました。お金や土地、モノ、学歴、名誉といった目に見えるものに対してです。科学もそれらと結びついてしまったと感じます。昔は、目に見えない「心」に価値を置き、一生懸命にやって自分の財産が貯まったら世のために尽くそうという価値観があったのですが、今はもうそこには価値が置かれません。物質文明になってしまったのです。しかし、今後は変わっていくのではないか、と私は思います。物質だけでは良い人生は送れないし、「心・精神・魂」とのつながりがない限り、人間は不安になるからです。

 私たちの脳の中には「感じる知性」と「考える知性」が存在し、何かが正しいと「心で」感じるときの方が、「頭で」そう考えるときより確信が強いと言われています。遠い原始の時代には、本能によって即座に行動しなければ、獣などから身を守ることができませんでした。立ち止まって考えている間に命がなくなるからです。しかし知識時代になると、論理的思考がより重要になって、直感や感情は抑えられてきました。ですが、危機を回避するには、本能的な行動が今も必要です。

 IQ(Intelligence Quotient:知能指数)に対してEQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数※5)という言葉があるのをご存知でしょうか。IQの成長は20歳ぐらいまでで止まるけれど、EQはそれ以降もどんどん伸びていくそうです。人間が社会で活躍し幸せに生きていく上で、IQが役に立つ場所はたかだか2割。あとはEQで決まるとも言われますし、優れたリーダーもEQが高いと言われています。これからはEQを育てる科学が必要になるのでしょう。

※5 EQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数/自己や他者の感情を知覚し、また自分の感情をコントロールする知能を指す「心の知能」を測定する指標。

IQ とEQ の違いを説明する佐藤さん
IQ とEQ の違いを説明する佐藤さん

 私は、人間というのは、0〜20歳までが「学びの時代」、20〜40歳までが「経験の時代」、40〜60歳は自分の方向性が決まって「リーダーになる資格がある時代」、そして70歳からは、「精神的にも安定し、若者の育成ができる時代」になると考えています。ですが日本では、一番肝心な65〜70歳は、定年で社会から締め出されていきます。良くないですね。70歳以上を、人材の育成や後世に何かを残せる仕事に生かすべきです。

コミュニケーションができた上で科学と社会を語り合う

 今の時代は、コミュニケーションをとるということにもっと注意すべきではないでしょうか。コミュニケーションとは何かと問われれば、私の定義は、 根底にあるのが「人を愛する心 」だと思います。好きだからコミュニケーションする、愛しているからコミュニケーションができるのです。またコミュニケーションをする場合「どっちが良いか悪いか」 とか、「誰が偉い偉くない」などの二言論的な対話より、「あれもこれもそれも良い」「全ての存在に価値がある」「全てのできごとに何かの目的がある」「皆が違う役割を持っている」という姿勢で、お互いを認め、尊敬し合うことが大事であると思います。

 つまり、科学における"コミュニケーション"のあり方をきちんと押さえておいた方が良いでしょう。まず、人を愛しているからコミュニケーションする。その上で、(テーマとして)科学を語り合うのです。コミュニケーションの中には、アイディアと対話そして行動も入るべきだと思います。科学コミュニケーションでは、自分の考えていることを言葉に出して伝え、それを行動に移すことで物事を完成させ、その過程で人々を参画させる。そうすると科学を超えた何かをも人びとに与えるでしょう。

 科学技術研究が推進されていますが※6、まだまだ「人に与えよう」という気持ちが追いついていないのではないでしょうか。本当に何かを持っている人は、与えることができます。しかし与えるには、「社会が何を必要としているのかに耳を傾け、自分は何を与えることができるのか」を明らかにしなければなりません。そして与えられた側も感謝の気持ちで、いつかは与える側になるという循環が大事です。科学コミュニケーションに携わるみなさんのやるべき大事なことは、「社会が必要としていることを話し合い、与えることのできる人たち」を輩出する場作りではないでしょうか。

佐藤さんの手前にいるのはICAジャパンのスタッフ
佐藤さんの手前にいるのはICAジャパンのスタッフ

※6 科学技術研究が推進されている/総務省は2015年12月、2014年度の科学技術研究費が18 兆 9713 億円(対前年度比4.6%増)で、2年連続で増加し、過去最高であるとの調査結果をまとめた。企業の研究費が全体の71.6%を占めている。また研究者数(86万6900人)や研究者1人当たりの研究費(2,188万円)も過去最多であるとした。
参考:総務省統計局「平成27年科学技術研究調査結果」平成 27 年 12 月 15 日

 コミュニケーションの話に戻りますが、日本人は聞き上手ですが、自分の意見を言わない方が多いですね。コミュニケーションのやり方として、反対意見(異なった意見)を言うことで、その場の雰囲気が新鮮になり、会話も盛り上ります。ICAでは人間の思考方法を科学的に分析し、効果的なコミュニケーションに応用しています。それは、第一に五感(聴覚、視覚、触覚、味覚、臭覚)を使って事実やデータを把握する。第二に直感で喜怒哀楽を感じる。第三にテーマに沿って意義や何を学んだのかを考える。第四の決断では、将来の行動を選択するというものです。コミュニケーションを深く進めるために効果的であると思います。

科学と社会、人と人をつなぐマッチングシステム

 自分は非常に小さい存在です。仕事を成功させるためには、いろいろな業種の人たちとの対話や協業が大変重要であると、最近、特に思います。支援活動の中ではたくさんの失敗をしてきました。なぜ失敗したのかというと、専門家をきちんと入れなかったからでした。

 例えば、井戸をつくるにしても、設計に長けた人がいます。お金が足りないからといってそういう人を起用しなかったがために、井戸が崩れたり、水が出なかったりといった失敗を経験したのです。成功するためには科学的にきちんと分析できる専門家に入ってもらい、その人の意見をしっかり聞いてから実施することが必要です。

佐藤さんの手前にいるのはICAジャパンのスタッフ
佐藤さんの手前にいるのはICAジャパンのスタッフ

 しかし、何かしようとしたときに、私たちには誰に聞いたら良いかの手がかりがありません。最近、地震災害後に建物のひび割れを修復する必要があり、解決方法を探していると、構造建築家と呼ばれる専門家がいることを知りました。知人の大学の先生の縁で良い方を紹介してもらったのですが、素晴らしいと思いました。一般人と専門家をつなぐマッチングシステムのようなものがあるととても良いと思います。

 「この科学者はこの分野に長けていて、こうした経験があります」とか、「この人なら一般の人たちに話ができ、連絡はここで取ることができます」といった情報を教えてくれるデータや本があると、すごくありがたい。ぜひ、つくっていただきたいですね。

佐藤静代(さとう・しずよ)

佐藤静代(さとう・しずよ)

1944年生まれ。64年北海道立天塩高等学校卒業、68年聖書学院卒業、82年米国シカゴ・グローバル・アカデミー卒業。主な活動に、インド、コートジボアール、ケニア、メキシコなど23カ国以上の途上国でコミュニティ開発(環境植林、女性のエンパワメント、緊急支援、職業訓練、リーダーシップ育成)等の事業企画を実施・評価、著書に、『コミュニティ開発と環境保全』1998年 森林文化協会出版。写真は、ケニアのキワンジャ村の女性リーダーと握手をする佐藤さん(2015年9月18日)
■ 関連ウェブサイト
ICA 文化事業協会(ICAジャパン)

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