SCIENCE AGORA

サイエンスアゴラ2016 開幕・閉幕・キーノートセッション 開催報告

キーノートセッション1
がん予防が切り拓く新しい社会

■開催概要/Session Information

前半
Part1

後半
Part2

■登壇者

■企画の意図

わが国は国民皆保険制度のもと、公衆衛生の充実とともに長寿社会を実現化してきました。社会の成熟に伴い国民の健康志向は強まっていますが、がんは長期にわたって死因の第1位を占め続けています。一方、制度上の問題からがんの「予防薬」は存在していないため、IT技術やビッグデータ解析の発展によりがんのリスクが正確に予測されるようになったとしても、逆説的表現ですが、現況ではわれわれはがんになることを待つことしかできません(40歳のがん検診で「70歳のときに80%大腸がんになる」と予想される日がいつか来るかもしれなくても、です)。がん治療費の高騰化などを含め、国民皆保険は破綻するかもしれないのです。また、がんの予防に役立つバイオマーカーは開発されていませんし、ビジネスモデルもありません。しかし、期待のできるがん予防臨床試験結果が出始めた今こそ、「病にならない社会や制度」に関して、あるべき姿を共に考える時宜と思われます。本セッションではご登壇者と会場の皆様とで、来たるべき未来を素晴らしいものにすべく、意見交換を行いたいと考えました。

■内容

*以下は、当日登壇者のご発表をもとにまとめておりますが、主催者側からの主観が一部含まれておりますことをご了承ください。

がん予防研究の学術的な進歩 (石川秀樹先生)

まず始めに、大腸がん予防に関する臨床試験の経験数が「日本一」である石川先生にご登壇いただききました。そこでは世界中の臨床研究成果より、アスピリンは大腸がん発生を予防することがほぼ確実と考えられるようになっていることが紹介されました。さらに現在AMED事業として行なわれているアスピリンを用いた大腸がん予防臨床試験に関連するインフラ整備やノウハウなどをご紹介いただきました。臨床試験で用いた薬の包装の写真などを用いていただき、臨床試験というものを具体的に感じることができる内容となりました。がん予防の実用化という未来が目前に迫っていることが感じられるご発表でした。

予防薬について考える (川上善之先生)

次にアルツハイマー病治療薬の開発者として有名な医薬品開発のスペシャリスト、川上先生にご登壇いただきました。日本製薬工業協会(製薬協)という組織を紹介された後、研究開発型製薬企業の存続には、新薬の創出すなわち創薬イノベーションの成功が必須の状況であるとの認識を述べられました。そして、製薬協がWEB上で公開している資料「製薬協 産業ビジョン2025」の中の「先進創薬で次世代医療を牽引する ~P4+1/医療への貢献~」の項においても「予防的(Preventive): 精密な予測に基づく予防的介入」が掲げられていることが述べられました。この資料の中では、「医療とは、個別化(Personalized)、予測(Predictive)、予防(Preventive)、患者参加型(Participatory)の医療に技術の進歩と高度化(Progressive)を加えたものである」と定義されています。また、これからのターゲットとすべき個別化医療の紹介がありました。さらに、私見と断られた上で、「がん予防剤の利用によりがんにならないことを科学的にはどう証明するのか?そのためのバイオマーカーはあるのか?そもそも薬事承認をとれるのか?ビジネスモデルは実際作れるのか?」などさまざまな問題提起をしていただきました。

政策におけるがん予防の現状と対策について (高橋宏和先生)

日本において、がんの予防を体系的に学ばれた医師は実はそう多くはいません。その中でも高橋先生は、研究者としての基礎研究から行政官としての政策経験までの豊富な実績をお持ちの貴重な存在です。まず、「わが国のがん対策は、『がん対策基本法』に基づいて実施されている」という法的根拠を示し、さらに「『がん対策加速化プラン』を策定することによりがん対策のより一層の推進を目指している」との現状報告がありました。がんの具体的予防としては、がん検診、たばこ対策、肝炎対策、学校におけるがん教育の事例を紹介され、特にがん検診の受診率に関しては、海外との比較を含め詳細なデータの提示がありました。総じて行政は基本計画に従い、「がんによる死亡者の減少」「全てのがん患者とその家族の苦痛の軽減と療養生活の質の維持向上」「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」という目標の達成に向けて、総合的かつ計画的に取り組んでいることが報告されました。

地域医療の実践過程でかかりつけ医が果たすべき役割(横倉義武先生)

横倉先生は皆が知っている「かかりつけ医」という表現を提唱された日本医師会の現会長です。来年には日本人で歴代二人目という世界医師会長をお務めになる予定でもあります。横倉先生はまず超高齢化社会において健康寿命の延伸を実現するためには、国民全体に「がんにならない」「がんを早期に発見し、早期に治療する」という意識を持ってもらう必要があると述べました。かかりつけ医のいる方は検診の受診率も高いことから、国民一人一人に「かかりつけ医」を持ってもらうことが重要であり、日本医師会は地域におけるかかりつけ医機能の更なる充実・強化を図ることで、「かかりつけ医」を国民に普及・定着させるべく活動中である、と紹介されました。「かかりつけ医」を中心として、医療・福祉関係者、自治体、医療保険者等などの多職種連携によって「まちづくり」を実現することで、地域住民を支え、健康寿命の延伸への寄与が可能となる、とのお考えを述べてご発表を締められました。

予防にもっと戦略を(高橋真理子先生)

高橋先生は『最新子宮頸がん予防』(朝日新聞出版)などのご著書も多く、知的で論理的な記事の執筆で有名な科学ジャーナリストです。科学ジャーナリスト世界会議にも毎回参加し、世界の情勢にも明るい方です。本セッションでは、英国の耐性菌問題に対する考え方を「個人と社会」や「現在と将来」という対立軸を元に紹介され、さらに、たばこと税金などの具体例から、予防を進めるためには教育・啓発ばかりでなく、インセンティブを与えることが重要であると訴えられました。また、著書『最新子宮頸がん予防』の取材で痛感したという日本の医療制度の課題について、以下のような見解を述べられました。一つ目に、予防は、単に科学の問題ではなく、社会的問題であること。次に、予防をめぐる医療経済(を含む社会科学)の研究が不十分であること。三つ目に、 予防についての議論は多いが、全体を見通したアクションは少ないこと。最後に、教育・啓発にばかり熱心で、インセンティブを変える努力がないこと。このような四つの明確なご見解とその分かりやすいご解説を投げかけてくださり、会場ではうなずく姿も多数見受けられました。
その後、学生(高校生と大学生)からのコメントとして、「正しい情報が欲しい」「情報の発信力を高める必要がある」などといった意見が表明され、対応すべき新しい検討課題をいただきました。

レポート
東京国際交流館で行われたセッションにて、大学生からのコメントを得る様子
レポート
司会を務めた笹月 静 氏(右)と筆者

まとめ

本セッションでは、ご参加いただいた方々にアンケート調査を行いましたので、まとめに代えてその結果をご報告いたします。 アンケート調査の結果、本セッションの参加者は40〜60歳代が多く、やはりこのような年齢の方々に興味を持っていただきやすいテーマであることが分かりました。ご参加いただいた方の約90%がセッション内容に好意的でしたが、少数意見として「がん予防に反対の意見を持つ人を演者に加えるべき」とのご指摘もいただきました。
「がん予防が普通である社会を作るために、がん予防に関する取り組みにもっと力を入れて欲しいのは、本日ご登壇いただいた『産・官・学・マスコミ・市民』の中でどの立場の人だと思いますか?」との質問に対しては、政治家•官僚を選んだ方が多く、行政レベルでの制度化に対する期待が強く伺えました。行政レベルとして実現していくためには科学者がエビデンスを提示していく必要があるとのお考えからか、学術関係者が政治家•官僚の次に多く選ばれていました。
また「今後、より良い『がん予防』に向けて、どのような活動が広がって行けばいいと思いますか?」という質問に対しても、行政レベルの制度化が必要という回答が最も多くありました。今回のようなフォーラムなどを通じ、国民の意見を取りまとめていくべきとの意見も多く、今後も本セッションのような活動の継続が望まれていることが明らかになりました。

感想

これまでがんを予防することに関しては、どなたに聞いても総論賛成-各論不明でした。各論としての課題をきちんと明らかにしたい、という気持ちと、がんリスクを知っていても科学や社会としての受け皿(認証された対応策や制度)が準備されていない、という現況に対する問題意識から、このセッションを企画しました。当日は、さまざまな分野の第一人者である登壇者に加え、会場の皆様からも多数ご意見をいただくことができ、想像以上に多様な見方があることを実感しました。対象とすべき話題の多様さから、議論の場にまで引き上げられなかった内容も多く、その点が悔やまれますが、今後もこのようなコミュニケーションの場を定期的に設けることで、より充実した内容に醸成していきたい、と考えております。

文責:武藤 倫弘(がん予防の未来を考える会 代表)

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