JSTトップ > 先端計測分析技術・機器開発プログラム > 開発成果 > 成果集2012 > イリジウム錯体のりん光を用いて、癌などの低酸素組織をイメージングする方法を開発

医療・生命科学計測のための機器

開発成果
イリジウム錯体のりん光を用いて、
癌などの低酸素組織をイメージングする方法を開発
チームリーダー
飛田成史(群馬大学大学院工学研究科・教授)
keyword
がん
低酸素
イリジウム錯体
りん光
タイプ
要素技術タイプ
開発課題名
低酸素癌組織イメージング用発光プローブの開発
参画機関
なし
開発期間
平成21〜23年度

課題概要

 イリジウム錯体のりん光は酸素によって顕著に消光される。この性質を利用して、癌などの低酸素生体組織を非侵襲的かつ高感度に可視化するイメージング技術を開発する。本開発では、発光イメージング実験によりプローブ分子の細胞・組織内動態を解明し、その結果をフィードバックして癌組織光イメージングに資する最適発光プローブを開発する。これにより、新しい癌診断法の確立が期待できる。

得られた開発成果の概要

■開発の背景/経緯

図1 分子のエネルギー状態図

図1 分子のエネルギー状態図

図2

図2 癌細胞SCC-7を移植した担癌マウスから癌腫瘍を切り出し、約1mm3の大きさにカットした。この腫瘍を別のマウスの腹腔を開いて肝臓の裏側に約4mm間隔で4個固定し、腹部を閉じてから尾静脈からBTPHSAまたはBTPを投与して発光イメージング測定を行った。励起波長:575-605nm、観測波長:>645nmで、腫瘍部のBTPHSAの発光を明確に捉えることができた。

 近年、医学や生物学の分野で分子イメージング技術が注目されている。この技術を使うと、これまで目で見えなかった生物の様々な生命現象を、細胞や動物が生きたままの状態で、リアルタイムで可視化することができる。光を用いた分子イメージング技術は、近年、細胞を対象とした基礎的研究において必須の技術となるとともに、がん(癌)などの病態組織を簡便な装置を使って放射性フリーで検出できる方法としても注目されている。通常、光イメージング技術には分子の励起一重項状態(S1)からの発光である“蛍光”が利用されている(図1)。一方、一部の特殊な分子ではあるが、励起三重項状態(T1)からの発光である“りん光”を示す分子も存在する。りん光は蛍光と異なり寿命が長く、周囲の酸素分子との衝突により顕著な消光を受けやすい。我々はこの酸素によるりん光消光現象を利用して、がんなどの低酸素組織を選択的に光イメージングする技術の開発を進めている。りん光物質として、近年、有機EL(electroluminescence)材料として注目されているイリジウム錯体に着目した。イリジウム錯体のりん光を利用した光イメージング法は、細胞レベルでの酸素濃度計測に加えて個体レベルでの測定にも適用可能で、個体レベルでは低酸素状態にあるがん組織の特異的検出に応用できる。
 イリジウム錯体の優れた性質として、配位子の構造を設計することにより、その発光特性や細胞親和性等の物理化学的性質を制御できることが挙げられる。図2はイリジウム錯体BTPとその配位子のπ-電子系を拡張し、さらに水溶性を向上させたBTPHSAを担癌マウスの尾静脈から投与し、in-vivoイメージング測定した結果である(図2左)。BTP の発光ピーク波長が615 nm であるのに対し、BTPHSAの発光ピーク波長は720nmとなり近赤外化することができた。
 BTPの画像(図2右)では検出できないマウスの身体深部(6-7mm)に移植した腫瘍をBTPHSAではイメージングすることができた。また、新たに開発された装置を用いて、図2と同様のマウス身体からの発光の発光寿命を測定した。その結果、正常組織に局在したイリジウム錯体のりん光寿命に比べて、がん腫瘍に局在したイリジウム錯体のりん光寿命は明らかに長くなり、確かにがん腫瘍が低酸素状態にあることが確認できた。この方法は、個体組織の酸素分圧を非侵襲的に求める方法として有用である。

光イメージングによる各種疾患モニタリングが可能に

 がん組織の発光イメージング技術を実用化するには、イメージング装置(ハード)と発光プローブ(ソフト)が一体となって進歩することが求められる。しかし、現状ではソフトとなる発光プローブの開発が遅れており、優れたプローブ分子が開発されれば、生体発光イメージング技術は飛躍的に進歩すると予想される。生体内の病態を可視化する技術としては、X線を用いたCTやPET、磁気を用いたMRI、超音波診断などがルーチンに行われている。このうち、超音波を除くと高額な設備を必要とし、CTやPETは放射線管理区域を設けなければならない。光技術は、最近、内視鏡でヘムの吸収を用いて微小血管を描出するNarrow Band Imaging (NBI)が実用化され、眼底の血管異常を描出するfluoresceinやindocyanin greenによる検査、また励起光でポルフィリンから活性酸素を産出させて癌細胞を殺傷するPhotodynamic Therapy(PDT)が行われている。しかし、光イメージングで生体の低酸素部位を検出する技術は確立されていない。生体の低酸素部位は血流が不足・欠乏するがん、動脈硬化プラーク、脳梗塞、心筋梗塞などの病態組織で観測される。本技術はこのような病態を容易に検出可能にするもので、消化管粘膜などの表在癌、糖尿病血管障害のひとつである眼底の血流不足による低酸素病態、移植臓器の酸素供給状態モニタリング等に応用できる。

上記成果の科学技術的根拠

【出願特許】

  1. PCT出願13/124、166、「Novel Compound and Functional Luminescent Probe Comprising the Same」、
    出願人:国立大学法人群馬大学

【発表論文等】

  1. S. Zhang et al.,“Phosphorescent-Light Emitting Iridium Complexes Serve as a Hypoxia-Sensing Probe for Tumor Imaging in Living Animals”, Cancer Res., 70, 4490-4498 (2010).
  2. T. Yoshihara et al.,“Iridium Complex Probes for Monitoring of Cellular Oxygen Levels and Imaging of Hypoxic Tissues”, Proc. SPIE,8233,82330A1-82330A8 (2012).
  3. 飛田成史、吉原利忠、穂坂正博、竹内利行、“りん光プローブの設計・開発に基づくin vivo低酸素環境イメージング、実験医学、Vol.30、No. 7、82-88 (2012).