資料4

開発課題名「低酸素癌組織イメージング用発光プローブの開発」

(平成21年度採択:要素技術タイプ)

開発実施期間 平成21年10月〜平成24年3月

チームリーダー :  飛田 成史【群馬大学大学院工学研究科 教授】
中核機関 :  群馬大学
参画機関 :  秋田県立大学
T.開発の概要
イリジウム錯体のりん光は酸素によって消光される。この性質を利用して、癌などの低酸素生体組織を非侵襲的かつ高感度に可視化するイメージング技術を開発する。本開発では、発光イメージング実験によりプローブ分子の細胞・組織内動態を解明し、その結果をフィードバックして癌組織光イメージングに資する最適発光プローブを開発する。これにより、放射線を使用しない新しい癌診断法の確立が期待できる。
U.事後評価における評価項目
(1)水溶性イリジウム錯体の細胞・組織内動態の解明
 イリジウム錯体の補助配位子に水溶性置換基を導入すると、発光特性を保持したまま細胞親和性、組織内動態を改良できることを明らかにし、BTPのアセチルアセトン配位子にカチオン性のジメチルアミノ基を導入したBTPDMでは、細胞親和性が大きく増加し、担癌マウスの腫瘍イメージング実験におけるプローブの投与量をBTPに比べて1/10の25 nmolまで軽減できた。また、配位子のπ電子系を拡張することにより、発光波長を近赤外化することに成功した。この近赤外化発光プローブを用いて、担癌マウスの深部に移植した腫瘍を発光イメージングすることが可能となった。
(2)癌組織光イメージング用イリジウム錯体の高輝度化
光吸収効率の高いクマリン343(C343)をBTPの補助配位子に結合した化合物BTP-C343を合成し、分子内エネルギー移動を利用したプローブの高輝度化を試みた。その結果、BTPに比べて発光輝度を約6倍に増強させることができた。しかし、BTP-C343は、細胞膜透過性が低くin vivoイメージング用プローブとして使用するには、さらに水溶性置換基を導入する等の修飾が必要であることが判明した。そこで、補助配位子の代わりに、吸収効率の高い配位子を直接、中心金属に配位させる方法を検討した。BTPの補助配位子に代わる配位子としてジピリナート配位子を結合させたイリジウム錯体を合成したところ、吸収係数を約6倍に増加させることができ、しかも発光波長を近赤外化させることができた。
(3)イリジウム錯体のりん光寿命測定による組織中の酸素動態の解明
 小動物の表皮組織の発光寿命を計測できるin vivo発光寿命測定装置を製作した。励起波長(532 nm)での吸収効率が高いイリジウム錯体BTQSAを担癌マウスに投与して、腫瘍組織と正常組織の発光寿命を測定したところ、正常組織の平均寿命は1.76 μs、腫瘍組織の平均寿命は2.32 μsとなり、腫瘍が低酸素状態にあることを確認した。また、腫瘍の中心部と周辺では寿命が異なり、中心部がより低酸素状態になっていることがわかった。
(4)イリジウム錯体の光化学反応性の解明
 イリジウム錯体の光誘起電子移動反応性について明らかにするため、発光波長が異なるイリジウム錯体BTP、PPY、PICと電子供与体(ジメチルアニリン)、電子受容体(ニトロベンゼン、ジニトロベンゼン、ジシアノベンゼン)との間の光誘起電子移動反応について、過渡吸収スペクトル測定、りん光寿命測定に基づいて検討した。その結果、BTP、PPY、PICはアセトニトリル中において、電子供与体(ジメチルアニリン)との間では光誘起電子移動反応を殆ど起こさないが、電子受容体(ニトロベンゼン、ジニトロベンゼン、ジシアノベンゼン)との間では電子移動反応を起こすことが明らかとなった。すなわち、イリジウム錯体は強い電子受容体存在下で光励起すると酸化される可能性があることがわかった。
V.評 価
イリジウム錯体のりん光寿命が溶液中の酸素に影響されることを利用した、低酸素状態であるがん組織を高感度にイメージングするプローブの開発である。細胞や生体内のがん細胞をより高感度に検出することができるようイリジウム錯体を改良するとともに、イメージング法の確立を図った。ジメチルアミノ基の導入による細胞や組織親和性の向上、赤外化による深部の腫瘍のイメージングなどに成功するとともに、新規に開発したイリジウム錯体の光化学反応の解明や、組織内の酸素動態を明らかにした。今後は開発したプローブの細胞毒性などを検証し、十分なデータを積み重ね、本成果が実用化されることを期待したい。本開発は当初の開発目標を達成し、本事業の趣旨に相応しい成果が得られたと評価する[A]。


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