資料4

開発課題名「中性子スピン干渉原理に基づく中性子スピンエコー装置開発」

開発実施期間 平成16年10月〜平成22年3月

チームリーダー :  川端 祐司【京都大学 原子炉研究所 教授】
中核機関 :  京都大学
原子炉研究所
参画機関 :  明昌機工(株)
T.開発の概要
 中性子散乱は、水素、リチウムなどX線で見えにくい原子の動的な過程が見える物質研究に対する最も有力な手段の一つである。中でも中性子スピンエコー法は極めて高いエネルギー分解能をもつ分光法であり、高分子や生体高分子などのソフトマターおよび磁性体等の構造/磁気ダイナミックス研究に重要な手法として開発されてきた。 本研究では、「中性子スピン干渉」の原理に基づく新規な中性子スピンエコー装置を製作し、これにより高エネルギー分解能かつ高中性子強度を同時に実現できる中性子分光法を開発することである。本装置の開発により、NMR等、他の分光法では測定不可能であった遷移エネルギー及び遷移運動領域における動的過程を明らかにする。
U.事後評価における評価項目
(1)Mieze型スピンエコー装置の開発
 「中性子スピン干渉」の原理に基づくMieze型スピンエコー装置を、大強度陽子加速器施設(J-PARC・BL-10)に設置し、パルス中性子源での実証実験を行った結果、本装置は、波数:0.006<Q<3.5(1/Å)に対しフーリエ時間:0.1ps <t<11 ns(エネルギー分解能:60 neV<ω< 6.6 meV に相当)の性能を持つことを実証し、世界最高のエネルギー分解能を達成した。 さらに、定常中性子源である研究用原子炉JRR−3においても、高エネルギー分解能の新規な中性子分光装置であることを実証した。
(2)大強度中性子共鳴スピンエコー装置の開発
 本装置は、高いエネルギー分解能を持つと同時に大きな信号強度を得る高スループット分光器であり、J-PARCにおいて、高い振動磁場(周波数1MHz、実効 2MHz)を用い、波数:0.003<Q<1.25(1/Å)に対しフーリエ時間:0.02<t<176(ns)の当初目標の性能が得られたが、位相補正ミラー等の問題のため信号強度の改善は未達成であり、中性子ビームラインでの総合的な性能実証はなされていない。
(3)高分解能中性子共鳴スピンエコー装置の開発
 本装置は、最高のエネルギー分解能を持ち長時間緩和現象などを観測する目的で計画した装置であり、J-PARCにおいて、波数:0.003<Q<1.25(1/Å)に対しフーリエ時間:30<t<860(ns)の、分光器単体としての目標性能は達成したが、位相補正ミラーの問題のため、総合的な中性子ビーム実験による性能実証はなされていない。
V.評価
 新奇の原理による中性子共鳴スピンエコー装置を製作し、Mieze型分光器ではJ-PARCで実証実験に成功し、世界最高のエネルギー分解能を得ることに成功したことは、評価できる。また、中性子ビーム光学系の技術開発では、高性能の非偏極中性子スーパーミラーの製作に成功し、今後J-PARCなど大強度中性子ビームラインの基幹技術に貢献した点は評価できる。しかし、他の2つの測定装置については、中性子位相補正ミラーなどが未完成なため、十分な検証実験がなされていない。また、新規なMieze型分光器を完成させたが、本装置の特徴を活かした科学実験(当初目標としたソフトマター研究など)がなされていない。これらの装置はJ-PARCのビームラインに常設することを前提に開発が進められたが、未だ実現の目処が立っていない。J-PARCなどの大型施設の利用には、課題審査やビームタイム配分などの実験上の制限があることは理解できるが、本件のような共同利用施設での装置開発を目的とするプロジェクトは、当該分野の科学コミュニティーの組織化や広い分野の研究者との連携なくしては成し得ず、十分な戦略を持つべきであったと考えられる。今後、本装置をJ-PARCの専用ビームラインに設置し、広く共同利用に供する努力を強く期待したい。
 本課題では、オンリーワン・ナンバーワンの科学的特徴が示され、当初の開発目標の過半は達成されたが、本事業の趣旨に相応しい成果は十分には得られなかったと評価する。[B]


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