事業成果

2017年度成果一覧

高温高圧加熱後の発光スペクトルと発光波長左:IV族元素の周期表。
右:高温高圧加熱後のスズ-空孔センターからの発光スペクトル。発光強度は相対値。
スズ-空孔センターの原子レベル構造スズ-空孔センターの原子レベル構造。赤丸と黒丸はそれぞれスズ原子と炭素原子。

新しいダイヤモンド量子発光体の作製に成功

戦略的創造研究推進事業さきがけ/CREST

JSTnews 2018年3月号掲載

量子力学の原理を応用した量子情報ネットワークは、次世代の情報通信技術の鍵となる技術です。安定な単一光子源として機能するダイヤモンド中の発光源のように、固体物質中に形成される量子発光体は、量子メモリーなど量子情報ネットワークへの応用研究が進められています。しかし、これまで報告されてきた半導体量子ドットやダイヤモンド中の窒素-空孔センターには、スピンに保存された量子情報が失われてしまう時間(スピンコヒーレンス時間)がマイクロ秒程度と短く制限されていたり、全発光強度のうち量子光源として利用可能なゼロフォノン線からの発光が数パーセントと小さかったりといった問題がありました。また、他の発光源でも、希釈冷凍機という特殊な装置でミリケルビンという極低温にする必要がありました。

東京工業大学工学院の岩崎孝之助教と波多野睦子教授らは、スズ(Sn)を導入したダイヤモンドを7.7ギガパスカル、2,100度の高温高圧下で加熱処理し、スズと空孔(V)からなる新しい発光源のスズ-空孔(SnV)センターの形成に成功しました。

理論計算や低温計測により、スズ-空孔センターは2ケルビン以上で長スピンコヒーレンス時間を示すことが期待されます。これにより、従来の量子光源の課題がすべて解決される可能性があり、長距離量子ネットワーク構築のための量子メモリーとしての応用だけでなく、量子センサーなどさまざまな量子光学素子としての展開も期待されます。

(a)クモヒトデの全体像(左)と腕を自ら切断して動く様子(右)。
(b)開発したクモヒトデ型ロボット(左)と、腕を破壊した時のロボットの運動の様子(右)。ロボットの腕をどのように破壊しても即座に適応し、残った腕を協調させて動き続けることができる。

想定外の故障に「即座に」適応可能なクモヒトデ型の移動ロボットを開発

戦略的創造研究推進事業CREST

JSTnews 2018年3月号掲載

移動ロボットは、災害現場や宇宙環境などの人間が作業できないような過酷な環境下でも適切に機能することが必要です。しかし、多くのロボットは少しでも故障するとロボット全体に影響し、たちまち機能が失われてしまいます。この問題を解決するためにいくつもの方法が提案されてきましたが、想定外の故障に対して「即座に」適応可能な移動ロボットは実現していませんでした。

東北大学電気通信研究所の石黒章夫教授らは、クモヒトデという5本の腕を持つ棘皮動物に着目して、想定外の故障に対して即座に適応できる移動ロボットの開発に成功しました。

クモヒトデには脳がありませんが、腕を失うと、残った腕が何本であろうとそれらを即座に協調させて動き回ります。局所的な感覚情報を基に体の各所において自律的に動作を決定しているためと考えられます。クモヒトデの行動観察の結果から各腕が自律的に制御されるようなソフトウエアを構築して、開発したクモヒトデ型ロボットに組み込みました。その結果、実際のクモヒトデの動きと同じように、腕を破壊されて1~3本になっても動き続けることができました。

災害現場などの過酷な環境下でも機能できる移動ロボットの開発につながると期待されます。


開発したロボットの動画URL
https://youtu.be/Jq4L4ZKpXq0

従来のSQUID脳磁計とTMR磁気センサーによる脳磁計の比較従来のSQUID脳磁計とTMR磁気センサーによる脳磁計の比較。

液体ヘリウムを使わず簡単に低コストで脳磁場を測定する高感度センサーを開発

戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)

JSTnews 2018年2月号掲載

体を傷つけることなく脳や心臓の活動の様子を記録するために広く用いられている検査として、脳波や心電図があります。これらは体表面の電位分布から脳や心臓における電気的活動を記録していますが、生体内部の信号源を推定するための空間的精度が低いという課題があります。

一方、脳や心臓の電気的活動から生じる弱い磁場を記録するのが脳磁計や心磁計で、位置推定精度は脳波や心電図に比べ極めて高いことが知られています。しかし、これまでの脳磁計や心磁計では、磁場を検出するためにSQUIDという超伝導を用いたセンサーを使うため、冷却するために高価な液体ヘリウムを必要とし、装置も大がかりで限られた施設にしか設置できず、気軽に使えるものではありませんでした。そのため、室温で動作し、かつ小型で身体に装着して測定できるセンサーの実現が望まれていました。

東北大学大学院工学研究科の安藤康夫教授らは、コニカミノルタとの共同研究で、ハードディスクの磁気読み取りにも使う高感度かつ高分解能のTMR(トンネル磁気抵抗)素子をセンサーとして用いて、脳活動の1つであるα波の検出に成功しました。このセンサーは、安価で、かつ室温で簡単に動作するので、気軽に使うことができます。また、心磁場の検出では信号を積算することなく、リアルタイムで波形を観測することにも成功しました。室温で簡単に測定でき、かつ安価に提供できるため、虚血性心疾患や不整脈などの心疾患の診断に応用されればその診断精度が大幅に向上することが期待されます。

さらにTMR磁気センサーは、小型で低消費電力の特長も併せ持つことから、ウェアラブルデバイスへの応用が可能であり、ウェアラブル化によって応用範囲は格段に広がり、計測医療分野に大きな変革をもたらすと期待されます。

ブルース効果が起きる仕組みブルース効果が起きる仕組み。ESP1を分泌しない雄マウス(白)と交尾した雌(黒)は、その後ESP1を分泌する雄マウス(灰色)と接触したり(1)、ESP1にさらされたりすると(2)、プロラクチンが正常に分泌されず、流産が起きる。ESP1を分泌しない別の雄マウスと出会っても流産は起きない(3)。

マウスの流産を引き起こすブルース効果の一端を解明

戦略的創造研究推進事業ERATO

JSTnews 2018年2月号掲載

雌マウスの妊娠後に交尾相手と異なる雄と接触することで流産する現象が1959年に報告され、発見者の名前から「ブルース効果」と呼ばれています。しかし、発見から半世紀以上もの間、流産の原因物質は特定されていませんでした。

東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授らは、雄の涙に含まれるフェロモンESP1の分泌量がマウスの系統ごとに異なることに着目し、ESP1がブルース効果の原因物質である可能性を検証しました。その結果、ESP1分泌量の違いが流産の引き金となることがわかりました。さらにESP1は、受精卵着床時に増加するホルモンであるプロラクチンの分泌増加を抑えることを明らかにしました。ESP1分泌量の違いが受精卵の着床に影響し、流産につながると予想されています。

当初、実験用マウスで発見されたブルース効果は、他の動物種でも確認されていますが、生物においてどのような意義を持つ現象なのかは明らかになっていません。雄マウスにとっては交尾相手の確保を確実にし、雌マウスにとってはより有力な雄の子を残すことにつながるなどのメリットがあると考えられていますが、今回の原因物質の特定はブルース効果の生物学的意義の解明に迫る第一歩になります。また、フェロモン受容からホルモン分泌を介した妊娠への影響までの一連の過程を明らかにしたことで、化学物質の検出から脳神経系での情報伝達、生理機能変化に至る、ヒトをはじめとするほ乳類での複雑な嗅覚システムの基盤的な理解につながることが期待されます。

2017年6月16日17時11分の雷放電経路と
雷雲のレーダー反射因子の3次元分布2017年6月16日17時11分の雷放電経路と雷雲のレーダー反射因子の3次元分布。赤色の四角の範囲の雷放電経路と雷雲を抜き出して表示している。LMAで標定された雷放電位置を橙色の球で、落雷位置を黄色の稲妻印で示す。レーダー反射因子のデータは日本無線株式会社から提供いただいた。地図情報は国土地理院地図(色別標高図)を利用した。

雷放電経路3次元観測システムによる雷の試験観測を開始

イノベーションハブ構築支援事業

JSTnews 2018年1月号掲載

落雷は、停電や火災の原因になるほか、電子機器や交通システムなどに被害を与えるので、いつどこで落雷があるかを正確に予測することは非常に重要です。

防災科学技術研究所は、これまでXバンドMPレーダーを用い、雷雲の中の上昇気流や、ぶつかって静電気を帯びる氷の粒の有無を判断し、雷の発生状況と比較して雷の危険度を評価する手法の開発に取り組んできました。さらに高度化するため、落雷位置に加え、雲内や雲間の放電(雲放電)を含めた雷の放電経路を正確に把握することができるライトニング・マッピング・アレイ(LMA)センサーをそなえた雷放電経路3次元観測システムを構成し、雷の試験観測を開始しました。

このシステムは、落雷や雲放電によって放射された電磁波を受信し、到達時間の差によって放電位置を決定し、3次元的な放電経路情報(緯度、経度、高度、時刻など)を得るものです。北関東各地で激しい雷雨となった2017年6月の茨城県南部や、花火大会が中止された同年8月19日の世田谷区周辺の観測結果から、LMAセンサーにより、落雷位置だけでなく、雲放電を含めた雷の放電経路を見逃さず3次元的に把握できることが明らかになりました。

今後、LMAセンサーを4台追加して首都圏に12台配置する予定です。XバンドMPレーダーなどのデータとの比較解析による雷危険度予測手法の研究開発を進め、雷発生メカニズムの解明や危険度予測手法の社会実装をめざします。

水面における多孔性ナノシート形成の概略図水面における多孔性ナノシート形成の概略図。

分子を積み木に見たて水面上で高精度なナノシートの作製に成功

戦略的創造研究推進事業さきがけ

JSTnews 2018年1月号掲載

機能材料や電子機器の開発では、より軽くより薄くといったニーズの他に、省資源化が望まれています。厚さが数ナノ~数十ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)、横方向のサイズはその数百倍以上という特徴を持つナノシートは、究極に薄い機能材料として注目を集めています。しかし、従来の作製法では、高温高圧下でのマクロ材料の合成、剥離をはじめとする多くの工程が必要で、作製に数日かかり、ナノシートが劣化するなどの問題がありました。

大阪府立大学大学院工学研究科の牧浦理恵准教授らは、常温常圧下で水面上に有機分子の溶液を滴下するという極めて簡単な方法で、形と大きさが揃った細孔を持つ多孔質のナノシートを作製することに成功しました。用いた分子は1,3,5-トリス(4-カルボキシフェニル)ベンゼン(BTB)と呼ばれ、疎水性の中心部と、親水性のカルボン酸が周囲に配置された平らな三角形の構造を持っています。この分子を積み木に見たてると、同じ形の積み木が連結することで、規則正しく穴が空いたシートができ上がります。このナノシートは水面で凝集することなく安定に存在し、多孔質構造を保持したまま用途に応じてさまざまな基板に転写することが可能です。

今後は、高性能な分離膜や有機薄膜太陽電池への応用展開に加え、簡単で低エネルギーのプロセスであることから、持続可能社会の実現や環境問題への貢献が期待されます。

「ヤシの木」グループの画像の一部1億枚の画像をクラスタリング処理した結果の例。「ヤシの木」グループの画像の一部(YFCC100M データセットより)。

1台のパソコンでビッグデータを処理できる手法を開発

戦略的創造研究推進事業ACT-I

JSTnews 2017年12月号掲載

ソーシャルメディアなどに掲載されている膨大な数の画像データから、動物が写っている写真、街の風景が写っている写真など似たもの同士をグループに分ける処理をクラスタリングといいます。これはAIなどの研究において、巨大で複雑なビッグデータを処理する基本的な手法の1つです。数百枚程度の画像なら、一般のパソコン1台で処理ができますが、枚数が1億以上の巨大なデータに対して大規模な処理を行うには、処理速度やメモリー容量の制約のため、多数のサーバーを用いる必要がありました。

情報・システム研究機構国立情報学研究所の松井勇佑特任研究員らは、10億個程度のビッグデータに対して、少ないメモリー容量でも高速にクラスタリングを実行できる手法を開発しました。

まず、事前に候補となるデータを複数用意しておき、元のデータと最も近い候補のデータの「番号」のみを記録することで、データを圧縮して表現します。次に、圧縮したデータに対して、「似ているデータを集めてグループを作る」「グループの平均を計算する」という処理を繰り返し行います。従来の手法では1億枚の画像を10万種類のグループに分類する処理に約300台のパソコンが必要でしたが、開発したシステムを使うと、一般のパソコン1台で約1時間で実行できました。

大規模データを一般的なパソコンでも手軽に扱える手法を新たに提案したことで、日常的に大規模データの処理を扱う研究者やシステムエンジニアの作業が飛躍的に向上すると期待されています。

開発した非接触濡れ性評価システム開発した非接触濡れ性評価システム

細胞を壊さずに液体とのなじみやすさを調べる装置を開発

研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)

JSTnews 2017年12月号掲載

培養細胞などを使って失われた組織や臓器の機能を回復させる再生医療が注目を集めています。再生医療では培養細胞が対象の組織や臓器と同等の機能を持っているかを評価する必要があります。一般的には、細胞を壊したり特殊な試薬と反応させたりして遺伝子やたんぱく質など対象となる物質が、対象と同量含まれているかによって同等かを評価していました。

理化学研究所生命システム研究センターの田中信行研究員、北川鉄工所の春園嘉英係長らは、細胞表面と液体との濡れ性(なじみやすさ)に着目し、細胞を壊さずに濡れ性を評価する新たな装置「非接触濡れ性評価システム」を開発しました。

このシステムは、培養皿底面の培養細胞を覆っている培養液に対してノズルから空気を噴射し、空気の流れによって培養液が除去される領域の大きさを指標に濡れ性を評価します。大きさは電子レンジほどで、ごみや微生物が培養環境に入らないよう、パーティクルフィルターという半導体製造工場などで使われるフィルターを使用します。空気噴流による培養細胞では細胞膜への損傷もなく、従来の濡れ性評価法との高い相関性があることも確認されました。

この手法は再生医療だけでなく、がん細胞の悪性度の評価や食品産業への応用、より簡便な濡れ性評価法の開発など、さまざまな分野での応用が期待されます。

SNSに投稿してから10日間の平均閲覧数推移。SNSに投稿してから10日間の平均閲覧数の推移。人がつけたのは一番下の青色で、閲覧数は最も低い。一番上の赤い線のものが今回の提案手法で、最も大きな閲覧数を実現している(人がつけた場合の2倍程度)。

SNS上で人気度を向上させるタグ推薦技術を発明

戦略的創造研究推進事業CREST

JSTnews 2017年11月号掲載

ツイッターやインスタグラムなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は、個人や企業が発信するコミュニケーションの手段として生活に定着しています。特に企業では、投稿内容の閲覧数や「いいね!」を増やすために、内容を分類するためのハッシュタグ(例えば「#科学」という文字列を入れて投稿)を利用して検索されやすくするなど工夫をしています。しかし、特定の投稿内容の人気度を上げるのは難しく、専門家が経験と勘を基に人気獲得のアドバイスをすることが主流となっています。

東京大学大学院情報理工学系研究科の山崎俊彦准教授らは、SNSで投稿した画像や映像の人気度を向上させるハッシュタグを人工知能(AI)が推薦する技術を開発しました。それぞれのハッシュタグがSNS上で人気度に影響を与える度合いを数値化し、投稿者が付けたハッシュタグを参考にした上で人気度向上に効果的な追加のタグを推薦するというものです。

約6万枚の画像とそれに付与されたタグを用いてシステムに学習させ、約2,000枚の画像に対して実際にシステムが推薦したタグを追加してSNSに投稿する実験を行ったところ、10日後には人がつけたタグだけを用いた場合と比較して約2倍の閲覧数を獲得できました。また、このシステムで推薦した総数25,000のタグの内容的な正しさについて、クラウド上で約1,500名が評価したところ、人がつけた場合とほぼ同じ正しさであることが確認されました。

今後は、SNS上で商品やサービスなどを効果的にプロモーションするためのハッシュタグの推薦、クリック率を向上させるためのタグや説明文の作成支援、ニュース配信でクリックを誘発するなど、多方面の応用が考えられます。

カビの菌糸が伸びる様子。周期的、段階的に一歩一歩、細胞を徐々に伸ばし続けている。カビの菌糸が伸びる様子。周期的、段階的に一歩一歩、細胞を徐々に伸ばし続けている。

カビの菌糸が伸び続ける仕組みを解明

戦略的創造研究推進事業ERATO

JSTnews 2017年10月号掲載

食品や浴室などに生えるカビは、生活に非常に身近な微生物です。発酵食品や有用酵素、抗生物質の生産など産業上重要なものもあれば、人間や農作物の細胞に侵入して病気を引き起こすものもあります。糸状の菌糸からなり、大量の酵素を分泌して有機物を分解し、菌糸の先端を伸長させることで成長します。筑波大学生命環境系の竹下典男国際テニュアトラック助教(当時、ドイツのカールスルーエ工科大学応用微生物学科グループリーダー兼任)らは、カビの菌糸が伸び続ける仕組みを、超解像顕微鏡を含む蛍光イメージング技術により解明しました。

菌糸細胞が先端を伸ばす際、菌糸先端でのアクチンと呼ばれるたんぱく質の重合化、酵素の分泌、細胞の伸長が周期的に起きます。また、細胞外からのカルシウムイオンの一時的な取り込みも周期的に起き、これらのステップを同調させ制御していることを明らかにしました。さらに、菌糸細胞は一定の速度で滑らかに伸びるのではなく、いくつかの段階を周期的に繰り返すことで、細胞を徐々に伸ばし続けていることがわかりました。このような細胞伸長は、化学的、物理的な細胞内外の刺激に対するより素早い応答や対応を可能にすると考えられます。

カビの伸びる仕組みを理解し制御できれば、さらに産業分野での品質や生産量の向上、バイオエネルギー分野の発展など、幅広い分野に貢献することが期待されます。

DNAの細胞内収納に関するこれまでの定説(中段左)と新しい説(中段右)従来、DNAは図の中段の左側のように、規則的な階層構造をとっていると考えられていた。今回の発見は、中段右側のような不規則な折りたたみ構造であることを裏付けた。

生きた細胞でDNA収納の様子を観察することに成功

戦略的創造研究推進事業CREST

JSTnews 2017年10月号掲載

人間の体を構成する1つ1つの細胞には、全長2メートルにもおよぶゲノムDNAが収められています。

DNAは直径2ナノメートル(ナノは10億分の1 )のとても細い糸で、「ヒストン」という樽たる状のたんぱく質に巻きついて「ヌクレオソーム」を作ります。ヌクレオソームはらせん状に規則正しく折りたたまれて「クロマチン線維」を形成し、さらにらせん状に巻かれて階層構造を作ると考えられてきました。しかし、規則正しいクロマチン線維は存在せず、ヌクレオソームが不規則に細胞内に収められていることがわかってきましたが、その構造は非常に小さいため従来の光学顕微鏡を用いて観察することは困難でした。

情報・システム研究機構国立遺伝学研究所の野崎慎研究員、前島一博教授らは、光学顕微鏡の分解能を超え、ヌクレオソームの1つ1つを観察できる超解像蛍光顕微鏡を構築し、生きた細胞内のDNAの収納の様子を観察することに成功しました。その結果、DNAは不規則に折りたたまれ、「クロマチンドメイン」と呼ばれる小さな塊を形作っていることがわかりました。クロマチンドメインは細胞増殖、細胞分裂を通じて維持されており、遺伝情報の検索や読み出し、維持に重要な機能単位として働くと考えられます。

今後は、遺伝情報がどのように検索され、読み出されるのかについての理解がさらに進むとともに、DNAの折りたたみの変化で起きるさまざまな細胞の異常や関連疾患の理解につながることが期待されます。

性器ヘルペス流行レベル性器ヘルペス流行レベル。性器ヘルペスとHIVの流行レベルの関連性を示す図。(C)では点の色がオレンジに近いと、HIV、性器ヘルペス両方の流行レベルが高くなるが、次数相関(A)やクラスター係数(B)との流行レベルの関係性は複雑である。

HIVの集団レベルの感染リスクを性器ヘルペスの流行レベルから高精度で推定可能に

戦略的創造研究推進事業さきがけ

JSTnews 2017年9月号掲載

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染することで発症するエイズ(後天性免疫不全症候群)は世界各国で流行し、その致死率の高さから社会的脅威となっています。国連の持続可能な開発目標(SDGs)では、エイズなどの感染症の蔓延を2030年までに食い止めることを目標としています。

HIVの流行レベル(感染者割合)は地域やコミュニティーによって大きく異なり、感染リスクは個人レベルでも集団レベルでも大きく異なります。感染リスクを推定するためには性行動を計測する必要がありますが、正確な感染リスクの計測は困難です。一方、性器ヘルペスの流行レベルは入手しやすく、かつ性行動調査よりも正確であるため、性器ヘルペスの流行レベルからHIV感染リスクを推定する方法が考案されました。しかし、性器ヘルペスとHIVの流行の関連性には不明な点が多く、その精度は未解明でした。

北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの大森亮介助教は、性器ヘルペスとHIVとで、流行レベルと性的接触ネットワーク構造との関連性が異なることを解明しました。性感染症の流行レベルを知るためには、個人レベルのパートナーの数の違いだけでなく、性的接触ネットワークの詳細を把握することが重要です。そこで、時々刻々と変化する個人レベルの性的接触ネットワークのシミュレーターを構築し、その上にHIVと性器ヘルペスの感染が拡大する別のシミュレーターを構築しました。

HIVと性器ヘルペスの流行シミュレーターには詳細な疫学データを用いることで、現実的な流行を再現しました。より詳細なHIV感染リスクアセスメントの実現や効果的な性感染症流行制圧に大きく貢献すると期待されます。

木材主成分の「リグニン」今回開発された組み換え微生物株の代謝経路のイメージ。

木材主成分の「リグニン」だけでペットボトルなどの原料を生産する微生物を開発

戦略的創造研究推進事業ALCA

JSTnews 2017年9月号掲載

二酸化炭素(CO2)の排出削減に大きく貢献するといわれているバイオマスを知っていますか。現在、バイオマス利用で得られる原料は主に糖質ですが、食料や新材料への利用拡大のため、将来は糖質の需要競合や原料の高騰が危惧されています。

弘前大学農学生命科学部の園木和典准教授、長岡技術科学大学の政井英司教授らは、木材に含まれるセルロースなどの多糖類を使わず、もう1つの主成分であるリグニンだけを使ってナイロンやペットボトルなどの原料になるムコン酸を生産する遺伝子組み換え微生物株の開発に成功しました。これまで微生物の増殖には炭素源として糖質が必要でしたが、開発した微生物株は、増殖の炭素源にもリグニンを利用できることが特徴です。

リグニンにはいくつかの種類があり、針葉樹、広葉樹、草本によってその基本構造と割合が違います。研究では、針葉樹、広葉樹、草本いずれのバイオマス由来のリグニンでも利用できる2種類の微生物株を開発しました。これらの微生物株を用いて針葉樹のスギや広葉樹のシラカバに含まれるリグニンからムコン酸を生産することができました。

今後、ムコン酸生産の収量や収率をさらに高めるために前処理方法の検討や微生物株の改良を行います。実用化されれば間伐材やワラなどを利用してムコン酸を生産でき、コスト低減につながる上、糖質の需要競合の回避や低炭素社会の実現に大きく貢献することが期待されます。

高塩ストレス処理DAB染色※の結果から高塩ストレス処理した植物は、活性酸素が蓄積しているのに対し、エタノール処理をした植物は高塩ストレス下においても活性酸素の蓄積が抑制されることが示された。
※3,3'-ジアミノベンジジン (DAB)は過酸化水素によって酸化されると茶色になることから、染色された部分には活性酸素が存在することを示す。

エタノールが植物の耐塩性を高めることを発見

戦略的創造研究推進事業CREST

JSTnews 2017年9月号掲載

植物は高濃度の塩類を含む土壌では、根からの水分吸収の阻害や、光合成能の低下が生じ、生育が阻害されるなどの塩害を受けます。塩害は、海沿いの地域では海水や潮風によって起きます。

かんがい農業が行われる乾燥地や半乾燥地では、土壌中の塩分が雨で流されにくいため、蒸発する時に地表に塩類が集積されることが原因の1つとなっています。世界のかんがい農地の約20パーセントで塩害が発生しており、作物の生長や収量に大きな被害をもたらしています。増加の一途をたどる世界の人口への食料供給を維持するために、塩害から植物を守る技術の開発が急務となっています。

理化学研究所環境資源科学研究センターの関原明チームリーダーらは、シロイヌナズナを用いた解析から、エタノールで処理した植物の耐塩性が向上することを発見しました。

網羅的な遺伝子発現解析を実施した結果、高塩ストレスで発生した活性酸素を除去する遺伝子群の発現が、エタノール処理によって増加することがわかりました。また、エタノールは過酸化水素(活性酸素の1種)を消去する酵素の活性を増加させることも明らかにしました。

エタノール処理により、シロイヌナズナおよびイネにおいて活性酸素の蓄積を抑制し、耐塩性が強化されることを発見しました。これにより、かんがい設備の設置が経済的に困難な地域などで農作物を塩害に強くする肥料の開発や、農産物の収量の増加が期待できます。

走査型透過電子顕微鏡(STEM) と概要走査型透過電子顕微鏡(STEM)と概要。試料に細く絞った電子を照射し、透過散乱した電子を検出器で検出して観察する手法。

最先端の電子顕微鏡開発 原子1個の内部電場の直接観察に成功

先端計測分析技術・機器開発プログラム

JSTnews 2017年8月号掲載

電子顕微鏡は基礎研究分野や材料の研究開発に利用され、最近では環境エネルギーや医療といった分野でも貢献 しています。

光学顕微鏡は光を使い数百ナノメー トル程度見えるのに対して、電子顕微鏡は電子の波の性質を利用することで、今や0.05ナノメートル以下の世界を観察できます。これは、水素原子の可視化が可能なレベルで、すべての元素の原子を直接見ることができます。しかし、さらにその先の原子内部の原子核や電子の状態を電子顕微鏡で直接観察することは極めて困難でした。

東京大学大学院工学系研究科の柴田直哉准教授、関岳人特任研究員、幾原雄一教授らは、日本電子と共同で電子顕微鏡の一種である走査型透過電子顕微鏡(STEM)を使い、検出器を分割する独自の方法と組み合わせることで、金原子1個の内部に分布する電場の直接観察に世界で初めて成功しました。この電場は原子内部の正の電荷を持つ原子核と負の電荷を持つ電子雲との間に存在し、原子核から電子雲に向かって湧き出している様子が可視化されました。

今回の成果は、電子顕微鏡を原子の内部構造まで観察できる顕微鏡に進化 させるもので、将来は原子同士をつなぐ共有結合なども観察できるかもしれません。また、日本の電子顕微鏡技術が世界最高水準にあることを示す成果であり、ナノテクノロジーの研究開発を格段に向上させるきっかけとなると期待されます。

ナノ構造の熱伝導計測用光学 システムと測定原理ナノ構造の熱伝導計測用光学 システムと測定原理。ナノ構造の熱伝導は、一般的に電気的手法であるマイクロヒーターと温度測定素子を用いるが、本研究の光学的手法は桁違いの高い処理能力を実現しており、系統的でより誤差の小さい測定が可能である。

熱の運び手フォノンの制御に成功

戦略的創造研究推進事業さきがけ

JSTnews 2017年8月号掲載

熱は固体中で四方八方に拡散するため、これまで特定の方向に流すことは困難であるとされていました。

東京大学生産技術研究所の野村政宏准教授、ロマン・アヌフリエフ特別研究員、エメリック・ラミエール特別研究員らは、 ナノテクノロジーを積極的に利用することにより熱伝導を高度に制御できることを明らかにしました。熱は、固体を作っている原子の振動の量子であるフォノンによって運ばれ、熱伝導の特性はフォノン同士の衝突で決まります。しかし極めて小さな構造の中では、フォノン同士が衝突する前に構造に衝突するため、適切な構造を作ることで熱伝導を制御できるようになります。

野村准教授らは、シリコン薄膜にナノサイズの円孔を規則正しく配列し、熱の運び手であるフォノンが直線に移動する構造を形成することによって、熱流に指向性を持たせることに成功しました。さらに、フォノンの指向性を利用し、フォノンが1点に集中するよう放射状に空孔を配置したレンズのような構造では、熱流を100ナノメートル程度のごく狭い領域に集められることを実証しました。

固体中での熱流制御に新しい選択肢をもたらし、高度な熱マネジメントが望まれる半導体分野への応用が期待できます。また、半導体などにおける放熱性能の向上や、熱流の指向性を積極的に利用する構造設計、局所的な熱流や温度分布を必要とする場所への利用が考えられます。

正常組織とがん組織との形態と温度の違い正常組織とがん組織との形態と温度の違い。開発された温度応答性ナノ微粒子(緑色の球)はがん組織の隙間に入り込んで大きくなり(茶色の球)、がんの中に留まるように設計された。

ナノ微粒子ががん組織だけに集まる仕組みを開発

戦略的創造研究推進事業さきがけ

JSTnews 2017年7月号掲載

副作用なしにがん治療を受けられることは、多くのがん患者や家族の願いです。正常細胞を傷つけることなく、がん細胞にのみ薬剤を運んで治療するドラッグデリバリーシステム(DDS)の研究が進んでいます。

がん組織内に生じた数十~数百ナノメートルの隙間に、ちょうど合うナノ微粒子に薬剤をくっつけて運搬し、集積させる方法がDDSの鍵として注目されています。しかし、多くのナノ微粒子は、 がん細胞の活動で生じる隙間にサイズは合っているものの、がん組織だけでなく正常な組織にも広がってしまい副作用を発症するなどの問題がありました。

九州大学大学院薬学研究院の唐澤悟准教授(現・昭和薬科大学教授)らは、温度が変わると分子が集合して形やサイズが変化する「温度応答性ナノ微粒子」を使って、がん組織に分子を集めて留める方法を開発しました。このナノ微粒子は、ヒトの体温よりも少し高い温度域になると自ら集合して大きなサイズになります。蛍光分子を取り付けたナノ微粒子をがんを持つマウスへ投与したところ、がん細胞の温度に応じ、がん組織に集積する様子が蛍光を使って観察できました。

将来は、効率的に、すばやく微粒子をがん組織へ集める方法が可能になり、従来のDDSが抱えていた、がん細胞以外への副作用を解決するだけではなく、低い投与量で負担が少ない、新たながん診断や治療に役立つことが期待されます。

高速原子間力顕微鏡(高速AFM)により観察したERdj5のクラスターの動きの経時変化の模式図高速原子間力顕微鏡(高速AFM)により観察したERdj5のクラスターの動きの経時変化の模式図。0.0~0.2秒のイメージではC末端側クラスターが開き、0.3~0.5秒のイメージではC末端側クラスターが閉じ、0.6~0.8秒のイメージではC末端側クラスターがまた開く様子を表している。

細胞内でたんぱく質の不良品を分解するメカニズムを解明 神経変性疾患の原因解明に貢献

戦略的創造研究推進事業CREST

JSTnews 2017年7月号掲載

人間の体内では絶えずたんぱく質が作られていますが、細胞内では、正常なたんぱく質を作ると同時に、異常なたんぱく質を速やかに分解・除去する巧妙な品質管理が行われています。

たんぱく質は、多くのアミノ酸が組み合わさった「複雑な立体構造」を持ち、正常な立体構造を形成するためには、システインというアミノ酸同士が結びつく「ジスルフィド結合」が非常に重要であると考えられています。一方で、まれに誤ったシステイン間でジスルフィド結合が形成され不良品の「構造異常たんぱく質」ができることがあります。これを分解する上で重要な働きをするのが、ERdj5と呼ばれる「ジスルフィド結合開裂酵素」です。

しかし、さまざまな大きさやジスルフィド結合の数を持つ構造異常たんぱく質に対して、どのように効率よくジスルフィド結合を還元するのかはわかっていませんでした。

東北大学多元物質科学研究所の稲葉謙次教授らは、X線結晶構造解析という手法を用いて、ERdj5のクラスター間の配向が異なる2つの状態の構造を高分解能で決定しました。さらに、分子の動きを1分子レベルで観察できる高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いて、C末端側クラスターが、N末端側クラスターに対して高速に動いている様子を世界で初めて観察しました。この結果から、ERdj5のC末端側クラスターの動きが、不良品たんぱく質のジスルフィド結合を効率的に還元し、分解する重要な役割をしていることを明らかにしました。

このような神経変性疾患の主要な要因の1つとして、細胞内に不良品たんぱく質が過剰に蓄積することが挙げられますが、本研究がこれらの疾患に対する分子構造レベルでの原因解明につながると期待されています。

熱抵抗が最大または最小になるナノ構造を同定する計算手法の概略図熱抵抗が最大または最小になるナノ構造を同定する計算手法の概略図。

機械学習により熱流を制御するナノ構造物質の最適設計に成功

イノベーションハブ構築支援事業、戦略的創造研究推進事業CREST

JSTnews 2017年7月号掲載

材料の内部にナノスケールの構造を作製して、熱輸送を制御する技術が注目されています。これらの進展には熱輸送の計算科学の発展が望まれていましたが、最適な構造を設計する試みは行われていませんでした。

東京大学大学院工学系研究科の塩見淳一郎准教授と同大学大学院新領域創成科学研究科の津田宏治教授(ともに物質・材料研究機構(NIMS)情報統合型物質・材料研究拠点兼任)らは、熱抵抗を最大または最小にする最適なナノ構造を、従来の数パーセントの計算量で特定する計算手法を開発し、非直感的な新規ナノ構造を設計することに成功しました。

塩見准教授らが研究するナノ構造の熱輸送を計算する手法と、津田教授らが開発した「ベイズ最適化」という手法を使った物性の予測や結晶構造の最適化などを高速に行えるソフトウエア(COMBO)を組み合わせることによって、ナノ構造を最適化する新しい手法を開発しました。シリコンとゲルマニウムから構成される材料を用いることで、すべての候補を計算せずに、数パーセントの数を計算するだけで最適構造を特定できることを明らかにしました。

この成果により、材料科学とデータ科学を融合したマテリアルズ・インフォマティクス(MI)が熱機能ナノ材料の開発に役立つことがわかりました。イノベーションハブ構築支援事業では、NIMS情報統合型物質・材料研究拠点に100名を超える材料科学者とデータ科学者が集結し、データ駆動型の研究手法の開発に取り組んでいます。また、コンソーシアムを発足させ、MI分野のハブ拠点化をめざしています。さらに、CRESTなどの支援を活用した応用研究も行われています。今後、光や電子デバイスなどの放熱、熱遮蔽による機器保護、熱電変換素子の効率向上などへの応用が期待されます。

ソフトロボットにより植物のやわらかさと動きを再現した例ソフトロボットにより植物のやわらかさと動きを再現した例。タッチセンサーとモーターの一体化によってハエトリソウを模したソフトロボットを作製した。

印刷技術で薄くてやわらかいモーターを実現

戦略的創造研究推進事業ERATO

JSTnews 2017年7月号掲載

ロボットというと金属製の硬いボディを思い浮かべますが、生物に似た動きや、人にぶつかった場合の安全性などに注目して、やわらかな体を持つ「ソフトロボット」の研究が急速に進んでいます。ただし、これまでのソフトロボットにおいても、関節を曲げ伸ばしする駆動源は、電気モーターや圧縮空気ポンプなど金属製の重い部品で構成されており、その小型化、軽量化には多くの課題が残されていました。

東京大学大学院情報理工学系研究科の川原圭博准教授、新山龍馬講師らは、構成部品がすべてやわらかく軽量なモーターを印刷技術で作ることに成功しました。このモーターは電気や圧縮空気の代わりに熱を用います。低温で沸騰する液体が入ったプラスチックの袋を、導電インク技術で印刷した薄くてやわらかいヒーターで加熱することで、袋の内部で液体が気化・膨張し、モーターの駆動力を得る仕組みです。自然冷却によってモーターは繰り返し動きます。また、配線やタッチセンサー、アンテナなどもモーターと一緒に印刷すれば、簡単に一体化できます。

作製したモーターは、大きさ80ミリメートル×25ミリメートル、重量が約3グラムと非常に軽量でありながら、実験では小指程度の曲げ力に相当する最大約0.1ニュートン・メートルの回転力を発生でき、最大動作角度は90度に達しました。

やわらかく薄い特徴に加えて、装置が安価で作業時間が短くて済むため、工業用途だけではなく家庭や学校教育現場など、さまざまな場所での活用が期待されます。

亜鉛イオン、リン酸、イミダゾールからなる配位高分子結晶の構造亜鉛イオン、リン酸、イミダゾールからなる配位高分子結晶の構造。

イオンの流れを光によってスイッチングできる固体材料の合成に成功

戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)

JSTnews 2017年6月号掲載

固体状態で高いイオン移動度を示す物質を、固体イオン伝導体といいます。例えばリチウムイオンを固体中で伝導させる材料や、プロトンと呼ばれる水素イオンを伝導する材料はそれぞれ、リチウム電池や燃料電池の性能、安全性を飛躍的に向上させることが期待されています。

イオン伝導体は、ある温度で電圧を加えるとイオンを流し始めますが、電圧だけでなく、光のような刺激によってイオンの流れを任意にスイッチできれば、電池用途にとどまらないデバイス応用の可能性が生まれます。しかし従来は固体の状態で刺激に応答するイオン伝導体の設計は困難でした。

京都大学高等研究院の堀毛悟史准教授、北川進教授、フランスIRCELYONのオード・デメッセンスCNRS研究員らの研究グループは、金属イオンと有機物が結合してできる、配位高分子と呼ばれる結晶中でイオンの流れを光でスイッチングできる新たな材料の合成に成功しました。

光に応答するイオン伝導性を固体中に持たせるには、固体全体でイオンが伝導できる特性と、光に応答してその伝導の流れを変えられる分子の両方が存在する必要がありました。

研究グループは配位高分子の中から、亜鉛イオンとリン酸、イミダゾールが結晶中でネットワークを組む結晶を用いました。結晶は、160度で安定な液体となる性質があります。この結晶を160度で融解させ、プロトンを放出・再結合する有機分子を溶液中に分散させた後、冷却して固体に戻すことで結晶全体に分散させた光応答性イオン伝導体の固体材料の合成に成功しました。合成した固体材料に光を当てるとプロトンを伝導するようになり、光を止めるとその伝導も停止します。この機構を応用すれば、不揮発性のメモリーや電気を蓄えるコンデンサー、あるいは光駆動するトランジスターなどの研究開発に大きく貢献すると期待されます。

ミントボディを発現させたタバコ細胞(2個)の蛍光イメージング像ミントボディを発現させたタバコ細胞(2個)の蛍光イメージング像。上から、低温ストレスを与えてから0、1、2時間後の像。中央のまるく抜けている領域が細胞核で、ヒストンが存在する。暖色系の色ほど蛍光の強度が強い。時間の経過に伴って核内のミントボディの蛍光が増えてきていることから、低温ストレスに応答してヒストンのアセチル化が増えていることがわかる。スケールは100マイクロメートルを示す。

生きた植物細胞で初めて遺伝子の活性化を観察

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

JSTnews 2017年6月号掲載

細胞核にあるDNA配列の変異に関係なく、DNAや真核生物の染色体を作る主要なたんぱく質であるヒストンが化学的な作用を受け、DNAが発現しやすくなったり不活性にしたりする遺伝子の動きを決める変化のことをエピジェネティクス変化といいます。例えば、三毛猫がほぼメスであることにもこの現象が深く関わっています。

東京理科大学理工学部の松永幸大教授らは、理化学研究所や東京工業大学との共同研究で、マウスの抗体の一部を植物細胞で発現させ、植物のエピジェネティクス変化を生きたまま解析する方法を開発しました。

エピジェネティクスの指標の1つに、ヒストン修飾があります。DNAに結合する塩基性たんぱく質であるヒストンの末端部分が化学的に修飾されるもので、アセチル化、メチル化があります。一部に蛍光たんぱく質を結合させた細胞内抗体を動物細胞で発現させて、生きた動物細胞でヒストン修飾の観察が可能になりました。

しかし、植物には抗体の遺伝子がないことから、植物細胞内で細胞内抗体を発現させてもヒストン修飾を正常に認識できるかは不明でした。研究グループはタバコ培養細胞を用い、細胞内抗体が生きた植物細胞で正常に構造を保持し、ヒストンのアセチル化リジン残基を認識していることを証明しました。また、単一の植物細胞レベルで低温や塩ストレスによるエピジェネティクス変化を捉えることに世界で初めて成功しました。

この研究により、ヒストン修飾イメージング技術が確立され、エピジェネティクスにより制御される植物の環境応答や環境記憶メカニズム解明の進展、植物科学や農学研究への貢献などが期待されます。

開発された第2世代ワイヤレスIWMの構成図開発された第2世代ワイヤレスIWMの構成図。

道路からインホイールモーターへの走行中ワイヤレス給電に成功

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

JSTnews 2017年6月号掲載

自動車のホイール内部に駆動モーターを配置するインホイールモーター(IWM)タイプの電気自動車は、その優れた運動性能により、安全性、環境性、快適性のあらゆる面でメリットがあります。しかし、従来のIWMではモータを駆動する電力を送るため車体とIWMをワイヤでつなぐ必要があり、このワイヤが断線するリスクがありました。

一方、電気自動車の普及が進んでいない一番の課題は、従来のガソリン車などに比べ充電1回あたりの走行距離が短いことです。そこでバッテリーの搭載量を最小限にして、走行中に足りない分のエネルギーを道路に設けたコイルからワイヤレスで送って補う走行中給電の実現に向けて、世界で多くの研究が行われています。これまで検討してきた方法の多くは、道路に設けたコイルから車体の底に装着した受電コイルに電力を送り、車載バッテリへ給電をするものでした。

東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤本博志准教授らの研究グループは、東洋電機製造株式会社、日本精工株式会社と共同で、道路のコイルから車体ではなくIWMに直接、走行中に給電できる第2世代ワイヤレスIWMを開発し、世界で初めて実車での走行に成功しました。

この方式では、車体に上下運動が生じることによる効率の低下を防止できます。また、IWMに蓄電デバイスを内蔵し、これを適切に使用するための高度なエネルギーマネジメント技術も開発しました。さらに、IWMの走行中給電では個々のモーターが電力を受け取れるので、道路側コイルから送る電力を小さくでき、道路側設備の簡易化にもつながります。

これにより、電気自動車の課題である走行距離の短さを解決できます。IWMに適した新たな走行中給電のかたちが提案されたことで、電気自動車の普及や地球環境の保全への貢献が期待されます。

日本への分譲が承認されたハヤトウリ日本への分譲が承認されたハヤトウリ。実際の分譲は果実丸ごとではなく、試験管内で組織培養された状態で行われる。ものさしの1目盛は1センチメートル。日本や東南アジアでも栽培されている。

メキシコから日本へ!植物遺伝資源の分譲第1号を筑波大学が取得

地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)

JSTnews 2017年5月号掲載

筑波大学生命環境系遺伝子実験センターの渡邉和男教授らは、メキシコから日本への植物遺伝資源であるハヤトウリの分譲承認を取得することに成功しました。これによりメキシコ政府から正式にハヤトウリ遺伝資源*を日本へ持ち込むこととなり、名古屋議定書に基づくメキシコから日本への分譲承認の第1号となります。

今後、分譲されたハヤトウリ遺伝資源を用い、長期保存法の開発や栽培形質の評価、将来の新品種育成に向けた学術研究、機能性成分の研究などを行う予定です。また、将来的には本研究成果をメキシコ農村社会のみならず、アジア圏にも還元することをめざしています。

1993年に発効した生物多様性条約では、遺伝資源は保有国に主権的権利があるとされ、遺伝資源利用による利益を提供者と利用者が公正かつ衡平に配分するよう規定されました。同条約名古屋議定書では遺伝資源の取得の機会を与える条件として、遺伝資源を保有する締約国の事前の情報に基づく同意(PIC)や遺伝資源の提供者と利用者との間で相互に合意する条件(MAT)を設定することなどが必要であると定められています。

名古屋議定書締約国の多くでは、このような分譲手続きの具体的整備や事例蓄積が進んでおらず、渡邉教授は「遺伝資源の国際共有を伴う学術研究に弾みがつくと同時に、さまざまな遺伝資源を活用した事業化や地域振興につながることを期待しています」と遺伝資源の正式な分譲手続きの事例を提供できたと手応えを感じていました。

*遺伝資源とは?
現在あるいは将来的に価値がある、植物、動物、微生物などに由来する素材のことを言います。一度失われた遺伝 資源は、二度と取り戻すことができないため、その遺伝的多様性を保全することが重要な課題となっています。

遺伝子組換え微生物の拡散を防ぐ新技術を開発リン酸化合物の輸送体遺伝子(大腸菌の場合7種類)を破壊し、ある種のバクテリアから発見した亜リン酸輸送体と亜リン酸酸化酵素の2種類の遺伝子を導入することによって亜リン酸だけしか利用できない性質を示す。

遺伝子組換え微生物の拡散を防ぐ新技術を開発

戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)

JSTnews 2017年5月号掲載

ゲノム編集などの遺伝子工学技術の急速な進展によって、従来は作ることができなかったような多様な組換え微生物の作製が可能になっています。一方で、組換え微生物の安全性を高めるための技術開発はあまり行われていません。広島大学大学院先端物質科学研究科の廣田隆一助教、黒田章夫教授らの研究グループは、亜リン酸というリン化合物を利用し、組換え微生物の環境中への拡散を防ぐ新しい生物学的封じ込め技術を開発しました。

生物学的封じ込めとは、組換え微生物が誤って実験室環境外へ漏れ出た場合に備え、自然環境中では生存できないような性質をあらかじめ与えておく技術です。従来のビタミンやアミノ酸などの栄養源がないと生きられないようにする技術や、実験室外では自然に消滅するような仕掛けによる生物学的封じ込めでは、封じ込めから逃れる変異体が出現しやすいなどの問題があったため、より効果の高い手法の開発が求められていました。

リンは核酸やATPなどの成分として、あらゆる生物の必須元素であるため、微生物の生育はリンの獲得に依存します。通常の生物はリン酸(HPO42-)をリン源として利用しますが、研究グループはリンの代謝系を改変し、天然には存在しない亜リン酸(HPO32-)というリンしか利用できない性質を作り出すことに成功しました。この性質を与えられた大腸菌は、亜リン酸が得られない条件では全く増殖できず、その効果は世界最高レベルでした。また、封じ込め株の作製は、リンの代謝に関わる9個の遺伝子改変により可能であり、同程度の効果を得るために開発された既存の手法と比べると極めてシンプルで、さまざまな微生物に適用できると考えられます。さらに亜リン酸は非常に安価であるため、二酸化炭素を固定して有用物質を作ることができる有用微細藻類など、大きな規模で行われる微生物培養の実用化に貢献する技術として期待されます。

「電気代そのまま払い」を利用して冷蔵庫を買い替えた場合の、冷蔵庫導入費用の返済方法例。
「電気代そのまま払い」を利用して冷蔵庫を買い替えた場合の、冷蔵庫導入費用の返済方法例。

電気代節約分で新型・省エネの冷蔵庫が手にできる家電買い替えの新たな枠組みを提案

低炭素社会戦略センター(LCS)

JSTnews 2017年4月号掲載

家電量販店で必ず目にする「省エネ」の文字。1日あたりの電気代と年間でいくらお得になるかを、各メーカーがここぞとばかりにアピールしています。我が家もそろそろと、考えてはみるものの、特に大型家電の買い替えは値段をみて二の足を踏んでしまいます。省エネや月々の電気代の節約より一度に大きな出費を避けたいのが人情です。

そんな消費者の心理と、省エネ効果をうまく結びつけた提案が実現し始めました。

低炭素社会戦略センター(LCS)と東京大学大学院工学系研究科の松橋隆治教授(LCS研究統括)らが2014年より家庭での省エネを進めるために提案してきた「電気代そのまま払い」の枠組みの実施です。これは、冷蔵庫などの省エネ機器を導入する際、必要な初期費用を金融機関などが立て替え、節約した電気代相当額を月々の電気代と一緒に支払い、冷蔵庫代を返済するアイデアです。LCSと東京大学は「電力使用量見える化実験」により収集した実際の家庭の冷蔵庫の消費電力データに基づき、月々に節約される電気代を簡単に推計する方法を開発しました。

この成果をもとに、2015年4月より静岡ガスの協力を得て静岡県内の一般家庭20世帯で、冷蔵庫の消費電力量の計測を開始し、このデータを分析しました。この分析結果から、これまで5世帯に「電気代そのまま払い」を提案し、2世帯で冷蔵庫の買い替えが実現しました。実際に冷蔵庫を買い替えた家庭では、60%以上の省エネ効果(電気代にして1,500円/月以上の節電効果)が確認されました。

買い替える前と同程度の電気代を月々支払うだけで、最新の機器を導入できることは家計にとって、どれだけ嬉しいでしょうか。将来、この枠組みを冷蔵庫以外の家電や照明などの機器に広げることで、家庭での省エネ量は確実に高まるはずです。家計にも環境にも優しい枠組みを、今後は全国へ普及させることをめざします。

モバイル遺伝子検査機(試作機)
モバイル遺伝子検査機(試作機)。高さ200mm×幅100mm×厚み50mm、重量約500g

携帯できる小型遺伝子検査装置を開発 インフルエンザやノロウイルスの感染を現場で検査

先端計測分析技術・機器開発プログラム

JSTnews 2017年4月号掲載

風邪かな?と思っても初期症状だけで病気を自己判断するのは禁物です。実はインフルエンザだったということもよくあります。

インフルエンザやノロウイルスによる集団感染や食中毒の拡大を抑えるには、初期段階で有効な対策が必要です。そのために原因となる細菌やウイルスの特定を現場で素早く、高精度に測定する手段が求められていました。

開発した遺伝子検査装置は、軽くて持ち運びが可能で、インフルエンザなどの感染を約10分で検査できます。遺伝子検査は通常、血液などを使い、遺伝子の特定部分を大量に増やし感染を調べますが、今回小さなプラスチック基板で高速に遺伝子を増やす技術と、遺伝子の量を高感度で測定できる小型蛍光検出技術を組み合わせることで、高精度のまま小型化と短時間での検査を実現しました。

日本板硝子株式会社の福澤隆主席技師と産業技術総合研究所の永井秀典研究グループ長、株式会社ゴーフォトンの共同開発チームの成果です。

これまでの遺伝子検査装置は大型で、専門施設内での利用に限られていたため、現場で採取したサンプルを送るなど、判定までに1日以上かかっていました。その結果、現場の簡易検査で陰性だったのに、遺伝子検査で感染が判明し対策が後手に回ることもありました。

新たな装置は、どこへでも簡単に持ち運べることから、食品衛生、感染症予防、環境汚染調査など幅広い分野での活用が期待されます。医療機関や食品工場に加えて、学校や空港などの公共施設に持ち込み迅速な遺伝子検査が可能になります。近い将来さらに小型化され、スマートフォンのように1人1人が持ち歩き、感染症の診断を自分でチェックする――なんてことが実現するかもしれません。