事業成果

2019年度最新成果一覧

  • 鉄細菌が集団で伸長していく仕組みを解明
    分泌されるナノ繊維が制御し環境に適応

    戦略的創造研究推進事業ERATO

    JSTnews 2020年2月号掲載

    鉄分の豊富な湧き水や沼などに生息する鉄細菌レプトスリックス属は、菌体表面から無数のナノ繊維を分泌します。これらの繊維が絡まった「チューブ原基」の外側に酸化鉄粒子が沈着することで細かいチューブ状の集団を形成しています。

    筑波大学生命環境系の野村暢彦教授らは、微細加工技術を駆使して高さを1.3マイクロメートルに制限した二次元空間を持つマイクロ流路デバイスを作製しました。これを用いて培養したところ、鉄細菌のチューブ状の細胞集団形成をリアルタイムで観察することに成功しました。

    さらに蛍光顕微鏡や大気圧走査電子顕微鏡で観察した結果、表面接着直後のナノ繊維の分泌には偏りがあり、細胞集団の伸長に関わることや、細胞集団が壁に衝突しても、屈曲や反転によって伸長を続けることが明らかになりました。分泌されるナノ繊維が伸長を的確に制御することによって、鉄細菌は狭い空間でも集団を最大化し環境に適応しています。

    鉄細菌がつくるチューブ原基はさまざまな金属イオンを吸着するため、水処理施設で金属除去システムとして利用されています。また、鉄を吸着したチューブは顔料、電極、触媒、農薬などへの利用が模索されています。今回の成果は、これらの分野のさらなる進歩に寄与することが見込まれます。

    作製したマイクロ流路デバイス。(A)顕微鏡に設置した様子。(B)流路には、縦×横×高さが100×100×1.3マイクロメートル(μm)の二次元空間が並ぶ。(C)チューブ状に成長した鉄細菌。

  • 膜透過ペプチドで葉緑体などを自在に改変
    効率的な物質生産に道

    戦略的創造研究推進事業ERATO

    JSTnews 2020年1月号掲載

    光合成を担う葉緑体、赤や黄色の色素を作りためておく有色体、デンプンを貯蔵するアミロプラスト――。植物や藻類が持つこれらの細胞小器官は、まとめて色素体と呼ばれます。二重の膜で包まれ、核とは別に独自の遺伝子を持ち、必要に応じて葉緑体などに分化して、多様な代謝過程を担っています。色素体へ目的のDNAを導入して自在に改変すれば、物質生産に利用できると考えられています。高い圧力でDNAを金粒子と共に打ち込む方法がありますが、もっと簡単に効率良く導入できる方法が求められていました。

    理化学研究所環境資源科学研究センターの沼田圭司チームリーダーらはこれまで、細胞膜透過ペプチド(CPP)を使ったDNA導入法を開発し、ミトコンドリアなどさまざまな細胞小器官への導入に成功していました。一方、色素体たんぱく質の多くは核の遺伝子から発現して色素体の中へ取り込まれますが、この時に色素体の膜を透過して入っていくための目印となっているのが葉緑体移行ペプチド(CTP)です。研究プロジェクトが、このCTPとCPPという2種類のペプチドとプラスミドDNAを組み合わせたクラスターを作製し、植物細胞の葉緑体、有色体、アミロプラストへそれぞれ導入したところ、導入したDNAの発現が確認されました。狙ったDNAを簡単に色素体へ導入することに成功し、しかも同じペプチドで異なる色素体へ選択的に導入できることを明らかにしました。

    この技術によって植物細胞の色素体を迅速に改変できるようになり、効率的な物質生産や基礎研究の進歩へと道が拓けます。

    葉緑体移行ペプチドと正に帯電したペプチドを融合した機能性ペプチドに、プラスミドDNAを混合し、イオン性の複合体にした。さらに細胞膜透過ペプチドを添加して、2つの機能性ペプチドを含んだクラスターを作製。これを植物細胞内部の葉緑体など色素体へ導入し、改変に成功した。

  • 関節炎の原因細胞を発見
    リウマチの新たな治療法に期待

    戦略的創造研究推進事業CREST

    JSTnews 2020年1月号掲載

    関節リウマチは、関節が炎症を起こし軟骨や骨が破壊されて機能が損なわれる病気で、全人口の約1パーセントが罹患しています。骨を破壊する破骨細胞は、古く傷んだ骨を壊した後、骨芽細胞による骨の再生を促すことで骨の健康を維持しています。一方、関節リウマチやがんの骨転移などでは、この破骨細胞が異常に活発になり骨の破壊を起こすことが知られています。

    大阪大学大学院医学系研究科の石井優教授らは、これまで1種類しかないと考えられていた破骨細胞には骨を健康に保つ善玉と炎症を起こす悪玉の2種類があり、悪玉破骨細胞が不必要に骨を破壊していることを明らかにしました。

    石井教授らは、関節リウマチのマウスの組織から細胞を回収し解析する方法を確立し、悪玉破骨細胞が形成される過程を調べました。その結果、炎症を起こした関節の骨組織には、異常な破骨前駆細胞が存在することを発見しました。さらにこの細胞は骨髄由来の細胞で、血流を介して関節に入った後、分化に必要なたんぱく質と反応して悪玉破骨細胞に変化することがわかりました。このたんぱく質の働きを薬で抑えたところ、関節リウマチの症状が改善し、ヒトの組織を使った実験でも同じ結果が得られました。悪玉破骨細胞が発生する過程が詳細に解き明かされたことで、新たな治療法の開発が期待されます。

    異常に活性化して骨を破壊する悪玉破骨細胞を発見し、善玉破骨細胞とは性質も起源も異なることを明らかにした。

  • ニューロンの信号から神経回路を推定
    半世紀来のアイデアが実現

    戦略的創造研究推進事業ACT-I

    JSTnews 2019年12月号掲載

    脳の神経細胞であるニューロンは、細胞間をつなぐシナプスを通じて電気信号を他のニューロンに伝えることにより、情報を伝達しています。時系列の信号の細胞同士での相関関係を調べれば、細胞同士のつながり、つまり神経回路を推定できると考えられています。このアイデアは50年以上前からありました。近年、技術革新で信号を長時間記録できるようになったため推定の実現が期待されていましたが、周囲のニューロンや外部信号の影響で、信頼性の高い推定はできていませんでした。

    国立情報学研究所の小林亮太助教は京都大学の篠本滋准教授らと共同で、機械学習の技術として確立してきた一般化線形モデル(GLM)を使って外部信号の影響を消し、並列する時系列の信号同士の相互相関(CC)からニューロン間の結合を高精度で推定する解析法「GLMCC」を開発しました。モデルニューロンからなる神経回路をシミュレーションしたところ、従来手法よりはるかに高い精度でニューロン間の結合を推定できました。

    計測技術の発展で今後は神経についてのビッグデータが得られるといわれています。この解析法を使えば、脳領域ごとの情報処理の仕組みを解明できると期待されます。

    解析プログラムやアプリケーションはウェブで公開されています。
    GLMCC(Generalized Linear Model for Cross Correlation)
    http://www.ton.scphys.kyoto-u.ac.jp/~shino/GLMCC/

    開発した解析法では、計測されたニューロンの時系列信号から脳の神経回路を推定できる。

  • エネルギー損失の少ない磁性材料を量産化
    モーターやトランスの省エネ効果に期待

    研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)企業主導フェーズ NexTEP-Bタイプ

    JSTnews 2019年12月号掲載

    電気を動力へ変換するモーターや、電圧を変換するトランスといった磁気デバイスでは、部品の材料である鉄や銅に起因して電気エネルギーを損失しています。機器の省エネには、こうした鉄損、銅損の少ない材料が求められています。

    従来は、鉄にケイ素を加えたケイ素鋼板などが磁性材料として使われてきました。東北大学未来科学技術共同研究センターの牧野彰宏教授らは、このケイ素鋼板に匹敵する磁気特性を持ちながら鉄損を抑えた磁性材料として、鉄と少量の安価な元素からなるナノ結晶材料を発明しました。その実用化を目指して2015年に設立されたのが東北大発ベンチャーの東北マグネットインスティテュートです。同社は薄い帯状のナノ結晶を量産できる装置の開発に成功し、今年10月より製造を始めました。

    製造工程では、まず溶解した素材を幅広に薄く連続射出、急冷し、長いアモルファス薄帯としてロール状に巻き取ります。これを加熱、冷却と連続処理するとナノ結晶薄帯となります。

    製造した薄帯は、一般的なケイ素鋼板に比べ鉄損が約6分の1に低減されました。冷蔵庫、エアコン、洗濯機などの家庭用電化製品だけでなく、電気自動車、産業機器などのモーターに使われるケイ素鋼板を代替できれば省エネ効果が高く、需要が大きくなると期待されます。

    開発した装置で製造した幅127ミリメートルと245ミリメートルのナノ結晶薄帯。ロール状で量産される。

  • 走りながら充電する電気自動車を開発
    受電回路と駆動装置の全てをタイヤの中に

    未来社会創造事業

    JSTnews 2019年12月号掲載

    日本における二酸化炭素排出量の約18パーセントは自動車によるものです。その削減を目指し急速に進展しているのが、走行中の電気自動車にワイヤレスでエネルギーを送る技術です。

    東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤本博志准教授らは、「全てをタイヤの中に」を目標に、企業と連携して、電気自動車へのワイヤレス給電の研究開発に取り組んできました。2017年に開発した第2世代では、走行中のホイール内モーターへのワイヤレス給電を実現しましたが、タイヤの外にも給電システムの一部を配置していたため、設計上、乗り心地や操縦の安定性などを向上させるサスペンションシステムとの最適化が困難でした。また、モーター性能も従来の軽自動車クラスで、乗用車への適用には改良が必要でした。

    駆動装置であるモーター、インバーターと受電回路の全てをタイヤの中に収納し、走行中に道路からワイヤレスで給電できる第3世代のシステムを完成させ、実車での走行実験に成功しました。走行中の給電性能やモーター性能、車両への搭載しやすさを大幅に改善し、第2世代に比べ、受電コイルの容積を53パーセント減らし、給電能力を12キロワットから20キロワットへと向上させました。

    第3世代の導入の実現に向け、さらに実験と検証を進め、2025年には実証実験への移行を目指します。

    第3世代の走行中ワイヤレス給電インホイールモーターを搭載した実験車両(左)と構成図(右)

  • 安価な原料から重水素の製造に成功
    触媒の性質を変えるだけで2種類の作り分けが可能に

    戦略的創造研究推進事業さきがけ

    JSTnews 2019年11月号掲載

    水素が陽子1つの原子核を持つのに対し、重水素は陽子1つと中性子1つからなる水素の同位体です。半導体や光ファイバーなどの製造工程でも使用される特殊ガスで、地球上の自然界にはほとんど存在しません。水素よりも沸点が1度高いことを利用した分別蒸留法や、交換反応法などで製造されていますが、多くのエネルギーを必要とするため、市販品は極めて高価です。日本はその大半を海外からの輸入に頼っており、安く簡単に合成できる新たな手法の開発が望まれていました。

    大阪大学大学院工学研究科の森浩亮准教授らは、独自の触媒を用いて、ギ酸から重水素を製造することに成功しました。ギ酸は安価で安全な液体で、大量生産が可能です。また、水素を多く貯蔵しているので次世代のエネルギーキャリアとして注目されています。

    森准教授は、パラジウムと銀の合金の超微細粒子を塩基性シリカに付着させた触媒が、ギ酸を分解して水素を製造する優れた金属触媒になることを報告していました。今回この触媒を用いて、ギ酸を重水の中で分解すると、重水素が約87パーセントと高い効率で生成することを発見しました。さらに、触媒表面の塩基の性質を変えるだけで2種類の重水素(D、HD)を作り分けることにも成功しました。

    開発した触媒は簡単に調整でき、安定性が高く、作り分けも可能なため、重水素の安価な製造手法として普及が期待されます。

    ギ酸と重水から重水素を作り分ける技術

  • 熟練研究者の「勘と経験」をコンピューターで再現
    未経験でも簡単に計測条件を決定

    戦略的創造研究推進事業さきがけ

    JSTnews 2019年11月号掲載

    分子や物質の性質を理解するためには、それらの構造を知ることが効果的です。試料にエックス線を照射して数千から数万個のデータを計測し、コンピューター処理によって3次元構造の情報を得られる単結晶構造解析は、学術や産業の研究で幅広く使われています。しかし、解析には数時間から数日もかかるため、あらかじめ熟練の研究者が「勘と経験」に基づいて試料の選別や条件の設定をしています。

    JSTの星野学さきがけ専任研究者らは、ある事柄の結果から原因を推定する統計解析法に注目し、数分の予備計測で得られるデータから試料の結晶構造を推定する技術を開発しました。溶媒分子であるシクロヘキサンとクロロホルムを含んだ2種類の多孔性物質結晶にこの技術を適用したところ、推定した数値から溶媒分子の違いを判別できました。従来は数時間以上かけたデータ計測と単結晶構造解析の後でしか確認できなかったものです。

    単結晶構造解析に熟練していなくても、開発した技術を使うことで、研究の目的に応じた試料の選別や計測条件の設定を効率よくできるようになります。さらに今後、熟練者の勘と経験をコンピューターで置き換える技術の進展も期待されます。

    多孔性物質結晶に含まれる溶媒分子の違いを事前評価で判定

  • つなぎ替えで細胞の集団移動がスムーズに
    細胞間接着の伸長を促進するたんぱく質を発見

    戦略的創造研究推進事業CREST

    JSTnews 2019年10月号掲載

    人間の体は、外界から体内を守る上皮組織によって生命の維持に必要なさまざまな機能や反応がもたらされています。体が作られる過程では、上皮組織内の上皮細胞が同一方向に集団移動することでシート状の上皮組織を折りたたみ、伸長、陥入、移動などの変形を行い、器官を作ります。しかし細胞同士の接着を保ったまま、どのように上皮細胞が同一方向に動くのか、その仕組みはわかっていませんでした。

    東北大学生命科学研究科の倉永英里奈教授らは、細胞同士のつなぎ替えの過程を、生きた細胞を生きたまま観察できる手法を用いて可視化し、連続してスムーズに集団移動する仕組みを解明しました。

    細胞のつなぎ替えはまず、細胞同士の接着面が収縮することから始まります。接着面には筋肉の収縮に必須なアクトミオシンが局在していて、接着面が消失するまで収縮します。消失すると、新たな細胞接着面が元の接着面とは垂直方向に伸張します。これまでは、接着面が消失するとアクトミオシンも消失すると思われていましたが、今回詳細に観察したところ、アクトミオシンは消失することなく新しい細胞接着面を作る際の接合点で再利用されていることを発見しました。さらに、その接合点でアクトミオシンを再利用するためには、サイドキックという膜たんぱく質が必要であることがわかりました。つなぎ替えで新たに生じた細胞接合面に集積し、アクトミオシンをつなぎ止め、まるでジッパーのように細胞接合点をスムーズに移動することで、細胞接着面の伸長を誘導していることを明らかにしました。上皮組織の形態を形成する細胞機能の解明により、創傷治癒など上皮修復の研究に進展が見込まれます。

    実際に得られた細胞を生きたまま観察した動画(下)に基づいた、細胞接着面のつなぎ替えの模式図(上)。アクトミオシン(茶色)の濃度が高い細胞間接着が短くなると、細胞間接着が消失し、4個の細胞の接合点に集積する(青色矢印)。その後新しい細胞間接着が伸長し、3個の細胞の接合点にアクトミオシンが集積する(紫色矢印)。

  • 緑は進め 赤は止まれ
    光で微生物の代謝を制御 物質生産の効率化へ

    未来社会創造事業探索加速型

    JSTnews 2019年9月号掲載

    燃料や生分解性プラスチックの原料となるバイオマスは、持続可能な社会を実現する資源として注目されています。大腸菌などの微生物を工業に利用するバイオプロセスでは、原料の糖を細胞が取り込み、多数の代謝経路を経て目的の物質に変換します。広く実用化するには、代謝の流れを最適化して生産速度を上げることが必要です。

    従来、代謝の流れを調整するには培養液に薬剤を加えて遺伝子の発現を誘導していました。一度加えた薬剤は培養液から取り除くことが難しいため、これではオン-オフを切り替えられません。

    大阪大学大学院情報科学研究科の戸谷吉博准教授らは、光合成生物などが光で遺伝子の発現を制御する仕組みに着目し、光合成生物が持つ分子装置の遺伝子を大腸菌に導入して、光を当てて繰り返し代謝をオン-オフできる制御技術を開発しました。

    大腸菌に光を照射して、酵素を発現する遺伝子に働きかけます。この分子装置では、緑色の光は標的の遺伝子の発現を促進し、赤色の光は抑制します。開発した大腸菌株では、緑の光では解糖系を、赤い光ではペントースリン酸経路を主に使って糖を分解していることを明らかにし、光で代謝経路を制御することに成功しました。

    今後、有用物質を高効率に生産する手法の確立へと、期待が高まります。

    グルコース6リン酸(G6P)から分岐する2つの代謝経路に着目し、G6Pイソメラーゼ(PGI)の遺伝子発現量を光で制御するスイッチを開発した。矢印の太さと数字は、グルコースが細胞に取り込まれる速度を100とした時の各代謝経路の反応速度を示している。

  • 金属にも絶縁体にもなるマグネタイトをナノサイズに
    特性の解明やナノエレクトロニクス応用へ期待

    戦略的創造研究推進事業さきがけ

    JSTnews 2019年9月号掲載

    マグネタイト(Fe3O4)は天然の磁石にもなる鉱物ですが、温度などによって電気の通りやすさが100倍以上変わり、金属にも絶縁体にもなる相転移特性を持っています。その特殊な結晶構造は早くから注目され、電子デバイスに使うための微細化も研究されてきました。しかしマグネタイトには結晶中で原子の規則的な並びがずれているといった欠陥があるため、ナノメートルサイズにするとその影響が大きくなり相転移特性が失われるというのが定説でした。

    大阪大学産業科学研究所の服部梓准教授は、物質をナノサイズで作製して新たに機能を発現させる研究をしています。酸化マグネシウムでできた微細なテンプレートを基板にマグネタイト結晶を成長させ、ナノレベルの細い線にする技術を開発し、10ナノメートルの微小な隙間を持つナノギャップ電極を作る技術と組み合わせました。これにより、欠陥の少ない結晶の領域を選ぶことができ、優れた相転移特性を保ったまま、3次元方向全てがわずか10ナノメートルというマグネタイトのナノ構造体を作ることに成功しました。

    マグネタイトをナノサイズにできたことで、相転移特性の鍵といわれる、電荷の秩序状態の機構解明に迫れると期待されています。また、開発したナノ構造作製技術は他の物質にも適用でき、ナノエレクトロニクスへの幅広い応用が見込まれます。

    独自のナノ構造作製技術(左)とナノギャップ電極(右上)により、
    寸法10ナノメートルでのマグネタイトの相転移を初めて観察した(右下)。

  • 光を用いた量子コンピューターの心臓部を開発
    1つの回路を繰り返し使用し多くの計算処理が可能に

    戦略的創造研究推進事業さきがけ

    JSTnews 2019年8月号掲載

    量子力学の原理で計算する量子コンピューターは、特定の計算をスーパーコンピューターよりも格段に短い時間で実行でき、世界各国で研究開発が進められています。中でも光を使う量子コンピューターは大気中で動作し、巨大な冷却装置なども不要なため、実用化に優れています。

    しかし従来の手法では、実行したい計算の種類ごとに異なる回路が必要な上、計算の規模が大きくなるほど装置も大型化してしまう問題があり、実用レベルで計算できるほどの大規模化は難しいと考えられてきました。

    東京大学大学院工学系研究科の武田俊太郎特任講師と古澤明教授らは、一瞬だけ光るパルス状の光を操作し、大規模な計算を効率良く行える回路を構築しました。この回路は2017年に発表した「究極の大規模光量子コンピューター」方式の心臓部となるものです。

    1つの回路を繰り返し使いながら次々と入ってくる光パルスの入射するタイミングに合わせて、ミラーの透過率や位相シフターの設定を高速に切り替える制御方法を開発しました。この方法では、回路の規模と構造を変えずに機能を切り替えるだけで、さまざまな量子もつれを効率良く合成できます。実際に、1000ステップを超えるさまざまな種類の計算が実行できるようになり、究極の大規模光量子コンピューターの実現に大きく前進しました。

    究極の大規模光量子コンピューター方式。オレンジの点線で示した部分が今回構築した心臓部の回路。情報を乗せた多数の光パルスは、一列に並んでループを周回する。1つの回路を機能を変えながら繰り返し利用し、何ステップも計算を行う。計算の過程で、次々と来る光パルス同士を順次適切な量子もつれ状態にしている。

  • 素材に微細な傷を付けて色や形を表現
    インクを使わず超高精細に印刷

    戦略的創造研究推進事業さきがけ

    JSTnews 2019年8月号掲載

    コガネムシの表面やクジャクの羽などに見られる鮮やかな色は「構造色」と呼ばれ、色素ではなく特殊な多層構造が光を反射して発色しています。

    京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点のイーサン・シバニア教授らはこの仕組みに着目しました。素材の表面に人工的に微細な発色構造を作り出し、インクを使わずに色を付ける方法を開発しました。

    アクリル樹脂やポリカーボネートといった安価な工業用ポリマーのシートに光を照射し、酢酸などの溶液に浸すことで人工的に小さな亀裂を生じさせ、構造色と同じ多層構造を作ることに成功しました。光の波長を調整すれば、青、赤、黄など、表現したい全ての可視光を発色できます。この技術によって、通常の印刷と比べ40倍の解像度を達成し、指先よりも小さく透明な素材上に高精細な印刷を可能にしました。また、インクを使わないので色褪せず、環境への負担も少なくなります。

    以前から構造色を使った印刷技術はありましたが、高価な材料が必要でした。開発した方法は、安価な素材を使い、また、光の照射にも特別な装置が必要ないため、さまざまな用途が見込めます。

    インクの使用量の削減の他、紙幣や身分証明書などの偽造防止技術への活用などに広く普及させることを目指します。

  • 世界初、常温常圧で窒素ガスと水からアンモニアを合成
    次世代のエネルギー媒体として期待が高まる

    戦略的創造研究推進事業CREST

    JSTnews 2019年7月号掲載

    アンモニアは窒素肥料や工業製品などの原材料として幅広く利用されています。また、温室効果ガスである二酸化炭素を発生させずにエネルギーを取り出せ、貯蔵や運搬も容易なことから、次世代のエネルギー媒体としても期待されています。

    現在、アンモニアはハーバー・ボッシュ法で合成されていますが、膨大な化石燃料を使い、二酸化炭素を排出しています。一方自然界では、マメ科植物に共生する根粒菌などが持つニトロゲナーゼという酵素が、常温常圧で水を水素源として窒素ガスからアンモニアを合成しています。東京大学の西林仁昭教授らは、この仕組みをまねたアンモニア合成を目指しました。

    ニトロゲナーゼの活性中心を模倣した金属触媒として、研究グループはモリブデン錯体を開発してきました。さらに、還元剤としてヨウ化サマリウムを使うと、ニトロゲナーゼに匹敵する速さで常温常圧でのアンモニア生成が進むことを発見しました。ヨウ化サマリウムと水やアルコールとの組み合わせは、炭素-酸素二重結合(C=O)の還元試薬として古くから有機合成で使われてきたものです。これを窒素-窒素三重結合(N≡N)の還元に用いることを思い付きました。

    サマリウムは希土類(レアアース)の1つで比較的安価ですが、工業化に際しては再利用する必要があります。研究グループは企業と共同で、実用化に向けた研究開発に取り組んでいます。

    このアンモニア合成法が実用化されれば、環境・エネルギー問題の解決に大きく寄与すると期待されます。

    窒素ガスと水からアンモニアを合成

  • 健診データをアプリで確認 自分に最適な健康アドバイスも受けられる

    研究成果展開事業 リサーチコンプレックス推進プログラム

    JSTnews 2019年5月号掲載

    大学、研究機関、企業が集積した地域で研究開発を基礎にイノベーションを継続的に興す仕組みを作ることを目的として、JSTはリサーチコンプレックス推進プログラムを実施しています。

    健康“生き活き”羅針盤リサーチコンプレックス(中核機関:理化学研究所)は、神戸医療産業都市を実施拠点とし、ヘルスケアのエコシステムをつくる取り組みを進め、神戸市と共に市民パーソナルヘルスレコードシステム「マイ・コンディション・コウベ(MY CONDITION KOBE)」を開発しました。

    このシステムは、医療保険者ごとに分散している特定健康診断データをマイカルテとして統合し、スマートフォン向けアプリをダウンロードしたユーザーが毎日の食事や運動など「からだ」や「くらし」の情報を入力することで自分の健康を管理できるシステムです。利用者は自身で入力しなくても健診データをアプリ上で確認でき、また食事や運動情報の登録、健康目標の達成、健康診断の受診などによって特典を受けられる健康ポイントが貯められます。登録データを基に個人に最適な健康アドバイスも受けられ、健康な生活を送ることができます。

    将来、集積したデータを匿名加工して解析し、政策立案、学術研究、ヘルスケア周辺産業の活性化などに利用することも想定しています。神戸市は、住民登録者を対象に今年4月からシステムの運用を開始し、健康寿命の延伸、社会経済的要因による健康格差の縮小を目指して取り組んでいます。

    アプリケーションの健康データのページ
    左は健診結果の分析例、右は健診データの表示例

  • 高出入力と高エネルギー密度を両立 ハイブリッドキャパシターを開発

    産学共同実用化開発事業 NexTEP

    JSTnews 2019年5月号掲載

    自動車からの二酸化炭素排出量削減のため、車が減速する時に無駄にしている運動エネルギーを電気として回収する「減速エネルギー回生システム」の重要性が増しており、このシステムに適した蓄電デバイスが求められています。

    エネルギー回生システム用の蓄電デバイスには、急速充電と急速放電が可能であること、体積当たりのエネルギー密度が高いこと、長寿命であること、安全性が高いことなどが求められます。従来の蓄電デバイスには、二次電池(充電式の電池)や電気二重層キャパシターがありますが、それぞれ課題を抱えていました。

    日本ケミコンは、東京農工大学大学院工学研究院の直井勝彦教授らの研究成果を実用化し、2つの電極のうち、陽極に電気二重層キャパシターの原理、負極に酸化還元反応を利用した、ハイブリッドキャパシターを開発しました。負極にはキャパシター向けに調整したチタン酸リチウムを用いており、急速な充放電が可能な電気二重層キャパシターの利点を生かしました。体積当たりのエネルギー密度は従来品の電気二重層キャパシターに比べて1.91倍、かつ、10万回の充放電を繰り返した後でも、容量劣化は10パーセント以内と小さく、長期にわたり特性を維持できることを確認しました。

    ハイブリッドキャパシターを組み込んだ減速エネルギー回生システムの開発により、自動車の燃費改善や二酸化炭素排出抑制に貢献できると期待されます。

    詳しく知る [ プレスリリースへ ]

    開発したハイブリッドキャパシターセル

  • 温室効果ガスを有用化学原料に変える触媒を開発 地球温暖化抑止への突破口に

    戦略的創造研究推進事業CREST

    JSTnews 2019年4月号掲載

    一酸化炭素(CO)と水素(H2)の混合ガスは、ガソリンやアルコールなどさまざまな化学製品の原料として利用されています。この混合ガスを、天然ガスの主成分であり、また代表的な温室効果ガスとしても知られているメタン(CH4)と二酸化炭素(CO2)から触媒を利用して合成する「メタンドライリフォーミング(DRM)」が、天然ガスの高効率利用と地球温暖化抑止の観点から注目されています。

    しかし、従来の触媒は、反応の副産物として大量のすすが発生し、生産効率の低下や装置の劣化を引き起こします。そのためDRMは、すすが発生しにくい800度以上の高温領域で行われてきましたが、多くの燃焼エネルギーを必要とすることから、工業規模の実用化には至っていませんでした。

    物質・材料研究機構の阿部英樹主席研究員らは、繊維状の金属ニッケル(Ni)と酸化イットリウム(Y2O3)が組みひものように互いに絡み合う特殊な構造を備えた「根留触媒」を開発しました。根留触媒の利用によって、従来の触媒では困難とされていた低温領域(500度未満)で、1000時間以上、すすの発生を抑えながら安定してDRMを促進することに成功しました。

    シェールガスなど非在来型化石燃料の市場拡大や新興国の経済成長に伴い、温室効果ガスの排出量は増え続けています。根留触媒は、地球温暖化対策に貢献するものと期待されます。

    詳しく知る [ プレスリリースへ ]

    メタンドライリフォーミングの現在(左)とこの研究により実現される未来(右)

  • ラットの体内でマウス由来の腎臓を作製 再生医療への応用に期待

    戦略的創造研究推進事業ERATO

    JSTnews 2019年4月号掲載

    臓器移植のドナーが見つかるまでには何年も待ち続けなければなりません。問題解決の糸口となり得るのが、移植用の臓器を人工的に作製する技術で、その1つが2012年度に終了したERATOプロジェクトで確立した「異種胚盤胞補完法」です。特定の臓器が作れないよう遺伝子操作を施した受精卵にES細胞やiPS細胞を注入し、欠損するはずだった臓器が補われた個体を作製する胚盤胞補完法を異種間で実現する技術で、日本医療研究開発機構(AMED)に研究が引き継がれた後も臓器作製の研究の進展に貢献しています。

    自然科学研究機構生理学研究所の平林真澄准教授と東京大学医科学研究所の中内啓光特任教授らは、遺伝子操作で腎臓を欠損させたラットの中にマウス由来の腎臓を作製することに成功しました。ラットとマウス両方の遺伝情報を持たせた個体の体内に異種胚盤胞補完法を用いることで、マウス由来の腎臓を作製できることを実証しました。この成果は、移植用の臓器を動物の体内で作製し、多くの患者に届ける未来の移植医療への重要なステップといえます。

    動物の体内でヒトの臓器を作製する研究は国内で禁止されてきましたが、数年にわたり議論された結果、19年3月に条件付きで解禁されました。技術の安全性だけでなく、乱用防止や生命倫理の議論など、社会全体で科学技術の健全な運用を考える意味でも、本研究の進展から学べることは多そうです。

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    胚盤胞補完法を適用して腎臓欠損ラット体内にマウスES細胞由来の腎臓を作製できた。