RISTEXの「総合知」による取り組みについて

2021年9月10日

我が国では「科学技術・イノベーション基本法」が令和3年度より施行され、人文・社会科学の役割の重要性がより一層増すとともに、「第6期科学技術・イノベーション基本計画」においても、社会問題の解決や科学技術・イノベーションによる新たな価値を創造するために、社会的価値を⽣み出す⼈⽂・社会科学の「知」と⾃然科学の「知」の融合による「総合知」を用いた取組の重要性が指摘されています。

RISTEXは、設立以来「社会のなかの科学・社会のための科学」の理念の下、「社会技術」を「自然科学と人文・社会科学の複数領域の知見を統合して新たな社会システムを構築していくための技術」と捉え、社会の具体的な問題の解決や科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への対応に資する社会技術の研究開発を進めてきました。研究開発を推進するにあたり、研究者と社会の問題解決に取り組む「関与者」(ステークホルダー)が協働するためのネットワーク構築を支援し、学問知だけでなく現場知も活用した研究開発に取り組んでいます。

今後も引き続き、複数の学問知の活用、アカデミアと現場の協働、セクター横断の取組など、「総合知」活用のあり方について俯瞰的な検討を行いながら、社会課題の解決に資する研究開発を推進してまいります。

「総合知」活用による研究開発事例

養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築

「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域
※本領域における研究開発予算規模(直接経費):1プロジェクト 数百万円から 3千万円以下/年
プロジェクト実施期間:2015年11月~2021年3月

児童虐待の対策はこれまで被害児童の保護・支援に重点が置かれてきたが、問題解決には虐待してしまう養育者への支援が不可欠である。効果的な養育者支援を行うためには、虐待発生のメカニズムを科学的に理解し、その理解に基づいて支援現場で活用できる支援方策を開発すること、また、支援現場においては、養育者に関わるさまざまな専門職種が連携し、養育者の抱える問題に早期に「気づき」「理解」することなどが重要である。しかし、虐待発生は、養育者の要因、子どもの要因、環境要因、行政・法制度上の要因が複雑に絡み合っており、自然科学と人文・社会科学それぞれの専門的な研究領域を含んでいることや、分野によって児童虐待対策に関わる用語や概念に対する認識の差が存在することが多職種連携への障害になっていることなどから、多分野の研究者、専門職、当事者が協働することは限定的であった。本プロジェクトでは、多職種連携による養育者支援というテーマを据え、医学・脳神経科学などの自然科学と、家族社会学・法学をはじめとする人文・社会科学の研究者、さらに社会福祉分野の専門職や虐待の当事者の協働による研究開発を実施した。

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虐待が子どもの脳の発達や心身の健康に与える影響を自然科学の見地から明らかにし、経済的困難や家庭内不和、養育者の心の問題について人文・社会科学の知見により読み解くことで、虐待が発生するメカニズムを多面的に示しながら、養育者支援推進のための提言をまとめた。この研究成果に基づき、その一部を社会に定着させるための取り組みを、福井大学と大阪府こころの健康総合センター・豊中市・枚方市の支援現場のステークホルダーが協働して進めた。虐待よりも広い概念である大人と子の間での避けたいかかわりを指す「マルトリートメント(マルトリ)」の予防を、地域が連携して子育てをする「とも育て」で推進していくという共通言語・概念を設定し、母子保健・児童福祉・精神保健などの養育者に関わる多分野の支援者が共有し活用できる、養育者支援のための研修資材やプログラム、一般向け啓発資材の開発を行った。これらの資材・研修プログラムは、福井大学と一般社団法人日本家族計画協会(JFPA)による「マルトリ予防WEBサイト」から誰もが無料で取得でき、すでに1,000件以上の利用がある。WEBサイトを発展させつつ、JFPAがもつ全国規模の普及事業や支援者向け研修なども活用しながら、全国各地で「マルトリ予防モデル」が展開していくよう取り組みを継続している。


「子育て中の母親ら養育者の抑うつ気分を見える化して子育て困難の予防を図る」プレス発表資料(2018年)より

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マルトリ予防モデルの概要

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分散型水管理を通した、風かおり、緑かがやく、あまみず社会の構築

「持続可能な多世代共創社会のデザイン」研究開発領域
※本領域における研究開発予算規模(直接経費):1プロジェクト 数百万円~3千万円以下/年
プロジェクト実施期間:2015年10月~2020年3月

上水道、下水道、河川、ため池や農業用水など用途ごとに最適化され縦割りで管理されている現在の水管理システムは、豪雨や洪水、渇水などの水害リスクへの総合的な対応に困難が伴う。特に都市部においては、都市化の進展によりアスファルト等の舗装面積が拡大したことで雨水が地下に浸透せず、集中豪雨の際などに多量の雨水が一挙に下水道管に流れ込むことによる浸水被害等が社会問題になっている。流域の様々な場所で雨水を貯留・浸透させる分散型水管理システムを、現在の水管理システムのサブシステムとして導入し下水道管への流水量を調整することが、この問題の有力な解決手段となり得る。しかしながら、流域の様々な場所での水管理には、地域住民も含めた多様なステークホルダーの協力が必要となるが、地下に設置されている水道設備は生活者の目に見えないため、人々の関心が向かず、社会全体としても水管理の問題が顕在化しにくい環境となっている。

本プロジェクトでは、現状の水管理システムの課題や新たな分散型水管理システムの効果を河川工学などの自然科学と、社会学などの人文・社会科学の観点から科学的な手段で可視化することにより、地域住民を含めたステークホルダーの関与を促しながら当該システムを構成する要素技術の開発及び社会実装に向けた研究開発を実施した。

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都市中心部を流れ、近年水害が多発している福岡市の樋井川流域を主な対象地とし、「都市域の全ての場所のあまみずを、多くの人々の関わりにより貯留・浸透・活用し、あまみずを一挙に地下に入れない分散型の水管理システムを、現在の水管理システムのサブシステムとして都市に配置する」という都市ビジョンを提案した。この都市ビジョンを実現するために、流域住民・学生・地域団体・建築/土木系の専門技術者、行政機関など多くのステークホルダーの協力を得ながら、貯留タンク・土地改良技術などのパーツ技術及び敷地のデザイン技術の開発・地域実証をし、それらの治水効果、水質改善効果、緊急用水効果などの定量的な分析を行うことで、都市ビジョンの有効性を可視化した。また、社会学・環境教育学・人文地理学・地域研究の知見も活用して、防災面のみならず、地域の生態系保全や庭づくりの楽しみ、伝統的な水の使い方や伝統美など文化的価値の創出、コミュニティの活性化に対する効果も明らかにした。このような有効性を可視化し提示することで地域社会の受容を高めビジョンの実装が達成された。これら樋井川流域を対象とした一連の取組は、ビジョン達成に向けた地域住民の巻き込みのモデルとして東京都の善福寺川流域など国内の他地域にも展開された。

Image現在の下水道システム(福岡市:分流式下水道)
すべての水は地下に潜り、雨水は雨水管へ集められる。生活者は、水の循環を意識しない。


Imageあまみず社会
雨水は貯留や浸透させ、一挙に地下・川に入れない分散型の水管理。水と緑による有機的な社会。



発達障害者の特性別評価法(MSPA)の医療・教育・社会現場への普及と活用

研究開発成果実装支援プログラム【公募型】
※本プログラムにおける成果実装予算規模(直接経費):1プロジェクト 5百万円から1千万円以内/年
プロジェクト実施期間:2014年10月~2017年9月

発達障害がある人は、生まれつき脳機能の一部に起因する特性があり、人とのコミュニケーションなど日常生活や社会生活に困難が伴う場合があるが、接し方の工夫や環境の整備など適切な支援があれば社会生活での支障を軽減することが出来る。しかしながら、発達障害には、自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害、学習障害などいくつかのタイプが存在し、そのうち複数のタイプが同時に現れることも多く、また、その現れ方は人それぞれであることから必要な支援がどれくらいなのか等、画一的な基準を設けて評価することが難しい。ましてや医療、家庭、教育、福祉、地域社会など多岐にわたる支援者間で共通理解を形成することは容易ではない。

特徴も程度も個々人によって多種多様である発達障害者の要支援度を客観的に評価し、且つ、本人や支援者にも分かりやすい評価尺度を開発・実用化し、社会の現場へ普及させるために、学術知(医学・心理学)と支援の現場(病院・学校・保育)の協働による研究開発を実施した。

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精神医学の見地をもとに、本人への聞き取り調査や行動観察、認知機能の解析を行い、発達障害の要支援度を評価し、本人や支援者に一目でわかる形にしたレーダーチャートとして表示する評価尺度(MSPA:Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)を開発した。このレーダーチャートを医療・教育・社会現場に普及させるため、医師、公認心理師等の心理支援者、学校関係者など様々な関係者による協力体制の下で、医学や心理学等の分野をまたいだ研究者が、現場での支援に関する課題を整理し、発達障害者のライフステージごとの評価支援マニュアルを作成するとともに、評価者育成のための講習プログラムも開発し、定期的な講習会による専門家の育成に取り組んだ。その結果、2016年4月には医療保険の適用となって医療機関での活用が広がるなど、包括的な支援システムの社会実装に繋がった。また、国内のみならず、中国、ドイツ、ブラジル等、海外での活用も始まっており、今後の国際展開も期待されている。

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「総合知」活用に向けた領域・プログラムの設計事例

SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ創出フェーズ、ソリューション創出フェーズ)

※本プログラムにおける研究開発予算規模(直接経費)、研究開発実施期間
【シナリオ創出フェーズ】 上限6百万円程度/年、原則として2年以下
【ソリューション創出フェーズ】 上限2千3百万円程度/年、原則として3年以下

SDGsは貧困、飢餓、気候変動など地球規模の共通課題を包摂して掲げた国際的な目標である。このような地球規模の課題達成に向けては、複数の国や地域での共通課題の解決を狙いとする地球規模のアプローチと、地域レベルでの課題に対する解決策を開発し、その解決策の他地域展開により影響範囲を広げていく地域発のアプローチなど多様な展開が求められる。

本プログラムは、後者の地域発アプローチによるSDGs達成への貢献を狙いとするものである。

実際の地域社会で機能する解決策を開発するためには、様々な要因が絡み合う複雑な地域社会の問題に対して個別主体による部分最適解ではなく、地域現場の多様なステークホルダーの観点を取り入れて全体最適解を導出することや、地域現場をフィールドとした実証試験により解決策の有効性を確認することなど、地域現場との協働が重要である。

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科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム

※本プログラムにおける研究開発予算規模(直接経費)、研究開発実施期間
【通 常 枠】 400~600万円程度/年、最大3年6か月間
【共進化枠】 600~800万円程度/年、最大3年6か月間

昨今、客観的根拠に基づく科学技術イノベーション政策の形成(EBPM: Evidence-based policy making)の重要性が指摘されているが、この実現は容易ではない。研究により創出されたエビデンスをもとに、政策実装に向けたプロモーション活動が積極的に展開されたとしても、研究成果が実際に政策形成プロセスにおいて参照されるかどうか、またどのような形で参照されるかは、相当程度、政策当局および政策担当者の判断に委ねられざるを得ない状況にある。

研究開発を通じて、客観的根拠に基づく政策形成の実践へと具体的に展開していくことを目指す場合には、研究開発そのものがある程度現実の政策と関連付けられたうえで、実際に当該政策を担っている政策当局のニーズを捉えた取組が必要である。

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