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<5>「あなたの言葉、伝わっていますか?」 - 科学者は市民とどう対話すべきか -

プログラムアドバイザー  五十嵐 道子

プログラムアドバイザー  五十嵐 道子

科学者は、市民と真摯に向き合い、科学について語ってきたか。また、メディアは、偏りのない目で、適切な時に、的確な情報を発信してきたか。

3年前、東日本を襲った未曾有の大震災と、それに引き続いた原発事故を契機に、様々な検証と議論が行われている。

科学者は必ずしも社会の期待に十分応えてこなかったという反省から、昨年1月の科学技術・学術審議会の建議「東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方について」では、信頼回復のために「社会への発信と対話」の重要性が指摘された。

文部科学省における研究及び開発に関する評価指針でも、改定の基本的方向性の中で、「科学者コミュニティ自らが研究開発活動の意義・在り方等について考え、改善・行動し、説明していく姿勢を示す必要性」が挙げられている。

科学者と科学技術は、社会や市民の信頼を失ったのだろうか。

震災前から震災後にかけて(2009年11月~2012年2月)、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施した「科学技術に対する国民意識の変化に関する調査」によると、「科学技術についてのニュースや話題に関心があるか」との問いに、「非常に関心がある」「どちらかというと関心がある」と答えた人の割合は、変動はあるものの、期間を通じて約7割。「社会的な課題の解決・解明に科学技術が寄与すること」への期待は、震災前よりも震災後、男女とも、上昇しているという。「資源・エネルギー問題の解決」「高い水準の医療の提供」といった課題に科学技術が果たすべき役割について、市民は希望や期待を持っている。

一方、「科学者の話を信頼できると思うか」という問いには、震災前は8割前後が「信頼できる」と答えていたのに対し、震災後は7割前後に低下。さらに、震災からより時間が経過したほうが、「わからない」と答える人が増えたという微妙な結果が示されている。

このギャップを埋めていくことが課題であり、科学者は、社会の要請を認識するとともに、科学技術の限界や不確実性を踏まえ、リスクも含め適切な方法で発信していくこと、つまり、社会リテラシーの向上とリスクコミュニケーションの重要性が叫ばれている。

そこで、医療における「インフォームドコンセント」と「ムンテラ」に思いが至る。

「インフォームドコンセント」は説明(informed)と同意(consent)であり、患者が医師から症状や治療法、そのメリットやデメリットについて十分な説明を受け、理解したうえで、納得し、同意することだ。重要なのは「納得」という部分で、決定権は患者にある。

「ムンテラ」は、ドイツ語のムントテラピー(mundtherapie)で、直訳すれば、「口の治療」である。医師による説明という点では同じだが、決定権は医師にある。もともと医療の専門知識のない患者は、すべては理解できないし、仮にリスクをありのまま説明すれば、逆に不安を煽り、必要な治療が進められなくなる恐れがあるから、要点(医師にとって都合のいいこと?)だけ説明する。患者教育(Patient Education)という表現もある。

「言う」「話す」「述べる」「説明する」「説得する」「伝わる」・・・など情報伝達には様々な表現・段階があるが、インフォームドコンセントは「伝わる」、ムンテラは「説得」といえるだろう。説得というと少々聞こえが悪いかもしれないが、ムンテラという表現は、いまでも医療の現場を取材していると、時折、耳にする。

インフォームドコンセントの必要性が指摘されたのは20年以上前にさかのぼる。だが、実際には、医師が「説明」しただけだったり、「説得」したりしているケースも、まだ多く見受けられるように思う。わかる言葉で、わかるように、わかるまで、患者や家族と向き合っただろうか。内容は理解され、ちゃんと伝わっただろうか。「さあ、全部説明しましたよ、判断してください」と決定権だけ預け、突き放してはいないだろうか。

医師には、情報を受け取る側の立場に立ち、患者と家族の声に耳を傾け、その将来にとって、よりよい選択ができるよう、寄り添ってほしいと願う。

科学者も同様だと考える。

研究の目的や内容、期待する成果、考えられる影響やリスクを、科学者の立場から、科学者の言葉で、そのまま並べてみても、伝えたことにはならない。

一方通行を改め、双方向のコミュニケーションを進めるには、同じテーブルで、対等の立場で、共通の言葉で対話する必要がある。まずは環境の整備、ルールづくりの模索から始めなければならない。市民の側も、見る目、聴く耳、発言する口を育てねばならない。

政策の主体は専門家や立案者ではなく、本来、市民であり、市民が選び、決定していくはずのものだ。その認識のもと、それぞれが情報を共有し、互いの価値観の共通点や相違点を認め合ったうえで、よりよい方向に向かっていくことが求められる。

幸い、本プログラムには、社会の要請をくみとり、市民との対話の場を作り、合意形成をしていくための新しい仕組みづくりや手法を探ろうとする意欲的な取り組みも多い。

3年という限られた期間ではあるが、次世代の研究の萌芽となり、社会の意識を変革していく「イノベーション」のうねりにつながるような成果を期待している。

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