• 福士 珠美 東京通信大学 人間福祉学部 教授

2025年採択福士プロジェクト:ニューロテクノロジーネイティブ時代に備えるELSCIとガバナンス

キーワード Ver.2.0:状況・時代・人によって変わる言葉の意味や価値ってなに?

「ジンクピリチオン」のことを覚えている人はどのくらいいるだろうか。某シャンプーに2000年代初頭まで配合されていた化学成分のことだが、この響きから、今は他人となった芸能人夫婦が髪を泡立てるCMを思い浮かべる人は、間違いなく昭和世代である(笑)。

私がこの言葉と向き合うことになったのは、近藤滋先生(現国立遺伝学研究所長)との邂逅にさかのぼる。彼の「ジンクピリチオン効果(一般の人では意味がよく理解できないカタカナの用語を用いて聴いた人に何かすごいもの、すごいことを連想させること)」にまつわるエッセイを読んだのだ。

ちょうどその頃、「脳文化人」の存在が神経科学の業界をざわつかせていた。一部の神経科学の研究者が「脳科学者」としてメディアに登場し、自身の見識や実験結果をもとに全くの私見を述べる際に、わざわざ「脳が」「脳科学的には」、と枕詞を並べ、あたかも業界全体の見解や権威を借りて話しているかのような印象を与えかねないものであった。一部には「一般市民の関心を引くための社会貢献の一環」として擁護の声はあったものの、彼らの声には科学的に立証されていないような内容も含まれていたため、学界では随分とこの問題に手を焼いていた記憶がある。実際に、当時の日本神経科学学会の「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題等に関する指針」の改訂告知文には、脳文化人という用語が明示的に取り上げられていた(2026年5月現在、当該文書はHP上では公開されていない)。

そこで、私は思い立って近藤先生にメールを送った。「ジンクピリチオン効果はカタカナ言葉で生じると言われているが、『脳』という用語や脳科学的な情報を付加することでも起こりうるのではないか。つまり、カタカナ言葉に限定されるものではないのでは?」と。その後のやり取りからインスパイアされた考察は、自分の数少ない書籍原稿として活字となっただけでなく、「ホメオダイナミクス」を冠した政策提言報告書の執筆につながり、JST、AMEDへと受け継がれた恒常性研究領域の礎を築く一端となった。

この邂逅の後、近藤先生は、分子生物学会において伝説とも呼ばれる「ジンクピリチオン祭り」の開催に至った。実在する大型研究費の課題名のジンクピリチオン効果を競う、という名目の下、様々な分野の研究代表者たちのプレゼンテーションを通して、科学研究に求められる要素技術のトレンドや研究費を取り巻く環境と課題について論じよう、という野心的な企画で、以降、様々な自然科学系学会がこれに倣って研究環境や研究資金に関する討論会を開催するようになったのは想像に難くない。ちなみに、大賞は『大地環境変動に対する植物の生存・成長突破力の分子的統合解析』。祭典の傍聴者の一人として、自分の学説?が実証された喜びはひとしおであった。

あれから十余年。

「ジンクピリチオン」も「ジンクピリチオン効果」も知らない世代が成人を迎え、学界では当たり前のように政策提言や研究資金獲得力の向上に向けた活動が行われ、URAという職種が研究大学に浸透した。生成型AIも台頭し、きっと今時の若手研究者はURAとチャッピーたちを使いこなし、短時間に魅力的な提案書を作っているに違いない。かくいう自分は「ジンクピリチオン効果」を知る世代として、ない知恵を絞り、愚直に文章を書き、研究課題名を考え、足掛け3年、RInCAに応募してきた。

『ニューロテクノロジーの社会実装のためのガバナンス・リテラシー』
『ニューロテクノロジーの人間中心型国際ガバナンス構築に向けた企画調査』
『ニューロテクノロジーネイティブ時代に備えるELSCIとガバナンス』

うーん、年々ジンクピリチオン度が増している感が否めないのはなぜだろう。久しぶりに近藤先生と話したくなった。

※本エッセイは近藤滋先生に文章確認、承諾をいただいた上、提出しております。

(合わせて読みたい?参考文献)

エッセイ一覧に戻る 言説化の取り組みへ戻る
トップへ