新型コロナウイルスの流行と社会技術

新型コロナウイルス感染症拡大を受けて、RISTEXセンター長からのメッセージ

 新型コロナウイルスの蔓延で、世界の各国はこれまで経験したことのない状況に直面している。各国が必死になって"パンデミック"と戦っているが、こうした未曽有の課題に対処するためにこそ、これまでに積み上げてきた科学技術の成果を活用すべきであり、人文・社会科学も含めた科学技術を応用して社会的課題を解決する方法こそ社会技術にほかならない。

 感染症に限らず、社会において日々発生する多くの課題を解決するためには、災害時の避難誘導にせよ、交通渋滞の解消にせよ、人々の動きや位置を把握し、多数の人々の行動を制御しその行動を変えることによって課題の原因を取り除き、課題の解決を図る必要がある。

 こうした多数の人々の行動の制御には、人々の所在や動きについての多くの情報の収集とリスク分析の技術に加えて、行動変容を促すために、人々の意識に働きかけるコミュニケーションの技術が求められる。

 感染症への対応は、ときに政府による強力な"公権力"の行使によって、行動の規制や移動の自由の制限という人権の制約を伴う行為となりうる。その発動にあたっては、科学的根拠に加え当然に厳しい法的、倫理的判断が求められる。これは、近年注目されている科学的知見の活用に関する倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の問題に連なる。

 そして、有効性と人権とのバランスをとり、過不足なく行動を制御するためには、対象となる人々に対して発信されるメッセージの内容と伝達の方法が重要である。とくに、情報の受け手の特性に応じたきめ細かい働きかけは、その受け手についての詳細な情報があって初めて可能になる。まさにサイエンス・コミュニケーションの技術が有用であり、それは、マーケティングの技術にも通じる社会技術にほかならない。

 今日、SNSやインターネットの普及によって、貴重な情報を広く、しかも速く多数の人々に伝達できるようになった一方で、デマ情報やフェイクニュースが人々を誤った行動に導く危険性も見過ごせない。こうした情報の真偽を見抜き、情報の受け手に偽情報に対する耐性を身に付けさせる方法とその普及も、現在求められている重要な社会技術といえよう。

 ところで、感染症対策も含め、政策決定とは、不確実な状況において行わなければならない将来の政府活動に関する決定である。それを的確に行うためには、いうまでもなく可能な知識や技術・方法を動員して不確実性を極力減らさなければならない。未だ知られていない感染症のリスクを最少化するには、感染症リスクについて詳細、正確かつ大量のデータを迅速に収集分析し、不確実性を減らすことが必要である。そこでITを活用できる可能性は大きい。

 それには、さまざまな既存のデータベースの解析が必要であるが、わが国の場合、そのための技術は存在している。問題は、その技術を社会に適用するための社会技術をいかに開発するかということである。

 今回の新型コロナウイルスの場合、中国や韓国では、感染者の位置情報を使って、感染経路の追跡や感染リスクの高い人物の特定を行い、感染の拡大の抑止に活用しているという。また、台湾では、不足するマスクの買い占めを防ぎ、必要とする人が確実に入手できるように、全国のマスクの在庫状況を把握し、国民IDを使って購入履歴を管理するシステムを開発したという。

 わが国でも、国民の健康情報や治療歴のデータベース(PHR(個人健康記録)/EHR(電子健康記録))を整備し、それに基づいて基礎疾患の有無等のリスク評価を行い、その評価に基づいて治療の優先順位を決めることができれば、限られた医療資源の有効利用が可能になり、治療や検査をめぐる不要な不安や混乱を減らすことが可能になるだろう。これらは、まさに決定における不確実性を減らす社会技術といえよう。

 ただし、このような形での情報およびITの活用は、個人情報を用いる。できるだけ詳細な個人情報が精度の高い対応を可能にするが、わが国では、とくに個人情報保護が重視されているため、データの収集利活用には制約が大きい。しかし、緊急時の対応には、こうした個人情報は不可欠の要素である。

 緊急時に利用できるように、個人情報を保護しつつ、いかにして基礎的なデータを日常的に収集活用するか。両者のバランスをとる配慮も必要だが、個人情報の利活用と保護とを両立させるための社会技術の開発がめざされるべきであろう。それには、IT、法制度、倫理、そしてデータ管理の適切な仕組みを作ることが重要であり、情報科学はもとより諸科学、法学、経済学、行動科学、心理学等を動員統合することが求められる。

 このような現代社会で求められる諸々の社会技術の研究開発を行う上で、自然科学と人文・社会科学の学際的分野での研究を蓄積してきたRISTEXの果たすべき役割と責任は大きいと考える。

社会技術研究開発センター長
森田 朗