JSTトップトピックス詳細記事

最新情報

トピックス

有識者-北澤理事長バーチャル対談
(第3回目 西村 いくこ氏)

北澤理事長
北澤理事長

第3回目 西村いくこ氏
西村いくこ氏

JSTを温かくときに厳しく見守る有識者の方に、JSTへのご意見をおうかがいしました。いただいたご意見について北澤理事長にもインタビューし、バーチャルな対談形式でご紹介します。

今回の有識者は、西村いくこ氏(京都大学 大学院理学研究科 教授)
略歴はページ末尾)です。

(聞き手:JST戦略的広報推進タスクフォース 小宮泉、嶋林ゆう子)

世界的な科学の動向をとらえて

30~40年前の日本は科学のレベルがとても低かったのですが、今や、常に高いレベルを維持しているヨーロッパを追い抜く勢いで優れた成果が生まれています。

中国はここ数年鰻登りで、その勢いは、日本が30~40年くらいかけて築いたレベルに、10年くらいで到達するであろうと思われるほどです。中国は政策として、海外に出た研究者を国内に戻してサイエンスのレベルを高めようとしています。自分の専門の分野でも、論文に中国の科学者の名前が並んでいるのを最近はよく目にします。また、ノーベル賞級の研究者を含む様々な国際会議を開催しています。それだけ多額の予算を科学技術に投入しているのだと実感します。

一方でJSTのホームページには、「国民の幸福で豊かな生活の実現に向けて、新しい価値の創造に貢献し、国の未来を拓く科学技術の振興を進めます」とあります。
税金を使っているので、軸足は「国民のために」となるのは当然です。けれどもサイエンスの世界的動向を踏まると、もう少し広い視野で大所高所から研究プロジェクトを牽引していく、という感じがあっても良いのかなと思います。
JSTのホームページからはそういう姿勢がほとんど読み取れなかったのが、残念に感じられました。

研究資金制度の違いって?

研究者サイドからは、各研究資金制度の特徴は見えにくいのが実情です。
私はJSTのCRESTで支援を受けていました。CRESTは他の制度より研究期間が長く、腰を据えて研究ができました。この点はとてもありがたかったです。でも他の制度でそれなりのものがあればCRESTでなくても良かったかな、というのが正直なところです。
省庁やJSTのmission-oriented(目的指向型)なプロジェクト、(独)日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金(科研費)など、研究資金制度は数多くあります。けれども研究者にとっては、どんな制度であっても自分のやりたいことをやるというのが本音じゃないかと思います。

数の少ない多額の研究プロジェクトに対して

JSTの研究資金制度には高額なものもありますね。高額な研究費を見ると、本当にこんなに必要なのかな、そのうち一部でもより多くの少額の研究プロジェクトに回せたら・・・と思ってしまいます。というのも、「(1)タイミングに合った研究費の規模」、「(2)多様な基礎研究の芽」、そして「(3)多様な若手研究者の育成」という3点が重要だと考えるからです。

(1)タイミングに合った研究費の規模を

研究費の適切な金額というのは一律ではなく、時機を押さえることが重要だと考えています。

例えば研究室の立ち上げのような発展時期には、設備投資が必要です。私も、このタイミングでの大型の予算(CREST)はありがたかったです。でも、ある程度設備が整ってくると、必要な研究費は減ります。また先に述べたように、国レベルで見ても日本の科学はある程度成熟した時期にあります。
もちろん、お金を出せば出すほど科学が発展するという場合もあるでしょう。けれども、状況によっては飽和してしまうのではないでしょうか。

JSTには、日本の科学の世界的位置づけや、研究分野やタイミングを含む研究プロジェクトの状況を押さえた上で、研究費の規模を考えてもらえればと思います。こういった場合には、JSTとJSPSがもう少し歩み寄って協調するというのも一手段として考えてほしいですね。

(北澤) 研究費の適切な金額が一律でない、というご意見は賛成です。研究分野や研究者の研究段階によって、適切な規模の予算額は違うと思います。できるだけフレキシブルに対応したいと考えています。

(2)多様な基礎研究の芽を大切に

私は、基礎研究に多様性をもたせることが大事だと考えています。そのためには、少額でも良いので研究費を広く配分した方がいいと思っています。

分野によって違うかもしれませんが、基礎研究には、社会にどう役立つかということはあまり考えないCuriosity-driven(好奇心駆動型)なものがたくさんあります。こういった基礎研究では、研究対象も研究者のアイディアも多様です。この多様性を受け入れる懐の深さがないと、サイエンスは育たないと思います。

社会の要望に応えてあるミッションを掲げ、そのための研究に集中的に投資していく。それ自体は良いことだと思います。心配なのは、多様な芽を育て忘れた結果、将来、気がついたら「次に投資するテーマがない」ということになっていないかということです。
社会情勢は変わります。JSTにはそれにあまりに惑わされすぎないテーマを設定してくれることを望みます。

(北澤) 多様な基礎研究の芽を育てることの重要性については賛成です。しかし、その支援はJSTではなく、日本学術振興会(科学研究費補助金(以下、科研費))の役割であると考えます。平成23年度予算案をみてみると、科研費は、平成22年度の2,000億円から633億円増の2,633億円です。一方で、JSTの戦略的創造研究推進事業(以下、戦略創造)は、平成22年度の550億円から17億円増の567億円です。このように科研費は、予算額も伸び率もJSTの戦略創造よりも大きいのですから、先生がご心配されている多様な芽が育たないといったことは無いと信じています。  また、現在のJSTの戦略創造において、テーマ設定の方法、事業推進の方法が必ずしも理想的ではないと思いますが、本事業の必要性については、成果を見て判断していただきたいと思います。

(3)多様な若手研究者を育てて

将来の科学技術を支えるのは若手研究者です。彼らをいかに育てるかというのは、忘れてはいけない点です。私は、目的指向型の大型のプロジェクトは、ホモジニアスな考え方や技術を持った若手研究者を大量に作ってしまう怖さがあると考えています。

大型の研究プロジェクトでは多くの若い研究員を雇用することになります。JSTのERATOやCRESTでは、研究総括におもいっきりやってくれ、と言っていると聞きました。これには、良い面と悪い面の二面性があると感じています。

良い面とは、厳しいトレーニングの機会が若手に与えられるという点です。一方、プロジェクトリーダーの思うとおりのコピー研究者ができ、多様性が失われるという悪い面もあり得るのではないでしょうか。
JSTには、ミッションを決める際に、次世代の科学技術を担う人たちに大きく影響することを頭に入れて、バランスをとって事業を進めていってくれることを期待します。

(以上)

第3回目 西村いくこ氏

西村いくこ氏の略歴

昭和49年大阪大学理学部生物学科を卒業、同年に大阪大学大学院理学研究科に進学。
昭和54年に同大学理学博士の学位取得。大阪大学湯川奨学生、同理学部教務職員、名古屋大学農学部研究生、神戸大学理学部研究生、フランス国立科学研究所客員研究員を経て、平成3年現自然科学研究機構基礎生物学研究所助手、平成9年同研究所助教授、平成11年京都大学大学院理学研究科教授となり、現在に至る。