Movie

これからヒーロー!Vol.05

結晶が世界の水を救う?!の巻/手嶋勝弥さん(信州大学)

#材料・産業#環境・エネルギー#化学

とある村に伝わる、お宿の奇妙な都市伝説。普通の人がその宿に近づいても何も起こらないのだけど、村を困らせる荒くれ者が近づくと、不思議な力でシューッと吸い込まれてしまう。その上、荒くれ者が宿から出てくると、見た目も中身も別人のようになっているそうな。宿で一体何が・・・!!
どこかで仕入れたうわさ話を自慢げに披露する猫田に、その宿は実在する!と明言するワン。ワンが猫田を連れて行ったのは、なんとタンザニアの水の中だった。そこにあったのは美しい高層のお宿「ニュークリスタル」。聞けば、水中で荒くれる物質を宿に吸い込んでいるのだという。
一体どうやって?なぜそんなことをするのか?
タンザニアの地化水に溶け込むフッ化物イオンを除去し、安全な水に生まれ変わらせる結晶材料「MgAl系層状複水酸化物」の研究を紹介。

研究者名:手嶋 勝弥(信州大学 アクア・リジェネレーション機構 卓越教授)

【アフタートーク with猫田】
 ゲスト:MgAl(マグアル)女将

~信大クリスタルを生み出す秘伝のレシピ~
ワン:MgAl女将、ヒーロー認定おめでとう!

猫田:水からフッ素(フッ化物イオン)を取り除いて、あっという間に浄化しちゃうなんて、さすがスゴ腕女将!

MgAl女将(以下、女将):ありがとう。タンザニアの人たちの役に立てて、私もすごくうれしいわ。

ワン:こんなにすごい力を持つ女将は、信州大学の手嶋 勝弥さんの研究室で生まれた結晶の一つなのよね。

女将:そうなの。手嶋さんは、「フラックス法」という手法を使って、いろいろな社会課題を解決する高性能な結晶たち、その名も“信大クリスタル”を生み出しているのよ。

猫田:フラックスって、材料になる物質の融点(固体から液体に変わる温度)を下げるために加える別の物質のことだよね?

女将:そのとおり。高性能な結晶を作るためには、物質をいったん液体や気体にして、規則正しく並べ直す必要があるんだけど、フラックス法を使うと、融点よりもはるかに低い温度で物質を液体にすることができるのよ。

ワン:例えば、塩の融点は800℃とかなり高温だけど、食塩をお湯に入れてかき混ぜると、簡単に塩が溶けて食塩水になるでしょ。お湯と混ぜることによって塩を100℃以下で溶かすことができるってわけ。

猫田:なるほど、そう言われるとよく分かるぞ。

女将:この方法だと、低い温度からゆっくりと溶液を冷やしたり、フラックスを蒸発させたりして、ていねいに結晶を育成できるから、原子が規則正しく並んだ高性能な結晶が生まれるの。

ワン:フラックス法を使うことで、高温にするためのエネルギーを抑えながら高品質な結晶を育成できる、ということね。それにしても、結晶が高品質だとどんなメリットがあるのかしら?

女将:とても良い質問ね。結晶は、原子の並び方によってその性能が大きく変わってしまうの。原子がものすごく規則正しくきれいに並んでいれば、たとえば、電子やイオンがスムーズに移動できるから、結晶が持つ力を最大限に発揮させることができるのよ。

ワン:なるほど。ということは、高品質な結晶を作るためには、原子の並び方を精密にコントロールする必要があるってことね。でも、それってすごく難しそう。

女将:信州大学には半世紀かけて収集した10万点以上の実験データがあるの。手嶋さんはそれをもとに、理論と実験の両方から研究を続けて、望みの結晶を得るための最適な温度や濃度、原料の種類などの条件を見つけ出してきたの。手嶋さんの研究室ではそれを“レシピ”と呼んでいて、その数は300以上にのぼるのよ。

ワン:まさに“秘伝のレシピ”ね。それにしても、10万点以上の実験データって、気の遠くなるような数字ね。

女将:まさに研究者たちの努力の結晶だわ。今は人工知能(AI)を活用して、仮想空間の中で、効率的に最適なレシピを探索できるようになったの。これまでの実験データとAIとの融合で、手嶋さんの研究室では新たな信大クリスタルの仲間がどんどん生まれているのよ。

ワン:本来ならば地中奥深くで何千年、何万年もかけてできる結晶を、実験室で作ることができるなんてすごい。手嶋さんのレシピがあれば、ニーズに合わせた機能を備えた高性能な結晶を作ることができるわね。

女将:そう、いまや信大クリスタルは、水の浄化だけでなく、リチウムイオン電池や高熱伝導性材料、人工骨とさまざま分野の応用を目指しているの。これからもその範囲はますます広がっていくと思うわ。

~世界の水問題に挑むハイスペックな結晶たち~
ワン:こうして生まれた信大クリスタルの一つが、水に含まれる鉛やカドミウムなどの有毒な重金属イオンを除去する「三チタン酸ナトリウム(Na2Ti3O7)」なのよね。

女将:そう、三チタン酸ナトリウムも私と同じように、ミルフィーユのような層状構造をしているの。層の間に存在するプラスの電荷を帯びたナトリウムイオンが、水の中の有毒な重金属イオンと置き換わることで、水中から重金属イオンを除去できるのよ。

猫田:ミルフィーユの層の間に、重金属イオンをがっちり吸着させる仕組みだね。三チタン酸ナトリウムを入れた浄水フィルターを通せば、いつでもどこでも安全でおいしい水を飲むことができるってわけだ。

ワン:そうね。そして、この知見を生かして生まれたのがフッ素を除去する「MgAl系層状複水酸化物(LDH)」、つまりMgAl女将ということね。層の間にあるマイナスの電荷を持った塩化物イオンが、水中のフッ化物イオンと置き換わることで浄水できるのよね。

女将:そうなの。タンザニアの水には高濃度のフッ素が含まれていて、それが原因となる病気で苦しんでいる人が大勢いることは前に話したわね。そこで、手嶋さんは、タンザニアのレマンダ村というところに私を入れた浄水システムを設置して、水からフッ素を除去する実証実験に取り組んでいるのよ。

ワン:この浄水システムは、フッ素を除去するフィルターを通して水をろ過するから、電力を必要としないのもメリットの一つね。

女将:さらに、手嶋さんはこの浄水システムの定着に向けて、浄化した水を販売したり、除去したフッ素を再生させて資源として活用したりすることで、現地の人々が自分たちでお金を生み出す仕組みを作りたいと考えているの。

猫田:フッ素を再生させる?

女将:フィルターにくっついたフッ素は、濃度の高い食塩水で洗ってあげると取り除けるの。その溶液にカルシウムを加えると、フッ素のもとになる蛍石の状態で回収できるわ。蛍石は、自動車や半導体、薬剤などに使われる素材なのよ。

ワン:なるほど。結晶を使って水を浄化して、除去した物質を資源として回収することによって資金を生み出せば、水の浄化システムも維持できる。まさに結晶を使ったトータルディベロップメントね。

女将:タンザニアの他にも、世界には水の問題を抱えている地域がたくさんあるの。手嶋さんは、その地その地の水問題に応じた結晶を作り、世界中の人々がいつでも安全な水を手に入れられるようにしたいと話しているわ。レマンダ村に続く、第2、第3の実証実験の地を手助けするために、今日も世界中を飛び回っているはずよ。

~手嶋さんと結晶の出会い、きっかけは“歯の治療”!?~
ワン:それにしても、手嶋さんはどうして結晶に興味を持ったのかしら?

女将:高校生の時に野球の練習で前歯を折ったのがきっかけだったそうよ。

猫田:え、それがどうして結晶に結び付くの?

女将:治療のとき、折れた歯の根本に詰めたのがハイドロキシアパタイトという人工物で、この物質が次第に成長して骨と歯をくっつける役割をするということを知って、結晶材料に興味を持ったそうよ。

ワン:つまり、野球で前歯を折らなければ、信大クリスタルは生まれなかったかもしれないってことね。人生って不思議~。

猫田:あ、そういえば、この前、手嶋さんの研究室の理科教室に参加して、これを作ったんだよ。ほら見て!(画像)

ワン:わあ、なんてきれいなルビー!

女将:ふふふ。それは、手嶋さんのレシピをもとにして作られた人工ルビーなのよ。実はこのルビー、アルミ缶からできているの。

ワン:え、これがアルミ缶から?信じられないわ。

猫田:人工ルビーは、酸化アルミニウムと酸化クロムからできているんだ。だから、アルミ缶からでも人工ルビーを作れるんだよ。

ワン:どうしちゃったの、猫田さん・・・。今日はキャラが違うわ。

女将:酸化アルミニウムの融点は約2050℃なんだけど、三酸化モリブデン溶媒に入れると、融点よりも1000℃以上も低い約750℃で溶かすことができるの。そして、ゆっくりと三酸化モリブデンを蒸発させながら徐々に温度を下げていくとルビーの結晶ができるのよ。フラックス法で作られたルビーは、天然ルビーと同じ美しい六方両錐(ろっぽうりょうすい)形をしているのよ。

ワン:六方両錐?どんな形なの?

女将:六角錐のピラミッドを二つ合わせたような十二面体のことよ。ちなみに、酸化クロムを混ぜればルビーができて、酸化鉄と酸化チタンを混ぜればブルーサファイア、酸化コバルトや酸化ニッケルを混ぜればオレンジやイエローのサファイアが作れるの。つまり、名前は違えどもルビーとサファイアは同じ成分からできていて、赤い色以外をすべてサファイアと呼んでいるというわけ。

ワン:知らなかった!今までルビーとサファイアは全く違う宝石だと思っていたわ。

女将:サファイアは、ダイヤモンドの次に硬い物質だから、腕時計の文字盤を覆うカバーや携帯電話のパネル、その他にもいろいろな工業分野への実用化が期待されているのよ。

ワン:すごい、まだまだ結晶たちの活躍の場が広がっていきそうね。女将、これからも手嶋さんと信大クリスタルの仲間たちと一緒に、世界中の人たちを笑顔でいっぱいにしてね。応援しているわ。

猫田:結晶が世界のあらゆる課題を解決する未来が見えてきたぞ~。

女将:みなさんの期待にこたえられるよう頑張るわ。ではこれから一緒に手嶋さんの研究室に行ってみましょう。信大クリスタルの仲間たちを紹介するわ~。


企画・制作:科学技術振興機構(JST)
アドバイザー:村松 秀(近畿大学 総合社会学部 教授)、早岡 英介(羽衣国際大学 現代社会学部 教授)